上 下
14 / 187
反撃の準備

14. 神ならぬ身では折れないフラグ

しおりを挟む

「あなた様のご成長には、目をみはらずにいられません。どのようなご心境の変化があったのですか?」

 俺の変貌を数値で目の当たりにしてきた家庭教師の先生が、遠慮がちに訊いてきた。
 彼は四~五年前、俺の学業態度の悪さを報告したきり、フェランドとは一度も顔を合わせていないそうだ。各教科の成績表は執事のブルーノに提出され、ブルーノがフェランドに渡すのだが、奴は目を通しもせずさっさと片付けているらしい。

 折れ線グラフにしたらカキーンと良い音が鳴りそうな事実を、ブルーノは口にしなかった。
 それでいいと思う。ブルーノがクビにされたら困るし、まだこれは秘密にしておきたい。

「ん……継母ははうえとジルが思いやってくれて、ようやく息がつけたからかな……」

 ほんの少し顔の角度を調節して微笑んでみせた。『オルフェオ』は幻の攻略対象なだけあって、三下っぽい金切り声を上げてなけりゃ、薄幸の美少年路線が案外いけるんだよ。

「先生にお願いしたいのですが、私が学園に入学するまで、もし父上にお会いすることがあっても、私をあまり褒めないよう気を付けてください。できれば先生には、今後ジルのことも教えてあげて欲しいのです」
「……わかりました。気を付けましょう」

 高位貴族の闇あるあるが一気に浮かんだのか、先生はすごく同情的になってくれた。

 成績のからくりはあれだ。当方、お子様の皮を被った中身アラサーでして。教科の中には『俺』の知識を流用できるやつがあったし、それ以外は受験生時代の語呂合わせや暗記法が大変お役立ちだった。
 お子様の記憶力って素晴らしいぞ? 脳みそがほんと柔軟。
 幻の攻略対象っていう裏設定も、多分俺の基本スペックに生きている。
 お勉強って楽しいなあ(ドヤってみる)。……いいじゃん、どうせハタチまでの天下なんだから。

 ―――近頃、フェランドを見る使用人の瞳の中に、かつて俺が馴染んでいた色が混ざるようになった。
 恐怖。得体の知れない何かを見る目。
 誰もが大きく変化している中、フェランドだけが変わらない。

 奴の中で、俺はいまだに出来損ないの我が儘坊やで固定されている。奴が使用人を思いやる言動も、単なるポーズに過ぎなかったと皆にバレた。
 『オルフェオ』に負けず劣らず、奴は下々の言葉なんてこれっぽっちも気にかけちゃいない。だから俺を精神的に追い込むための行動を変えず、俺と周りがとっくに変化してしまっている事実を察せられないでいる。

 中間結果は上々。心残りは―――未だブルーノに、彼の息子のことを訊けていない。

 寿命の問題があるから今回も結婚予定はないけれど、それはそれ、これはこれ。
 頼めば会わせてもらえそうだとしても、どうなるかわかんなくて怖いんだよな。できれば欲しい人材なんだけど……。
 少なくともチートキャラの敵対だけは避けられたんだし、それで満足しとくしかないか。



   ■  ■  ■ 



 ずっと理想化していた『素晴らしいお父様』は、ただの幻想に過ぎなかった。
 ならばあの男は本当に、世間の評判通りの『ご立派な領主様』なのか?
 領内で密かに行われていたとされる、違法な薬物の原料となる植物の栽培や密売。俺がやっていないとすれば、誰が、いつからそれを始めた?

 ガリ勉お坊ちゃまにジョブチェンジした俺に、ブルーノがロッソ領の資料を見せてくれるようになった。
 それを読み進めるにつれ、自分に着せられた濡れ衣の形が徐々に見えてきた。

「どいつもこいつも、買い被ってくれたものだ。私にこれは無理だろうよ……」

 もし俺が本当にそんなを始めるとすれば、財務の関係者を仲間に引き入れ、人目につかない土地を確保し、育てる人員を確保し、侵入者や作業員の逃亡を防ぐ用心棒も確保し、どんなに最速でスムーズに事が進んでも準備段階だけで数年はかかる。
 販売ルートや顧客も確保しなければ商売にはならない。その場合、新たに開拓するより既存のルートを利用したほうが手っ取り早いだろう。俺に伝手つてはないから、それを持つ誰かを共犯にする必要がある。

 あのな。俺にこれが可能だったって?

