とある小さな村のチートな鍛冶屋さん

夜船 紡

文字の大きさ
上 下
24 / 78
2巻

2-1

しおりを挟む



   プロローグ


 フリューゲル王国は、大陸にある国の中でも大きな国である。
 それは太古の昔、フリューゲル王国がこの大陸の国々の争いをおさめ、魔族をしまと呼ばれる孤島へ追いやったからだと言われていた。
 今でも、この国には武芸にひいでた者が多く、冒険者と呼ばれる者も多い。
 その都市ともなれば、当然のようにすぐれた鍛冶かじ職人が集まり、質の高い武器や防具を作って腕をきそい合っている。
 そんな国の都市部で、最近話題になっていることがある。
 それは、とある田舎いなかの村に凄腕すごうで鍛冶かじ職人がいるという話だ。
 なんでも、都の鍛冶かじ職人でもかなわぬほどの腕前で、ドワーフの秘術と呼ばれるミスリルをも扱えるという。
 しかしその職人の武器を手に入れたという旅商人に尋ねても、彼らはどこで買ったのか決して明かさない。うわさの職人の武器を持っている冒険者たちも、示し合わせたように言おうとしない。
 きっとうわさだけで大した鍛冶かじ職人ではないのだ、という声もある。
 だがほとんどの人は、鍛冶かじは自分を利用して富を得ようとする者から隠れているのだ、と考えていた。
 そうしてうわさは都市から町へ、町から村へと、国全体に広がっていったのだった。


 フリューゲル王国の都からかなり離れたところにある小さな村の、さらに人里離れた林の先に、そのうわさの店はある。
 外観からは、店には見えない一軒家。
 その入り口には『casualidadカスアリダー』と書かれた看板がさげてあり、扉には【CLOSE】の札がかかっている。だが、店からは金属を打つ甲高かんだかい音が響いていた。
 ――カンッ、カンッ。
 中をのぞくと、真剣な表情の少女が重たそうなハンマーを振るって、金属を打ち伸ばしていた。
 にはほのおが燃え盛り、モルモットがほのおの勢いをあやつっている。
 ――カンッ、キンッ!
 音が高くなった瞬間、少女は金属を打つのをやめ、それをバケツへ放り込んだ。
 ジューーーーッと水が蒸発する音とともに、金属がきらめく。
 バケツから取り出した金属は、するどいナイフへと姿を変えていた。

「これで完成」


 ――いい感じにできたなぁ。きっと喜んでくれはるよ!
 モルモットが言うと、少女は満足そうに頷く。

「そうだね、きっと喜んでくれるよね」

 受け取る相手が喜ぶ姿を想像して、少女はふふっと嬉しそうに笑った。
 ナイフをコトリと棚に置くと、少女は扉の外へと向かった。
 店の外にある畑には、季節を問わずたくさんの野菜が育っている。
 畑の周囲に並ぶ木にも同様に、果実がたわわに実っている。
 春の野菜も秋の果物も、今がしゅんであるかのように実っているのだ。
 だが、この店では不思議なことではない。
 それは彼女の家族である者たちが、彼女のためにした『特別』だから。
 木が複雑に絡み合い屋根となったその下で、牛と羊が睡眠をむさぼっていた。
 その周りには柔らかな草がしげる。それらをかき分け、うさぎにわとりが追いかけっこをしていた。
 モルモットも駆け出し、追いかけっこの仲間に入る。
 そこで少女は背伸びをし、太陽を見つめ、まぶしそうに目を細めて呟いた。

