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1巻
1-3
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実はこの世界の一般的な家庭にも魔造具はある。火の魔力を魔石に加えることでできる、料理をあたためる魔造具なんかは有名らしい。元の世界でいう、電子レンジみたいなもの。
へえ、と感心しながら判定機を眺めていると、頭の中に説明が浮かぶ。
《判定機-旧式。指名手配者以外に反応しない》
なるほど、指名手配されてなければ、何事もなく通ることができるってことだね。
私は安心しながら、おじさんに尋ねる。
「どうすればいいの?」
「この石の上に手を置くだけで大丈夫だ」
「はい」
手を石の上に置くと、吸いつくような感覚があった。おじさんは石の反応をじっと見つめている。
「……大丈夫そうだな」
「よかった」
おじさんの言葉を聞いて、私はホッと胸を撫で下ろす。
「じゃあ、後はここに記入を頼む」
「はい」
今度は一枚の紙を渡された。記入する項目は名前、歳、職業だけ。
すると、《簡易嘘発見器-書かれた情報が本当か嘘かを見抜く》と脳内辞書が教えてくれた。
紙型の魔造具まであるのか!
小さい村っぽいのに、結構ちゃんとしてるんだ。
びっくりしながら、改めて紙を眺める。
名前かぁ。
以前優しく私を呼んでくれた両親も、友人も、ここにはいない。
生き返るのを拒んだ時点で、前の世界での名前を名乗る資格はないと思う。
もう既に、私は新しい人生を始めてるんだ。
自分で考えても、大丈夫だよね?
ずっと大好きだった、鍛冶をするきっかけになったゲームの主人公の名前。
どんな苦難も笑顔で乗り越えて幸せを掴んだ、あの少女。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい? 文字が書けないんだったら、俺が代わりに書いてやろうか?」
じっと紙を見て悩んでいたから、おじさんが不審に思ったのか、声をかけてきた。
あ、いけない。想いを馳せてしまった。
「大丈夫です! どうぞ!」
さっさと記入して、紙を渡す。スキルのおかげか、この世界の文字がすらすら書けた。
[名前 メリア][歳 13][職業 鍛冶師]
メリア。それが、今日から私の名前だ。
「これでよし、通っていいぞ。身分証はこの村のギルドで発行できるから、作っておくといい。……へぇ、鍛冶をするのか」
おじさんが紙を見ながら話しかけてきたので、私は頷く。
「はい」
「いいねぇ。この村にゃ鍛冶師なんてもんはいねぇし、旅商もここは魔物も出にくいし売れねぇからって、武器は持ってこねぇんだよ」
「そうなんですね」
「そうなんだよ。見てくれよ、俺の相棒」
そう言って見せてきたのは、ところどころ錆びついて刃こぼれもしている、今にも折れてしまいそうなボロボロの剣だった。
「ひでぇ武器だろ? でも、ここは平和だからよ、この武器でもなんとかなるんだぜ! 魔物程度なら斬ることができるしな」
私の反応を見て、おじさんは苦笑いしながら言う。
おじさんの剣は、《鉄の剣-手入れがされず今にも壊れそう》と頭の中で判断される。
それなら、この剣は修復スキルだけでは対応しきれない。家の鍛冶場で鍛え直さないと……
そう考えていると、おじさんはそのボロボロの剣を大事そうにしまった。
私のアイテムボックスの中には、さっき使ったカッパーソードも、その他の武器も入ってる。おじさんにその武器を売るのは簡単なことだ。
でも、その動作と表情で、おじさんがその剣にとても思い入れがあるんだとわかってしまう。
「お、おじさん」
思わず声をかけた。
「ん? なんだ?」
