5 / 54
2章 王子とペット
4.望まれたペット
しおりを挟む
ラシャの部屋では若い下男のマルゴが既に待機していた。
マルゴは全体的に茶色い地味な容姿の男だ。
執事長にしっかりと教育されていて、テキパキとした動きは流れるようにスムーズだ。ラシャはその有能な下男に荷ほどきを任せる。
「食事の前に風呂にしよう! 湖で多少流しても、レオンはまだまだ汚れが酷いからな。隅々まで洗ってあげなければ」
「ラシャ様、風呂の介助なら私が……」
「マルゴ! 違うんだ! 俺が! ペットを世話したいんだ! 騎竜だって手をかけるほど主人を慕って信頼を高めるだろ? 同じなんだ。俺のペットは俺が洗う」
「……さようですか……」
ラシャは力説したが、そのテンションとは裏腹に、下男はあきれた目をしている。ペットを見るとこちらもあきれた目をしている。
なにか物言いたげに口を開けたが、こっちは物理的に言葉が出ないので諦めたようだ。
ラシャが下男を残して、部屋についている風呂場に向かうと、レオンも重い足取りで付いてきた。
石のタイルが貼られた風呂には、奥に5メートル四方の四角い浴槽が石で作られていて、すでに湯が張られている。浴室も暖かい湯気が充満していて、先ほど頼んだにしては早い準備にラシャは目を丸くした。
「水盤はこの島の全域を見られる遠見の魔導具なんだが……どうやら、早々に見つかって準備されていたみたいだ。俺はいつも帰って来たらすぐ風呂に入るからな。……にしても手際がいいな」
脱衣所でレオンの服を脱がせると、ラシャは服のまま小さめのタオルを持った。膝下まであるブーツと靴下を脱ぐと、生成りのシャツの袖をまくって膝下までのズボンのまま浴室に入る。
汚れたペットを隅々まで洗うのが楽しみでしかたがない。多少、湖で汚れは落ちたとはいえ、まだまだごわつく髪をしっかり洗ったら、ふわふわの毛並みになるんじゃないだろうか。
レオンには始めにしっかりと、「俺が洗うからじっと座っていてくれ!」と言い含めておいた。おかげでレオンは諦め顔で浴室の椅子にジッと動かずに椅子に座ってくれた。
ラシャは楽しそうに頰を緩ませながら、タオルを泡立てて体をさすっていく。
「前に南方の国で仕入れた良い香りの石鹸なんだ。モコモコに泡立てて洗うと気持ちいいぞ」
すぐに泡が汚くなって泡立たなくなるので、ラシャは何度も湯で流し、タオルに石鹸を擦り付けることを繰り返した。
奴隷の中でも扱いは下の下だったらしく、垢を落とすことも稀だったのかもしれない。
「傷だらけだな。最近の傷はそのうち治りそうな浅いものばかりだけど、古い傷は深いものが多い。……苦労したんだな」
レオンの傷の上を泡が覆っていく。喋れないレオンに過去を聞くのは苦労する。でもレオンの過去はラシャには関係ない。ラシャは過去を尋ねるつもりはなかった。
拾ったペットの過去など知らなくても、愛情をもって世話すれば心を通わせられるはずだから。
レオンの泡だらけになった体と頭に湯をかけて洗い流した。
「髪もとても綺麗になったな。髪が陽の光のようで…キラキラしていて」
ラシャは髪の毛を後ろに撫でつけてやる。湖では落としきれなかった汚れも綺麗に落ちて、綺麗なプラチナブロンドから水滴が滴っていた。
「はぁ……綺麗だ」
うっとりと眺めながら、額を流れる水滴を掌で拭う。
レオンは顔も整っている。切長の目は眼光鋭いが誠実そうに見えるし、スッと伸びた鼻筋も、ふっくらした唇もバランスが良く、無表情だと余計に彫刻のような人間離れした造形だ。
そこに表情が乗ると崩れて親しみやすい可愛さが出ることに、ラシャは既に気づいていた。
レオンの首筋を伝っていく水滴を追うように指でなぞると、レオンはくすぐったくてブルブルと首を振った。
「うっ…わは! あはは! 水が飛んできた! あ~ごめんごめん!」