「今日も、いい天気になりそうだね」

 遠くからかねの音が響く。
 少女はそっと、扉の札をひっくり返した。


【OPEN】



   第一章 始まりは市場にて


 頬に当たる日差しと小鳥たちのさえずりで目を覚ます。
 まだ眠っている小さな家族たちを起こさないように、私はそっと立ち上がり窓を開けた。
 柔らかな風がふんわりと髪を撫でる。いい天気だ。
 もぞもぞと音がするのでベッドを見ると、皆も目を覚ましたようだ。
 ――おはようございます、あるじさま。
 ――ふぁあ~、おはよぉ。
 ――おはよ! おはよ!
 ――あるじさん、起きるの早いなぁ。
 朝から丁寧に挨拶あいさつしてくれたのはうさぎのアンバー。
 挨拶あいさつのあと、てしてしと毛繕けづくろいをして、淡い茶色の耳をふわふわ揺らしている。
 欠伸あくびをしているのはへびのフローだ。まだ眠気があるのだろう。ふらふらと私の腕へ巻きつくと、うとうととそのまま眠ってしまった。
 一番元気な挨拶あいさつをして、ベッドの上でパタパタと跳ねているのはにわとりのオニキス。
 モルモットのルビーくんは、んーっと背を伸ばしている。

「おはよう、皆」

 今日も、一日が始まる。
 私はメリア。元は日本で激務をこなしていた社会人だった。ところが、ある日突然死んでしまったのだ。
 気づいたら目の前には真っ白な空間が広がっていて、そこで神様に出会った。
 神様が言うには、私は神様のミスで死んでしまったそうだ。
 神様はその日死ぬ人の名前を名簿に書くのだけれど、本来亡くなる予定だった人と私の名前を書き間違えてしまったんだとか。
 私は神様の話を、冷静に受け入れた。それから、本来の寿命まで生きられるよう、元の世界に返すと告げられたのだけれど……私は生き返ることを拒否した。
 だって、もう戻りたくなかったから。
 毎日ヘトヘトになるまで働いていた私は、余裕がなく、仕事のことで頭がいっぱいだった。
 自分が死んだと聞いて思い浮かんだのは、両親や友人のことよりも、ようやく解放されたという気持ちだった。
 そう伝えると、神様はとても困っていた。どうやら、喜んで生き返ると思っていたらしい。
 だったら、何も言わずに勝手に生き返らせればよかったのでは? と思ったけれど、どこか抜けているこの神様は、親切心から私との対話を望んだそうだ。
 いわく、激務で寝不足ではあるものの健康だった私が、倒れた理由がわからないまま生き返ってはのちのち心配だろう、と。
 悩む神様に、私は思わず提案をした。
 もしよかったら、異世界に連れてってもらえませんか? と。
 異世界では、食べ物や着るものに困らず、ある程度の生活ができる場所がほしい。
 昔ハマっていたゲームのような鍛冶かじをやってみたい。
 鍛冶かじをする上で必要なものが手に入るようにしてほしい。
 十代の体になりたい。
 社会人になる前は、様々なゲームやアニメをたしなんでいたからか、そのままどんどん願望が口からこぼれ落ちた。
 すべてが叶うなんて思ってはいなかった。でも、もしかしたらと、期待がふくらんだ。
 神様は少し悩んだあと「わかった」と言ってくれた。
 その言葉を聞き、私は喜びを表そうとしたと思う。けれど、できなかった。
 この白い空間に来た時と同じように、突然、私の意識は暗闇へと落ちていったから。
 目が覚めると、私は十三歳の少女になって、知らない部屋のベッドの上で眠っていた。
 そこは、神様が私に準備してくれた家。私がずっとあこがれていた、カントリー風の家だった。
 そこには鍛冶かじのためのや、鉱石がれるダンジョンまで準備されていた。
 こうして私は、異世界での新たな生活を始めたのだった。
 それからあっという間に時は過ぎ、一年が経った。十三歳の体をもらったわけだから、十四歳ということだ。
 思い返せばこの一年、様々な出来事があった。
 ここへ来てすぐの頃はたった一人の生活だったけれど、今では六匹のけものたちと一緒に暮らしている。
 最初の同居人は、神様から私のボディガードを任されたフローライト。白いボディにきゅるるんとした赤い目のまだまだ小さい子どものへびで、私はフローと呼んでいる。
 それから、神獣しんじゅう住処すみかからさまよい出て迷子になっていたオニキス。食いしん坊でおっちょこちょいだけど、闇をつかさどにわとりで、いざという時は頼りになる子だ。
