上 下
1 / 159
プロローグ

1. プロローグ

しおりを挟む

「げ、俺の顔が可愛い」

 思わず口走ったら、声まで可愛らしかった。
 眉をひそめれば、目の前の赤毛美少年も小生意気な感じに眉をひそめる。やはりは俺の顔で間違いないようだ。
 一体誰なんだろう? と思った瞬間、名前が頭に浮かんだ。

「オルフェオ=ロッソ?」

 かつて俺の脳内で、びんランキング一位に輝いていた乙女ゲームのキャラクター。そいつが縮んだら、まさにこういうお子様になるに違いない。

「どういうことだ、これ……」

 眉根を寄せて腰に手を当てて考え込んだら、やっぱり小生意気な感じで可愛かった。



   ■  ■  ■ 



 『俺』は日本人。性別は男。多分アラサー。
 名前や家族構成、過去の記憶その他は部分的にかすみがかっている。
 鮮明な記憶は、とある乙女ゲーム関連の記憶だ。

 ヒロインが複数のイケメンを攻略していく女性向けのゲームについて、何だって男の『俺』が詳しかったかといえば、仕事だ。つまりユーザーじゃなく開発側の人間で、リリース前のチェックでひととおりプレイもしてみた。
 業界外の知人に「男が乙女ゲームなんてキツくない?」と訊かれたこともあるが、仕事でやっていれば誰もそんなことは気にならなくなる。少なくとも『俺』の職場では皆そうだった。男も女も、BL百合なんでもござれ。モザイク入りのスチルが一枚もない純愛を描いたゲームなんて、ピュアでいいじゃないか。

 それにぶっちゃけ、『俺』の恋愛対象は男。受け身になりたい側だけど、ゴリラ然としたガチムチマッチョは苦手。現実には存在しないであろうキラキラ美形と、疑似恋愛を楽しめる乙女ゲームは好物だった。
 田舎の両親の「嫁はまだか」攻撃が年々鬱陶うっとうしくなり、この性癖を打ち明けたらあっさり絶縁状態。一時落ち込みもしたけれど、比較的オープンに受け入れられる都会の空気感のおかげですぐ気が楽になった。
 人間関係に疲れて田舎に移住する、なんて奴が周りにいたら、閉鎖的な田舎の人付き合いを舐めるなよって忠告してあげたっけな。両親が『俺』を切ったのは、保守的な年寄りが幅を利かせているコミュニティから弾かれるのを恐れたからだろうし。

 職場では男女の別なく、好みの攻略対象の話で堂々と盛り上がれた。同僚に若い人間が多かったのと、全体的にそういうのを気にしない風潮のおかげで、リリース直前の繁忙期デスマーチさえなければ、実に快適な職場環境だった。上の人間に乙女ゲームユーザーを舐めてる奴が関わってなくて、だいたいのゲームはコケずに人気が出たのも良かったんだろう。

 ただ残念ながら、細かい分岐を含めてストーリーを全把握してるもんで、出来がいいとわかっているのに自分ではそのゲームで遊べないジレンマがあった。それ以外にも、リリース日が近いのにデスマーチのゴールが見えず、時計と胃薬と栄養ドリンクを見比べて吐き気を催した記憶のこびりついているゲームなんかもうね……。
 まあ余談はさておき、そんな『俺』にとって最も印象に残ったゲームは、《天使と愛の輪舞ロンドを》だった。

 まず、攻略対象の中に、人生初の推しが出来た。
 いくら好物でも乙女ゲームのヒーローを推すのは負けた気がして嫌、という変なこだわりが吹っ飛ぶぐらい推せた。

 ダークブラウンの髪にとび色の瞳の、憂いを帯びた危険な香りのするクール美形、アレッシオ=ブルーノ。細マッチョで見事に割れた腹筋に視線が釘付けになり、危うくゲームキャラ相手に本気で恋をしそうになった。
 性格がS寄りなくせに、好きな相手には激甘っていう設定もツボなんだよな。しかも声優が重低音の、これまた超絶『俺』好みの声で、開発側の人間なのに課金やらグッズやらに給料をとかしそうになって、本当に危なかった。

 それから、「なんかすごく気の毒だな」という意味で一番印象に残るキャラがいた。
 派手な緋色の髪と瞳の、眉を吊り上げれば気の強さが十割増しになる青年。
 メインもメインの、メインキャラだ。こいつがいなければゲーム自体が成り立たない、それほどの重要人物。
 趣味は爆買い、敵は質素倹約。
 時にヒロインを陥れ、時に攻略対象を陥れ、愛のために物語を盛り上げるだけ盛り上げて退場するのが役目。
 そう、悪役だ。

 その名を、オルフェオ=ロッソという。

 とうとう年貢の納め時が訪れた彼は、涙ぐむヒロインに「あなたには人の心が無いんですか…?」となじられ、王女を守る騎士のごとき五人の攻略対象から糾弾され、罪状をひとつひとつ読み上げられた。
 そして「ふざけるな、俺を誰だと思っている!」と喚くばかりで一切非を認めなかったため、情状酌量の余地なしと牢獄に放り込まれ、つい先ほど命を落とし、目覚めてみればなんと子供の姿に戻っていたのである。



   ■  ■  ■ 



 ん? どういうわけだ?
 おかしいぞ。少し整理してみよう。

 『俺』の名前はなんだ? ……わからない。
 の名前は? ……オルフェオだ。
 オルフェオと名付けられ、育ち、好き放題やって、そして死んだ。

 俺が、オルフェオだ。俺の中に、『俺』がいる。
 ……なんだこれ。
 『俺』が俺に転生した?
 だとしたら、オルフェオとしての人生の記憶が既にあるのは何でだ。牢の中で何があってこうなった?

「―――あっ!? まさか、これがか……!?」

 思い出した! そうだ。俺に、二回目の人生を与えた奴がいる!
 その時、そいつは言っていた。だと。

 『俺』が、これこそが、オルフェオの二回目の生に与えられた、なのか……!?


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔王様として召喚されたのに、快楽漬けにされています><

krm
BL
ある日突然魔界に召喚された真男は、魔族達に魔王様と崇められる。 魔王様として生きるのも悪くないかも、なんて思っていたら、魔族の精液から魔力を接種する必要があって――!? 魔族達から襲われ続けますが、お尻を許す相手は1人だけです。(その相手は4話あたりで出てきます) 全体的にギャグテイストのハッピーエンドです。 ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿しています。

婚約破棄されたから能力隠すのやめまーすw

ミクリ21
BL
婚約破棄されたエドワードは、実は秘密をもっていた。それを知らない転生ヒロインは見事に王太子をゲットした。しかし、のちにこれが王太子とヒロインのざまぁに繋がる。 軽く説明 ★シンシア…乙女ゲームに転生したヒロイン。自分が主人公だと思っている。 ★エドワード…転生者だけど乙女ゲームの世界だとは知らない。本当の主人公です。

生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました

雪乃カナ
ファンタジー
世界が退屈でしかなかった1人の少年〝稗月倖真〟──彼は生まれつきチート級の身体能力と力を持っていた。だが同時に生まれた現代世界ではその力を持て余す退屈な日々を送っていた。  そんなある日いつものように孤児院の自室で起床し「退屈だな」と、呟いたその瞬間、突如現れた〝光の渦〟に吸い込まれてしまう!  気づくと辺りは白く光る見た事の無い部屋に!?  するとそこに女神アルテナが現れて「取り敢えず異世界で魔王を倒してきてもらえませんか♪」と頼まれる。  だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──  でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!! この作品は加筆修正を加えたリメイク版になります。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

親友と幼馴染の彼を同時に失い婚約破棄しました〜親友は彼の子供を妊娠して産みたいと主張するが中絶して廃人になりました

window
恋愛
公爵令嬢のオリビア・ド・シャレットは婚約破棄の覚悟を決めた。 理由は婚約者のノア・テオドール・ヴィクトー伯爵令息の浮気である。 なんとノアの浮気相手はオリビアの親友のマチルダ伯爵令嬢だった。 それにマチルダはノアの子供を妊娠して産みたいと言っているのです。

新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!

月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。 そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。 新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ―――― 自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。 天啓です! と、アルムは―――― 表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

追放された悪役令嬢は残念領主を導きます

くわっと
恋愛
婚約者闘争に敗北した悪役令嬢パトリシア。 彼女に与えられた未来は死か残念領主との婚約か。 選び難きを選び、屈辱と後悔にまみれつつの生を選択。 だが、その残念領主が噂以上の残念な男でーー 虐げられた悪役令嬢が、自身の知謀知略で泥臭く敵対者を叩きのめす。 ざまぁの嵐が舞い踊る、痛快恋愛物語。 20.07.26始動

処理中です...