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反撃の準備
23. 主役なのにアウェーな服づくり
しおりを挟む「父に調べさせますか」
「いや。話してもいいが、調べなくてもいい。白黒つけても無意味だし、ブルーノの仕事が増えるからな」
改めて頭をよぎるのは、もし『オルフェオ』の救済ルートがボツにならなかった場合、『悪役』は誰だったのかということ。
攻略対象五人のルート全てにおいて悪役を張った俺が悪役ではなくなり、ヒロインとともに立ち向かうであろう『真の悪』は、金太郎あめ悪役なんぞ比較にならない『怪物』が用意されるはずだ。
俺はシナリオ班になったことがなく、ボツ案データの中、どこまでそれが書かれていたのかは知らない。けれど同僚達の好みや傾向は知っている。あからさまな悪役の次は、「まさかこの人が」と思われる人物を真の悪に設定するだろう。
ジルベルトの肩を叩き、微笑みながら励ましてやったあの優しい義父に裏の顔があった……という展開は、いかにも彼らが好みそうだった。
フェランドが真っ黒なのは確定として、果たしてヒロインがみんなと一緒に糾弾できるような、わかりやすい『悪事』を奴が用意してやっているのかどうか。
―――確実に『悪事』と断定されてしまう、法に触れる行為には手を出さない気がする。
問える罪がないから簡単に断罪できない、そういうタイプなのではないか。
ブルーノ父には、ただでさえ領の現状の調査にも時間を割いてもらうのに、こんな底なし沼みたいな調査までさせたら過労待ったなしだ。せっかく回避した死亡フラグをまた立てたくはない。
「せっかく回避した闇フラグはぶっ立てちまったけどな」
子猫が茶々を入れてきた。
だから何だそれ。どこにそんなもんがあるって?
おいコラ、子猫ムーブで誤魔化すな。この俺様のゴッドハンド(猫専用)で身体に直接訊いてやろうか……なんてわきわきしていたら、昼食の時間になってしまった。
「アムちゃんお食事ですよー♪」
「みゃみゃみゃ~ん♡」
本日のアムレート様のお食事は、塩を使わない油分少なめ自家製ツナだった。
くっ、ツナに負けた……。いいもん、俺のゴハンだってアレッシオが運んできてくれたから。ツナより下扱いされたって悲しくないもん。
昼食後、王都で一、二を争うと評判の仕立て屋と革職人と細工職人が来た。
「前もって伝えた通り、若君の身長が予測以上に伸び、お召し物がどれも入らなくなってしまいました。急ぎでお願いします」
「かしこまりました」
え? 着られる服いっぱいあるけど?
―――アレッシオの全身から立ちのぼる静かな気迫に口をつぐんだ……。
嫌な予感は当たり、制服はもちろん普段着と礼服も何着か仕立てることになって、デザイナーと執事がそれはもう白熱した。普段着はフルオーダーじゃなく、既製品を俺のサイズに直し、刺繍やレースで装飾を加え、お洒落にアレンジかつ安価に抑えるのだそうだ。
既製品といっても同じデザインは二着とないし、貴族用だから質もいい。
おそらく俺の『贅沢』を咎めさせない対策だが、富裕なロッソ家の若君が贅沢をさせてもらえないなんて、世間的には不自然である。だから『予想以上の成長期』を口実にしたわけだな。春先によくある注文だそうで、デザイナーはすんなり納得した。
貴族には既製服なんてってバカにする人が多いけれど、フルオーダーは仕上がりまで日数がかかるし、懐事情の厳しい家もあるから、なんだかんだで需要はあるらしい。
そして採寸後の着せ替えショーが開催された。人形は俺だ。山と積まれた服を、あれもこれもと着せ替えられた。
これ、男の俺には無関係な世界と思ってたぜ……それでもドレスよりマシなんだろうから、ご婦人方は本当に大変だ。今度イレーネに会ったら労ってやらないと。
服のデザインの確定と注文に合わせ、靴や鞄、小物の注文もする。服のイメージに合わせなきゃということで、こちらもやはり白熱した。白熱しているのは執事とメイドとデザイナーさんだけで、つまり俺以外の全員。
俺としても、見栄えをよくしときたいなって思ってはいたけど、昔も今も自分の服に関してだけはセンスがないんだよ。『俺』の私服は白黒上下のヘビーローテーションだったし、悪役令息時代は金にあかせてゴテゴテギラギラしたのばっかりだったからさ。
仕立て屋の皆さんは、フルオーダーじゃないぶん楽な仕事になると踏んでいたみたいだけど、いざ始めたら『既製品をいかに上品でオリジナリティあふれる上ランクの品に変貌させるか』っていう制約に燃えちゃったみたいだ。
うちの執事がさりげなくプロ魂を煽ったからな。
なんで急に、こんなことを始めたのかはいまいちわかんないけど……。
どんな服が何着出来て、どんな小物がいくつ出来るのやら、もう俺には把握しきれない。
■ ■ ■
とにかく着られるものがないから特急でとアレッシオが伝え、試着の段階でほぼ身体に合っていた一揃えが、翌朝には到着した。エルメリンダいわく、飾りボタンやレースの刺繍が増えているそうだ。
へーそうなのか。こんな服あったっけレベルで、俺の記憶は飛んでいる。
「エルメ。これ、派手じゃないか?」
「いいえ。このくらいじゃないとお衣装が負けます」
なんだそれは。
半信半疑で袖を通してみれば、どこの王子様かと我が目を疑う、気品溢れる美少年が出現した。
「服って、顔の一部だったんだな」
「そうですよう」
アレッシオがこれまでの服をバッサリ切り捨てた意味がようやく理解できた。文字通りすべて分解して売っ払う気らしく、メイド達がせっせと売りやすいパーツに変えてくれている真っ最中なんだそうな。
エルメリンダも内心ではずっと我慢していたそうで、今回俺の支度を手伝ってくれる間、終始ご機嫌だった。
上着は赤銅色。襟元と袖、裾の部分を、何種類かの赤糸で描かれた花の刺繍が縁取っている。
ベストは上着と同じ色だが、縁取りの刺繍には黒檀色の糸が使われていた。
ネクタイの原型である首に巻くクラバットは、ふんわりとした藤紫。紺糸や金糸でさりげなく模様が施され、クラバットのズレを防ぐために刺す金色のピンの先には、濃紺の色ガラスがはめ込まれている。
邪魔にならない普段着として、袖や裾から覗くレースの量自体は控えめ。けれどクラバットに近い色合いのそれは、以前の服とは手触りも繊細さも段違いだった。
象牙色のズボンは今後の成長を想定してか、ほんの少しゆとりがあり、けれど布が余っている感覚はない。服と色を合わせたブーツも履き心地がよかった。
上から下まで、自分では絶対に選ばないデザインと色ばかりだ。それがこの上なく完璧に似合っている。
俺の髪も目も主張の激しい赤なのに、赤系統でまとめたら全体的な雰囲気が落ち着くって嘘だろ。藤紫なんて生まれて初めて手に取ったぞ。赤と紫の組み合わせなんてイヤラシイ雰囲気しか出ないと思っていたのに、この上品さはいったい何だ。
「わかさま、おにあいですぅ……うう、ぐすん……」
「大袈裟だぞ、エルメ。泣くほどのことか?」
「なきますよう」
初めて自分に似合う服を用意してもらえたってだけなんだけどな。俺自身、衣類だけでこんなに変わるもんなのかって驚いているし、エルメリンダの感動もわからないでもない。
他人が着ている服ならセンスの有無が判断つきやすいのは、要はその人に似合う服かどうかで印象がだいぶ変わるっていう単純な話なのかも。
王都邸に到着した初日、俺が着ていたのはくすんだモスグリーンだった。
よく俺にそんな色の服を着せようって思えたよな。
モスグリーンに罪はないんだよ、ただ俺の容姿には絶望的に合わない色だったんだよ。色と色が戦って、敗北したグリーンがみすぼらしく見えちゃう現象。
さすがに既製服ではなかったと思うけど、今までの俺の服はどれもこれも誰かの悪意しか感じない。
あれを平気で着ていたから、王都のデザイナーにもアレッシオにも、全然意見を求められなかったわけだ。
いかにも悪役っぽい外見になるのが嫌で、質素めの服はむしろ歓迎だったんだけどさ。こんなに刺繍やレースがいっぱいでも、デザイン次第でギラギラゴテゴテにはならないなんて目からウロコだった。
「若君。学園の―――」
アレッシオが固まった。
「―――失礼いたしました。入学証書と学生バッジが届いております。ご覧になりますか」
「見る。……このような色は初めて着るんだが、似合うか?」
「お似合いです。……とても」
おっ!? アレッシオから感嘆の溜め息をいただきましたよ!?
よっしゃー、自信持っちゃうぜ!
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