 さらに、茶色いうさぎのアンバーもいる。私が家庭菜園をしてみようとした時に神様に召喚されて来てくれた子で、土に栄養を与えたり、土壁を作ったりできるおしゃれさん。
 そのあと加わったのは、ちょっと偉そうだけど、優しいいやしの羊、セラフィ。
 鍛冶かじの頼れる相棒で、火をつかさどる大きなモルモットのルビーくん。
 食生活の八割を支えてくれている、植物をいつくしむ牛、ラリマー。
 彼らは神様につかえ、この世界を守り支える、十二の神獣の眷属けんぞくなんだそうだ。
 一人だと寂しいから、彼らがそばに寄り添ってくれて私は嬉しい。
 この一年で、家から一番近いフォルジャモン村の人たちとも親しくなった。
 フォルジャモン村は小さな村なので、鍛冶かじがいない。
 そのため、武器屋がないと知って、私は家で鍛冶かじを始めることを決めたのだ。
 だけど、お店にはあんまり人が来ない。
 私の家は村から歩いて一時間もかかるため、村の人が立ち寄るには遠すぎるのだ。
 しかしながら品物がほしい人は多いので、週に一度開かれる露天市場ろてんいちばで売らないかと提案されて、私は出店を決めた。
 初めての市場は、持ってきた品物がすべて売り切れるほどの大盛況で終わったのだけど、それを見ていたがらの悪い冒険者に目をつけられ、恐喝きょうかつされてしまった。
 その時は幸運なことに、気まぐれな魔族の青年、リクロスに助けられた。
 けれど、魔族はこの世界では災厄さいやくとして恐れられているらしく、恐喝きょうかつしてきた冒険者が「魔族が出たぞ!」と大声で叫んだため、村は市場どころではない大騒ぎになってしまった。
 さらにこの一件で、私はブゥーヌという元ギルド長に狙われることに。
 まだこの世界のことを理解していなかった私は、ミスリルという貴重な鉱石を使った武器や防具を、相場よりもかなり安く出品していた。
 市場での騒ぎをきっかけにそのことを知ったブゥーヌは、ミスリルを安く得るすべがあるのだろうと考えたらしい。私からその秘密を聞き出し、富を得ようとくわだてていた。
 私はブゥーヌの手下にさらわれ、ミスリルのを吐かせようと拷問ごうもんされてしまう。
 運悪く、フロー以外の眷属けんぞくたちと別行動を取っていて、私は大ピンチ。
 そんな時、現れたのがリクロスだった。
 彼は、部下であるリュミーさんから私がさらわれたことを聞き、再び助けてくれたのだ。
 そのあと駆けつけたアンバーが土壁を作ってブゥーヌと手下を閉じ込め、村長であるマルクさんやギルドの受付担当であるジャンさんたちに引き渡して、事件は終わるはずだった。
 そこで終わってくれればよかったのだけど……彼らは私という存在を怪しんだ。
 突然現れた幼い少女が持つ一流の鍛冶かじスキルや、多数の神獣の眷属けんぞくが一人の人間に情を持っていること、一般常識の欠如など、私にはちぐはぐな部分が多すぎたから。
 特に神獣の眷属けんぞくが神以外の存在に興味を持つことはありえないらしく、人間ときずなを結ぶのは珍しいという。
 どうするべきか悩んでいた私に、神様は自分の正体を彼らに明かすよう伝えた。
 実は、私は神様から加護かごをもらっている。そのため神様は私のことを見守り、時折助言をしてくれるのだ。
 そんな神様の後押しもあり、私は勇気を出して彼らにすべてを話した。
 そして、彼らは葛藤かっとうしつつも、私たちを受け入れてくれた。しかも、魔族であるリクロスが私の家を訪れることも容認し、少しずつ距離を縮める努力をしてくれることになったのだ。
 そんなブゥーヌの事件が終わり、数ヶ月が経った。
 リクロスとその部下であるリュミーさんは、たびたび私の家に泊まっている。
 まだ村の人たちには姿を見せられないからこっそりとした訪問だけど、村長であるマルクさんやギルドの受付のジャンさんは、恐る恐るではあるが、リクロスに話しかけているのを見かけることがある。
 私自身にも、村を歩いていると声をかけてくれる人が増えた。村で酪農らくのうをしている人に卵やチーズ、牛乳を分けてもらったり、冒険者の人から新鮮な鹿しかや熊の肉をいただいたりしている。
 その代わりに私は包丁をいだりして、持ちつ持たれつの関係を築いている。
 一年前に比べると私もこの世界にすっかり馴染んだなぁと実感しながら、今日もお店を開く。
 するとしばらくしてから、いつも通り閑古鳥かんこどりが鳴くお店に、深刻な顔をした二人組が訪ねてきた。
 一人はマルクさん。もう一人はジャンさんだ。

