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8章 飲み会とアフター
51.俺の心を読むな
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「こういう店に来たことがあるか?」
「え~……いえ、ないですね」
正面から入ったことは。
慣れ親しんだ名前の書いてある派手な看板を見上げて、顔がひきつりそうになる。
やっぱりいつものショーパブじゃん。神官長の行きつけってマジでここしかないの?
何度も帰ろうとしたのを「少し付き合え」と引きずられて目的地に到着してしまいました……。
紹介した飲み屋がここの近場だったのも逃げる隙を与えてくれず……。
神官長が扉を開けた先の受付には、もちろん顔見知りの黒服がいる。
「いらっしゃいませ、旦那様。本日は2名様……ですね」
何事もなく! 知らんふりで接客しろ!! それがおまえの命運を分ける!!!
って、目が合った黒服に必死でアイコンタクトと手で合図をおくった。
判断を誤れば処刑するぞ!
一瞬、黒服の言葉が途切れたけど、まだ許容範囲だったらしい。神官長に不審な目を向けられることはなかった。
黒服は俺からまた目を逸らして神官長を見る。
「あぁ、今夜はホール席を頼む」
「かしこまりました。本日、ランスは休日となっておりますが、代わりのキャストのご希望はございますか?」
「あぁ知ってる、今夜はショーを見に来ただけだ。キャストは必要ない」
「かしこまりました。お荷物をお預かりいたします」
神官長の荷物を預かった黒服とまた目が合う。
その手に荷物を渡しつつ、コッソリとメモを書きつけた紙幣を握らせた。さっき神官長の背後で急いで書き殴ったやつ。
『ただの客として対応してくれ!!』
クロークへ下がった黒服が、またニコリと笑顔を浮かべながら戻ってきて席へ案内してくれた。意図は通じたんだろう。
……ふぅ。とりあえず、ひとつの関門は突破したか? 舞台裏でうまく伝達してくれることを祈る。
それでもホールの隅にいる黒服が意味深な目で見てくるのがわかる。暗いから神官長は気づいてないだろうけど。
「どうした?」
「あぁいえ、暗いのでどこに何があるか把握を」
「避難口の確保か? どこにいても騎士だな」
注文を取りに来た黒服も俺に変な突っ込みを入れることなく戻っていった。
もし、『あれ~? 今日はランス休みだろ? 休日にも店に来ちゃうなんてワーカホリックかよ』なんて言い出したら、全部終わるからな。
「あれ~? 今日はランス休みだろ?」
おい! 誰だ俺の心を読んだのは!!!
「ウォーレンさん、ランスがいない日にも店に来るんだ?」
「気分転換にな」
「そっか、珍しいね。楽しんでいってね」
「あぁ、ありがとう。………………おい、クラレンス? どうしたソファに寝転んで。気分でも悪いのか?」
ソファのクッションにダイブして顔を隠していた俺は、のろのろと身を起こして座り直した。
「あ、ちょっと眠気が……。少し飲んだら帰りますね。いや~ほんと、今日はちょっと酔いが回るの早いな」
通りすがりのキャストがウォーレンに挨拶しただけだったか。
っておい、黒服ー!! ちゃんとキャストにも伝達して!!
もうショーが始まる間際だ。他のキャストが絡んで来ませんように。
薄暗かったフロアの照明が完全に落ち、舞台のライトが眩く照らし出した。その舞台にスモークが流れてくる。
スモークが揺蕩う中から出てきたのは異国の踊り子をイメージした衣装を着た中性的な男たち。
ヒラヒラと薄手の布をはためかせた踊りは美しく、男なのに天女のようだ。
いつもは舞台横から見るダンサーを正面から眺めるのは新鮮でもあった。
チラチラと舞台上のダンサーと目が合うのは気のせいじゃないだろう。おい、こっちばっかり見るんじゃねぇ! 仕事しよ!
「あの、神官長。なぜこの店にしたんですか? 普通は女の子のいる店に行くもんなんですけど……」
ソファで足を組み、くつろいだ様子でグラスを傾ける神官長はいつもながらに麗しい。
ただ、その目が少し不思議そうに丸くなったのは不相応な幼さを感じさせた。
「女の子……?」
「騎士団で部下を夜の店に連れて行くっていうと、キャバクラとかその手の女の子が接客する店ですよ」
「ん?! ……なるほど、その発想はなかった。クラレンスはそういう店が好きなんだな。覚えておこう」
「……覚えておかなくてイイデス……」
「今日は私の弱みというテーマだからこの店だ。私がこういう店に来るのは予想外だろう?」
「まだ覚えてたんですかソレ。本当に弱みって、勘違いですよ」
それに、元々来たくて来た店じゃないでしょーが。仕事の一環で来店したんでしょ。
「まぁ、神官長にこんな店って似合わない感じがしますけどね……。えーと、でも神官には多いらしいですね、男が恋愛対象って。神官長も恋愛対象はソッチなんですか? あ、でも神官長風にいうと、好きな相手が男だった、とか?」
なんか、この手の話、何度も尋ねている気がするな。ランスが尋ねた時は、『気になる相手はいるのか?』でクラレンスが出て来たんだっけ。
それじゃクラレンスが『気になる相手はいるのか?』って聞いたらどうなるんだろう?
「まぁ……そうだな。神官としては男を相手にするのが身近ではある。ただ、私はそういう経験はあまりないな」
「え?! 嘘でしょ!」
「生い立ちが複雑だからな、人からは遠巻きにされている感覚がある」
……いやいやいや、生い立ちってのも少しはあるだろうけど、なんか違う理由で遠巻きにされている気がする。
神官長周りのファンの層が予想外に厚いんだよな~。
これもしかして、お互いに牽制しあってお触り禁止になってるパターンじゃないか?
