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3章 王子の仕事

19.商売繁盛

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 ラシャの露天商の仕事は趣味のレベルだ。
 街の大通りには屋根のある移動式の屋台もあれば、敷物を一枚広げて、上に商品を並べるだけの店もある。
 近くの村や遠くの街から出稼ぎに来ている者も多い。
 そんな一角で、露天商の元締めから許可を得て、ラシャも敷物を広げて商品を並べた。
 今日も暑く、照りつける日差しを遮るために、ラシャもレオンもフード付きのマントを身につけている。
 店を始めるとさっそく客が来た。

「わぁ! 可愛い!」
「いらっしゃい」
「ねぇこれ! 花の付いた指輪欲しい~~」

 恋人におねだりする娘さんが最初の客だった。
 ラシャの売っているアクセサリーはペンダントトップや、ブローチ、指輪などだ。
 客は女性がメインだ。もしくは女性へのプレゼントを探す若い男性だ。
 また、恋人を連れている客は相手におねだりしやすい価格なので、デートの途中に購入するプレゼントにもちょうど良い。このカップルもメインターゲットだった。

 そういう客にはちゃっかりとサービス品を付ける。花の蜜をオイルに溶いた美容液もどきで、気軽に使いやすいし万人受けする。合わせて友人へ店をおすすめして貰えるようお願いしている。
 ちなみに、花の蜜は魔の島の温室の精気を吸った花のカスから取っている。

 この時もオイルをオマケに付けて「またきてね」と笑顔を見せると、女性が頬を赤らめて恋人と去っていった。

 ラシャの後ろでは頭にフードを被ったレオンが座っている。暑さでふわふわの金髪が元気なく額に掛かっている。ただ、緑の目は陽光の下で明るく光っていた。
 レオンが好奇心に駆られたのか、アクセサリーを見ながらチョイチョイと袖を引っ張ってくる。

「これ? 見る?」

 後ろから商品を覗き込むレオンに1つアクセサリーを渡す。
 不思議そうな顔をしてアクセサリーを見るレオンが、またトントンとアクセサリーの宝石部分を指差した。
 その顔に浮かぶ表情に、ラシャはニヤリと笑ってこっそりと教える。

「レオンは分かるか。そう、魔導石なんだよね。こっちじゃ珍しいけど、あっちの島では魔導石でもクズ石なら一盛り数千ゴールドで売っていて安いんだよ」

 ラシャのヒソヒソ話を聞いて、レオンは目を丸くした。

「あっちでは普通の宝石も魔導石もクズ石だと似たような値段だしね。それで、恋人とうまくいく『おまじない』がかかってるとか言うと、良い客の呼び込みになるんだ」

 ゴールドは、りんご1個100ゴールド、宿に1泊3000ゴールド、街の庶民の平均給与は30万ゴールドという相場だ。
 露天のアクセサリーは基本銅を加工して宝石を乗せて、数千ゴールドに値段設定している。店に卸すものは金銀を使う場合もあり、そちらは数万ゴールドだ。
 レオンはラシャにアクセサリーを返しながら、不思議そうな目でラシャを見てくる。
 その目からは、魔族の王子で趣味のアクセサリー作りのはずが、本気で商売をしているんじゃないか? という声が聞こえてきそうだ。


 しばらくのんびりと客を相手にしていると、顔見知りが通りを歩いてきた。
 40代の少し恰幅のいい男性で、服装は高級で口ひげを丁寧に手入れしていることが見て取れる。

「ラシャさん!」
「やぁ、ニルスさん。お久しぶりですね。こんな時間に出歩いて良いんですか? お店が忙しい時間じゃないですか?」
「店は妻に任せてきたよ! ラシャさんが来ているって聞いたからね、急いできたんだ。前に卸してもらった商品が完売したから、追加をお願いしたくてね」
「わぁ、光栄です。でも今回はあまり手持ちはないのですが……」

 いつもは魔の島の王城に戻った時に、暇があると部屋にこもってアクセサリーを作っていた。それで第5王子にいつも部屋にいると嘆かれていたわけだ。
 ただ今回はレオンの呪印を調べるために図書室に入り浸っていた。商品を作る暇がなかったので店に卸すほどあるだろうか。
 そう考えるラシャに、ニルスはウンウンと頷いた。

