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オレの美少女変装がデートで見破られるまでのお話し

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 美少女が高いヒールの靴を鳴らして、颯爽と歩いていく。繁華街の蒸した空気が一瞬清涼に包まれる。

 膝上で揺らめく薄桃色のスカート、深紅のネクタイ、そして麦わら帽子。すらりと伸びた細い足と肩まで伸びた紅茶色の髪。髪の色は地毛——曾祖父辺りに欧米人の血が入っているらしい。

 擦れ違う男子の十人に八人は振り返る、そういう美少女だ。とても中学生になりたてとは思えない。

 ——その意見に、オレもまったく同感だ。女子からの受けは悪いが、性格が強気なので親友はいる。男子からの人気は当然高い。身内贔屓と言われるかもしれないが、オレは客観的な視点には自信がある。コイツは、モテる。

 実際、今この美少女は最近付き合い始めた学校一のイケメンとの待ち合わせ場所へ向かっているところだ。何しに? もちろんデートだ。学校一の美少女が、同じく学校一の美少年と付き合う。お似合いのカップルだな。

 まあ、好きにすればいい。オレには本来関係の無いことだ。この美少女がだれと付き合おうとも、実はとんでもないビッチであろうとも、好きにすればいい。彼女の人生だ。オレは家でのんびりとゲームを楽しみたいのさ。

 しかし。誠に不本意ながら、その美少女からオレは目を離せない。その動向を逐一確認している。——まったく不本意だ。なぜこんな薄手のスカートをはくのか、なぜ白い肩をあからさまに露出したシャツを着るのか。理解に苦しむ。

 そして、一番理不尽だと思うのは、



 ——なぜ、オレはそんな美少女に女装しているのか。



 そう。その美少女とは、オレだった。オレが美少女だ。正確には、双子の姉の代役として女装している。なんという理不尽極まりない現実……。

 まあ同じ顔をした双子である。どっちが男で女だかも分かっていない時分であれば、姉のスカートをはたいりもしたさ。だがそれは子供の頃のお話しである。

 近所のおばさんには未だに間違えられるとはいえ、もう中学生なのだ。普通は女装しないし、したくもない。それなのになぜオレは、女装しているのか。



 ——昨晩。



「あー、やっべー。ブッキングしてんじゃん!」

 ソファーに寝転がっていた姉が慌てて起き上がる。そして慌てた様子でスマホを弄っている。まあいつものことである。オレは黙々とテレビゲームに勤しむ。

「ねー、聞いてる? ブッキングしてんだってば」
「いて」

 いきなり背中を蹴られた。そのせいで操作をミスり、ゲームオーバーになってしまった。理不尽だ。今の会話りどこに、オレに対する問いかけがあったのか。姉はオレに対しては暴君であった。

「なにすんだよ?! 暴力反対」
「明日のデート、気がついたらブッキングしてたの。タカシンとミカジョー」
「どっちか断ればいいじゃん」
「え、めんどくさい。アンタ代わりに出てきてよ」
「は?」

 なぞの要求にオレは目が点になる。代わりに出てきて? 何をどうしたら、そういう結論に辿り着くのか。オレにとっては同じ遺伝子の姉が、人類の中でもっとも理解しがたい遠い存在に思えている。宇宙猫状態である。

「大丈夫大丈夫。ミカジョーとは初デートだし」
「なんで姉のデートに弟が行くんだよ。相手が可哀想だとか思わないの?」
「え、なんで?」
「え?」

 それはコッチの台詞である。会話が全く噛み合わない。

「アンタが私の代わりにデートしてこいって言ってんのよ、分からない?」
「はい?」
「こういう時、双子って楽だよねー。衣装がシェアできるから」
「まさか、お前に変装して……女装しろってことか?」
「当たり前じゃん? じゃないとミカジョーが可哀想でしょ」

 ものすごい自己肯定感の塊である。例え代役でも(中身が男でも)私とデート出来た方が嬉しいに決まっている、と信じて疑わない。きっとハリウッド映画でラスボスになるタイプだ。

「イヤだよ。この年にもなって女装なんて」
「なんでよ! 可愛い服着れるんだよ。ラッキーじゃん」
「似合うからイヤなんだよ!」
「拒否権などあると思っているのか、弟の分際で!」
「ぐわーっ」

 姉に襲われる。同じ体格、身長、体重、そして顔まで瓜二つなのに、なぜ力負けするのか。同じ機体性能のはずなのに。パイロットの腕か? 腕が悪いのか? 理不尽だ。オレはプロレス技で何度も床にたたきつけられ、そして黄金期の猪木ばりの卍固めで締め落とされた。

 ——それが、オレが美少女になっている顛末である。




 そして、待ち合わせ場所である街頭モニターの前に着いた。ここは待ち合わせ場所のメッカなので、大勢の老若男女が待ち人を待っている。だが。サゲジョーはすぐに見つかった。

 端的に言えば、美少年である。身長は180センチ近いかな? 中学生にしては高い。すらっとした体格で、日本人かと思うぐらい足が長い。顔は目鼻立ちがキリッとしている。女性向け雑誌の表紙をキラキラと飾っていそうな、そんな美少年だ。

「あ、待ったー? ミカジョーくん」
「いいや、今来たところだよ小鳥遊さん」
「えー、なにー? 他人行儀なのは良くないよー。下の名前でいいよ?」
「え、それじゃあ……サヤカさん」

 ミカジョーが少し顔を赤らめて、オレの姉の名前を告げる。イケメンっぷりに対して、初々しい感じが半端無い。どうやら姉のような心薄汚れた存在では無い様だ。姉の(猫モードの)真似をしながら、オレは心が痛むのを感じる。こんな純真そうな子を騙すのは非常に心苦しい。

 しかしだな。騙されるうぬも悪いが、それが今で良かったかもしれないぞ? 少なくとも姉は籠絡して金を巻き上げたりはしないだろうからな。今ここで騙されておいて良かったと、感謝する日がくるかもしれない。しらんけど。

 そしてデートが始まった。ウインドショッピング、映画、軽食等々、お決まりのコースを巡っていく。オレもこの期に及んでは女装がバレると厄介だ。はっきりいってそれは恥ずかしい。粛々と姉の真似をして、デートを消化していく。

「……ちょっと、外すね」

 デパートの中の喫茶店に寄った時のこと。オレはそう言って席を外した。無論トイレに行くとは言わない。さすがの姉もそこまで粗忽者ではないしな。

 そして——トイレ。

「……」

 オレはトイレの入口で目を細める。ここはデパートのトイレはそこそこデカイ。男子用、女子用、そして多目的用に分かれている。

 さて問題だ。「オレ」はどこに入るべきか? もちろん性別的には男子用だが、このスカートで女装した格好で入るわけにはいかない。なら女性用か? まあバレなければ大丈夫だろう。だがそれはそれで倫理的に不許可だ。そこだけは譲れない一線である。

 つまり——おれが入るべきなのは、多目的用。

 だがしかし。今は入れない。なぜなら「使用中」だったからだ。うむむ、仕方があるまい。少し距離を取って開くのを待つ。

「……あれ? どうしたのサヤカさん?」

 不意に後ろから声を掛けられて、オレは思わずびっくりして振り返った。後ろには……サゲジョーがいた。少し不思議そうな顔をしている。

「あ、あれ? サゲジョーくん。もしかして……あなたもトイレ?」
「あー、う、うん。そうなんだ」
「あ、そうなんだ。ふーん」

 会話が途切れる。そしてサゲジョーは私の後ろに立ったまま。

「……どうしたの? 男子用はあっちだけど?」
「あー、うん。そうだね。……で、でも、こっちでいいんだ」
「そうなんだ、ふーん……」
「……」
「……」
「サヤカさんは、女子トイレにいかないの……?」
「あっ、う、うん。そうね……そうだね。私も、コッチでいいかなー」
「へえー……」
「……」
「……」



 ——あ、なんか今ので分かっちゃった気がする。



 多目的用トイレが開く。オレはすごすごと中に入り、そして所用を済ませて出る。続いてミカジョーが入っていく。それを見届けてからオレは喫茶店に戻り、席に座り、紅茶を一口啜って溜息をついた。

