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今と過去

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ジェンヌの腕を掴み、まるで逃さないというようにインシュタルは彼女を抱きしめた。
インシュタルの行動に、ジェンヌは戸惑い、跳ね除けようとするがそれは叶わなかった。

「公爵が幽閉され、君の棺が土に埋れていくのを見て本当に後悔した。だから・・・」
「インシュタル様・・・?」

インシュタルの声が震える。
抱きしめられる腕に力が入り、徐々に締め付けられるように感じ、ジェンヌは痛みに眉を歪ましインシュタルに訴える。

「い、たい。痛いです、インシュタル様・・・」
「ああ、すまない」 

腕の束縛が弱まったことにホッとしながらジェンヌはインシュタルを見つめた。
その視線に気付きながら、インシュタルは自虐的に笑いながら、続きを告げる。

「自らの命を絶った」
「!そんな・・・」
「そして、気付けば此処にいたよ。記憶が戻ったのは7歳の時だったかな?
思い出して絶望して、何度も命を断とうとする私に両親はもちろん、使用人達も離れていった。
そして、何度目かの失敗の時にふと思ったんだ。
もしかしたら、君もこの世界にいるかもしれないと」

それで、この部屋を作らせたんだ。いつか君に会えたときのためにねと告げるインシュタルに、ジェンヌは震えた。

(それ程に想われていたなんて)

しかし、ジェンヌにはひとつ疑問がわいた。
露店のハンカチは彼が仕組んだものだったのだろうか?

「あのハンカチは・・・貴方が仕掛けたものだったんですか?」
「ハンカチ?ああ、初めて君がくれた贈り物だったよね。あれは偶然だよ」
「偶然・・・?」
「ああ。今の私の身分はね、辺境伯の跡取り息子なんだ。この街には見回りに来ていたんだよ」

(覚えててくださっていたんだ)

色がすっかり変わったハンカチを取り出して、インシュタルは『少女』の刺繍をなぞり、懐かしげに微笑んだ。

「私が好きだった花を入れてくれたよね。もうすっかり色褪せてしまっているけれど」
「それだけの年月が経ったということでしょう。私も、前の『私』ではありません。どうか、家に返してください」
「嫌だ!君は『彼女』だ。もう離したくない。離して、また、喪いたくないんだ・・・」
「インシュタル様・・・。私には、今は家族がいます。以前とは違い、両親にも愛されているのです!帰らねば、心配させてしまう・・・。どうか、お願いです。帰させて」
「・・・嫌だ。君はあの時、簡単に婚約を解消してしまった。帰せば、もう私の元には来てくれないだろう?」
「それは・・・」

口籠もり、顔を背けるジェンヌに、インシュタルは「だから、君を帰すわけにはいかない」と告げた。
そして、身体を離すと少し考えて「手紙ならば届けよう」と言うと部屋から出ていき、ガチャリと鍵が閉まる音が聞こえジェンヌは部屋に残された。
1人になったジェンヌは自らを抱きしめながらポロリと涙をこぼした。
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