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反撃の準備

26. 某所で中途半端な巻き戻り疑惑

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 ラウルとの面接を終えた夜、子猫に隣国の令嬢について問い詰めた。

「にゃんだそれ? 隣国って、エテルニアか?」
「エテルニアの男爵令嬢だそうだ。どう考えてもヒロインだろう。ほかに介入しそうな奴でもいるのか?」
「うにゃ、いないぞ。でもこのペンを作らせようとするなら、あっちの世界の記憶持ちしかないよな」

 子猫は箱の中のガラスペンを見おろし、首をひねった。

「何も変えなきゃこう進むっていう流れでは、二百年後ぐらいに東方の和ノ国のガラス職人がペン先分離型を、その百年後に総ガラスのペンを作るはずだったんだ」
「……金属ペンやインク内蔵型のアイデアを出したのはまずかったか?」
「みゅ、それはおまえ以外でも考えてる奴はいるから不自然じゃない。歴史は干渉に応じててき修正されるもんだし、辻褄を合わせて流れていくから心配いらないぞ。おまえが一番、現実的な案を出したってだけだ。……ヘンな介入をしたのは、あの娘ヒロイン自身かもな」

 基本的に魔法のないこの世界において、ヒロインにだけは不思議な力がある。
 その昔、愛の天使が地上に舞い降り、心も身体も疲弊した人々のために国をつくった。それがのちのエテルニア王国だ。
 ゲーム設定のひとつであり、この世界で普通に知られた建国物語のひとつである。

 知られていないのは、その国でごく稀に『天使の祝福』を持つ娘が生まれること。
 彼女は幼い頃から人の心を癒やす力を持ち、物語前半では数々のイケメンに無意識にそれを発揮する。
 後半では攻略対象との愛が深まるにつれ、肉体疲労や傷にも効果が及ぼせるようになる。各ルートのハッピーエンドでは『なんだか謎だけれど不思議で素敵な力』のまま終わり、逆ハーレムのトゥルーエンドでは伝説の聖女だと判明して、エテルニア王国から『天使の乙女』の称号をもらう展開になる。
 王族に準ずる『天使の乙女』は、地位や身分の高いイケメンをたくさんはべらせていいんだってさ。

「天使の加護があるのなら、敵対は避けるべき……?」
「んなモンないから気にすんな。元々エテルニアは永遠に続く不毛の地って呼ばれるぐらい環境が厳しくて、妊婦の死亡率がめっちゃ高かったから、そこに住む女の回復力を高める祝福を土地全体に与えたんだ。今はだいぶ薄まってるし、影響を受けた娘が百年に一人生まれるぐらいで残りカスみたいなもんだぞ」
「残りカス」

 奇跡の力の正体が、残りカス。切ない。
 『永遠とわの愛と豊穣の国』という謳い文句との落差が激し過ぎる。

 しかしこれで、歴史上の疑問が一つ晴れた。あの国は海側が断崖絶壁なのに加え、袋状に連なる山脈のせいで他国とは交流が難しく、袋の出口にあるアルティスタしか行き来がない。
 同じ民族、同じ言葉、文化も技術も何もかもアルティスタから吸収して豊かになろうと頑張っている小国を、どうして今までこの国に呑み込んでしまわなかったんだろうと不思議だったんだ。大昔は支配しても旨味のない土地だったんだな。
 もし流刑地であればエテルニア人への差別が酷いはずだがそれもなく、両国は普通に友好国だ。

「つまり天使と呼ばれる存在がいたとしても、特別にヒロインを守っているわけではないから心配無用?」
「そゆことだな」

 フェランドの裏を知って以来の衝撃の事実だが、一方で納得もしてしまった。
 あのゲームは魔王や邪神と戦うでもなし、別に聖女がいなくても成り立つ世界観だったんだ。
 ストーリーにちょっと不思議な要素を加えるために、ヒロインが不思議な力を持っている設定を足した。それだけだった。
 
「愛が深まるにつれ能力が強くなるというのは?」
「そりゃ、男女ともに健康でにゃんにゃんして、子づくりするためだな♪」

 そおっっっいう『愛』かよ!?
 あっ、もしかしてまさか、有能な男でハーレムを作るのは国家から推奨されてたり!?
 ヤダぁ~~、も~~っっ!!