「おじさんの剣……私に鍛え直させてくれませんか?」
「いやぁ、ここは平和だし、俺これしか持ってねぇから。どれだけ壊れそうでも、魔物や盗賊が来た時に武器がないのは困る」
おじさんはそう言って、私の提案を嫌がった。
それなら、と私はかばんの中でアイテムボックスを開き、カッパーソードを取り出す。
「なら、この剣、貸してあげます!」
「どこから出したんだ。これはカッパーソードか」
剣を差し出すと、おじさんは真剣な目で剣を見つめた。
そして受け取り、何もないところで素振りを始める。
……どことなく、型がしっかりしている気がする。
ちゃんと敵を想定した動き。剣が風を斬り、シュンッと鳴る。
そして、おじさんは仕上げとばかりに近くにあった木の枝を切り落とした。枝はしなることもなくスパッと斬られた。
おじさんは私の剣を見つめ、そして私を見て言う。
「いい剣だ」
「ありがとうございます。それ、私が鍛えたんです」
「癖がない。素直な剣だ」
微笑みながらそう言ってくれたあと、おじさんは自分の剣を見つめた。
「その剣は、おじさんにとってとても大切な剣なんですね」
おじさんはにっこり笑いながら、私の言葉に頷く。
「ああ。これはな、俺の親父が使っていた剣なんだ。親父が亡くなる前、俺はこの剣に大切な人を守り続けると誓ったんだ」
おじさんは目を瞑り、何かを考えるように黙った。そして、先ほどまでとは違う目で私を見つめる。
「剣を鍛え直すって話、少し、考えさせてくれ」
「はい。私、この道の先に住んでいるので、いつでも持ってきてください」
大事な剣だから、会ってすぐのよく知らない子に預けられないよね。仕方ない。
私が心の中で少し落ち込んでいると、おじさんは不思議そうに首を傾げた。
「この先? あんなところに家があったか?」
「あるんです。ちゃんと、私の家が。……そうだ、鍛冶屋を開きますから、その気になったら是非‼」
そうだ、おじさんがいつでも剣を直せるように、私がお店を開けばいいんだ!
グッドアイデアを思いついて、思わず笑みがこぼれる。
「ふはは、わかった。わかった。じゃあ、その時になったら頼むなぁ。俺の名前はジィーオだ。この村で何かあったら頼ってくれ」
さっきまでの愛想笑いじゃない、とびっきりの笑顔でおじさんは言う。
それからカッパーソードを返してくれようとするが、私はそれを拒否した。
「もらってください。剣を鍛える日が来たら必要になりますし」
けれど、おじさんは大きく首を横に振る。
「いや、これだけいいカッパーソードなら、普通に売れるだろ? それに……」
「いいんです! おじさんの剣、本当にもうボロボロで、いつ折れてもおかしくないじゃないですか」
「うぐっ。それを言われると……」
リアクションがいいのか、図星だったのか、殴られたフリをするジィーオさん。
それから少し考えこんだあと、ゆっくり口を開いた。
「本当にいいのか?」
「もちろん。嘘じゃないですよ。それに、売りものならいっぱいありますし!」
私がかばんから数本の剣を取り出すと、ジィーオさんは驚いた顔をする。
「お前、そんなたくさん、どこからっ⁉ いや、さっきも取り出していたな。まさか、マジックバッグ持ちか?」
「そうなんです」
「いいなぁ。俺も冒険者だった時は憧れてたなぁ」
「これは、お師匠が私が独り立ちする時に与えてくれたんですよー」
本当はお師匠じゃなくて神様だけど……と心の中で呟く。ジィーオさんは、感心したように首を縦に振った。
「ほうほう、いい師匠を持ったんだな」
「ええ!」
そんな話をしているうちに、ジィーオさんと仲良くなり、無事に剣を受け取ってもらうことができた。
武器の有無で生死が分かれることもあり得るからね。
あの気のよさそうな人が傷つくことがないといいなあ。