「やぁ、メリアくん。久しぶりだね。ちょっといいかな?」

 その表情に似合わず、穏やかに言うマルクさんに戸惑とまどいながらも、私は二人を家の中へと招く。店番はルビーくんに頼み、何かあれば呼ぶよう伝えておいた。
 この家で普段使っている部屋には、日本の技術があふれている。
 けれど、それらはこの世界からすればあまりにも異質なため、神様がこの世界仕様のダミーの部屋も準備してくれていた。
 今二人を通したのは、ダミーの部屋だ。
 二人に座ってもらい、お茶とお茶菓子を用意して私も席に着く。
 紅茶を一口飲むと、二人に向き合った。

「それで、村長であるマルクさんが、わざわざ訪ねてくるほどの用事ってなんでしょうか?」

 私が聞くと二人は息を吸い込み、がばっと深く頭を下げた。

「頼む、メリアくん。市場に出店してくれないだろうか!」
「へ……?」

 多分その時の私は、本当に間抜けな顔をしていたと思う。だって、二人ともあんなに真剣で切羽詰せっぱつまった顔をしているのに、ただの市場への出店の話だったんだもの。

「あんな事件があったあとだ。君も嫌な思いをしただろう。だが、君の作るものを村の者だけではなく、市場に来る商人や冒険者たちも楽しみにしているんだ。だから、もしメリアくんさえよければ出店してもらえないだろうか」

 マルクさんに続き、ジャンさんも口を開いた。

「こっちにもさー、その問い合わせがたくさん来てて、結構困ってるんだよねぇー。不安なら冒険者を護衛につけるよー。もちろん、信用できる人をねー」
「あ、あの、私が市場に出ると村の皆さんの迷惑になるんじゃ……」

 実は、前回あんな事件になってしまったので、また迷惑をかけてしまうんじゃないかと思って、ずっと市場への出店を控えていた。店のほうに来てもらえればいいかな? という軽い気持ちもあった。
 確かに遠いとは言われたけれど、ここ最近はお客さんも少ないが来てくれるようになった。
 最近のお客さんは修理にしろ研磨けんまにしろ、加工したいものをまとめて持ってきてくれていた。おそらく、村で取りまとめて店まで来てくれているんだろう。だから、それでいいと思っていた。
 けれど私の言葉を聞いたマルクさんは、激しく首を横に振る。

「出店が迷惑なんてことは、絶対にない! それに、もう二度とあんな事態が起こらないよう対策は練った!」
「皆、事件のことを気にしてお願いしづらくてねー。様子をうかがいつつ、君がまた出店すると言ってくれるのを待ってたんだよー。でも、ずっと要望は来ていたのー。ダメかなー?」

 尻尾をくねくねと動かして、ジャンさんが少し首を傾げる。うぅ……可愛い。
 そういえば、時々市場に顔を出すと、そのたびに村の人からちらちらと視線を送られていたような気がする。
 私によくしてくれる村の人たちの顔を思い浮かべながら、私もできることをしよう、と決意した。
 またあんなことがあったら……と思うけど、次からは絶対にフローたちから離れないようにすれば大丈夫だよね。
 私は二人のほうを見て伝える。

