【完結】淫魔属性の魔族の王子は逃亡奴隷をペットにする 〜ペットが勇者になって復讐にきた〜

２章 王子とペット

8.王子と乳兄弟（1） sideレオン

　逃亡奴隷であり、現在ペットである男は、魔王城の図書室のソファでうとうとしながら日向ぼっこをしていた。
　プラチナブロンドは奴隷時代とは比べ物にならないほどふんわりと柔らかくなり、エメラルドグリーンの瞳は、以前まで周りを警戒して睨むしかなかったとは思えないほど、穏やかに眠たげな瞬きを繰り返していた。
　名前はレオン・ラスボーンというが、今の主人には『レオン』とだけ伝えている。

　レオンは図書室の重厚なテーブルに分厚い書物を積み上げて調べ物をしている主人――ラシャをみた。このところ毎日図書室と寝室の往復をしている。だが、今日は珍しく、眠たいレオンと同じようにラシャも本を持ったままうつらうつらと船を漕ぎだしていた。
　レオンは、艶のある黒髪がサラサラ揺れるのを眺めた。

（綺麗だな……）

　サラサラの髪は手入れされ、話し方もどこか優雅で、レオンは最初ラシャのことをどこかの商人の息子だと思っていた。
　ペットという話も、金持ちの道楽で強そうな人間を飼って悦に入りたい、そういう人種なのだろうと思った。
　ただ、ラシャの好奇心にキラキラ輝く金の目は、そういう穿った目でみても人の良さを感じさせて、呪印を消すためには都合がいいのかも、と付いていくことにしたのだ。

　それがなぜ今、魔族の支配する魔の島の、それも魔王城にいるのか……と思わないでもない。ただ連れてこられたわけではなく、そう選択した自覚はある。
　これまでの人生は、ただ運命の濁流に飲まれて流されてきた。それに比べると面白い展開が来たなと思う。

　レオンの生まれは田舎の村の片隅にある納屋のように小さな家だ。父はおらず、母はどこからか仕込んだ種で未婚のままレオンを産んだ。
　物心がついた時には、何故産んだのかと思うほど、母から冷遇されていた。レオンはその理由を知らない。ただ、邪魔だったのか、顔も知らない父に似てしまったのか。

　大きくなったら村を出て冒険者になろう、と田舎の少年が考えるよくある将来の夢を描いていた。
　ただ、５歳の頃に誤算が起きた。人間は５歳の年に魔力の回路を開く儀式を行う。その儀式の時にレオンの回路を開いた途端、魔力の暴走が起きてしまった。そのとき儀式をおこなう司祭が巻き添えで死んだ。

　牢屋に入れられ、レオンの貧相な想像では、人を殺したのだから死刑になるのかもしれない、とぼんやり考えていた。
　だが、母は牢番に金をつかませて、レオンを逃がしてくれた。その時、やはり愛されていたのかも……とも思ったが、そのまま連れて行かれたのは奴隷商人のところだった。レオンは、はした金で子供を売る母を見限った。

　ただ、５歳で庇護者もいない状況ではどうしようもない。魔力が強いとはいえ、使い方もわからないまま放り出されている。
　奴隷商人に売られるまま、今度は裏社会の組織にこき使われて暗殺を仕込まれた。そこで魔力の制御を覚えて、人の殺し方を覚えて、人の誑かし方を覚えた。筋が良かったと思うが、逆に良すぎたのかもしれない。
　１８歳の頃には飛び抜けて強くなりすぎた。

　それまで冷たい扱いながらも色んな教えを受けていた師匠に拘束され、言われた言葉を思い出す。

『いつまでも懐かない猛獣のような男だったな。俺たちみたいなのが怖い相手が何かわかるか？　トップを追い落とすほどの圧倒的な力を持ってしまった反逆者だよ』

　レオンがそのまま組織にいたら、上の人間を追い落としたか？　しただろう。
　レオンは人に使われる人生を嫌っていた。奴隷と蔑む人間も嫌っていた。自分の上に人が立つことをレオンのプライドは許していなかった。
　腹立たしいが、師匠は正しくレオンを判断していた。

　レオンは舌に呪印を施されて奴隷商人に再び売られた。魔法が使えなくなったレオンだが、身体能力も飛び抜けていたから肉体労働の当てはあったのだろう。
　だが、奴隷商人も間抜けなことに、レオンの覚悟を見誤っていた。レオンを鎖から解き放った油断が奴隷商人たちを滅ぼした。

　その結果、ラシャと出会えたわけだが……不思議なことに、今度は自ら主人とペットという立ち位置を受け入れている。
　レオン自身の選択の結果だったというのも理由だろう。だが、ラシャの独特の雰囲気も理由かもしれない。
　ラシャはレオンの心やプライドを傷つけない。ペットと言いながらレオンの上に立って命令してこない。だから反抗心も育たない。

（変なお願いはよくされるが……）

　身体中に刺さった棘を毎日一本ずつ抜かれていく気がする。そして、こんなのんびりした生活も初めてかもしれない。
　魔王城でそんなことを思うのも、変な気がするが。


　その時、図書室の扉が静かに開く気配がして、レオンの眠気が覚めた。