レオンの腕が伸びて、ラシャの頬を拭う。気づかないうちに泡がついていたようだ。ラシャがニコリと笑うと、レオンも少し笑った。
レオンの下半身も洗おうとそこをみて――その途端、泡立てたタオルをひったくられてレオン自身に洗われてしまった。
流石にそこは触られたくないらしい。少し慌てた様子にラシャはクスクス笑った。
夢中で洗っていたために、いつの間にかラシャの服も濡れてしまっていた。
結局、ラシャも濡れた服を脱ぎ捨てて、自分の体を手早く洗うと二人で浴槽に浸かった。
ラシャはホカホカと温まる体と、ぽわんとした頭で思う。
レオンは可愛いし、キスも気持ちよくて相性が良いらしい。相性の良い相手は貴重だ。
レオンをペットとして可愛がる。
そして人間の短い一生だ。せいぜい80歳が寿命だろう。だから、死ぬ最期まで飼おうと密かに誓った。
――とはいえ、後にそれは撤回されるのだが……。
レオンのボロボロになった奴隷服は捨て、手足の丈は足りないもののラシャの服をレオンに着せた。人間の国で着るために置いている服なので、シンプルなシャツにズボンだ。
ラシャは魔族の中では一般的な露出の高い服を身につけた。暑いこの国で、それも人間より多い魔力の影響で体温の高い魔族は、露出の高い服を着る。
ラシャは胸と肩を覆うだけの短いジャケットと足のほとんど出ている短いパンツにヒラヒラした腰布を付けた。
魔族の服を身につけると、レオンが少し困った顔で顔を赤らめて目を逸らしている。
人間の国でも南方諸国では露出のある服を着るが、レオンには見慣れない服なのかもしれない。そう考えると、下着姿でウロウロしている変態のように思われてそうで、恥ずかしい気がしてくる……。
身支度を終えて食堂についた時、まだ同席を指定してきた相手は来ていなかった。
だが、弟の第5王子であるアレクシスが既に席についている。
フリルのついた白いブラウスは肩と腹が出ている魔族仕様で、短いパンツから華奢な足を出している。
ピンク色のふわふわカールした髪と、クリッと丸いピンクの瞳はいつ見てもお菓子みたいだ。
椅子からピョコンと身を乗り出して、満面の笑みで挨拶してくる。
「お兄様、おかえりなさいませ。ご挨拶が遅れて申し訳ありません!」
「ただいま。突然帰ってきたからな、気にしないでくれ」
まだ人間でいうところの10歳くらいの年恰好だ。それでも60年くらい生きているからレオンよりも年上となる。
ただ魔族の不思議なところは、長く生きているはずなのに人間に比べて精神の成熟が遅い。人間が20年で成人するのに比べて、魔族は120年くらいでようやく成人する。結局、見た目が10歳なら、中身も人間の10歳に近い。
体の成長と脳の成長が連動しているのかと、レオンとアレクシスを見比べてしまう。
「それがお兄様のペットですか……」
「ああ、レオンっていうんだ。可愛いだろ? 仲良くしてくれよ」
「はい! 僕、人間の好きそうなおもちゃを探しておきますね! ネズミとか好きかなぁ」
「……いや、それはどうだろう……。もう大きいからおもちゃで遊ぶ歳じゃないかも……。気持ちだけありがとう」
ペットとは言ったが、アレクシスはどうやらレオンを犬猫と同列に見ているらしい。
ラシャが遠回しに遠慮すると、明らかにガッカリした顔を見せた。
アレクシスの近況を聞いてしばらく時間を潰したが、それでも第3王子は来ない。
待つほどの価値もない相手。ラシャはそう判断してレオンを同席に座らせて先に食事を始めた。
突然、扉が激しく開け放たれた。
入ってきたのはラシャと同じくらいの身長だが、がっちり筋肉質な褐色の男だ。
「こいつがラシャの奴隷人間か」
蔑んだような笑みを浮かべながら、その眼光は怒りを含んでいるように鋭い。
この男がラシャの上の兄、第3王子ブレーズだ。
マルゴは全体的に茶色い地味な容姿の男だ。
執事長にしっかりと教育されていて、テキパキとした動きは流れるようにスムーズだ。ラシャはその有能な下男に荷ほどきを任せる。
「食事の前に風呂にしよう! 湖で多少流しても、レオンはまだまだ汚れが酷いからな。隅々まで洗ってあげなければ」
「ラシャ様、風呂の介助なら私が……」
「マルゴ! 違うんだ! 俺が! ペットを世話したいんだ! 騎竜だって手をかけるほど主人を慕って信頼を高めるだろ? 同じなんだ。俺のペットは俺が洗う」
「……さようですか……」
ラシャは力説したが、そのテンションとは裏腹に、下男はあきれた目をしている。ペットを見るとこちらもあきれた目をしている。
なにか物言いたげに口を開けたが、こっちは物理的に言葉が出ないので諦めたようだ。
ラシャが下男を残して、部屋についている風呂場に向かうと、レオンも重い足取りで付いてきた。
石のタイルが貼られた風呂には、奥に5メートル四方の四角い浴槽が石で作られていて、すでに湯が張られている。浴室も暖かい湯気が充満していて、先ほど頼んだにしては早い準備にラシャは目を丸くした。
「水盤はこの島の全域を見られる遠見の魔導具なんだが……どうやら、早々に見つかって準備されていたみたいだ。俺はいつも帰って来たらすぐ風呂に入るからな。……にしても手際がいいな」
脱衣所でレオンの服を脱がせると、ラシャは服のまま小さめのタオルを持った。膝下まであるブーツと靴下を脱ぐと、生成りのシャツの袖をまくって膝下までのズボンのまま浴室に入る。
汚れたペットを隅々まで洗うのが楽しみでしかたがない。多少、湖で汚れは落ちたとはいえ、まだまだごわつく髪をしっかり洗ったら、ふわふわの毛並みになるんじゃないだろうか。
レオンには始めにしっかりと、「俺が洗うからじっと座っていてくれ!」と言い含めておいた。おかげでレオンは諦め顔で浴室の椅子にジッと動かずに椅子に座ってくれた。
ラシャは楽しそうに頰を緩ませながら、タオルを泡立てて体をさすっていく。
「前に南方の国で仕入れた良い香りの石鹸なんだ。モコモコに泡立てて洗うと気持ちいいぞ」
すぐに泡が汚くなって泡立たなくなるので、ラシャは何度も湯で流し、タオルに石鹸を擦り付けることを繰り返した。
奴隷の中でも扱いは下の下だったらしく、垢を落とすことも稀だったのかもしれない。
「傷だらけだな。最近の傷はそのうち治りそうな浅いものばかりだけど、古い傷は深いものが多い。……苦労したんだな」
レオンの傷の上を泡が覆っていく。喋れないレオンに過去を聞くのは苦労する。でもレオンの過去はラシャには関係ない。ラシャは過去を尋ねるつもりはなかった。
拾ったペットの過去など知らなくても、愛情をもって世話すれば心を通わせられるはずだから。
レオンの泡だらけになった体と頭に湯をかけて洗い流した。
「髪もとても綺麗になったな。髪が陽の光のようで…キラキラしていて」
ラシャは髪の毛を後ろに撫でつけてやる。湖では落としきれなかった汚れも綺麗に落ちて、綺麗なプラチナブロンドから水滴が滴っていた。
「はぁ……綺麗だ」
うっとりと眺めながら、額を流れる水滴を掌で拭う。
レオンは顔も整っている。切長の目は眼光鋭いが誠実そうに見えるし、スッと伸びた鼻筋も、ふっくらした唇もバランスが良く、無表情だと余計に彫刻のような人間離れした造形だ。
そこに表情が乗ると崩れて親しみやすい可愛さが出ることに、ラシャは既に気づいていた。
レオンの首筋を伝っていく水滴を追うように指でなぞると、レオンはくすぐったくてブルブルと首を振った。
「うっ…わは! あはは! 水が飛んできた! あ~ごめんごめん!」
レオンの腕が伸びて、ラシャの頬を拭う。気づかないうちに泡がついていたようだ。ラシャがニコリと笑うと、レオンも少し笑った。
レオンの下半身も洗おうとそこをみて――その途端、泡立てたタオルをひったくられてレオン自身に洗われてしまった。