「みゅふ。おまえ顔が嗤ってるぞ」
「おまえこそ」

 あ。でも、アレッシオとにゃんにゃんはダメだ。想像もしたくないし嗤えない。
 それは絶対にダメだ、許さん。
 ジルベルトもダメだぞ。やらんからな。

「ちなみにだな、あいつはおまえと逆で、こう祈っていたんだ。『また同じ人生を送りたい』ってな」

 生まれ変わっても、またみんなと出会って恋をしたい―――そう望んだ結果、彼女の力が『繰り返しの生』に干渉し、前回の記憶を保持しているのではないかということだ。

「あっちの世界の記憶も、僕の力に乗っかった影響じゃないか? 僕が条件付けをしてないから、プレイヤーの記憶がランダムで選ばれたはずだぞ」
「そうなるのか。……あちらはゲームキャラの『アンジェラ』に転生をしたと思い込んでいるかな」
「有り得るな。本人が繰り返してるだけなんて知りようもないしな」

 みゃひゃ、と嗤う子猫。この先もこいつとは仲良くやれそうだ。

「『攻略本』の人格に侵食されていると思うか?」
「いんにゃ。おまえとは状況が違うから、本人のまんまだろな。どのみち区別はつかないと思うぞ。向こうの『攻略本』の性格はアンジェラ=ローザにそっくりな奴のはずだ。条件が曖昧なら、波長や性格の近い記憶が優先されるからな」
「別人になっていないのは助かる。大幅に変わっていたら、あの力の対処に難儀するところだった」
「それ以前に、もう『力』なくなってるだろ。記憶の巻き戻りに反発して、強引に保持したんだ。使い果たしちまうに決まってるじゃん」
「なんと。それは愉快なことを聞いた」

 近場の職人全員からそっぽを向かれ、もうこの国に移住するまで何も作り出せない。さらには伝家の宝刀『天使の祝福』すら失っているのなら、もう俺の脅威にはならんな。
 早めに消えておいてくれたら万々歳だが、それでは面白みに欠ける。
 俺の破滅を踏み台に聖女気取りだったあの娘には、正直言ってフェランドの次に根に持っている。転落するさまを是非見てみたい。

「僕もそれは見てみたい。……なんか最近、おまえにシンパシー感じるにゃ」

 子猫がもにょもにょ顔を洗いながら呟いた。



   ■  ■  ■ 



 さて、俺の側近となる二人だが、まずニコラの行儀作法がめちゃくちゃだったので、これを何とかするのが先だとアレッシオとメイド長の短期集中スパルタ教育に放り込まれてしまった。
 現状、即戦力になっているのはラウルだ。後日アランツォーネ夫妻が挨拶に来たけれど、男爵は熊みたいな体格の豪快なおっさんで、夫人はラウルそっくりだった。貴族的な優雅さより商人のバイタリティに溢れ、それでいて礼儀はきちんとしている。俺を子供と舐めている感じもなかった。

 この親子のおかげで、俺はアランツォーネ商会の人員やコネを、かなり広い範囲で自由に使えるようになった。
 おもに俺じゃなく、ブルーノ親子のお使いに活用してもらっている。

「ニコラはうまくやれているか?」

 湯上がりホカホカの俺に飲み物を出しながら、アレッシオが頷いた。
 エルメリンダは使用人棟に戻っている。相部屋のメイド達と仲良くなれたそうだ。

「ご自分を卑下されることが多いのですが、教える側としては物覚えの良い生徒はやりやすいですね。憶えたことをきちんと実行できていますし、真面目に取り組んでいますのでメイド長からも評価が高いです。あとは本人が自信をつけるだけですね」
「自信か。あいつの場合、それが一番難しそうだな」
「そうでもありません。姿勢を矯正するだけでも、自然と何割か回復するものです」

 なるほど確かに。あの俯き姿勢はネガティブさが強調されるし、「こいつ暗そうだな」という周囲からの視線に委縮していた面もあるだろうから、あれを直すだけでも効果はありそうだ。

「まだ少し湿ってますね」

 アレッシオは乾いた布を持って来て、ソファの背後から優しく毛先を包み、揉みこんでゆく。しっかり拭いたと思ったのに、まだ濡れていたようだ。
 タオルがないから、身体も髪もただの布で拭く。はっきり言って心地の良いものではない。吸水力は悪く、余分に何枚も布を使う。
 アレッシオの手つきは最高に心地いいけどな……。

「ところで若君。夜更かしをされてますね?」
「っ。……いや、これはその……」

 あの二人のおかげで、あれもこれも出来そうって思うとつい、熱が入って、そのね。

「若君?」
「……今後気を付ける」
「気を付けるだけではいけません。『しない』と約束なさい」
「…………」

 視線を彷徨わせていると、アレッシオが呆れた溜め息をついて髪から手を離し―――その際、首筋に指先がかすめた。
 おまえ、わざとか?
 ビクッとして変な声が出そうになったじゃないか。
 真っ赤になってそっぽを向いたらクスリと笑われたので、やはりわざとだ。

「あなたがとても勤勉なのは知っていますが、寝不足は許しませんよ」

 釘を刺しながら、仕上げとばかりに額にちゅ……って、アレッシオさんんん!?

「おやすみなさいませ。良い夢を」

 ちょ、おま、―――眠れるかあああっ!!


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