55 / 69
9章 東奔西走
55.不吉なサイレン
しおりを挟む
「おい、シチューがこぼれているぞ」
ハッとした。
隣の席の男に腕をこづかれてようやくテーブルの上の惨事に気づいた。スプーンから落ちたシチューが丸く模様を描いている。
「おまえ、最近呆けてることが多いな。好きな女でもできたのか?」
「ほっとけ」
大聖堂の食堂で昼飯を食べながら同僚にからかわれるとは、俺も救いようがないな。
あの日のことを思い出すたびに意識が飛んでいるという自覚はある。
あの日……俺が神官長に『フラれた』夜だ。
あの日の神官長の言葉がいまだに心に刺さっている。
「おまえの気持ちに応えるのは難しい」
神官長は感情の読めない目で俺を見つめてそう言った。
めちゃくちゃキッパリフラれたんだな……。
明るい月の綺麗な夜、柔らかいオレンジの照明に照らされた神官長からの冷たい返事だった。
悲しみに耐えている俺に、神官長がさらに追い討ちをかけた。
「私はおまえが考えているような人間ではない」
「俺が考えている、とは?」
「割り切った体の関係が持てる相手、だろう?」
その時の心臓に走った衝撃といったら、氷の剣を刺されたようなもんだった。
「な、え、ちがっ――」
「私も色々と話は聞いている。ただ、職場の同僚にふしだらな関係を求めるのはいただけない。そこは節度をもって公私をわけて――」
「いや、違うんです……俺はあなたのことが好きだって……」
「それは何度か聞いたな。これからもおまえの信頼を裏切らないよう努めよう」
「いや、違うんです! 俺は愛――」
その時、俺は咄嗟に『愛してる』なんて言おうとしたんだ。
愛してるだって? そんな言葉生まれてこのかた使ったこともないのにな。俺の口から出る説得力のない言葉ナンバーワン。
そんな言葉で神官長の心を引き寄せられるか?
そんな言葉の羞恥に俺の心臓は耐えられるか?
戸惑いに途切れた言葉は、そのまま吐くこともできずに腹の底に残ったままだ。
「……いえ、変なお誘いをしてすみませんでした」
「私もこれまでの態度で勘違いをさせたかもしれないな。期待を裏切って悪かった。……ただ、大聖堂の神官に軽率に手を出すなら、私も処分を下さざるを得ない。それは肝に命じてくれ」
「はい、もちろん……」
「どうしても、必要なら」
「はい?」
「……花町で発散するといい。あの店にも良いキャストが多いからお勧めする」
そう言うと神官長は古めかしい装飾の施された扉を開いて、無情に扉を閉めた。
自分の勤めるお店をお薦めされてフラれるなんて、こんな結末ある? 涙で前が見えない。
正直、今思い出すとあの告白は無理筋すぎた。押し切る勢いもムードも無かった。でもあの時の俺は感情のままに追い縋ってしまったわけだ。
何度も思い出しては反省点をあげている。
誤解をとけばまだ芽はあるんじゃないか? そう繰り返し結論を先延ばしにしてしまっている。
またシチューを食べる手が止まっていた。はぁ……。
その時、耳障りな音が食堂に響いた。緊急時に鳴る不吉なサイレンの音だ。食堂内の空気が張り詰めた。
「緊急招集! 騎士団第三隊は裏庭に集合!」
聞こえて来た魔導具によるアナウンスに、食堂内の騎士は一斉に立ち上がった。
とうとう不正を働いていたバシリオ神官が捕まるのか?
