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9章 東奔西走
55.不吉なサイレン
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「おい、シチューがこぼれているぞ」
ハッとした。
隣の席の男に腕をこづかれてようやくテーブルの上の惨事に気づいた。スプーンから落ちたシチューが丸く模様を描いている。
「おまえ、最近呆けてることが多いな。好きな女でもできたのか?」
「ほっとけ」
大聖堂の食堂で昼飯を食べながら同僚にからかわれるとは、俺も救いようがないな。
あの日のことを思い出すたびに意識が飛んでいるという自覚はある。
あの日……俺が神官長に『フラれた』夜だ。
あの日の神官長の言葉がいまだに心に刺さっている。
「おまえの気持ちに応えるのは難しい」
神官長は感情の読めない目で俺を見つめてそう言った。
めちゃくちゃキッパリフラれたんだな……。
明るい月の綺麗な夜、柔らかいオレンジの照明に照らされた神官長からの冷たい返事だった。
悲しみに耐えている俺に、神官長がさらに追い討ちをかけた。
「私はおまえが考えているような人間ではない」
「俺が考えている、とは?」
「割り切った体の関係が持てる相手、だろう?」
その時の心臓に走った衝撃といったら、氷の剣を刺されたようなもんだった。
「な、え、ちがっ――」
「私も色々と話は聞いている。ただ、職場の同僚にふしだらな関係を求めるのはいただけない。そこは節度をもって公私をわけて――」
「いや、違うんです……俺はあなたのことが好きだって……」
「それは何度か聞いたな。これからもおまえの信頼を裏切らないよう努めよう」
「いや、違うんです! 俺は愛――」
その時、俺は咄嗟に『愛してる』なんて言おうとしたんだ。
愛してるだって? そんな言葉生まれてこのかた使ったこともないのにな。俺の口から出る説得力のない言葉ナンバーワン。
そんな言葉で神官長の心を引き寄せられるか?
そんな言葉の羞恥に俺の心臓は耐えられるか?
戸惑いに途切れた言葉は、そのまま吐くこともできずに腹の底に残ったままだ。
「……いえ、変なお誘いをしてすみませんでした」
「私もこれまでの態度で勘違いをさせたかもしれないな。期待を裏切って悪かった。……ただ、大聖堂の神官に軽率に手を出すなら、私も処分を下さざるを得ない。それは肝に命じてくれ」
「はい、もちろん……」
「どうしても、必要なら」
「はい?」
「……花町で発散するといい。あの店にも良いキャストが多いからお勧めする」
そう言うと神官長は古めかしい装飾の施された扉を開いて、無情に扉を閉めた。
自分の勤めるお店をお薦めされてフラれるなんて、こんな結末ある? 涙で前が見えない。
正直、今思い出すとあの告白は無理筋すぎた。押し切る勢いもムードも無かった。でもあの時の俺は感情のままに追い縋ってしまったわけだ。
何度も思い出しては反省点をあげている。
誤解をとけばまだ芽はあるんじゃないか? そう繰り返し結論を先延ばしにしてしまっている。
またシチューを食べる手が止まっていた。はぁ……。
その時、耳障りな音が食堂に響いた。緊急時に鳴る不吉なサイレンの音だ。食堂内の空気が張り詰めた。
「緊急招集! 騎士団第三隊は裏庭に集合!」
聞こえて来た魔導具によるアナウンスに、食堂内の騎士は一斉に立ち上がった。
とうとう不正を働いていたバシリオ神官が捕まるのか?
