52 / 54
6章 再生
51.凪いだ湖 sideレオン
しおりを挟む
レオンはその紙を見て唖然とした。
「なんだこれは」
「人間の町で配られた『瓦版』ってものらしい。ラシャが人間の町で貰ってきた。キミが寝込んだこの半年で、人間の国では『魔族に人間が攫われた』とか、『村が魔族に襲われて消失した』とか、『若い女が魔王の生贄に連れていかれる』とかいう噂がまことしやかに広がったんだ」
「まさか! そんなはずがない! 俺は魔王にも魔族にも会ったが、やつらは人間なんてペピの扱いで見向きもしないような連中だ!」
ペピという愛玩動物の名を出すと、里でも飼っているペピを思い出したのかクリストファーが「ぶっ」と吹き出した。
しばらく笑いを堪えたクリストファーが浮かべた涙を拭きながら頷く。
「あぁ、そうだろうね。これは人間たちが魔の島に攻め入るための嘘だよ。ラシャは以前から、魔の島の『魔導石』を狙って人間の国が侵攻をかけると予想していた。一度バーリ帝国の帝城にも忍び込んで、その手の策略が立ち上がったことを掴んでいたようだ。魔の島にも連絡をしていたよ」
レオンが生死の境を彷徨った時にラシャと共に帝城へ行ったことを思い出した。
たしかに、以前から情報収集と言っては人間と会話をしていた。
「でも、魔族と人間は交流がなさすぎるからね……。人間の市井にばら撒かれた噂はどんどん広がったよ。人間からしたら実態のわからない魔族が恐怖の対象になるのはすぐだった。人間側は同盟軍を立ち上げて、もうまもなく魔の島への侵攻が始まるよ。魔族側も人間への悪感情が強くなってきている。そんな魔の島にキミを連れていくのは嫌だったんだろう」
「俺は……それでも連れて行って欲しかった」
レオンはそういいながらも悟った。魔の島へ行く時に、不安そうな顔で一緒に行くかたずねてきていたラシャを思い出した。
「いや、ラシャが魔の島へ戻る必要なんてない。嫌な親族ばかりで、人間になりたいといっていたのに」
その一方で、「人間の中ではどこか浮いてしまう」と嘆くラシャも思い出した。
クリストファーが肩をすくめた。
「そのあたりは、ラシャに聞かないとわからないな。でも嫌いな場所でも人間に滅ぼされるのは嫌だったんじゃないか? この里や人間の町に逗留することが多くても、魔族の身内に呼ばれたらすぐに帰ってたし……義務感かもしれないけど」
「魔の島へ渡る方法は?」
「基本的には魔の島側から招待されて渡るから、私たちにはわからないんだ。人間は魔の島と『魔導石』の取引をしていたらしいから、何か知っているかも。私もラシャに会いたいけどね……寂しいけど、戦争が終わるまではこちらに来ないっていってたよ」
レオンは体が回復して床離れが済むと、妖精族の里を出た。
ラシャはレオンが生死の境を彷徨った時、強引に里の結界を破って入ったらしい。
そしてレオンのために妖精族の力を借りてレオンの体を直し、移植の術を施し、レオンが目覚めてからも助けになるよう頼んでいたと聞いた。
前にクリストファーが起こした一件での償いもあり、里も全面的に協力したようだ。
また、レオンの生活の足しにするように、と金銭とアクセサリーや魔導石を残して行った。
その残されたアクセサリーの中には、昔ラシャが「勇者みたいだ」と言っていた緑の宝石がついた額飾りもあった。それをみるたびにレオンはラシャを思い出してしまう。
ただ、レオンは献身的なラシャの話を聞いても、胸の痛むような悲しさが一向に埋まらなかった。
ラシャを追うように、レオンは昔に魔の島へ渡った場所、湖へ向かった。
青々と草木の茂る森の中の湖で、ラシャはよく、レオンの目が湖の緑と似てて綺麗だ、と言っていた。
レオンは何日も湖の湖畔で野営して、ラシャの『渡る月船』の姿が現れないかと探した。 ただ、求める姿は一向に現れず、だんだん虚しくなり諦めもついた。