神官長の情報収集もかなり進んだ様子だったし、こんな日も来るだろうとは思っていたけど……。
神官長からはっきりとした日時は教えられていないだけに、突然の事態にびっくりする。
ランスにすら教えてくれないなんてつれないねぇ。
緩い駆け足で中庭へ向かっているとき、同僚のチャーリーが隣を並走してきた。
この時間帯は正門の警備にあたっていたはずだけど、緊急招集だから警備人数を減らしてこっちに合流したらしい。
いつも情報通ぶるこいつをからかいたくて、軽く肘でつついてやった。
「よっ! チャーリー。この事態はなんなのか、いい情報ねぇのか?」
「すぐに分かるだろうけどさぁ、正門のほうがやべぇのよ。王宮騎士に囲まれてんだわ」
ギョッとした。いつもはニヤケ顔のチャーリーが無表情だ。
バシリオ神官を捕獲するために大聖堂の一斉摘発か? 思っていたよりも物々しい雰囲気だな。
チャーリーが眉間にシワを寄せながらポリポリ顎をかいた。
「とうとう神官長が捕縛されるんだなぁ」
「はッッ?!!」
聞き捨てならねぇ言葉が聞こえて耳を疑う。
「神官長が……なんだって!?」
ハッとした。
隣の席の男に腕をこづかれてようやくテーブルの上の惨事に気づいた。スプーンから落ちたシチューが丸く模様を描いている。
「おまえ、最近呆けてることが多いな。好きな女でもできたのか?」
「ほっとけ」
大聖堂の食堂で昼飯を食べながら同僚にからかわれるとは、俺も救いようがないな。
あの日のことを思い出すたびに意識が飛んでいるという自覚はある。
あの日……俺が神官長に『フラれた』夜だ。
あの日の神官長の言葉がいまだに心に刺さっている。
「おまえの気持ちに応えるのは難しい」
神官長は感情の読めない目で俺を見つめてそう言った。
めちゃくちゃキッパリフラれたんだな……。
明るい月の綺麗な夜、柔らかいオレンジの照明に照らされた神官長からの冷たい返事だった。
悲しみに耐えている俺に、神官長がさらに追い討ちをかけた。
「私はおまえが考えているような人間ではない」
「俺が考えている、とは?」
「割り切った体の関係が持てる相手、だろう?」
その時の心臓に走った衝撃といったら、氷の剣を刺されたようなもんだった。
「な、え、ちがっ――」
「私も色々と話は聞いている。ただ、職場の同僚にふしだらな関係を求めるのはいただけない。そこは節度をもって公私をわけて――」
「いや、違うんです……俺はあなたのことが好きだって……」
「それは何度か聞いたな。これからもおまえの信頼を裏切らないよう努めよう」
「いや、違うんです! 俺は愛――」
その時、俺は咄嗟に『愛してる』なんて言おうとしたんだ。
愛してるだって? そんな言葉生まれてこのかた使ったこともないのにな。俺の口から出る説得力のない言葉ナンバーワン。
そんな言葉で神官長の心を引き寄せられるか?
そんな言葉の羞恥に俺の心臓は耐えられるか?
戸惑いに途切れた言葉は、そのまま吐くこともできずに腹の底に残ったままだ。
「……いえ、変なお誘いをしてすみませんでした」
「私もこれまでの態度で勘違いをさせたかもしれないな。期待を裏切って悪かった。……ただ、大聖堂の神官に軽率に手を出すなら、私も処分を下さざるを得ない。それは肝に命じてくれ」
「はい、もちろん……」
「どうしても、必要なら」
「はい?」
「……花町で発散するといい。あの店にも良いキャストが多いからお勧めする」
そう言うと神官長は古めかしい装飾の施された扉を開いて、無情に扉を閉めた。
自分の勤めるお店をお薦めされてフラれるなんて、こんな結末ある? 涙で前が見えない。
正直、今思い出すとあの告白は無理筋すぎた。押し切る勢いもムードも無かった。でもあの時の俺は感情のままに追い縋ってしまったわけだ。
何度も思い出しては反省点をあげている。
誤解をとけばまだ芽はあるんじゃないか? そう繰り返し結論を先延ばしにしてしまっている。
またシチューを食べる手が止まっていた。はぁ……。
その時、耳障りな音が食堂に響いた。緊急時に鳴る不吉なサイレンの音だ。食堂内の空気が張り詰めた。
「緊急招集! 騎士団第三隊は裏庭に集合!」
聞こえて来た魔導具によるアナウンスに、食堂内の騎士は一斉に立ち上がった。
とうとう不正を働いていたバシリオ神官が捕まるのか?