「え~……いえ、ないですね」
正面から入ったことは。
慣れ親しんだ名前の書いてある派手な看板を見上げて、顔がひきつりそうになる。
やっぱりいつものショーパブじゃん。神官長の行きつけってマジでここしかないの?
何度も帰ろうとしたのを「少し付き合え」と引きずられて目的地に到着してしまいました……。
紹介した飲み屋がここの近場だったのも逃げる隙を与えてくれず……。
神官長が扉を開けた先の受付には、もちろん顔見知りの黒服がいる。
「いらっしゃいませ、旦那様。本日は2名様……ですね」
何事もなく! 知らんふりで接客しろ!! それがおまえの命運を分ける!!!
って、目が合った黒服に必死でアイコンタクトと手で合図をおくった。
判断を誤れば処刑するぞ!
一瞬、黒服の言葉が途切れたけど、まだ許容範囲だったらしい。神官長に不審な目を向けられることはなかった。
黒服は俺からまた目を逸らして神官長を見る。
「あぁ、今夜はホール席を頼む」
「かしこまりました。本日、ランスは休日となっておりますが、代わりのキャストのご希望はございますか?」
「あぁ知ってる、今夜はショーを見に来ただけだ。キャストは必要ない」
「かしこまりました。お荷物をお預かりいたします」
神官長の荷物を預かった黒服とまた目が合う。
その手に荷物を渡しつつ、コッソリとメモを書きつけた紙幣を握らせた。さっき神官長の背後で急いで書き殴ったやつ。
『ただの客として対応してくれ!!』
クロークへ下がった黒服が、またニコリと笑顔を浮かべながら戻ってきて席へ案内してくれた。意図は通じたんだろう。
……ふぅ。とりあえず、ひとつの関門は突破したか? 舞台裏でうまく伝達してくれることを祈る。
それでもホールの隅にいる黒服が意味深な目で見てくるのがわかる。暗いから神官長は気づいてないだろうけど。
「どうした?」
「あぁいえ、暗いのでどこに何があるか把握を」
「避難口の確保か? どこにいても騎士だな」
注文を取りに来た黒服も俺に変な突っ込みを入れることなく戻っていった。
もし、『あれ~? 今日はランス休みだろ? 休日にも店に来ちゃうなんてワーカホリックかよ』なんて言い出したら、全部終わるからな。
「あれ~? 今日はランス休みだろ?」
おい! 誰だ俺の心を読んだのは!!!
「ウォーレンさん、ランスがいない日にも店に来るんだ?」
「気分転換にな」
「そっか、珍しいね。楽しんでいってね」
「あぁ、ありがとう。………………おい、クラレンス? どうしたソファに寝転んで。気分でも悪いのか?」
ソファのクッションにダイブして顔を隠していた俺は、のろのろと身を起こして座り直した。
「あ、ちょっと眠気が……。少し飲んだら帰りますね。いや~ほんと、今日はちょっと酔いが回るの早いな」
通りすがりのキャストがウォーレンに挨拶しただけだったか。
っておい、黒服ー!! ちゃんとキャストにも伝達して!!
もうショーが始まる間際だ。他のキャストが絡んで来ませんように。
薄暗かったフロアの照明が完全に落ち、舞台のライトが眩く照らし出した。その舞台にスモークが流れてくる。
スモークが揺蕩う中から出てきたのは異国の踊り子をイメージした衣装を着た中性的な男たち。
ヒラヒラと薄手の布をはためかせた踊りは美しく、男なのに天女のようだ。
いつもは舞台横から見るダンサーを正面から眺めるのは新鮮でもあった。
チラチラと舞台上のダンサーと目が合うのは気のせいじゃないだろう。おい、こっちばっかり見るんじゃねぇ! 仕事しよ!
「あの、神官長。なぜこの店にしたんですか? 普通は女の子のいる店に行くもんなんですけど……」
ソファで足を組み、くつろいだ様子でグラスを傾ける神官長はいつもながらに麗しい。
ただ、その目が少し不思議そうに丸くなったのは不相応な幼さを感じさせた。
「女の子……?」
「騎士団で部下を夜の店に連れて行くっていうと、キャバクラとかその手の女の子が接客する店ですよ」
「ん?! ……なるほど、その発想はなかった。クラレンスはそういう店が好きなんだな。覚えておこう」
「……覚えておかなくてイイデス……」
「今日は私の弱みというテーマだからこの店だ。私がこういう店に来るのは予想外だろう?」
「まだ覚えてたんですかソレ。本当に弱みって、勘違いですよ」
それに、元々来たくて来た店じゃないでしょーが。仕事の一環で来店したんでしょ。
「まぁ、神官長にこんな店って似合わない感じがしますけどね……。えーと、でも神官には多いらしいですね、男が恋愛対象って。神官長も恋愛対象はソッチなんですか? あ、でも神官長風にいうと、好きな相手が男だった、とか?」
なんか、この手の話、何度も尋ねている気がするな。ランスが尋ねた時は、『気になる相手はいるのか?』でクラレンスが出て来たんだっけ。
それじゃクラレンスが『気になる相手はいるのか?』って聞いたらどうなるんだろう?
「まぁ……そうだな。神官としては男を相手にするのが身近ではある。ただ、私はそういう経験はあまりないな」
「え?! 嘘でしょ!」
「生い立ちが複雑だからな、人からは遠巻きにされている感覚がある」
……いやいやいや、生い立ちってのも少しはあるだろうけど、なんか違う理由で遠巻きにされている気がする。
神官長周りのファンの層が予想外に厚いんだよな~。
これもしかして、お互いに牽制しあってお触り禁止になってるパターンじゃないか?
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