満月の夜、湖畔で静かな湖面を眺めながら、ラシャとの最後の時間を思い出していた。
今ごろ、ラシャは薬で溢れ出る催淫を抑えて堪えているんだろうか。
それとも、誰かにその体を慰められているんだろうか。
悲しみと嫉妬と怒りを何度も繰り返して、心に穴が空いたままだ。だが今はどこか凪いだ気持ちに落ち着いていた。
「俺はまた、捨てられたのか」
親に捨てられ、闇社会にも捨てられ、ラシャにも捨てられた。
でも、その中の別れで1番つらかったのはラシャだ。
「ラシャが好きだったのか」
どこかに置いてきたと思っていたその感情が、いつのまにかこんなに心を占めていた。
心の痛みに地面に突っ伏して泣いた。そして立ち直った時には、いっそ晴れ晴れとした気持ちで笑みが浮かんだ。
「魔族を滅ぼそう」
捨てたラシャと、ラシャを奪った魔族と、戦争を起こした人間、全てが憎かった。
人間の軍が魔の島へ侵攻するということは、人間側には魔の島へ渡る手が何かあるんだろうか。
手を握り締めると、ラシャの右目の影響か、力が漲っていることがわかる。
また、精神の枷を全て外したとしても魔力が暴走しそうな不安定感もない。これが、はからずも充実した精気を得た結果なのかもしれない。
レオンは懐にしまっていたぼろぼろのペットの首輪を取り出した。
それを、持ったまま振りかぶり、湖に捨てようとした。
だが結局、手放すことができず、また懐にしまい込んだ。
代わりにラシャの残していった緑の宝石がはまった額飾りを身につけ、湖に映す。
もともとは緑の両目に似合う緑の宝石だったのに、片目はラシャの金色の目になったことでどこか歪さが残る。
それにレオンは歪んだ笑みを浮かべた。
レオンはそのまま、人間の国に向かって歩き出した。
「なんだこれは」
「人間の町で配られた『瓦版』ってものらしい。ラシャが人間の町で貰ってきた。キミが寝込んだこの半年で、人間の国では『魔族に人間が攫われた』とか、『村が魔族に襲われて消失した』とか、『若い女が魔王の生贄に連れていかれる』とかいう噂がまことしやかに広がったんだ」
「まさか! そんなはずがない! 俺は魔王にも魔族にも会ったが、やつらは人間なんてペピの扱いで見向きもしないような連中だ!」
ペピという愛玩動物の名を出すと、里でも飼っているペピを思い出したのかクリストファーが「ぶっ」と吹き出した。
しばらく笑いを堪えたクリストファーが浮かべた涙を拭きながら頷く。
「あぁ、そうだろうね。これは人間たちが魔の島に攻め入るための嘘だよ。ラシャは以前から、魔の島の『魔導石』を狙って人間の国が侵攻をかけると予想していた。一度バーリ帝国の帝城にも忍び込んで、その手の策略が立ち上がったことを掴んでいたようだ。魔の島にも連絡をしていたよ」
レオンが生死の境を彷徨った時にラシャと共に帝城へ行ったことを思い出した。
たしかに、以前から情報収集と言っては人間と会話をしていた。
「でも、魔族と人間は交流がなさすぎるからね……。人間の市井にばら撒かれた噂はどんどん広がったよ。人間からしたら実態のわからない魔族が恐怖の対象になるのはすぐだった。人間側は同盟軍を立ち上げて、もうまもなく魔の島への侵攻が始まるよ。魔族側も人間への悪感情が強くなってきている。そんな魔の島にキミを連れていくのは嫌だったんだろう」
「俺は……それでも連れて行って欲しかった」
レオンはそういいながらも悟った。魔の島へ行く時に、不安そうな顔で一緒に行くかたずねてきていたラシャを思い出した。
「いや、ラシャが魔の島へ戻る必要なんてない。嫌な親族ばかりで、人間になりたいといっていたのに」
その一方で、「人間の中ではどこか浮いてしまう」と嘆くラシャも思い出した。