ジィーオさんは剣の代わりにと、村の情報を教えてくれた。
食事をするなら、入ってすぐ左に行くと美味しい食事処と宿がある。
冒険者ギルドは入ってすぐ右。経営者ギルドもそこが兼ねている。
肉屋や八百屋はないけれど、ここに住む人たちは基本的に自給自足の生活をしているため困らないそうだ。
すぐそこの森や林に入れば兎や猪、鹿などの動物がいるので、腕に覚えのある人は数人で狩りに出て肉を確保するらしい。
野菜は自分の畑で育てている人が多く、近所の仲のいい住人と交換で手に入れているとのこと。
それでも手に入れられないものは、一週間に一度、旅商人による露店市場があり、そこで購入しているんだって。
週に一度開かれる市場はちょっとした楽しみのようで、皆心待ちにしているそうだ。
露店市場では、肉や野菜も取り扱っていると聞いて、安心した。
でも、次に旅商人が来るのは、明後日なんだとか。
運が悪く、すぐには食材をゲット出来そうにない……残念。
ジィーオさんにお礼を告げ、私は村にようやく足を踏み入れた。
村の中は、一つ一つの家がほどよく離れており、ところどころで野菜が育てられている。
お婆ちゃんの家があった田舎の風景に似ているなぁと懐かしくなりながら、食事処兼宿屋へ向かう。
店がないなら市場が開かれるのを待つしかないし、明後日までここに泊まろう。
一時間歩くのは家に篭って鍛冶ばかりしていた私には辛いし、家に帰っても食材がないしね。
宿屋は他の家よりも大きくてわかりやすかった。
木製の看板には『猫の目亭』という店の名前と、デフォルメされた猫が描かれている。
宿のすぐ隣には畑があり、野菜が青々としていた。
その奥には小さな小屋があった。それは厩のようで一頭の茶色い馬が乾草を食べている。
あとで近くに行ってみようと心に決めて、パタパタと服の埃を手で払い、扉を開けた。
――チリンチリン。
扉の端についていた、小さい鐘が鳴る。それに合わせて、可愛らしい声が響いた。
「いらっしゃいませ!」
今の私より、少し年下だろうか? 茶色い髪をおさげにした、八歳くらいの少女が声をかけてくれる。
「お食事ですか? お泊まりですか?」
「えっと、両方お願いしたいんだけど……」
「わかりました! 少々お待ちください!」
普段から手伝っているのだろう。慣れた様子で少女はそう言うと、階段横のカウンターの奥へ消えていった。
私は、カウンターの前で言われたとおり待つことにする。
『猫の目亭』は一階は大きなホールで、テーブルと椅子がたくさん並んでいる。
どうやら階段を上がったところが宿泊用の部屋になっているようだ。
物珍しくて階段の上を見上げていると、「おかあさーん‼」という大きな声が聞こえた。さっきの女の子の声だ。それに答えるように、優しそうな声が店内に響く。
「ミィナ、お客さん?」
「うん、食事もお泊まりもだって!」
「あら、珍しい」
「私より、少し大きいお姉ちゃんだったよ! 早く早く」
「はいはい、わかりました」
少女に手を引かれてカウンターから出てきたのは、声と同じように優しそうな、少女とよく似た女性だった。
「あらぁ。本当に今日は珍しい。市場に来られた方がお泊まりになることはあるのだけど、そうでないとあんまりお客様は来ないのよねぇ。それに、こんなに可愛らしいお客様は久々だから、嬉しいわぁ」
その人はおっとりとした様子で、目を細くしながら声を弾ませた。
私は、その人に明るく答える。
「ここから一時間ほど歩いた場所に、新しく越してきたんです。村に来てみたんですけど、市場が明後日って聞いて。家に帰っても食材がないし、どうせなら宿屋に泊まっちゃえって思って」
「あら、まぁ。そういうことなら大歓迎よぉ。一泊3500ビーンズ。朝夕の食事付きなら5000ビーンズになりますよ」
ビーンズ……?