流石にそこは触られたくないらしい。少し慌てた様子にラシャはクスクス笑った。
夢中で洗っていたために、いつの間にかラシャの服も濡れてしまっていた。
結局、ラシャも濡れた服を脱ぎ捨てて、自分の体を手早く洗うと二人で浴槽に浸かった。
ラシャはホカホカと温まる体と、ぽわんとした頭で思う。
レオンは可愛いし、キスも気持ちよくて相性が良いらしい。相性の良い相手は貴重だ。
レオンをペットとして可愛がる。
そして人間の短い一生だ。せいぜい80歳が寿命だろう。だから、死ぬ最期まで飼おうと密かに誓った。
――とはいえ、後にそれは撤回されるのだが……。
レオンのボロボロになった奴隷服は捨て、手足の丈は足りないもののラシャの服をレオンに着せた。人間の国で着るために置いている服なので、シンプルなシャツにズボンだ。
ラシャは魔族の中では一般的な露出の高い服を身につけた。暑いこの国で、それも人間より多い魔力の影響で体温の高い魔族は、露出の高い服を着る。
ラシャは胸と肩を覆うだけの短いジャケットと足のほとんど出ている短いパンツにヒラヒラした腰布を付けた。
魔族の服を身につけると、レオンが少し困った顔で顔を赤らめて目を逸らしている。
人間の国でも南方諸国では露出のある服を着るが、レオンには見慣れない服なのかもしれない。そう考えると、下着姿でウロウロしている変態のように思われてそうで、恥ずかしい気がしてくる……。
身支度を終えて食堂についた時、まだ同席を指定してきた相手は来ていなかった。
だが、弟の第5王子であるアレクシスが既に席についている。
フリルのついた白いブラウスは肩と腹が出ている魔族仕様で、短いパンツから華奢な足を出している。
ピンク色のふわふわカールした髪と、クリッと丸いピンクの瞳はいつ見てもお菓子みたいだ。
椅子からピョコンと身を乗り出して、満面の笑みで挨拶してくる。
「お兄様、おかえりなさいませ。ご挨拶が遅れて申し訳ありません!」
「ただいま。突然帰ってきたからな、気にしないでくれ」
まだ人間でいうところの10歳くらいの年恰好だ。それでも60年くらい生きているからレオンよりも年上となる。
ただ魔族の不思議なところは、長く生きているはずなのに人間に比べて精神の成熟が遅い。人間が20年で成人するのに比べて、魔族は120年くらいでようやく成人する。結局、見た目が10歳なら、中身も人間の10歳に近い。
体の成長と脳の成長が連動しているのかと、レオンとアレクシスを見比べてしまう。
「それがお兄様のペットですか……」
「ああ、レオンっていうんだ。可愛いだろ? 仲良くしてくれよ」
「はい! 僕、人間の好きそうなおもちゃを探しておきますね! ネズミとか好きかなぁ」
「……いや、それはどうだろう……。もう大きいからおもちゃで遊ぶ歳じゃないかも……。気持ちだけありがとう」
ペットとは言ったが、アレクシスはどうやらレオンを犬猫と同列に見ているらしい。
ラシャが遠回しに遠慮すると、明らかにガッカリした顔を見せた。
アレクシスの近況を聞いてしばらく時間を潰したが、それでも第3王子は来ない。
待つほどの価値もない相手。ラシャはそう判断してレオンを同席に座らせて先に食事を始めた。
突然、扉が激しく開け放たれた。
入ってきたのはラシャと同じくらいの身長だが、がっちり筋肉質な褐色の男だ。
「こいつがラシャの奴隷人間か」
蔑んだような笑みを浮かべながら、その眼光は怒りを含んでいるように鋭い。
この男がラシャの上の兄、第3王子ブレーズだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
413
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる