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5章 嫁取りの宴
36.群がる蛾
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『嫁取りの宴』2日目夜のディナーパーティが始まる。
ラシャは心ここに在らずで部屋に残してきたレオンのことを考えていた。
フェルディナンの副官であるマクシムが護衛についてくれている。
「ラシャ、顔色が悪いね。昨日のことを思い出したの?」
乳兄弟のフェルディナンはワインを片手にラシャの隣にいる。基本的にはラシャのそばについていてくれるので心強い。
ただ、それも初めだけだ。意外と引く手数多な彼は、すぐに女性のところへ連れて行かれてしまうだろう。
「昨日のことか。そうだな、気がかりではあるけど、俺にできることはないよ」
「そうすると、今の考えごとはペットのことかな? 寂しいな~とか?」
フェルディナンの声にからかう雰囲気が出てきたから、ラシャは何も答えずワインを飲んだ。下手に喋るとフェルディナンの罠にハマる気がする。
「あっちにはマクシムもいるから大丈夫さ。ラシャは変な男を引っ掛けないように気を張っていてくれよ」
「勝手に来るんだから、俺にはどうしようもないんだけど」
そんなことを2人で言いあっているうちに、フェルディナンのお呼びがかかった。
年頃の娘を持つ地方領主がフェルディナンに挨拶をして、娘を紹介している。
その間にラシャにも領主の三男、四男が声をかけてくる。世間話に紛れて夜の誘いがあり、ラシャは壁を作るような冷たい笑みを浮かべてやんわり断る。
ラシャがこの手のパーティで誘いを受け入れることはなかったが、なぜか裏ではかなり遊んでいるという噂が流れているらしい。
断っても誘いが減ることはなく、しつこく粘着されることもよくあった。
「殿下は駆け引き上手ですね。美しいあなたの全てを暴きたい、そんな夢を持つ男が列になっていることでしょう。その末端に加えてもらえましたらこの上ない僥倖でございます」
「それは貴殿の思い違いだ。そんな想いを寄せられても、私が応えることはないだろう」
そうバッサリ切っているが、後から後から続く誘いにラシャはだんだんイライラしてくる。
ただ、イライラしてもラシャの立場は王子とはいえ、魔族社会では強くない。
血統よりも力が全ての魔族社会で、魔王族とはいえ最弱王子に下手な行動はできない。不愉快だからと相手を物理的に切り捨てられるのは、力のある父王や兄たちだからだ。
ラシャは人混みのムッとした空気にも胸が気持ち悪くなってくる。
そんな時、ウェイターからメモを渡されて、中を見るなりまたうんざりした。
『庭にてお待ち申し上げる。貴殿を慕う者より』
そこには有力者の長男の名前がある。そんな立場の男が男に言い寄ってなんになるんだ、と不快さが強くなった。嫁取りの宴で生産性のない相手を誘うとはいったいどういう了見なのか。
さっきまで、気分の悪さから庭に出て涼むことも考えた。だが、どうやらこの相手が庭で待ち構えているようだ。
そんな場所にのこのこ出向けば、自ら誘いを受けたことにもなりかねない。結局ラシャは途中退場することを決めた。
そろそろ女性陣からの冷たい視線も耐え難くなっていたのも決め手だ。
部屋に戻ろうと中庭に面した回廊を歩いている時、向かいから誰かがくる気配があった。
すれ違おうと思ったラシャだが、その気配はラシャを待つようにその場に立ち止まる。ラシャはそれに違和感を覚えた。
「これは、ラシャ殿下。宴はもう終わりですか?」
「ジェイミー卿の長男の……ゲイリー殿か。いや、私は気分が悪くなったので途中で退場した。宴はまだ続いている」
パーティ参加者がトイレにでも中座したのかと思ったが、顔に見覚えがある。昨日宴に参加した時に、かなりしつこく迫ってきた男だった。
宴に参加するものは魔王族以外は毎夜入れ替わるため、昨夜の参加者が今夜参加することはない。
「貴殿はどうしたんだ? 昨日の参加者だろう」
「私は貴方を待っていたのですよ」
「…………俺を?」
嫌な予感に背がゾッとした。ただ、弱みを見せないよう、顔には笑顔を浮かべて対峙する。
「何の用だ? こんなところで待ち伏せするとは礼儀を知らんのか?」
「これは、失念しておりました。貴方を恋焦がれるあまり、居ても立ってもいられずこんな場所でお待ちしてしまいました」
「礼儀を勉強してこい。俺はもう行く」
男を避けて部屋に戻ろうとした瞬間、目の前の男とは別の手に腕とられた。背後からの行為に気配を感じ取っていなかったラシャは驚愕した。
「――――――ッ?!」
声をあげようとしたその口も大きな手に塞がれる。
前に1人、後ろに2人に挟まれていた。
もがこうともラシャの腕を掴む手はびくともしない。もともと力の弱いラシャが並の魔族に抵抗できるものではない。
口を塞ぐ手は布をラシャの口に当てている。ラシャは息を止めようとしたが、すでに遅く、舌が痺れ体も動かしにくくなった。
「な……んで」
「殿下、どうして私たちを拒むのですか? 人間にはその体を許すというのに」
目の前の男が不気味な笑みを浮かべた。
ラシャは心ここに在らずで部屋に残してきたレオンのことを考えていた。
フェルディナンの副官であるマクシムが護衛についてくれている。
「ラシャ、顔色が悪いね。昨日のことを思い出したの?」
乳兄弟のフェルディナンはワインを片手にラシャの隣にいる。基本的にはラシャのそばについていてくれるので心強い。
ただ、それも初めだけだ。意外と引く手数多な彼は、すぐに女性のところへ連れて行かれてしまうだろう。
「昨日のことか。そうだな、気がかりではあるけど、俺にできることはないよ」
「そうすると、今の考えごとはペットのことかな? 寂しいな~とか?」
フェルディナンの声にからかう雰囲気が出てきたから、ラシャは何も答えずワインを飲んだ。下手に喋るとフェルディナンの罠にハマる気がする。
「あっちにはマクシムもいるから大丈夫さ。ラシャは変な男を引っ掛けないように気を張っていてくれよ」
「勝手に来るんだから、俺にはどうしようもないんだけど」
そんなことを2人で言いあっているうちに、フェルディナンのお呼びがかかった。
年頃の娘を持つ地方領主がフェルディナンに挨拶をして、娘を紹介している。
その間にラシャにも領主の三男、四男が声をかけてくる。世間話に紛れて夜の誘いがあり、ラシャは壁を作るような冷たい笑みを浮かべてやんわり断る。
ラシャがこの手のパーティで誘いを受け入れることはなかったが、なぜか裏ではかなり遊んでいるという噂が流れているらしい。
断っても誘いが減ることはなく、しつこく粘着されることもよくあった。
「殿下は駆け引き上手ですね。美しいあなたの全てを暴きたい、そんな夢を持つ男が列になっていることでしょう。その末端に加えてもらえましたらこの上ない僥倖でございます」
「それは貴殿の思い違いだ。そんな想いを寄せられても、私が応えることはないだろう」
そうバッサリ切っているが、後から後から続く誘いにラシャはだんだんイライラしてくる。
ただ、イライラしてもラシャの立場は王子とはいえ、魔族社会では強くない。
血統よりも力が全ての魔族社会で、魔王族とはいえ最弱王子に下手な行動はできない。不愉快だからと相手を物理的に切り捨てられるのは、力のある父王や兄たちだからだ。
ラシャは人混みのムッとした空気にも胸が気持ち悪くなってくる。
そんな時、ウェイターからメモを渡されて、中を見るなりまたうんざりした。
『庭にてお待ち申し上げる。貴殿を慕う者より』
そこには有力者の長男の名前がある。そんな立場の男が男に言い寄ってなんになるんだ、と不快さが強くなった。嫁取りの宴で生産性のない相手を誘うとはいったいどういう了見なのか。
さっきまで、気分の悪さから庭に出て涼むことも考えた。だが、どうやらこの相手が庭で待ち構えているようだ。
そんな場所にのこのこ出向けば、自ら誘いを受けたことにもなりかねない。結局ラシャは途中退場することを決めた。
そろそろ女性陣からの冷たい視線も耐え難くなっていたのも決め手だ。
部屋に戻ろうと中庭に面した回廊を歩いている時、向かいから誰かがくる気配があった。
すれ違おうと思ったラシャだが、その気配はラシャを待つようにその場に立ち止まる。ラシャはそれに違和感を覚えた。
「これは、ラシャ殿下。宴はもう終わりですか?」
「ジェイミー卿の長男の……ゲイリー殿か。いや、私は気分が悪くなったので途中で退場した。宴はまだ続いている」
パーティ参加者がトイレにでも中座したのかと思ったが、顔に見覚えがある。昨日宴に参加した時に、かなりしつこく迫ってきた男だった。
宴に参加するものは魔王族以外は毎夜入れ替わるため、昨夜の参加者が今夜参加することはない。
「貴殿はどうしたんだ? 昨日の参加者だろう」
「私は貴方を待っていたのですよ」
「…………俺を?」
嫌な予感に背がゾッとした。ただ、弱みを見せないよう、顔には笑顔を浮かべて対峙する。
「何の用だ? こんなところで待ち伏せするとは礼儀を知らんのか?」
「これは、失念しておりました。貴方を恋焦がれるあまり、居ても立ってもいられずこんな場所でお待ちしてしまいました」
「礼儀を勉強してこい。俺はもう行く」
男を避けて部屋に戻ろうとした瞬間、目の前の男とは別の手に腕とられた。背後からの行為に気配を感じ取っていなかったラシャは驚愕した。
「――――――ッ?!」
声をあげようとしたその口も大きな手に塞がれる。
前に1人、後ろに2人に挟まれていた。
もがこうともラシャの腕を掴む手はびくともしない。もともと力の弱いラシャが並の魔族に抵抗できるものではない。
口を塞ぐ手は布をラシャの口に当てている。ラシャは息を止めようとしたが、すでに遅く、舌が痺れ体も動かしにくくなった。
「な……んで」
「殿下、どうして私たちを拒むのですか? 人間にはその体を許すというのに」
目の前の男が不気味な笑みを浮かべた。
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