聞き慣れない言葉に、一瞬はてなが浮かぶ。けれど、すぐにこの国のお金の呼び方だとわかった。書く時の単位はBらしい。
脳内辞書によると、硬貨と紙幣の二種類があり、1、10、100、500Bまでが硬貨。
1000、5000、10000Bが紙幣で、前の世界と同じだ。
それ以上の金額は冒険者ギルドが発行する小切手のようなもので支払う。
冒険者ギルドは銀行も兼ねているようだ。
ふむふむと頷いたあと、ハッと我に返る。
私がなかなか動かないので、二人は首を傾げ、心配そうにこちらを見ていた。
お金がないと思われてしまったのかも。
「ごめんなさい、ちょっとお腹が空いて、固まっちゃってました」
「やだ、お姉ちゃんってば」
「うふふ、うちのごはんはとっても美味しいわよぉ~」
えへへとお腹をさすって笑うと、二人も一緒に笑ってくれた。
「えーと、食事付き二泊で、10000Bですね。ここで払っていいんですか?」
私が尋ねると、女の人は頷く。
「ええ、先払いになっているから大丈夫よ」
かばんを探るフリをして、アイテムボックスから10000Bを取り出した。
「はい、お願いします」
「はい、受け取りました。それと、こちらにお名前の記入をお願いできるかしら?」
「はーい」
少しごわごわした紙に自身の名前を書き、お金を支払うと、女性はにっこり笑ってくれる。
「ありがとうー。それじゃあ、これが鍵よ。食事は、ここのホールのテーブルでお出しするわ。朝食が朝の鐘から半の鐘まで。夕食は夕の鐘からこの看板が出るまでだから、気をつけてね」
女性が指さしたのは、カウンターの上にある『営業終了』と書かれた看板。
「その看板は、どれくらいでかけられるのですか」
「今の時期なら、日暮れを少し過ぎた辺りまでかしら」
「わかりました」
時計がないから、明確な時間は決められてないらしい。
ちなみに私は、脳内で正確な時間を把握することができる。今はちょうど、昼の鐘が鳴って少ししたところだ。
鍵といって渡されたのは、手のひらほどの木片の両面に白い塗料がついたものだった。
泊まる手続きが終わると、迎えてくれた女の子に声をかけられる。
「お姉ちゃん、朝と夕ご飯は、好きな席に座ったら、その鍵を見せてね。お昼は別料金をここで払ってね!」
全ての支払いはこのカウンターでするらしい。私は大きく頷く。
たくさん空いている席の中で目についた場所に座ると、すぐに少女はメニューを持ってきてくれた。
「お昼は三つのメニューから選べるの」
「そうなんだ、ありがとう」
早速メニューを見てみる。
こんがり鹿のステーキ スープ・パン付き 3000B
猪肉の肉団子シチュー パン付き 1500B
きのこと野菜のオムレツ スープ・パン付き 1000B
うわぁ、どれも美味しそう。決めかねて、少女のお勧めを尋ねた。
「あなたはどれが好きなの?」
「どれも美味しいけど……私は、猪肉の肉団子シチューが好き! 猪肉がね、すっごく柔らかくて美味しいの」
「そうなんだ、なら、それをお願いします」
私がそう言うと、少女は元気に返事する。
「はーい! 飲み物はどうするの?」
「水が300Bでオレンジジュースが500Bかぁ。なら、オレンジジュースで」
「わかりました!」
女の子が明るく頷いた。メニューを返しながら、聞いてみる。
「私はメリア。あなたは?」
「私? 私はミィナだよ! お姉さん、ごゆっくりどうぞ!」
ミィナちゃんはそう言い残して、「お父さーん。注文入ったよー」と先ほどのようにパタパタと奥へと入っていった。
さて、この世界に来て、初めての外食。すでにテンションは上がりまくってる‼
今なら十人前はいけちゃうかも⁉
嘘です、盛りました。一人前でお願いします。