 フェランドが病に倒れ、ハリボテ領主を始めたのは十七歳の夏。
 投獄されたのは翌年、十八歳の春。命が尽きたのは、おおよそ半年後ぐらい。後半は意識が朦朧としていたけれど、誕生日は来ていなかったように思う。
 俺のハリボテ領主期間は、わずかもわずか。
 この俺が、そんな短期間で、そんな大事業を成功に導けるわけがなかろう?
 何年も前から着手していたとするなら、その時俺はいくつなんだ。天才か俺。
 そんな才覚があれば、あんなに腐るかってんだ。

「長男の不始末の責任を取り、家督を優秀な次男に譲って、子爵領に移り住んだ……」

 地図を片手にロッソ家の収入源を学び直したら、笑いそうになった。
 そうかそうか、あれはそういうことだったか。やっぱりな、あの野郎がそんな殊勝な人間なのか疑わしかったんだよ。

 ロッソ家が豊かなのは、領内で良質の宝石が採れるからだった。
 そのうち、最大の採掘場が、例の子爵領にある。

『あなたがいなくとも、この愚弟がちゃんと領地を立て直しますので、どうかご安心を』

 つまりあいつは、ていよく押し付けられたわけだ。
 義兄あにの不始末を。傾ききった領地の立て直しを。
 大勢の民の生活を元に戻すために身を粉にして働くのはジルベルトの責務になり、フェランドは悠々とそれを逃れ、豊かな子爵領に引っ込んだ。
 療養の名目でしばらく住んでいた別邸が本邸になるぐらいで、奴の生活はたいして変わらなかったろう。
 そういうことだった。

 頭の中でフェランドの脳天に五寸釘をぶっ刺しながら資料を閉じれば、窓を叩く音がした。
 飾り格子に嵌め込んだガラスに、外側から水滴が散っている。
 雨だ。

「…………」

 そういえば。
 嵐が来るんだよな。
 俺がいかに悪党かを語るためだけに用意された事件のひとつ。

 ……それって、どんなものだ?

 ジルベルトが十六歳の年の、『夏の名残が色濃く残る季節』。
 残暑。
 発達した熱帯低気圧。
 海上で発達したそれは上陸直後からどんどん弱まり、後半はスピードを上げて駆け抜けてゆく。
 だいたい似たような進路を通るのに、たまに変な進路を取ることがあるんだよな。強い勢力を保ったまま備えの乏しい地域を直撃した日には、被害がえらいことに―――いや、まさか。

「まさか」

 慌てて王国の地図を広げた。
 アルティスタ王国は国土の南が海に面し、国土は横長で、右側が少し上に傾いている。
 北寄りの中央に王都があり、ロッソ伯爵領は王都から見て東。
 ロッソの南に豊かな田園地帯を挟み、さらに南は王族の直轄領だ。港があり、気候は年じゅう穏やかで、貿易や漁業で栄えている。
 王都を含めた東側では嵐が少ない。
 逆に西側、海寄りの地域は特に、季節になるとたびたび猛烈な嵐に見舞われているそうだ。

 ―――台風フラグなんて、神にでもならなきゃ折れやしないじゃないか!

 どうすんだよ。この世界、それをちゃんと研究する学問はないんだぞ。
 空模様に一喜一憂するのは農民か船乗りぐらいで、自分の生活や仕事に直接関わりがなければ気にしない人が大多数だ。

 天災は人の身で読み通すことなどできず、来たらとにかく耐えるしかない。
 去った後で被害状況を確認し、順次手を入れる。
 すべて領主の裁量によって行われ、その土地だけで完結し、国への報告はすれど、他領には共有されない。近隣の領地が気にするのは、食糧不足が自領にまで波及しないか、難民が流れ込んで来ないかどうかだけだ。

 うちの領はどうだ?
 ……領主側にも、民の側にも、いざそれが降りかかった時のノウハウは、おそらくない。

 飛躍し過ぎだろうか。
 でも、これが当たりだったとしたら。

「青い猫型の何かを召喚して、上陸前に消してもらうしかない」

 いや、あの猫型の何か自身はそんな道具を持っていないんだったか? 彼の生まれた時代にそんな技術があるという話だったかな?

 結論。ムリ。来るものは来る。どうしようもない。
 前回は、その後の対処がまずくて被害が拡大した。だから今回俺がやるべきは、その逆を考えておくことだ。

 この世界がもしゲーム世界であれば、PCを召喚してムリゲーをスキップできる機能を追加してやるのに……!


