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5章 嫁取りの宴

32.精気の器 sideレオン

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 レオンは幼少期に魔力暴走を起こした。それによって人が死ぬほどの甚大な被害をあたえている。なんなら、レオンのその後の人生まで変わった。
 そのため、普段は体の中にある魔力源に精神的な枷をして抑えている。魔力操作の師匠からそういう訓練をほどこされた。
 ただ、その枷を3つ外しただけで力尽きたのが現状だ。やはり全ての枷を外して全力の魔力を使うことはできないだろう。

 フェルディナンに支えられてレオンはベンチに座った。
 第5王子がキラキラした目でレオンを見る。

「すごいね? 人間は拳一つくらいで強いほうなんだろう?人間の中ではトップレベルなんじゃないか?」
「いや……もっといけると思った。悔しい」
「でも……レオンも成長途中なんだろ?これからじゃないか」
「……本当は魔力はまだある。でも、魔力暴走を起こすから抑えている。それがうまく操れれば、もっと良い勝負ができそうなのに」

 レオンは負けず嫌いだ。魔族相手でも負けるのが悔しい。
 少し負け惜しみを込めて言ったが、それに反応したのはレオンの隣に座るフェルディナンだった。

「なるほど、魔力暴走か。それは精気の問題かもしれないな」

 精気、とはレオンもラシャとの会話で聞いたことがある。どういうことだ? と詳しい説明を求めてフェルディナンを見た。

「一般的にはほとんど知られていないけど、魔法は魔力と精気の両輪で使うことができる。魔力を練るための潤滑剤が精気だ。精気についてはラシャが詳しいから、俺も知ることになったんだけどね」
「お兄様は精気を吸う淫魔ですもんね。専門家だ」
「精気は寝れば復活するが、人それぞれに器の大きさが違う。そして、普通の生き物は魔力より精気の方が大きく、魔力を使うことに支障はない。ただ、ラシャのように精気が作れないと、体を物理的に動かすにも魔法を使うにも苦労する」
「すると俺は……ラシャのように精気が少ないのか?」
「ちょっと違うね。ラシャは精気の器は大きいが自分では作れないから他から貰う。レオンは普通に使う分には十分すぎる精気の器と精気量だ。けど、魔力が人間としては規格外に大きすぎてあふれる。それが魔力暴走の原因かもしれないな」

 フェルディナンの説明は、たしかに魔力暴走のイメージと重なる。制御するための精気が足りないから、魔力が制御不能で暴走するのか。
 フェルディナンが付け加えた。

「つまり、レオンの精気の器が魔力に見合うだけ大きくなれば、もっと強い魔法を使えるようになる、ってことだよ」
「精気の器は大きくなるのか?」
「体の成長によって魔力が高まることはあるが、器はほとんど変わらないと聞いている。ただ…………」

 少し考えるようにフェルディナンは口ごもった。しばらく考えて首をふる。

「いや、幻の花の蜜を吸うとか、そういうので精気の器が大きくなるって噂があったと思っただけ。どこにあるかもわからない、眉唾な話だ」

 少しがっかりしながらも、レオンは『幻の花の蜜』という情報を脳裏に書き込んだ。もっと強くなりたい気持ちは、どこまで強くなったとしても尽きない。

「王子様はそろそろ勉強の時間ではないですか? 下男がソワソワしてこっちを見ていますよ」
「本当だ。それじゃあレオン。また遊ぼうね」

 フェルディナンに注意を促された第5王子は、円形闘技場の出入り口で待つ下男のもとへ向かった。

 話が終わると、フェルディナンはベンチから立ち上がって訓練の様子を見ている。レオンは力尽きてベンチに座ったまま、気配りのできる副官から渡されたボトルから水を飲んだ。

 尽きていた気力が徐々に復活してくる。この感じがもしかすると精気が戻ってきている感覚なのかもしれない。
 レオンは訓練を眺めるフェルディナンの真面目な顔を見ているうちに、よこしまな気持ちが湧いてきた。

 さっき魔法を使うことになったのは、どうもフェルディナンの手のひらで転がされた結果という気がする。第5王子を使って焚き付けられたのではないか。
 レオンは人の手のひらの上で踊らされるのがとても嫌いだ。このままでは面白くない。
 レオンは涼しい顔をしたフェルディナンを少しからかってやろうと思案を巡らす。

「王子は『嫁取りの宴』に強制参加だったか? そうすると第3王子も参加するのか?」
「あぁ、当然そうなるな。なんなら第2王子と第3王子が主役で御令嬢たちのターゲットだ」
「あの第3王子がね……。前に会った時はえらくラシャに執着しているようだったが。女を抱けるのか」

