悪役聖女に転生? だが断る

日村透

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ついに皇国へ

79. たくましい人々の町

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 おそろしく厚みのある壁だと思っていたら、それもそのはず。
 それは一枚きりの『壁』ではなく、長城と呼べるものだったのだ。
 矢狭間がある時点で、そこに人の歩けるスペースがあるのだと想像がつくだろうに。このトンネルと言って過言ではない入り口を通り切るまで、どうして気付かなかったのだろう。

 ……ロラン王国の者には、ウェルディエ皇国が大国であるという認識があまりない。
 私もそういう印象を刷り込まれて育ったからだろうか。アロイスから地面に描いた『地図』を見せてもらった時もそうだけれど、いちいちこの国のスケールの大きさに息を呑んでいる。

 さらに驚いたのは、この堅牢な城壁の内側に入ると、すぐそこに町があったことだ。
 ロラン王国側がそうであったように、てっきりこちら側にも広い大地が広がっていると思いきや、かなりしっかりとした石造りの建物や舗装された道が続いていた。

「ここはモニークの町だ。もともとここに町はなく、国境警備兵との商売目当てで集まった商人が、自分達の居心地のいい環境を整えているうちに町になったそうだ。この国の国境には、そんな風にできた町が多い」
「まあ……」

 実にアロイスの国らしいいわれのある町だった。
 しかも今まで城壁の外側には、天を暗く淀ませるほどの大瘴気群があったという話ではないか。なのにそれでも町を構えて住むという胆力がすごい。

「加えて、頻度は少なくとも、ここを通ってロラン王国を目指す商人の方々が少なからずいらっしゃる……それゆえに、これほどの人々が住んでいますのね」
「それもあるが、それだけじゃない。瘴気で変異する生物がいるのは知っているだろう?」
「存じておりますけれど。もしや」
「そいつらを仕入れて、無毒化して売るのさ。瘴気があの城壁からこっち側へ越えてくることは滅多になかったから、浄化の魔石はそのために使われることが多かった。神殿の連中には眉をひそめられていたもんだが、目くじらを立てるほどのことじゃあないと見逃されていたな」

 神殿。――さらりと言われ、緊張を覚えた。
 そんな私の様子を悟ったか、アロイスがすぐに「違うぞ」と付け加えた。

「この皇国の神殿は、あんたの知っている神殿とは別物だと思ってくれよ。国ごとに神殿の性格ってやつは違うんだ。すぐには呑み込み難いだろうが、俺は別にそいつらに肩入れをしているわけじゃないからな」
「え、ええ。存じておりますわ。仰る通りと思いますの」

 同じ女神エステルを崇めていても、神殿の性質は国ごとに異なっている。完全に別の組織なのだと、前世の母の設定にも書かれていた。

「存じておりますけれど、咄嗟に硬くなってしまいますの。これはただの反射ですから、気になさらないでくださいまし。この国に慣れれば、きっと少なくなると思いますわ」
「ああ……」

 アロイスは片腕を持ち上げようとしかけてやめた。
 この大注目の中で頭ポンポンなどをしたら、いっそう注目を浴びそうだと思いとどまったのだろう。

 道行く人々は、明らかに私の顔を見ている。
 そりゃあ見るだろう。褐色の肌に黒っぽい髪の人々の中、私だけ浮き上がっている。
 白い肌だけならともかく、この白髪はくはつが聖女の特徴ということは諸外国でも有名なはずだ。
 おまけに、馬車の左右を一緒に歩いて行く兵士の姿。
 刺すほどに強い好奇の視線を四方八方から感じながら、馬車はとても広い通りを、ひときわ目立つ建物に向かって進んでゆく。
 どこかの貴族の邸宅だろうか。

「アロイス様、あの建物は?」
「総督の住まいだ。この辺りの国境警備と治安維持の最高責任者だと思えばいい」

 やがて私達は、まさにその建物の中へ招かれることになった。





 私は使用人達にうやうやしい態度でもてなされ、客室に案内された。
 アロイスや隊商の人々とは一旦離れることになり、まさかこのままお別れなのかと焦りかけたけれど、彼はそんな不安を払拭してくれるように「またあとで」と言ってくれた。
 そうか。ここでお別れではないのか。よかった……。

 その時私は、捨てられる寸前の子犬のような顔でもしていたのかもしれない。
 女性の召使い達にいたく心配され、励まされてしまった。

「長旅のあとは湯あみをなさいませんと」
「殿方は殿方で埃を落とさねばなりませぬから」

 旅汚れの付いたまま、こんな豪邸の中をうろついていてはいけない。
 もっともだと頷き、私はおとなしく浴室へ案内された。


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