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

運命なんて要らない

あこ
BL
幼い頃から愛を育む姿に「微笑ましい二人」とか「可愛らしい二人」と言われていた第二王子アーロンとその婚約者ノア。 彼らはお互いがお互いを思い合って、特にアーロンはノアを大切に大切にして過ごしていた。 自分のせいで大変な思いをして、難しく厳しい人生を歩むだろうノア。アーロンはノアに自分の気持ちを素直にいい愛をまっすぐに伝えてきていた。 その二人とは対照的に第一王子とその婚約者にあった溝は年々膨らむ。 そしてアーロンは兄から驚くべきことを聞くのであった。 🔺 本編は完結済 🔺 10/29『ぼくたちも、運命なんて要らない(と思う)』完結しました。 🔺 その他の番外編は時々更新 ✔︎ 第二王子×婚約者 ✔︎ 第二王子は優男(優美)容姿、婚約者大好き。頼られる男になりたい。 ✔︎ 婚約者は公爵家長男ふんわり美人。精霊に祝福されてる。 ✔︎ あえてタグで触れてない要素、あります。 ✔︎ 脇でGL要素があります。 ✔︎ 同性婚可能で同性でも妊娠可能な設定(作中で妊娠した描写は一切ありません) ▶︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。 【 『セーリオ様の祝福シリーズ』とのクロスオーバーについて 】 『セーリオ様の祝福』及び『セーリオ様の祝福:カムヴィ様の言う通り』のキャラクターが登場する(名前だけでも)話に関しては、『セーリオ様の祝福』『セーリオ様の祝福:カムヴィ様の言う通り』のどちらの設定でも存在する共通の話として書いております。 どちらの設定かによって立場の変わるマチアスについては基本的に『王子殿下』もしくは『第一王子殿下』として書いておりますが、それでも両方の設定共通の話であると考え読んでいただけたら助かります。 また、クロスオーバー先の話を未読でも問題ないように書いております。 🔺でも一応、簡単な説明🔺 ➡︎『セーリオ様の祝福シリーズ』とは、「真面目な第一王子殿下マチアス」と「外見は超美人なのに中身は超普通の婚約者カナメ」のお話です。 ➡︎『セーリオ様の祝福』はマチアスが王太子ならない設定で、短編連作の形で書いています。 ➡︎『セーリオ様の祝福:カムヴィ様の言う通り』はマチアスが王太子になる設定で、長編連載として書いています。 ➡︎マチアスはアーロンの友人として、出会ってからずっといわゆる文通をしています。ノアとカナメも出会ったあとは友人関係になります。

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

お前が結婚した日、俺も結婚した。

jun
BL
十年付き合った慎吾に、「子供が出来た」と告げられた俺は、翌日同棲していたマンションを出た。 新しい引っ越し先を見つける為に入った不動産屋は、やたらとフレンドリー。 年下の直人、中学の同級生で妻となった志帆、そして別れた恋人の慎吾と妻の美咲、絡まりまくった糸を解すことは出来るのか。そして本田 蓮こと俺が最後に選んだのは・・・。 *現代日本のようでも架空の世界のお話しです。気になる箇所が多々あると思いますが、さら〜っと読んで頂けると有り難いです。 *初回2話、本編書き終わるまでは1日1話、10時投稿となります。

牢獄の王族

夜瑠
BL
革命軍の隊長×囚われの王子 歪んだ人生を歩んできた2人の人生が交差する。王家を憎む青年。王家ではあるものの奴隷のような扱いを受けていた少年。 これは同情か、愛情か、それとも憎悪なのか。 *完結しました!今まで読んでいただきありがとうございます。番外編など思いついたら上げていきます。

悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません

ちあ
BL
元受験生の俺は、「愛と光の魔法」というBLゲームの悪役令息シアン・シュドレーに憑依(?)してしまう。彼は、主人公殺人未遂で処刑される運命。 俺はそんな運命に立ち向かうでもなく、なるようになる精神で死を待つことを決める。 舞台は、魔法学園。 悪役としての務めを放棄し静かに余生を過ごしたい俺だが、謎の隣国の特待生イブリン・ヴァレントに気に入られる。 なんだかんだでゲームのシナリオに巻き込まれる俺は何度もイブリンに救われ…? ※旧タイトル『愛と死ね』

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。 しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。 それを指示したのは、妹であるエライザであった。 姉が幸せになることを憎んだのだ。 容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、 顔が醜いことから蔑まされてきた自分。 やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。 しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。 幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。 もう二度と死なない。 そう、心に決めて。

処理中です...