 レオンの言葉に、フェルディナンが苦笑した。

「あの人はわかりやすい人だ。でも第3王子という立場もあるから、うまくやるだろう。ラシャに手を出すこともない」
「腹違いとはいえ、兄弟だろう? いびつな関係だな」
「俺もブレーズもラシャと共に育った。だから俺はあの人の気持ちもわかる」
「あんたもラシャにそういう気があるってことか?」

 フェルディナンは笑みを崩さずにレオンを流し見ただけで答えない。
 まだ崩れないフェルディナンの様子をみて、レオンはもう少し切り込んで煽る。

「ラシャは……色っぽいよな。後ろにいるといつも白いうなじが見えて、触りたくなる。旅のあいだも色んな男にちょっかいをかけられていたし。ラシャから男たらしの匂いが出ているのかねぇ」
「キミもラシャにたらされた1人か? ペットの分をわきまえろよ」
「そのペットになりたいのはあんたじゃないのか?」

 フェルディナンは少し嫌悪を表情に滲ませたが、すぐに消して訓練場を見る。そんなフェルディナンに、レオンはもう一つ爆弾を落とす。

「そういえば、ペットになりたいって言ってる男がいたな。あんたと同じ妖精族の男だったか。ラシャの色気に当てられて、かわいそうにラシャを襲ったぞ。ラシャの色気もたいがいだが、あんたの一族も――――」

「やめろ」

 フェルディナンの剣がレオンの首に当たっていた。
 フェルディナンの普段は薄いブルーの温和な目が、今は真っ黒にかげり、ゾッとするほど恐ろしい殺気を放っていた。
 完全に笑顔を消してレオンに剣を突きつけた男は、周りにもゾッとするほどの冷気を放っていた。それに当てられた騎士たちがこちらを振り返っている。

「ラシャも、俺の一族も、貶めるな」
「分かった、すまん」

 レオンがあっさり謝ると、フェルディナンは一瞬戸惑った顔を見せたが、すぐにレオンの首から剣を離し、殺気をといた。
 それに他の騎士たちも戸惑いつつ訓練にもどる。一番近くにいた副官のマクシムは、凍りついた顔のまま、じっと様子をうかがっているようだった。

「私をからかいたかったんだろうが、ラシャと私の一族を使うのはやめろ」
「そうだな。それにラシャは言いたくなかったことらしいから忘れてくれ」

 レオンの言葉にピクリと反応すると、フェルディナンは感情を抑えた声できいた。

「……ラシャは大丈夫だったんだな?」
「もちろん、俺が助けた。そのあと抱いたけどな」
「ふん」

 フェルディナンはレオンの回答にムッとしながらも、安堵の表情を浮かべた。

「人間のくせに怖いもの知らずだな。そこをラシャが気にいったのかもしれんが、変なことに首を突っ込んでラシャを困らせるなよ」
「それは残念だな。もういろんなところで首を突っ込んでいる厄介な身の上だ」

 レオンがふざけたように言うと、フェルディナンが大きくため息をついた。

「ラシャも過保護になるわけだ」
「で、あんたもラシャに気がある1人か?」

 再び尋ねられた質問に、グッとつまったフェルディナンが諦めたようにため息をついた。

「蒸し返すなよ……。ラシャに気持ちがないわけではない。幼い頃は私もラシャに精気を渡していた1人だ。でもラシャにとっては精気は食事と同じ、色恋とは別物なんだ。それにまわりは翻弄される。私も第3王子もね」
「ラシャには昔の男が多そうだな」
「話を聞いていたか?男じゃなくて餌箱だ」

 フェルディナンは少し悲しい顔をしてレオンをみた。その目には同情があるようにみえて、レオンの胸に一抹の不安が宿る。

「それも幼い頃だからキス止まり。少し育てば逆にラシャの精気を奪ってしまうようになってキスもやめた。ラシャは弱い生き物からしか精気を取れないし、精気の少ないラシャから精気を奪ってしまっては殺してしまいかねない。そんな状況でも第3王子は変な風にこじらせた。俺はその気のないラシャを諦めて見守る兄のような位置に移行した。不器用な男と器用な私の差だ」

 レオンはフェルディナンを問い詰めるのをやめて、ベンチに寝転がった。

(俺もラシャにとっては餌箱なんだろうか)

 ラシャのキラキラした目で見上げてくる顔を思い出す。

(いや違う、俺はペットだったな)

 ぼんやりラシャの思考回路の謎を考えていた。
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