神官長の情報収集もかなり進んだ様子だったし、こんな日も来るだろうとは思っていたけど……。
神官長からはっきりとした日時は教えられていないだけに、突然の事態にびっくりする。
ランスにすら教えてくれないなんてつれないねぇ。
緩い駆け足で中庭へ向かっているとき、同僚のチャーリーが隣を並走してきた。
この時間帯は正門の警備にあたっていたはずだけど、緊急招集だから警備人数を減らしてこっちに合流したらしい。
いつも情報通ぶるこいつをからかいたくて、軽く肘でつついてやった。
「よっ! チャーリー。この事態はなんなのか、いい情報ねぇのか?」
「すぐに分かるだろうけどさぁ、正門のほうがやべぇのよ。王宮騎士に囲まれてんだわ」
ギョッとした。いつもはニヤケ顔のチャーリーが無表情だ。
バシリオ神官を捕獲するために大聖堂の一斉摘発か? 思っていたよりも物々しい雰囲気だな。
チャーリーが眉間にシワを寄せながらポリポリ顎をかいた。
「とうとう神官長が捕縛されるんだなぁ」
「はッッ?!!」
聞き捨てならねぇ言葉が聞こえて耳を疑う。
「神官長が……なんだって!?」
ハッとした。
隣の席の男に腕をこづかれてようやくテーブルの上の惨事に気づいた。スプーンから落ちたシチューが丸く模様を描いている。
「おまえ、最近呆けてることが多いな。好きな女でもできたのか?」
「ほっとけ」
大聖堂の食堂で昼飯を食べながら同僚にからかわれるとは、俺も救いようがないな。
あの日のことを思い出すたびに意識が飛んでいるという自覚はある。
あの日……俺が神官長に『フラれた』夜だ。
あの日の神官長の言葉がいまだに心に刺さっている。
「おまえの気持ちに応えるのは難しい」
神官長は感情の読めない目で俺を見つめてそう言った。
めちゃくちゃキッパリフラれたんだな……。
明るい月の綺麗な夜、柔らかいオレンジの照明に照らされた神官長からの冷たい返事だった。
悲しみに耐えている俺に、神官長がさらに追い討ちをかけた。
「私はおまえが考えているような人間ではない」
「俺が考えている、とは?」
「割り切った体の関係が持てる相手、だろう?」
その時の心臓に走った衝撃といったら、氷の剣を刺されたようなもんだった。
「な、え、ちがっ――」
「私も色々と話は聞いている。ただ、職場の同僚にふしだらな関係を求めるのはいただけない。そこは節度をもって公私をわけて――」
「いや、違うんです……俺はあなたのことが好きだって……」
「それは何度か聞いたな。これからもおまえの信頼を裏切らないよう努めよう」
「いや、違うんです! 俺は愛――」
その時、俺は咄嗟に『愛してる』なんて言おうとしたんだ。
愛してるだって? そんな言葉生まれてこのかた使ったこともないのにな。俺の口から出る説得力のない言葉ナンバーワン。
そんな言葉で神官長の心を引き寄せられるか?
そんな言葉の羞恥に俺の心臓は耐えられるか?
戸惑いに途切れた言葉は、そのまま吐くこともできずに腹の底に残ったままだ。
「……いえ、変なお誘いをしてすみませんでした」
「私もこれまでの態度で勘違いをさせたかもしれないな。期待を裏切って悪かった。……ただ、大聖堂の神官に軽率に手を出すなら、私も処分を下さざるを得ない。それは肝に命じてくれ」
「はい、もちろん……」
「どうしても、必要なら」
「はい?」
「……花町で発散するといい。あの店にも良いキャストが多いからお勧めする」
そう言うと神官長は古めかしい装飾の施された扉を開いて、無情に扉を閉めた。
自分の勤めるお店をお薦めされてフラれるなんて、こんな結末ある? 涙で前が見えない。
正直、今思い出すとあの告白は無理筋すぎた。押し切る勢いもムードも無かった。でもあの時の俺は感情のままに追い縋ってしまったわけだ。
何度も思い出しては反省点をあげている。
誤解をとけばまだ芽はあるんじゃないか? そう繰り返し結論を先延ばしにしてしまっている。
またシチューを食べる手が止まっていた。はぁ……。
その時、耳障りな音が食堂に響いた。緊急時に鳴る不吉なサイレンの音だ。食堂内の空気が張り詰めた。
「緊急招集! 騎士団第三隊は裏庭に集合!」
聞こえて来た魔導具によるアナウンスに、食堂内の騎士は一斉に立ち上がった。
とうとう不正を働いていたバシリオ神官が捕まるのか?
神官長の情報収集もかなり進んだ様子だったし、こんな日も来るだろうとは思っていたけど……。
神官長からはっきりとした日時は教えられていないだけに、突然の事態にびっくりする。
ランスにすら教えてくれないなんてつれないねぇ。
緩い駆け足で中庭へ向かっているとき、同僚のチャーリーが隣を並走してきた。
この時間帯は正門の警備にあたっていたはずだけど、緊急招集だから警備人数を減らしてこっちに合流したらしい。
いつも情報通ぶるこいつをからかいたくて、軽く肘でつついてやった。
「よっ! チャーリー。この事態はなんなのか、いい情報ねぇのか?」
「すぐに分かるだろうけどさぁ、正門のほうがやべぇのよ。王宮騎士に囲まれてんだわ」
ギョッとした。いつもはニヤケ顔のチャーリーが無表情だ。
バシリオ神官を捕獲するために大聖堂の一斉摘発か? 思っていたよりも物々しい雰囲気だな。
チャーリーが眉間にシワを寄せながらポリポリ顎をかいた。
「とうとう神官長が捕縛されるんだなぁ」
「はッッ?!!」
聞き捨てならねぇ言葉が聞こえて耳を疑う。
「神官長が……なんだって!?」
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