上 下
31 / 159
反転

30. 入学式

しおりを挟む

 ロッソ家の馬車に乗り込み、三人で学園に向かった。
 降りた瞬間の周りの生徒の反応が実に見ものだった。勉強嫌い、怠惰、傲慢、下品、etc.……そんなとんでもない奴が入学してくると、みんな親から聞かされていたことだろう。

「……あれが、ロッソ家のバカ息子?」
「え、あの方が……?」
「……別の方かしら……でもあの家紋は……」
「あいつ、成金アランツォーネの息子じゃないか? なんで制服を着ているんだ?」
「緑の瞳の素敵な方、どなたかしら……」
「同じ学年にあんな奴いたかな……」

 囁き声が聴こえてきて、ついニンマリしそうになる。
 俺とラウルを見た彼らの反応はおおむね予想通りだが、ニコラへの反応も実に面白い。

「ほらみろ。やはり、ほとんどの者はおまえとわからないみたいだぞ」
「そんなにですか? 髪を切っただけなのに」

 いやいや、「だけ」じゃないだろう。
 手入れが面倒で伸ばしっぱなしにしていたクリーム色の髪を、ゆるっとひとつに結ぶ長髪キャラだったのに、ばっさり切ってセンター分けのミディアムヘアになっていた。それがもう似合うこと。
 しかも姿勢が改善されて、イケメン度が増している。

 ニコラに気付いた者は、真ん丸の目で二度見、三度見していた。さもあらん。記憶力だけが取り柄の貧乏貴族、背が高くて顔立ちは悪くないけれど性格が気弱過ぎて損ばかりする残念な奴。それがニコラ=ヴェルデだったのに、この変わりようは何だって思うよな。
 おまけに、俺やラウルと何故一緒にいるのか、接点が謎過ぎて混乱するしかない。

「どうも私達は、三人全員何かしらバカにされていたんだな」
「そうなりますね」
「まとめて見返してくれるとしよう」
「ええ。まとめて過去形にしてあげましょう」

 俺とラウルは清々しい笑みを浮かべた。
 ニコラはこういう会話に付いてこられないかと思いきや、横顔がちょっと嬉しそうだ。うちの執事の教育は順調みたいだな。

 二人の立ち位置は、誰が見ても完全に俺の従者。うちの猛者達がビシバシやったからな。ニコラだけじゃなく、ラウルもそれに巻き込まれた。
 別にそこまでやんなくてもって俺は言ったんだけど、アレッシオが巧みに煽ってラウルの負けず嫌いに火がつき、ニコラはニコラでやりがいを感じたみたいでさ。
 まあニコラに関しては、鍛えられて良かったんじゃと思うよ。
 小さい頃に親から最低限のマナーを教わり、あとは初等部でほんの少し受けたマナーの授業のみ。それ以外は見よう見真似でなんとかするしかなかったっていうんだから。
 正しいふるまいさえ理解できれば迷うことがなくなるから、自然に浮かぶ表情もどことなくキリリというか、スッキリした表情かおが多くなった。

 大昔に和ノ国から輸入されて根付いたという桜並木を爽やかな気持ちで歩き、初対面の頃とは段違いなニコラの案内で講堂へ。
 俺とラウルの席は、一年ではなく三年の最前列。そこでまたどよめきが湧いた。

「どういうことだ!?」
「あのバッジ、見間違いではなかったんだ……!」

 目敏い者はバッジの数字に気付いていたみたいだね。その調子で騒いでくれたまえ。

「では若様、のちほどお迎えにあがります」
「ん」

 『若様』発言に、またもやザワつく周囲。
 使用人の帯同は禁止でも、側近の生徒はOKなのだ。アホな生徒が下位身分の生徒を勝手に側仕えにしまくらないよう、どちらかの保護者が予め学園に申告しておく。ニコラの場合は彼の父親だ。
 親子間でいろいろあったようだけれど、今は少しずつ本音で話し合いを続けているらしい。

「静粛に」

 教師が注意し、どよめきはおさまった。
 そんなこんなで入学式が始まる。学園長の挨拶の次は生徒代表の挨拶。生徒会長ではなく、前年度の首席が行う。
 高等部三年の挨拶が終わり、次は初等部三年生。
 そこに、最後の攻略対象がいた。

 ―――ルドヴィク=ヴィオレット。公爵令息。黒髪に紫の目。

 記憶では断罪時の冷酷な青年姿で止まっていたけれど、こうして見れば、やっぱり今は初々しさが勝つな。
 同じクラスになる俺とラウルに、彼は一瞬だけ目線をよこした。俺達はあらゆる意味で注目の的だから、深い意味はないだろう。

 プロのオーケストラの演奏が終わり、入学式は午前中で終了。うわゲームでも流れてたわこれ! と余韻に浸る間もなく、ランチタイムとなる。
 新入生は全員、食堂の利用方法について説明を受ける。でも俺とラウルは三年だし、利用経験もあるから説明は不要だ。
 ニコラが迎えに来て、三人で食堂に……と思っていたら。

「少しいいか?」

 壇上で声変わり後期の美声を披露していた同級生から声をかけられた。
 かつての面影―――という言い方はおかしいか―――はあれど、やっぱり全体的に幼い。
 ほかの連中にも言えることだけれど、『俺』は設定集や動作確認の画面なんかで、彼らのこういう時代をよく見ていた。けれど巻き戻る前の俺自身はそう接点がなかったため、この頃の姿があまり強く印象に残っておらず、こうして会うたびにどこかしら新鮮な気持ちになる。

 彼の隣には妹のルドヴィカもいた。性別の異なるよく似た美少年と美少女、近くで見ればこの年齢で既に迫力がすごい。
 双子の視線が示し合わせたように俺の首元にそそがれ、初めて気付いた。今日のクラバット、二人の瞳の色にそっくりじゃん。