神官長の情報収集もかなり進んだ様子だったし、こんな日も来るだろうとは思っていたけど……。
神官長からはっきりとした日時は教えられていないだけに、突然の事態にびっくりする。
ランスにすら教えてくれないなんてつれないねぇ。
緩い駆け足で中庭へ向かっているとき、同僚のチャーリーが隣を並走してきた。
この時間帯は正門の警備にあたっていたはずだけど、緊急招集だから警備人数を減らしてこっちに合流したらしい。
いつも情報通ぶるこいつをからかいたくて、軽く肘でつついてやった。
「よっ! チャーリー。この事態はなんなのか、いい情報ねぇのか?」
「すぐに分かるだろうけどさぁ、正門のほうがやべぇのよ。王宮騎士に囲まれてんだわ」
ギョッとした。いつもはニヤケ顔のチャーリーが無表情だ。
バシリオ神官を捕獲するために大聖堂の一斉摘発か? 思っていたよりも物々しい雰囲気だな。
チャーリーが眉間にシワを寄せながらポリポリ顎をかいた。
「とうとう神官長が捕縛されるんだなぁ」
「はッッ?!!」
聞き捨てならねぇ言葉が聞こえて耳を疑う。
「神官長が……なんだって!?」
0
お気に入りに追加
92
あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください
東院さち
BL
ラズは城で仕える下級使用人の一人だ。竜を追い払った騎士団がもどってきた祝賀会のために少ない魔力を駆使して仕事をしていた。
突然襲ってきた魔力枯渇による具合の悪いところをその英雄の一人が助けてくれた。魔力を分け与えるためにキスされて、お礼にラズの作ったクッキーを欲しがる変わり者の団長と、やはりお菓子に目のない副団長の二人はラズのお菓子を目的に騎士団に勧誘する。
貴族を嫌うラズだったが、恩人二人にせっせとお菓子を作るはめになった。
お菓子が目的だったと思っていたけれど、それだけではないらしい。
やがて二人はラズにとってかけがえのない人になっていく。のかもしれない。

【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。
白(しろ)
BL
神様曰く、これはお節介らしい。
僕の身体は運が悪くとても脆く出来ていた。心臓の部分が。だからそろそろダメかもな、なんて思っていたある日の夢で僕は健康な身体を手に入れていた。
けれどそれは僕の身体じゃなくて、まるで天使のように綺麗な顔をした人の身体だった。
どうせ夢だ、すぐに覚めると思っていたのに夢は覚めない。それどころか感じる全てがリアルで、もしかしてこれは現実なのかもしれないと有り得ない考えに及んだとき、頭に鈴の音が響いた。
「お節介を焼くことにした。なに心配することはない。ただ、成り代わるだけさ。お前が欲しくて堪らなかった身体に」
神様らしき人の差配で、僕は僕じゃない人物として生きることになった。
これは健康な身体を手に入れた僕が、好きなように生きていくお話。
本編は三人称です。
R−18に該当するページには※を付けます。
毎日20時更新
登場人物
ラファエル・ローデン
金髪青眼の美青年。無邪気であどけなくもあるが無鉄砲で好奇心旺盛。
ある日人が変わったように活発になったことで親しい人たちを戸惑わせた。今では受け入れられている。
首筋で脈を取るのがクセ。
アルフレッド
茶髪に赤目の迫力ある男前苦労人。ラファエルの友人であり相棒。
剣の腕が立ち騎士団への入団を強く望まれていたが縛り付けられるのを嫌う性格な為断った。
神様
ガラが悪い大男。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる