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反撃の準備

18. 作戦失敗

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 ロッソ邸に戻り、さっそく調合に取り掛かった。
 といっても、作り方は至極簡単。材料を合わせて数時間水につけるだけだ。

 必要な材料は全て自室に揃っている。
 何種類ものハーブを美しく束ねた壁飾りは、香りと見栄えが良いだけでなく、虫よけになる匂いを発する。俺の到着に合わせて作られたそれは、新鮮で埃もなかった。
 花蜜は二~三種類の小瓶を、常時机の上に置いてある。勉強疲れの時に舐めたら頭がスッキリするのと、ひょっとしたらいつか利用できるかもなと、該当の蜜もストックさせていた。
 容器はからの香水瓶を使う。瓶自体が芸術作品のように美しく、気に入ったものは捨てさせずに、何本か部屋の棚に飾っている。

 成分がとけこみやすくなるよう、指で揉み潰したハーブを空瓶に入れ、花蜜をたらし、水をそそぐ。
 蓋をして振って放置、夕食後にはもう出来上がりだ。
 爪の先につけた微量を舐め、じんわり効果が出るのも確認した。

「ねえ。おまえ、ホントにやんの?」
「善は急げと言うだろう」
「……『攻略本』の人選をミスった。にゃんてことだ……」
「そういえば、どんな基準で選んだんだ?」
「一番あのゲームに詳しい男。そしたらオマエみたいなのになっちゃった……」
「ちゃんと配慮して同性の中から選んでくれたんだな。それなのに、こんな面白みのない奴になってすまない」
「ちがう。にゃんか違う……!」

 消灯後、目立ちにくいランプの灯りを片手にこっそり寝室を出て、アレッシオの部屋に突撃した。

「若君? どうなさいました、このような夜更けに」
「突然すまない。内密の話があるんだ」

 崩した前髪とラフな格好の色気が俺の心臓を止めにかかってくるんだが、なんとか耐えて部屋に入れてもらった。
 サッと視線を走らせて、素早く室内をチェック。本邸の執事部屋と同じように、収納の位置や間取りが、生活音にも配慮した設計になっているのを確認した。
 執事の部屋は家によって千差万別で、上級使用人ですら劣悪な環境下に住まわされている所もあるらしい。ロッソ家は代々、使用人を健康に保たせればパフォーマンスが良くなるのを知っていて、他家よりもいい住環境を与えている。

 つまり、うちの執事部屋は夜中でも外に音が盛れにくい。
 ソファを勧めようとしたアレッシオの口が開いた瞬間、懐の小瓶を取り出し、口内へ吹き付けた。

「なっ……!?」

 アレッシオはギョッと口元を押さえ、愕然と俺を見た。即効性で濃度も高めにしたから、俺が何を飲ませたのかはすぐにわかるだろう。

「はッ、っ……!!」

 彼の呼吸は荒くなり、絨毯にがくりと崩れ落ちた。
 俺は服を全て脱ぎ捨て、裸体をアレッシオの前に晒した。とび色の目が見開かれ、「信じられない」と言いたげに見上げてきた。

 俺は成長期が早く来て、早く終わるタイプだ。
 このとき俺の身長は百六十センチを少し超えている。もうエルメリンダより背が高いんだ。
 しかも金太郎あめ悪役の下品な表情を捨ててみれば、幻の攻略対象としてデザインされた容姿の美しさが年々際立ってきた。
 理性の飛んだアレッシオの目には、魅力的に映るのではないか。
 
「すまない、アレッシオ。私はいざという時、フェランドより私を優先してくれる味方が欲しい」

 声が震えた。
 しょうがない。これでも正直、胃が引っくり返りそうなぐらい緊張しているんだ。

「こんな方法で弱みを握ろうとする私を恨んでも、多少乱暴に扱っても構わないよ」
「わか……ぎみ……」
「永遠に縛るつもりはない。今から五年だ。それが過ぎれば、私はおまえの前から去ろう」

 リミットは十八歳後半。しかし計画は余裕をもって立てるべきだ。
 そしてできれば、俺がいなくなった後は、ジルベルトとともにイレーネとシルヴィアを守ってくれ。



   ■  ■  ■ 



 ……なんて思ったんだが。

 よっしゃ完璧! と思っても、実際スタートしてみれば思惑通りに進まないことは往々おうおうにしてある。
 
 やっちまったなぁ、俺……。

 大量の汗をかきながら床で歯を食いしばっている男を、俺は体育座りでしゅーんと見つめていた。
 現在いまのアレッシオの倫理観と精神力を見くびっていた。ヒロインに会うまでは来るもの拒まず(ただし同性に限る)のお兄さんだったから、いけると思ったのにな。
 無駄に苦しめるだけになっちゃったな。
 ごめんよ……。

『それ以上近付いたら、舌を噛みます……!』

 すごい眼光で睨まれ、二メートル以上近付かせてもらえない。
 あの目は本気だった。理性がぐらぐらになっている分、ブレーキがかからず全力で噛みそうな怖さがあった。
 そうなったら死ぬ気はなくとも、すんごい大怪我するよね……脅すどころの話じゃなくなるよ。
 あーあ……。

 本来は飲み物で希釈きしゃくして使うものだから、ひと吹きでもしっかり効いているだろう。
 出すだけ出したら早く楽になれるのに、アレッシオは全力で拒んだ。
 目の前に苦しんでいる人がいるのに、何もできずに眺めているだけって、時間がすごく遅く感じるんだね。完全に俺のせいだから、なおのことジリジリするよ。

 何十分が経ったのか、呼吸が少しだけ落ち着いて、身体を起こせるようになった。
 ふらつきながら立ち上がるのを支えようとしたら、ギロリと睨んで拒絶された。
 めっちゃ怖い……やべ、泣きそう。

「汗を、流して、きます。あなたは、そこに居て、ください」
「え?」
「私が、戻るまで……逃げずに、居てくださいよ。絶対に。逃げたら、怒ります」

 いやもう、怒ってるじゃん……なんて言いません、言いませんとも。だからそんな睨まないでってば。
 アレッシオは俺が頷くのを確認し、それでも信用ならなかったのか、俺の服を掴んでふらふらと浴室に持って行ってしまった。
 マッパじゃ廊下に出られないよね、うん。
 春先とはいえ夜は寒く、ソファにあった膝掛けを取ってくるまった。

 電力はまだないけれど、上下水の設備はしっかりしていて、風呂には水の出るポンプと熱湯の出るポンプがある。
 見た目は井戸で見かける手押しポンプに似たやつで、熱湯を溜めておくタンクがあるんだよね。夏場は熱湯タンク周辺の地獄度が上がっちゃうから、湯が欲しければその都度、厨房で沸かして運んでもらうか、水浴で済ませる。
 その他住み込みの使用人の風呂は共同で、入っていい時間が決まっている。風呂付きの個室を与えられている執事とメイド長は、職務に障りがない範囲で自由に風呂に入れるんだ。

 アレッシオは十分もしないうちに出てきた。大量に汗をかいただけじゃなく、出すものも出したんだろう。
 部屋置きの飲料水の容器に直接口をつけ、グラスを使わずそのままがぶ飲み。ごくごく上下する喉から目が離せない。

「ふー……」

 満足したのか、袖で乱暴に唇をぬぐった。さっきまでと別のシャツは、上のボタンが二つまっておらず、湿った髪は適当に指ですいただけ。
 普段の禁欲的な姿が嘘のような色気爆弾は、なんということでしょう、ゲームの攻略対象アレッシオにそっくりではないか。
 ゲーム時より若いけど、眉間に深~い谷を作り、憎々しげに睨んでくるこの表情、まさに悪役令息に向けていたあれだよ。

「何を泣いているんですか。泣いても許しませんよ」

 わぁ、容赦ない―――え、俺、泣いてる?
 指でほっぺに触ってみれば、確かに濡れていた。変だな、巻き戻ってからは一度も泣かなかったのに、怒られるのが怖くて泣くなんて子供みたいな反応じゃないか。
 アレッシオは大きく息を吐き、相変わらず絨毯の上で体育座りをしている俺の真ん前にあぐらをかいた。


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