しばらくすると、奥から黒い雑穀パンとシチューを持った、二メートルはある大柄の男性が出てきた。
その人は無言でそれを私のテーブルに置くと、すぐに下がっていった。
ぽかぽかと湯気が立つシチューの香りに食欲が湧く。
いただきます、と手を伸ばした。
薄く切ってある雑穀パンは、フランスパンのように外側はパリパリ。
中は雑穀の風味が感じられて、ザクッとした歯ごたえがある。
シチューは具だくさんで、肉団子の他にじゃがいもや人参、玉ねぎがゴロゴロと入っている。
じゃがいもを齧るとほどよくホクホクとして、優しいミルクの味がじんわりと舌に伝わってくる。
猪肉の肉団子はハーブが使われているようで、猪肉の臭みを感じない。
ちょっといいステーキ屋さんで食べるハンバーグのような、高級感のある食感。
お腹が空いていたのもあるけれど、美味しくて手が止まらず、すぐに完食する。
「あー美味しかったー!」
「ふふ。お姉ちゃん、本当にお腹が空いてたんだね」
食べている様子を見ていたのだろう。すっからかんになった食器をミィナちゃんが取りに来たようだ。
私は満面の笑みで、ミィナちゃんにご飯の感想を伝える。
「それもあるけど、めちゃくちゃ美味しくって、止まらなかったよー」
「えへへー、ありがとう。それ、お父さんが作ったんだよ!」
「そうなんだ。夕飯がとても楽しみになっちゃった」
お父さんの料理を褒められたのが嬉しかったのか、ミィナちゃんはニコニコと笑いながら雑談に応じてくれる。
「そうか、なら腕によりをかけて作ろう」
その時、低い声が会話に入ってきた。そこにいたのは、先ほど料理を運んできてくれた男性だ。
「お父さん」
ミィナちゃんがお父さんと言うなら、この人がこの料理を作ったのだろう。
「本当ですか? すっごく美味しかったので、嬉しいです」
私がそう言うと、ミィナちゃんのお父さんは無言で頷いてくれる。
そしてミィナちゃんの頭をひと撫ですると、空の食器を持って奥へと戻っていった。
頭を触るミィナちゃんが少し悲しげなのに気づき、声をかける。
「ミィナちゃん? どうしたの?」
「お客様に言うことじゃないんだけど……お父さん、最近忙しくて構ってくれないの。前はいっぱい遊んでくれたのに……」
「そうなんだ。お店が繁盛してるんだね」
私は慰めるつもりで言ったのだけれど、ミィナちゃんは首を横に振る。
「ううん、お店の忙しさは前と全然変わってないの」
「そうなの?」
「ただ、お父さん……仕込み? っていうのに時間をかけるようになって……」
料理の仕込みは確かに大変だけど、毎日しているのならそれほど時間がかかるものではないし、慣れていくにつれて速くなってもおかしくない。
「新しい料理とか、時間がかかるメニューが増えたの?」
「ううん。ずっと同じメニューだよ?」
お店が繁盛しているわけでもなく、メニューも変わらないのに、仕込みに時間がかかる?
どういうことだろうと思っていると、ミィナちゃんがさらに口を開いた。
「あのね、お父さんの包丁、最近全然切れないの。それで時間がかかるのよ」
なるほど、包丁か。確かに切れ味のよし悪しで、だいぶ時間は変わってくるかもしれない。
でも……料理人って、包丁をちゃんと研いで手入れしてるんじゃ?
「切れなくなったって、研いではいるの?」
「? 研ぐってなあに?」
「包丁の刃の鋭さを保つために、砥石というもので、シャカシャカと手入れをするんだけど……」
「お父さん、そんなのしたことないよ」
ふむ。研いでいないなら、包丁の刃がボロボロの可能性は十分にある。
この世界の包丁は研げないのだろうか? それとも、砥石が高価なのだろうか? それに研ぎ師もいないのか?
