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分岐点
8. 思わぬところにこんな戦力が
しおりを挟む俺はあの日あの瞬間まで、フェランドに関しては完全にノーマークだった。前回は自分でも「あれはない、ないわー」と引くほどの最低ぶりを毎日更新していたし、皆の視線がどんどん冷ややかになっていったのも無理はないと納得していたのである。
まさかあんな裏ボスが、背後でネチネチ糸を引いてやがったとはな……。
爽やかヅラした陰険蜘蛛野郎め。今回はその糸全部ぶっちぎり、おまえに向けられる好意も敬愛も削れるだけ削り落としてやる。おまえが俺にやったようにな。
第二ラウンド―――VS.フェランド。
まぁ、やること自体に変更はない。当初の『みんなを不幸にしないため優しくなる』というほのぼの路線が、奴を地獄に落とすための手段に切り替わっただけだ。
その過程でヒロインのルートも自然消滅してくれるだろう。あのゲームはどのルートも、俺っていう『悪』が出張ってやらなきゃ、成立しないストーリーになってたからな。
まず、使用人は片っ端から味方につける。みんな徐々に俺を見直してくれればいい、なんて消極策は丸めてポイだ。人間性に問題のある奴を除いて、全員こっちにつける勢いでやる。
手始めに今朝、俺を起こしに来たメイドに名を尋ねた。
彼女の名はエルメリンダ。貴族っぽい名前だが、家名なしの平民だ。現在十三歳。煉瓦色の髪に萌黄色の瞳、そばかすがチャームポイント。
素朴な顔立ちだが笑うと愛嬌がある。いいところのお嬢様と誤解されやすい名前が恥ずかしいので、普段は『エルメ』で通しているそうだ。
「すまないエルメ。実は、この子について相談なんだが……」
「まぁ! どうなさったんですか、この子猫ちゃん」
「みぅ~」
「いつの間にか部屋に居たんだ。先ほど窓を開けていたから、そこの枝を通って入ってきたのかもしれない」
「飼い猫の印はありませんね。野良ちゃんでしょうか。飼っている人がいないか、みんなにも訊いてみますね」
「頼む。それで、なんだが。もし、飼い主が見つからなかった場合は……」
俺はそこで言い澱み、眉を八の字に下げた。彼女はすぐにピンときたようだ。
「ブルーノ様にお話しして、奥様が猫ちゃんをお好きでないか訊いてもらいますね」
「ああ! 頼むよ」
そう提案してもらいたかったんだ。俺が飼いたいなんて言ったら、確実にNOが出るからな。彼女もそれがピンときたあたり、良い傾向である。
エルメリンダはさっそく子猫に心当たりのある者がいないと確認した上で、ブルーノに話を通してくれた。ブルーノはイレーネに迷い猫のことを伝え、彼女は「ジルベルトのお友達にしてあげたい」とフェランドに強請ってくれた。むろん、俺の名は出さずに。
ジルベルトは大喜びで子猫にアムレートと名付け、子猫の首にはロッソ家の紋章付きのリボンが巻かれた。
愛らしい小さな生き物は、たちまちロッソ邸の人気者になった。日中はジルベルトやメイド達と遊び、就寝時間になれば俺の部屋に来て眠る。
「アムレートは若様が大好きなんですねぇ」
「そうかな?」
男も女も、子猫にめろめろな使用人の増殖する中、小さな生き物に優しいと判明した俺の印象はまんまと急上昇。
それはいいんだが……この猫、喋らないんだよな。目の前でヘソを天にしてコロコロしつつ「みゃっ♪」とか言っているところなんか、絶対こいつ自分が可愛いのわかってるだろとツッコミたくなるんだが、猫はみんなそうだって聞くし。猫違いなのに話しかけていたとしたら、赤面ものだな……。
恥は捨て置くとして、いいことがあった。ブルーノがエルメリンダを俺付きにしてくれたのだ。
「あたしが専属になれば、旦那様に変なのを決められる心配はもうないですからね。これからよろしくお願いします、若様」
エルメリンダの挨拶にちょっとポカンとした。
つまり、仕事が雑だったり俺の行動を逐一告げ口するような、悪質メイドをあてがわれるリスクを防ぎましたからご安心くださいと。
うん、まさにそれを心配して、「エルメが私の専属になってくれたらいいのに…」と、ブルーノの前で小首を傾げて不安そうにはしてみたよ?
即日要望が通り、なおかつエルメリンダまでが裏をしっかり読んでくれたとは思わなかったからびっくりしたよ。
しかもこの娘、俺の呼び方を『若様』に変えてきた。この呼び方をされたのは今生が初めてだ。
前回の俺が跡継ぎとしてどんだけ認められていなかったかって話だが、エルメリンダが予想外に侮れないメイドだった件。
「頼もしい……」
「お任せください♪」
ところで。
フェランドの執事、その名をセルジオ=ブルーノという。
どこかで聞いた名前だな。
いたじゃん。―――アレッシオ=ブルーノだよ。
セルジオ=ブルーノは白髪まじりの茶髪に茶色の目の、ピシッとした渋くて『俺』好みのおじさんだ。
そう、おじいさんではない。攻略対象の中で最年長だったアレッシオは、ゲーム設定では俺の十歳ぐらい上だった。
彼の父親なら、ちょうどこのブルーノぐらいの歳だろう。というか、俺の関係者でブルーノといったらこいつ以外にはいない。
何が原因で、いつ、命を落としたんだ?