「私はヴィオレット公爵の息子、ルドヴィク。こちらは妹のルドヴィカ。オルフェオ=ロッソとラウル=アランツォーネで相違ないだろうか」

 よく言えば落ち着きのある声なんだが、表情が無さ過ぎて人形が動いている印象しかない。整った外見と相まって、他人をひるませやすいこの双子が、実は相手を怖がらせないよう常に気遣っているんだと、何人が理解しているんだろう。

「はい。私はロッソ伯爵の息子、オルフェオと申します。こちらもアランツォーネ男爵の息子ラウルで間違いありません。何か御用でしょうか?」
「クラス代表として、学園長からおまえ達のことを頼まれている。せっかくだからランチを一緒にどうだろうか」

 ―――きたきた。学園長先生グッジョブです。「ヴィオレットくん、すまないがあの子達の面倒を見てやってくれるかね?」を超期待しておりました。
 人通りのある場所で声をかけてきたのは、飛び級生に変なちょっかいを出すなよと、そこらへんにいるであろう妬み屋を牽制けんせいしてくれているんだろう。このヴィオレット兄妹、無表情がデフォルトだからわかりにくいだけで、結構そういう点に気を配れるタイプなんだ。

「ニコラとラウルは構わないか?」
「僕は問題ありませんよ」
「僕もです」
「では、ぜひご一緒にお願いします」
「……うん」

 おや、ルドヴィクくんたら微妙な反応。いつも彼と一緒にいるモブ兄さん達も「おや?」て顔になったね。
 公爵令息にランチに誘われれば、みんな即座に「喜んで!」て飛びつくか、怯えながら頷くかのどっちかなんだろうな。
 でも俺は上位者に媚びを売る必要なんてないし、ニコラとラウルの意思を大事にしたいんだよ。身分的に断れないのはこの二人も同じとはいえ、こういう意思表示をしておくか否かで、ニコラとラウルに対する扱いが変わる。

 ヴィオレット兄妹はこういう返しに慣れないのか、少し困惑している。
 一方、モブ兄さん達は明らかに俺への警戒を解いた。

 同じクラスのステファノ=カルネ子爵令息と、高等部一年のサミュエル=ジャッロ子爵令息、同じく高等部一年のフィン=アルジェント伯爵令息から自己紹介をされた。
 モブ従者トリオに名前と顔がついた瞬間。当たり前だが、この世界で生きている人々にモブもメインもない。

 ゲームでは三人ともめっちゃ陽キャラで、ルドヴィクの恋路を「女の子には優しくしなきゃダメですよ~」「フラれちゃっても知りませんよ~?」みたいに揶揄からかう、シリアスの緩和要員だった。
 でもこの変化でピンときた。こいつら三人とも、ラウルに近い人種だ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔王様として召喚されたのに、快楽漬けにされています><

krm
BL
ある日突然魔界に召喚された真男は、魔族達に魔王様と崇められる。 魔王様として生きるのも悪くないかも、なんて思っていたら、魔族の精液から魔力を接種する必要があって――!? 魔族達から襲われ続けますが、お尻を許す相手は1人だけです。(その相手は4話あたりで出てきます) 全体的にギャグテイストのハッピーエンドです。 ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿しています。

婚約破棄されたから能力隠すのやめまーすw

ミクリ21
BL
婚約破棄されたエドワードは、実は秘密をもっていた。それを知らない転生ヒロインは見事に王太子をゲットした。しかし、のちにこれが王太子とヒロインのざまぁに繋がる。 軽く説明 ★シンシア…乙女ゲームに転生したヒロイン。自分が主人公だと思っている。 ★エドワード…転生者だけど乙女ゲームの世界だとは知らない。本当の主人公です。

生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました

雪乃カナ
ファンタジー
世界が退屈でしかなかった1人の少年〝稗月倖真〟──彼は生まれつきチート級の身体能力と力を持っていた。だが同時に生まれた現代世界ではその力を持て余す退屈な日々を送っていた。  そんなある日いつものように孤児院の自室で起床し「退屈だな」と、呟いたその瞬間、突如現れた〝光の渦〟に吸い込まれてしまう!  気づくと辺りは白く光る見た事の無い部屋に!?  するとそこに女神アルテナが現れて「取り敢えず異世界で魔王を倒してきてもらえませんか♪」と頼まれる。  だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──  でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!! この作品は加筆修正を加えたリメイク版になります。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

親友と幼馴染の彼を同時に失い婚約破棄しました〜親友は彼の子供を妊娠して産みたいと主張するが中絶して廃人になりました

window
恋愛
公爵令嬢のオリビア・ド・シャレットは婚約破棄の覚悟を決めた。 理由は婚約者のノア・テオドール・ヴィクトー伯爵令息の浮気である。 なんとノアの浮気相手はオリビアの親友のマチルダ伯爵令嬢だった。 それにマチルダはノアの子供を妊娠して産みたいと言っているのです。

新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!

月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。 そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。 新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ―――― 自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。 天啓です! と、アルムは―――― 表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

追放された悪役令嬢は残念領主を導きます

くわっと
恋愛
婚約者闘争に敗北した悪役令嬢パトリシア。 彼女に与えられた未来は死か残念領主との婚約か。 選び難きを選び、屈辱と後悔にまみれつつの生を選択。 だが、その残念領主が噂以上の残念な男でーー 虐げられた悪役令嬢が、自身の知謀知略で泥臭く敵対者を叩きのめす。 ざまぁの嵐が舞い踊る、痛快恋愛物語。 20.07.26始動

処理中です...