「わかりました! 出店します‼」

 二人は顔を見合わせてほっとした表情をみせた。
 そうして次の市場への出店を決めた私は、何を出すかを二人とともに話し合うのだった。


 そして迎えた市場の日!
 私は品物を並べながら出店の準備をしていた。
 今日のお供はフローとルビーくん。ポケットに入るミニミニコンビだ。
 ここまで連れてきてくれたオニキスは、この村唯一の宿屋『猫の目亭』の看板娘ミィナちゃんにお願いして預かってもらった。
 真っ黒なにわとりのオニキスは、その見た目ゆえに食用に見られがちな上、さらわれそうで怖いしね。
 セラフィとアンバー、ラリマーはお留守番だ。
『心配だから私から離れたくない』と言う皆の顔を思い出すと申し訳なくなるけれど、これにはわけがある。
 普段は静かなこの小さな村だけど、市場の日だけは特別だ。
 朝からにぎわい、メインの道路にはたくさんの露店が立ち並んでいる。
 ちょっとしたお祭り気分になる市場の日には、多くの冒険者をはじめ、周囲の村からも人が集まるのだ。
 そんな中で皆が集まっていると、多くの動物を引き連れた私が目立たないわけがない。
 そうすれば、皆が神獣の眷属けんぞくだとバレてしまう可能性が高くなる。実際に、以前ジャンさんにはバレているわけだし、他に気づく人がいてもおかしくない。
 神獣の眷属けんぞくは、人や生き物に興味を示さないと知られている。
 そんな彼らが私に懐いていることを見られて、私の秘密がバレてしまうと困るのだ。
 こうして市場で馴染みのない人々を見ると、対策しておいてよかったと思う。
 私にあてがわれた露店の前には、いつの間にか期待にあふれた人たちが、始まりの合図を今か今かと待ちわびている。
 バーゲンセールのような激しい戦いになるだろう。
 そんな予想をして苦笑しながらも、自分の品物が望まれていることに嬉しくなる。
 出店を決めてよかった。

「これでよし! と」

 準備をし終えてふぅと汗をぬぐっていると、隣の露店の男性が声をかけてきた。

「よぉ、ねーちゃん」
「あ、肉屋の!」

 私が初めて参加した市場で、オニキスを神獣の眷属けんぞくとは知らずに売りものにしてしまった商人だ。
 初めての出店の時もお世話になり、その後もえんがあって彼からお肉を買うようになった。今ではすっかり顔馴染みで、名前も教えてもらった。イェーガーさんだ。

「わぁ、また一緒なんて嬉しいです!」
「はは、偶然は続くもんだ。ここまで行くとえんだな。どうせ、また開始から飛ばすんだろ。手伝ってやるよ」
「本当ですか、助かります」

 私の店の前に並ぶ人々を見て、イェーガーさんは腕まくりをする。
 手伝いを買って出てくれた彼に、私は心から感謝した。

「まぁ、お得意様だからな! また、肉買ってくれよ」
「もちろんです!」

 始まりのかねの音が鳴ると同時に、並んでいた人たちが一気に押し寄せてくる。
 私が最初に並べたのは、鍋やフライパン、包丁などの家庭で使う調理器具だ。
 それらが売り切れてから、武器や防具を並べる。
 これは、マルクさんとジャンさんが来た時に相談して決めたことだった。
 村人と、冒険者や商人が求めるものはそれぞれ違う。
 武器や防具をあとに回すことで混雑を抑え、余計なトラブルを生まないようにと考えたのだ。
 また、数に限りがあるので、武器や防具は一人六点までと定めている。
 マルクさんとジャンさんは、商人たちのめを抑制するためだと言っていた。
 六点にした理由は、防具を求めている人への配慮だ。
 防具はかぶとよろい籠手こてくつたてと、いろいろな種類が存在する。全身を守ろうとすれば、それくらい必要になってしまうのである。
 というわけで、すべての防具と武器を一式そろえられるよう、一人六点までに決めた。
 また、買える数を制限することで、買う人たちは少しでもいいものを求めて吟味ぎんみする。
 そうなれば、購入するまでに時間がかかるので、会計をするこちらも少し余裕ができて一石二鳥だ。
 実際、買う人たちは悩んでくれて、私はゆっくり会計できた。この作戦はおおむね成功と言える。
 おかげで目を回すことなく、お昼頃にはすべての品物を売ることができた。
 手伝ってくれたイェーガーさんにお礼を告げて、ゆっくりと片づけをし始めた時。