……過去の行状を振り返ってみれば、まさしくセルジオ=ブルーノは俺の被害者に相応しかった。
前回の俺は暴れまくる怪物で、物を壊すわ使用人に怪我をさせるわ、やりたい放題だった。使用人の統括者として、ロッソ邸の平穏を保たねばならない執事のブルーノが、疲労とストレスをどんどん溜め込んでいたのは想像に難くない。
しかも俺は、ブルーノがフェランドと一緒に俺をバカにしていると決めつけ、わざとあいつが困ることばかりやっていた。
俺がまだ十二歳にはなっていない頃だ。自分に与えられた予算でアホみたいに爆買いし、注文した品々がロッソ邸へ大量に届けられた。
中には家具といった大物もあり、どんどん雑に運び込まれるそれらにブルーノが近付いて……そう、あの時ブルーノは顔色が悪く、フラついていた。
不安定に積み上げる業者を、本当なら注意するつもりだったんだと思う。ところが、ブルーノはよろめいて、ぐらつく山に手を突いてしまった。
そして荷崩れが起き、下敷きに……。
悲鳴が飛び交い、俺は逃げた。数日後、ロッソ邸には、新しい執事が来た……。
……うん。事故だけど、俺のせいじゃないとは言えんわ、これ。
すまん、ブルーノ。もう絶対やらない。長生きしてくれ……。
気を取り直して、ロッソ邸の現状を把握しよう。
ロッソ家は歴史が長い上に財力もある世襲貴族で、伯爵家の中では最も格が高い。
メインの住居は、領地の本邸と王都にある王都邸。俺が今いるここは本邸であり、用意してもらった使用人リストを一瞥すれば、ここだけで七~八十名分ものプロフィールが並んでいる。
多くない?
「我が家の使用人、こんなにいたのか……」
「そーですよ?」
「伯爵家はこのぐらいが妥当なのか?」
「よそのおうちはこの半分ぐらいで回るそうです」
マジか。ヤベぇな。
使用人の頂点に立つのは執事。館の管理、当主の給仕や秘書的役割を果たす。基本的に領地経営には関わらず、当主の外出に同行することは滅多にない。
ほか、庭師、猟師、鍛冶師、厩番、従僕、料理人、メイド、等々……全員が縁故採用であり、素性のはっきりしない者はゼロ。
何がすごいって、これだけの人数に給料を払ってなお贅沢ができるうちの財力だ。
「さて、まずはこれを頭に入れなければ」
「え、まさか全員憶えるおつもりですか?」
「何百名もいれば厳しいが、まあなんとかなる」
実は料理長の名前も憶えているんだが、むかつくので忘れていることにしたい。今生でも好きになれそうにないのが、ここの料理長を始めとする厨房メンバーだ。
奴ら、性格が悪いのである。腕のある料理人は替えがききにくいのを承知の上で、調子に乗っているとしか思えない。
「憶えてどうなさるんです?」
心底不思議そうな問いに苦笑した。彼女が驚いているのは、相手が俺だからではない。貴族は身分が上なほど、常に顔を合わせる数人しか憶えないのが普通だからだ。
勘違いが生じないよう使用人との距離を適切に保たねばならないのと、以前の俺みたいに下々を道具扱いする傲慢な奴の割合が増えるのもある。
けど単純な話、人数が多いと憶えるのが大変なんだよ。
まあ学校でいえば二クラス分、なんとかなるでしょ。幸い脳みそが柔軟なお年頃だし。
「エルメ。おまえは自分の顔や名前をきちんと憶えてくれる者と、まるで憶える気がない者、どちらに好感を抱きやすい?」
「そりゃあ―――ああ、そういうことですか! だったら、よく若様の看病してた子達は、真っ先に憶えといたほうがいいです」
なるほど、後に回してはいけないやつだな。
エルメリンダがリストに優先順位の印を書き込んでくれて、名前や年齢、職務その他を頭に叩き込んでいった。
しかしこのメイド、本当に察しがいい。これまで俺の言われようがさんざんだったのは、奴が俺の印象操作をしているふしがあるからで、それを払拭しつつ将来的な予防もしておきたいっていう考えを、瞬時に汲み取ってくれた。
「おまえを専属にしてもらって正解だったよ」
「うふふ、光栄です。ところで若様、メイドは若い子から優先的に憶えたほうがいいですよ」
「若いメイドは入れ替わりが激しいのではないか?」
「家族みんなでお仕えしている女の子以外は、結婚で退職しちゃう子が多いですからね。良いところのメイドってモテるんですよ、それなりに厳しく躾けられますから。それ目当てで働きに来る子もいますし」
「ふむ?」
「なので日頃から大事にしておけば、頼まずとも婚家に若様の良い噂を広めてくれる子を送り出せます。井戸端の奥様方はみんな『ちょっと素敵なお話』が大好物ですからね、数年後にはあっという間に広まってるんじゃないでしょうか」
「…………」
つい、エルメリンダの顔をまじまじと見てしまう俺だった。
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