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本編

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これから仕える主―――マリア様に挨拶をしたら前世を思い出しましたってどんなギャグよ。
私は30代前半の喪女、俗にいうモテない女だった。そんな私にトキメキを与えてくれたサブカルキャー、それが『華は可憐に咲き誇る』だった。
物語はよくある中世ヨーロッパ風のファンタジー物で、主人公は伯爵令嬢ながら心優しく、偶然と運命に導かれ、国の皇太子と結婚する。まあ、玉の輿ストーリーだ。
マリア様は、ありがちな展開だけれども、主人公と皇太子の仲を裂こうとする悪役令嬢として描かれていたお方だ。
このままだとマリア様は婚約を破棄され、自暴自棄になって主人公を襲い皇太子に殺される。
アリーヌ様に確認したら、まだ婚約はなさっていないようだけれど・・・


しかし、ど、どうしよう。このままだと私も巻き添え食らうんじゃ?今からでも別のところに奉公に出るべき?
でも、公爵家のご令嬢は悪役令嬢として死ぬので別のところで働きたいです。なんて、実家も公爵家も許してくれるわけないし・・・
はぁ。転生しても運がないのかなぁ。


そんな風に悩みながら働いて1ヶ月が経ちました。
よく観察していると、マリア様は癇癪持ちですが、いつもご両親を目で追っておられます。それに、マリア様って、習い事とかはサボったりしないんだなぁって。
癇癪持ちで我儘っていえば、習い事サボったりって当たり前のように起きると思ってたんだけど、全然ない。それにこの間のことだけれど・・・こんなことがあった。

あれは、アリーヌ様に言われてお茶の準備を片付けてお部屋に戻る最中のこと、
「お母様、お父様っ!お戻りになられましたのね」
廊下の角で姿は見えないが、マリア様の弾んだ声がした。
珍しい。お昼頃にご当主様とお方様がお戻りになられるなんて・・・
そろっと見てみると、マリア様がお方様に嬉しそうな笑顔で声をかけておられた。
「マリア。くだらないお喋りなら遠慮してくださる?」
「すまないが、まだ書斎ですることがあるんだ」
そう言うとご当主様とお方様はあーではない、こーではないと話をしながら、マリア様を放って歩いていく。
そんな2人の背中にマリア様は美しいお顔を強張らせ、「申し訳ありません・・・」と小さな声で呟いていた。必死で泣きたいのを堪えておられるのだろう、両手は震えながらスカートをギュッとつまんで・・・
そんなマリア様の姿に気づくことなくお二人は書斎へと入っていった。
その後のマリア様はあれがしたいと言ったかと思えば、そんなこと言ってないと言われ、お茶の準備をしていると遅いっと怒鳴り・・・荒れておられた。
そして、誰も入ってくるなっ!と部屋に籠られる瞬間、マリア様がお一人で泣いておられたのを、私は確かにこの目で見た。


そんなことが数度あり、ようやく私は気づいたの。マリア様は、ご両親に声をかけようとしたり、何かしらアクションをおこそうとしても無視されるときにしか我儘も癇癪もなされないことに。
これって、精神的ネグレクトを受けておられるってことじゃない?
ご当主様も、お方様もマリア様に話しかけたりすることが全くないのです。
お二人とも悪いお方ではないのですが・・・
ご当主様はいつもお城で政を―――小説とかでよくある立場を利用して悪いことをしているわけではない―――、お方様もそんなご当主様を支えようと、情報収集に励んでおられるがために子どもにまでは手につかないご様子。
そりゃ、お屋敷にはたくさんの使用人もいるし、家庭教師もいる。それに、お金も自由に使っていいからほしいものは何でも手に入る。
別に自分が見守る必要もないのだろうけど・・・
でも、マリア様が求めておられたのはご両親の関心・・・いや、愛情だ。
だから、どんなに物欲を満たしてもどれほど我儘を言ってもマリア様の心は満たされていない。
だって、ご両親からの関心は向けられないから。本当に欲しい愛情は手に入らないんだもの。

現年齢12歳、精神年齢30台・・・そんな私は、健気なマリア様にキュンキュンと胸が高鳴るようになりました。
あの悲しげな顔を笑顔にしたい。
使用人に出来ることなんて少ないかもしれないけれど、出来る限りの事はしよう。


私、決めたわ。
マリア様をお守りするって。
まずは、褒めることからはじめましょう。
昔からテレビで育児は褒めることが重要だって言ってたはず。

後は・・・ご褒美もいるかな?
昔作った蒸しケーキとかどうかしら。
こっちの世界のお菓子って甘いだけの砂糖菓子しかないから受けそうだけど・・・
厨房に材料とか借りれないか尋ねてみよう。
うーん、やることがたくさん増えました。
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