クリストファーが肩をすくめた。
「そのあたりは、ラシャに聞かないとわからないな。でも嫌いな場所でも人間に滅ぼされるのは嫌だったんじゃないか? この里や人間の町に逗留することが多くても、魔族の身内に呼ばれたらすぐに帰ってたし……義務感かもしれないけど」
「魔の島へ渡る方法は?」
「基本的には魔の島側から招待されて渡るから、私たちにはわからないんだ。人間は魔の島と『魔導石』の取引をしていたらしいから、何か知っているかも。私もラシャに会いたいけどね……寂しいけど、戦争が終わるまではこちらに来ないっていってたよ」
レオンは体が回復して床離れが済むと、妖精族の里を出た。
ラシャはレオンが生死の境を彷徨った時、強引に里の結界を破って入ったらしい。
そしてレオンのために妖精族の力を借りてレオンの体を直し、移植の術を施し、レオンが目覚めてからも助けになるよう頼んでいたと聞いた。
前にクリストファーが起こした一件での償いもあり、里も全面的に協力したようだ。
また、レオンの生活の足しにするように、と金銭とアクセサリーや魔導石を残して行った。
その残されたアクセサリーの中には、昔ラシャが「勇者みたいだ」と言っていた緑の宝石がついた額飾りもあった。それをみるたびにレオンはラシャを思い出してしまう。
ただ、レオンは献身的なラシャの話を聞いても、胸の痛むような悲しさが一向に埋まらなかった。
ラシャを追うように、レオンは昔に魔の島へ渡った場所、湖へ向かった。
青々と草木の茂る森の中の湖で、ラシャはよく、レオンの目が湖の緑と似てて綺麗だ、と言っていた。
レオンは何日も湖の湖畔で野営して、ラシャの『渡る月船』の姿が現れないかと探した。 ただ、求める姿は一向に現れず、だんだん虚しくなり諦めもついた。
満月の夜、湖畔で静かな湖面を眺めながら、ラシャとの最後の時間を思い出していた。
今ごろ、ラシャは薬で溢れ出る催淫を抑えて堪えているんだろうか。
それとも、誰かにその体を慰められているんだろうか。
悲しみと嫉妬と怒りを何度も繰り返して、心に穴が空いたままだ。だが今はどこか凪いだ気持ちに落ち着いていた。
「俺はまた、捨てられたのか」
親に捨てられ、闇社会にも捨てられ、ラシャにも捨てられた。
でも、その中の別れで1番つらかったのはラシャだ。
「ラシャが好きだったのか」
どこかに置いてきたと思っていたその感情が、いつのまにかこんなに心を占めていた。
心の痛みに地面に突っ伏して泣いた。そして立ち直った時には、いっそ晴れ晴れとした気持ちで笑みが浮かんだ。
「魔族を滅ぼそう」
捨てたラシャと、ラシャを奪った魔族と、戦争を起こした人間、全てが憎かった。
人間の軍が魔の島へ侵攻するということは、人間側には魔の島へ渡る手が何かあるんだろうか。
手を握り締めると、ラシャの右目の影響か、力が漲っていることがわかる。
また、精神の枷を全て外したとしても魔力が暴走しそうな不安定感もない。これが、はからずも充実した精気を得た結果なのかもしれない。
レオンは懐にしまっていたぼろぼろのペットの首輪を取り出した。
それを、持ったまま振りかぶり、湖に捨てようとした。
だが結局、手放すことができず、また懐にしまい込んだ。
代わりにラシャの残していった緑の宝石がはまった額飾りを身につけ、湖に映す。
もともとは緑の両目に似合う緑の宝石だったのに、片目はラシャの金色の目になったことでどこか歪さが残る。
それにレオンは歪んだ笑みを浮かべた。
レオンはそのまま、人間の国に向かって歩き出した。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
411
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる