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本編

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※この話は身体的、性的、心理的虐待のシーンがあります。






生まれて物心ついた時からわたしはわたしだった。

この世界が読みなれた小説の世界だと気づいたのはわたしが8歳の頃。
それまで、殺さず生かさずのように疎まれながらそれでもなんとか生きてこられたのは過去の記憶があったから。



「全く、忌々しい!」

扉が乱暴に開き、男が入ってきた。
現世での父親だ。
苛立ちながら、神経質そうな瞳でこちらを見る。

「おい、穀潰し!」
「っ・・・は、はい」
「お前が、お前がもっと美しければ!そうすればあんな男の娘なんぞに負けなかったのに!!」
「ご、ごめんなさい。ごめんなさいっ」

殴られそうになり、自分自身をボールのように抱えて衝撃を待つ。

「ふんっ」

しかし、衝撃は来ずお父様は部屋から出て行った。

屋敷に仕える使用人から、お父様の機嫌があんなに悪いのは、公爵家のご令嬢が皇太子様の婚約者に決まったからだと聞いた。
皇太子はルーク様。賢明なお方だそうだ。
そして、公爵家のご令嬢はマリア様。

ん?ルークにマリア、そしてクリスティーヌ・・・
その名前に聞き覚えがあり、国の名前で確信した。
ここはあの世界なのだと。
そうだとすれば、わたしは幸せになれる!
あんな親から逃げ出して、自身は愛のある結婚ができる!

そう思った。


けれども、あの男は次の日、お前の婚約者だと、30も上のお金だけはある貴族でもないチンケなロリコン商人を私に紹介した。


いやだ!

嫌だ、嫌だ、嫌だ!

今すぐになんとかしなければ、わたしはこの環境から抜け出せない!
けれども、今はじっと耐えるしかできなかった。


ぐへへーと笑う醜い男。
父親と呼ばれる男の暴力が怖くて逃げられない。

「可愛いねー」

と、男はわたしのスカートに手を伸ばす。
涙が出た。嫌だと、声が出そうで出ない。
男はその醜い指でわたしの臀部を性的に撫でまわす。
股間が膨らんでいるのがわかる。

気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い。

時間的には数分だろう。
それでもわたしには数時間にも数日にも感じた。

ガタガタと怯え、震えるわたしの姿をみて、醜い男は満足げに笑う。


「これなら融資はお任せください」
ぐへへと、スカートから手を出して醜い男と、それを聞いてニヤリと笑う今のわたしのチチオヤ。
わたしの心は壊れかけた。

男はソファにわたしを座らせ、あちこちに触れながら、チチオヤにお金の話をする。

わたしはそんなはした金でこんな男に触られているの?
それでも、正気をなんとか保てるのは将来幸せになれるはずだから。


けれども、この男に触れられるのはもう嫌だ。
それならば、このチチオヤが満足するお金が必要だった。
前世の記憶を思い出し、お花の育成をした。最初は子供の戯言だったけれど、花が育ち出荷されると普段よりもずっと大きな収益になった。
その間に肌に優しい化粧水なども作った。
それは女性にたいそう喜ばれ、たくさん売れた。そして、次の年はもっと大きな収益に繋がった。
チチオヤは満足げに、笑い、金の卵だったか!と醜い男との婚約は破棄してくれた。

けれども、破棄までの間は醜い男の指が視線が、舌が、わたしの身体も心も弄んだ事実は変わらなかった。



チチオヤは、金のなる木となったわたしを家に縛り付けるようにお金だけはくれるようになった。
それに伴ってあんなに良くしてくれた使用人はわたしから距離を置きはじめた。


構わない。


わたしはルーク様と結婚してこの家を出て行くのだもの。


自身の身の回りのことは自分でできるようになった。



そして、年月は流れ、チチオヤに連れられ連れてこられたパーティー会場。

これが小説の出会いのシーンだとすぐにわかった。
けれど、なんでだろう?
どうして、ルーク様もマリアもあんなに幸せそうなんだろう??


悪役令嬢のくせに。


わたしの踏み台のくせに。

心がどす黒くなっていく。


ーーーわたしをみないなら

ーーーわたしが行動をおこせば

ーーーきっとあの男はわたしのものになる。

ーーーだって、物語ではそうだったもの。


憑き物がついたようにふらりと彼らに近づく。
そして、わざと自分の服を汚した。


今日、彼女と話をしているうちに、彼女が可愛いことに気づいた。
真っ直ぐに見つめられてわかる、彼女の下心のない感情。
親しくしたいとあそこまで前面に出されたのは初めてだ。
それも、なんの裏もなく・・・
あれほどまで、苛立っていたのが嘘のように、魔法のようにとけて消えた。

後日、わたしに、マリア様という可愛い親友ができたのだった。
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