「ねぇ。少しいいかしらぁ?」

 少し間延びした女性のような口調の、意識された裏声が聞こえた。
 顔には美しく化粧がされているけれど、肉体はがっしりしていて、綺麗なドレスは窮屈きゅうくつそうに伸び切ってしまっている。

「は、はい?」

 私が困惑しながら返事をすると、その人は口角を吊り上げた。

「んまぁ、可愛らしい子ね。わたくし、かの有名なシュレヒト商店の商人、マンソンジュよぉ。以後よろしくねぇ」

 しゅ、しゅれひと商店……? 有名なの?

「それでね、話というのはぁー」
「おい。約束を忘れたのか?」

 私を助けるように、イェーガーさんが間に入ってくれたけれど……約束ってなんだろ。

「あらぁー? お話はダメなんて言われてないじゃない」

 マン……ソンジュさん? が不敵に笑い、イェーガーさんとにらう。
 けわしい表情のイェーガーさんは、野次馬の一人に声をかけた。

「おい、そこの。村長かギルド長を呼んで来てくれ」
「わかった」

 あらかじめ決まっていたかのように、その人は戸惑とまどうことなく駆け出す。
 すると、マンソンジュさんが声を荒らげた。

「んもぅ! めんどくさいわねぇ。ちょっとお嬢さんとお話しするだけじゃないっ!」
「こいつは訳ありだから、村長かギルド長を通す。そういう約束だろう?」
「だーかーらー! お話だって言ってるじゃない。お友達になるのに、保護者は必要ないでしょー? 商談でも交渉でもないったらー‼」
「信じられるか! おい、ねーちゃん。こいつんとこの商店はな、有名は有名でも悪名で有名なんだよ。気をつけねぇーとぱっくり食われちまうぞ」

 しばらく二人のやりとりを聞いていた私だけど、イェーガーさんの一言に驚いてしまう。

「え、ええ。そうなんですか⁉」
「んまー! 失礼しちゃう! そんなことないわよ‼」

 マンソンジュさんは、イェーガーさんにきーっ! といかりながら否定した。その姿からは想像もできないのだけど、悪質な商人なのかな?

「メリアくん! イェーガーくん!」

 私が首を傾げていると、マルクさんが息を切らしながら走ってくる。イェーガーさんがそれにすぐ気づいた。

「お、来たな。村長さん」
「遅くなってすまなかった。ありがとな」
「いいってことよ。そこのやっこさんが、このねーちゃんについての約束を忘れちまったみたいでな」
「そうか。すまないが、ギルドまで一緒においでいただけるかな?」

 マルクさんが厳しい面持おももちで見つめると、マンソンジュさんは顔を真っ赤にする。

「んもぅ、いいわよ‼ ちょっと、お話がしたかっただけなのにっ! エスコートも結構よ! サヨウナラっ‼」

 ふんっと怒りながら背を向ける姿に、イェーガーさんとマルクさんはあきれた様子でため息をついた。この騒動を見ていた、何人かが去っていく。

「マルクさん……?」

 私は状況がわからず、マルクさんを見る。すると彼は、苦笑を浮かべた。

「メリアくん、少し場所を変えて話をしよう」
「はい。わかりました」

 私もちゃんと話を聞きたいので、その提案を受け入れる。するとマルクさんは、私の手を取り歩き出した。

「あ、片づけっ!」
「代わりにやっといてやるからあとで来い」

 ふと思い出して店を見ると、イェーガーさんがそう言って見送ってくれる。

「ありがとうー‼」

 私は笑顔で、イェーガーさんにお礼を言った。
 そうしてマルクさんに連れていかれた先は、ギルド長室だった。
 この部屋には、盗聴対策がほどこされているらしいので、私の秘密――異世界人だということや、眷属けんぞくのことも話せる。


しおりを挟む
感想 343

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!

月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。 そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。 新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ―――― 自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。 天啓です! と、アルムは―――― 表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。