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4章 妖精の里

22.妖精の相いれない習性

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 毎晩ラシャは夜空を見あげた。

 そして、いよいよ待ちに待った日が近づいてきた。
 窓から夜空を眺めていたラシャは、そばに近づいてきたレオンを見る。

「レオン、明日出発だ」

 首を傾げるレオンに、そういえば城を出るときには人間の街に行くとしか言っていなかったことを思い出す。
 実はここが最終目的地では無い。

「明日は新月。妖精の里への通行ができる日なんだ」

 妖精は隠れ里に住んでいるため、人間には馴染みがない種族だ。たまに人間と交流を持つ妖精もいるようだが、数える程度だろう。
 妖精と聞いたレオンも首を傾げた。

「妖精の里でレオンの呪印が解けるはずだ」

 それを聞いたとたん、レオンの目が見開いた。その様子にラシャも笑顔を浮かべた。
 そうだ、この旅はレオンの呪印を消すための旅。
 魔の島の魔導石、人間の街で手に入れた材料、そして妖精の里で手に入れる材料や妖精達の知識によって、レオンの呪いは消えるはずだ。



 翌日、宿払いをしたラシャ達は妖精の隠れ里のある迷いの森へ向かった。
 もともと最終目的地となる迷いの森の近くの町に滞在していた。そのため夕暮れには迷いの森へ到達した。

 迷いの森は街道から山裾に広がる広大な森で、太古から生きる樹木が複雑に絡みあい、巨木が天を覆う。
 方位磁針は磁場の影響で使えず、森に迷い込むとそのまま黄泉の国へ迷いこんでしまうとまでいわれている。
 ただ、それも本当はここが妖精族の住む隠れ里であり、結界があるために起こることだった。
 ラシャは森の入口で、隠れ里への通行証となる木札を首からさげた。

「レオン、手をつないで。結界の中にはいるまで、手を離さないようにな」

 手をつないで足場の悪い道を進む。森は蔓草が進行をはばみ、木の根が隆起して足を引っかけようと待ち構えている。ただ、2人はそんな道にも慣れていた。
 日が沈み、見えない月がのぼるころ、ラシャは結界を越える気配を感じた。
 同時に周囲の森に生き物の気配が現れる。

「そこの者!名を名乗られい!」
「俺はラシャ・ペリシェール! 森の民の友人だ!」

 ラシャが響く声で答えると、すぐに草木をかき分けて妖精族が出てくる。

「ラシャ! よくきたね!」

 見知った妖精たちは、にこやかにラシャを出迎えてくれた。背にはふわふわとたなびく透明の羽が2対、耳は横に長く尖っている。
 妖精たちのうちの1人、長いシルバーヘアに薄いブルーの瞳の男がラシャを熱烈に抱きしめてきた。

「ラシャ!!」
「ウッ、クリストファー! 久しぶり……」
「また再び会える日が来るなんて…ッ! これは運命だ! ラシャと私の愛の日々が始まるッ!」
「それは始まらないな。それに里にはよく来ているんだ。クリストファーがいないだけで」
「次期族長としてあちこち忙しく飛び回っていてね! 寂しくさせたかな~ッ! すまないな!」
「どっちかというと居ない方が助かる……」
「ええ?! 信じられないッ! 私たちの輝く未来への1番の障害が、君の心を変えられない事だなんてッ!」
「それもう根本から間違ってるんじゃないかな」

 すがりつきいてるクリストファーをレオンが引き剥がした。
 クリストファーはレオンが見えていなかったのか、初めて気づいたようにキョトンとしながら上から下まで視線をめぐらす。

「はて……こいつは……?」
「俺のペットのレオンだ。もちろん里にいれてくれるよな」
「ぺ! ぺぺぺぺっと!!! ~~~~ッ私がペットになりたかったッッ!!!」

 地面を叩いて悔しがるクリストファーに、ラシャは白けた目を向けた。立場を変わりたいと言われたレオンも同じような目で見下ろしている。

「レオン、紹介しよう。この地面を叩いている妖精は、族長の息子でクリストファーだ。城で紹介した乳兄弟のフェルディナンの親族でもある」

 クリストファーとフェルディナンは2人とも艶のある長髪で、スラリと背の高い優男な雰囲気が似ている。目の色も同じだが、フェルディナンが魔族との混血でグレーヘアなのに比べてクリストファーは純血の妖精族なのでシルバーヘアだ。
 妖精族は純潔なほど、全体的に色素の薄い色になる。
 寿命は魔族と混血のフェルディナンのほうが長いので、クリストファーの曾祖父とフェルディナンは兄弟という血の遠さである。
 妖精族は薬草での薬の精製に長けているので、満月の日の催淫を抑える薬もフェルディナンに頼んでいた。

(そのフェルディナンには満月の夜に余計なお節介をされたわけだけど……ってレオンがめっちゃ警戒し始めてる!)

 フェルディナンの名前を聞いたとたんに顔つきが変わったレオンだ。たしかにどっちも性格的に厄介なタイプだ。

「うぅ……仕方ない。ペットの座は譲ろう! そのかわり愛人の座を――」
「無理!」
「勿体無いではないかッ! あの、ラシャの甘い蜜を……いつかみんなで分けっこするのが夢だったのに!」
「余計に無理!」
「あぁッ! 理解されない妖精の習性!! みんなで大事に飲むのに~~ッ!」

 妖精は花の蜜を収穫して分け合う習性がある。長じて恋人を分け合う習性も。なんなら淫魔の甘い体液が花の蜜に似ていると前々から言われている。
 とはいえ、これは実はいつものやり取りで、挨拶みたいになっているところもある。
 クリストファーがウザいほどに熱烈に求婚して、ラシャが一刀両断するという様式美で……クリストファーも本気ではないはずだ。

 でも、それを横で見ていたレオンは魔に受けたのか、怒った目でクリストファーを睨んでいる。

「それじゃあ! 仕事の依頼だッ!」
「ふむ、仕事なら聞こう」
「私の大事なムスコにアクセサリーを見繕ってほしくてね!」
「ん? いつのまに息子が産まれたんだ?」
「いやいやコッチの息子にベッドで見繕って――」

 近づいてきたクリストファーにグッと腰を押しつけられて、さすがにラシャも笑顔がひきつった。

「千切ってやろうか?」
「~~~~ッア…」

 何故か感じ入ったように顔を赤くして動かなくなったクリストファーが謎すぎる……。
 うるさいのが動かなくなったのをいい機会に、うんざりしている他の妖精達と共に里に入った。
 妖精がみんなクリストファーのような変態なわけではない。
 やつが特別だ。
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