 ミカジョーが戻ってくる。彼も無言で席に座り、コーヒーを口に含み、そして一息ついた。

「すんませんでした! オレの名前は小鳥遊リノっていいます。サヤカの弟ですッ!」
「ごめんなさい! 私の名前は海香倉(みかくら)エミです。ミカジョー……ジョウイチの姉ですッ!」
「えっ?」
「えっ!?」

 二人でお互いに頭を下げ、告白し、そして宇宙猫の顔を上げて付き合わせた。え、もしかしてどっちも双子で、代役で、女装/男装をしていたのか?!

 呆然と見つめ合うオレとエミ。流れる喫茶店のBGMはまったりと二人を包み込んでいる。しばらく無言ののち、オレとエミは涙が出るぐらい大声で笑い出した。


 —— ※ —— ※ ——


 ——で。

 結局姉もミカジョーもダブルブッキングしていて、お互いにお互いの双子の姉弟を代役に立てたというワケだ。まさかこんな偶然があるとは……。

 まあどちらの目論見も破綻した。オレ的にはお互い様だと思うのだが、姉もミカジョーも相手のことを棚に上げて罵り合った。夕陽落ちていく河原での決闘……オレとミカはそれを生暖かい目で見守った。当然二人は別れた。まあ、あれが初デートだったっていうし、付き合っていた範疇に入るのかは微妙なところだが……。

 決闘は引き分けに終わり、姉とミカジョーは正反対の方向へと帰っていく。それをオレとエミは見つめている。そろそろお別れの時間だ。

「……はー、散々な一日だったね」
「そうだな。お互いヘンな姉弟を持つと苦労する」
「ホントにね。でも……」

 エミはオレの顔を覗き込んでくる。エミの方が背が高いので、向こうがちょっと屈み込む感じになる。しかし……綺麗な顔をしているよな。思わずドキッとする。

「今日のデートは楽しかったよ。男女逆転祭りだったけど。ちょっとドキドキした」
「まあ、確かにドキドキはしたかな。いつバレるかとヒヤヒヤしていた」
「……それだけ?」
「? それだけって……?」

 オレは首を傾げる。するとエミはちょっと不満げな表情を浮かべたが、ふうと一息ついた。甘い香りがした。エミの顔が遠のき、そして「ばいばい」と言って彼女は立ち去っていった。


 —— ※ —— ※ ——


 そんなトンデモナイ週末も終わり、オレは中学へと向かった。勿論ズボンを穿いてだ。いや、やっぱり落ち着くな……スカートはすーすーして心許ないんだよな。やはり自分は男であると再認識する。

 教室に入り、友達とだべりながらホームルームまでの時間を潰す。ちなみに姉は別の中学だ。大学附属中学に進学している。アレで頭良いんだよなあ……理不尽だ。

「おーい、ホームルーム始めるぞー」

 担任教師が入ってくる。その見慣れた担任教師の髭面を見て、オレは目を丸くする。すこし教室がざわめく。いやオレが驚いたのは担任に対してではない。その後ろについてきた人物に対してだ。

 何よりも目を引くのはその身長だ。180センチ近いか? 担任より高い。でもすらっとした体型で圧迫感は感じない。クラスの女子がざわめくのを感じる。そうだな。キリッとした目鼻立ち。つまりイケメンだ。タカラヅカで見かけそうなタイプだ。

 そして。彼女はスカートをはいていた。そう、高身長イケメン女子なのだ。

「はじめして! 海香倉(みかくら)エミです。今日から宜しくお願いしますっ」

 凛とした声が教室に響く。そう、彼女はあのエミだったのだ。自己紹介が終わると、エミは担任に指示されてオレの隣の席に座る。

「これからよろしくね、弟くん」
「お、おう」

 その笑顔に、オレはついどぎまぎしてしまう。そしてエミはオレに顔を寄せて、そっと囁いた。

「……今度は、ちゃんとデートしようね」


【完】

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