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平民と貴族

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どれぐらい時間が経っただろうか。
ジェンヌはゆっくりと立ち上がると机の引き出しから紙を取り出した。
少女の部屋を何処までも忠実に再現しているのだろう。
引き出しには、インシュタルから贈られ、大切に仕舞ってあったブローチまでもが其処にはあった。

「こんな物まで・・・」

自身に対するインシュタルの執着とも呼べそうな思いにゾクリと身体が震える。
今の自分は当時とは違うと何度告げても彼は納得しない。

(インシュタル様はあんな性格ではなかった)

自身がそうであるように、彼もまたこの世界で暮らすうちに変わったのだろう。
前世の過去を思い出したが故に歪んでしまった彼を想うと心が苦しい。
けれど、過去と今とでは圧倒的に違うものがある。
それは、身分の差だ。
彼は『少女』を思い過ぎてその問題に気づいていないのだろう。

「彼は辺境伯の息子だと言っていた・・・。貴族が平民と結ばれる事などあり得ないのに」

前世の夢を見続け、現実を見ないインシュタルにどうすれば分かってもらえるのか。ジェンヌは悩んだ。
その時だ。扉が開いたのは。
そこにいたのはインシュタルではなかった。

「貴方が、あの子が連れてきた花嫁だと言うの?」

扇子で顔を隠し、冷たい目でジェンヌを見つめる女性。
ジェンヌはすぐに床へ跪くと深く頭を下げた。

「あら、身分差は理解しているのかしら?」
「・・・」

平民が貴族に話しかけるような事をすれば不敬罪で処刑されても文句は言えない。
インシュタルとは違い、女性はジェンヌに対して良い感情も持っているようにも見えず、ジェンヌの意思に反して身体はガタガタと震えた。

「あの子ったら、わたくしと旦那様が決めた婚約者候補を全て袖にしてこんなみすぼらしい子をこの家に入れようだなんて・・・まったく何を考えているのかしら」

下を向いているジェンヌの視界に女性の足が見えたと思うと、女性は扇子でジェンヌの首をくいっとあげた。

「今すぐ出ておいき。そうすれば、殺さずにいてあげるわ」

そう告げて女性は去って行った。
扉を開けたままで。
ジェンヌはほぉっと胸を撫で下ろすと先程出した紙にインシュタルに宛てて手紙を書くと部屋から出た。
部屋を出ると、恐らく女性に言われたのだろう使用人がジェンヌを屋敷の外へと連れ出すと振り向きもせず去って行った。
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