「いいんだ、急な話だからまた次でも良いし。でも他に良い話があるから、それも早く伝えたくてね」
「良い話……ですか?」
「夕方、店仕舞いした後で良いからうちの店に寄ってくれるかな! 詳しい話をするから」
「分かりました」

 夕方、店仕舞いをする。レオンに先に帰っていても良いと告げると、なぜか不審そうな目で見られて、強引についてこられてしまった。
 ……昨日のことで心配されているのかもしれない。
 内心ラシャは、(ペットだけど、番犬のようになってしまったな)とか思ってしまう。

 ニルス宝石商はメインストリートの一角に小さな店を構えている。昔ながらの宝石商だが、奥さんとの結婚を機に店内改装して華やかにし、若い客の取り込みにも励んでいるらしい。
 その一環でラシャの作る若い女性向けのアクセサリーを取り扱ってくれるようになった。

「ニルスさん、こんばんは」
「待ってましたよ。応接室へどうぞ。……あれ? 後ろの方は……奴隷ですか?」
「用心棒のような人です。一人旅は心細いので」
「そうですねぇ……ラシャさんのような人が一人旅は危ないですし、そういう人ができて良かったです……。いや、少し残念ですけどね」

 また恋人認定された気がする。いや性奴隷を連れている認定なのか?
 奴隷をそういう相手と認定されるのは一般的ではない気がするが……レオンの顔が良すぎるのかもしれない。

 応接室でお茶しつつ、世間話で情報収集するが、やはり王都の魔導石需要の高まりは明らかなようだった。
 そんな世間話の流れで、本題を切り出す。

「それで、良いお話とは何でしたか?」
「実はこの間、帝都の偉い人が来店されてね、ラシャさんの商品をもっと見たい、って仰ってたんですよ!」
「はぁ」
「もしラシャさんが帝都に行く機会があるなら、紹介状を書くので訪ねてくれないかと思ってね」
「……お偉いさんってのはどんな方ですか?」
「なんと! 宰相様のご子息さまだって!」

 なるほど、宰相の子息となると、色々な情報を持っていそうではある。なかなかの大物だ。
 魔王の息子としては、中枢に近すぎて警戒すべき相手かもしれない。その懐に飛び込むようではあるが……仲介してもらって会うなら、向こうも警戒していないのではないか。
 ラシャは脳内で素早く計算すると、とりあえずニルスに梯子を外される前に承諾する。

「わかりました。本当に俺の商品でご満足いただけるか分かりませんが、良ければ紹介していただけますか? 無理を承知で新規開拓に行ってみたいです」
「タイミングが合えば、一緒に行って紹介しても良いんだけどね……最近帝都まで行く道のりがつらくって」

 ニルスが少し出ているお腹を困った顔で撫でる。太っていることは富の象徴ではあるが、行動力はなくなるものらしい。

「紹介状で門前払いされたら、また相談しますよ。あと、こちらに卸す商品はどのようなものを……」

 それほど数はないが、宝石商店に卸す品を選んでもらう。ラシャはニルスから紹介状を受け取ると店を出た。

「良い話になるか分からないけど、ツテは繋いでおくに越した事はないからね」

 ラシャはそう言いながらレオンを見た。
 だが、振り返った先にいたレオンは少し様子がおかしい。いつもなら好奇心に輝く目が、暗く澱んで見える。
 しばらくラシャと一緒に歩いていたレオンだが、宿の方へ行くための道を曲がると、ピタリと立ち止まる。

「レオン?」
『さ、き、に、いっ、て』

 ラシャの耳にキスをするように唇をつけたレオンが、そう伝えてきて驚く。
 止める間もなくレオンが建物の脇道へ走り、路地裏へ抜けていった。
 嫌な予感がするが、すでに姿の見えないレオンを追うには身体能力が違いすぎる。
 ラシャは諦めて宿に帰り、いつでも出られるように貴重品だけまとめてレオンの帰りを待った。
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