疑問は湧いてくるけど、そんなことより、今はしょぼんと俯いてるミィナちゃんだ。
「ミィナちゃん。あのね、実はお姉ちゃん、鍛冶師なの。もしよかったら、お父さんの包丁見せてもらえないかな? 切れるようになるかも」
「本当⁉」
ミィナちゃんは、ぱぁと顔を上げて声を弾ませる。
すると、ミィナちゃんのお父さんがやってきた。私たちの会話を聞いていたらしい。
「頼めるか?」
その手には、少し刃こぼれした包丁があった。これは肉とか切りにくかっただろうな。
むしろ、よくこれであれだけ美味しいご飯を作れたものだ。
おそらく、切れない包丁でいつも頑張っていたのだろう。ここには鍛冶屋がないと、ジィーオさんも言っていたし。
「拝見します」
「頼む」
日本の和包丁とは違い、短剣のような形をしている。素材は鋼なので研ぐことは可能。
アイテムボックスの中を探すと、砥石が入っていた。持ってきていてよかった!
神様からもらった修復スキルの中に研ぐ項目はあるし、昔から料理は好きだから、包丁を研いだ経験もある。
「よーし、研ぐことができそうです!」
へえ、と感心しながら判定機を眺めていると、頭の中に説明が浮かぶ。
《判定機-旧式。指名手配者以外に反応しない》
なるほど、指名手配されてなければ、何事もなく通ることができるってことだね。
私は安心しながら、おじさんに尋ねる。
「どうすればいいの?」
「この石の上に手を置くだけで大丈夫だ」
「はい」
手を石の上に置くと、吸いつくような感覚があった。おじさんは石の反応をじっと見つめている。
「……大丈夫そうだな」
「よかった」
おじさんの言葉を聞いて、私はホッと胸を撫で下ろす。
「じゃあ、後はここに記入を頼む」
「はい」
今度は一枚の紙を渡された。記入する項目は名前、歳、職業だけ。
すると、《簡易嘘発見器-書かれた情報が本当か嘘かを見抜く》と脳内辞書が教えてくれた。
紙型の魔造具まであるのか!
小さい村っぽいのに、結構ちゃんとしてるんだ。
びっくりしながら、改めて紙を眺める。
名前かぁ。
以前優しく私を呼んでくれた両親も、友人も、ここにはいない。
生き返るのを拒んだ時点で、前の世界での名前を名乗る資格はないと思う。
もう既に、私は新しい人生を始めてるんだ。
自分で考えても、大丈夫だよね?
ずっと大好きだった、鍛冶をするきっかけになったゲームの主人公の名前。
どんな苦難も笑顔で乗り越えて幸せを掴んだ、あの少女。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい? 文字が書けないんだったら、俺が代わりに書いてやろうか?」
じっと紙を見て悩んでいたから、おじさんが不審に思ったのか、声をかけてきた。
あ、いけない。想いを馳せてしまった。
「大丈夫です! どうぞ!」
さっさと記入して、紙を渡す。スキルのおかげか、この世界の文字がすらすら書けた。
[名前 メリア][歳 13][職業 鍛冶師]
メリア。それが、今日から私の名前だ。
「これでよし、通っていいぞ。身分証はこの村のギルドで発行できるから、作っておくといい。……へぇ、鍛冶をするのか」
おじさんが紙を見ながら話しかけてきたので、私は頷く。
「はい」
「いいねぇ。この村にゃ鍛冶師なんてもんはいねぇし、旅商もここは魔物も出にくいし売れねぇからって、武器は持ってこねぇんだよ」
「そうなんですね」
「そうなんだよ。見てくれよ、俺の相棒」
そう言って見せてきたのは、ところどころ錆びついて刃こぼれもしている、今にも折れてしまいそうなボロボロの剣だった。
「ひでぇ武器だろ? でも、ここは平和だからよ、この武器でもなんとかなるんだぜ! 魔物程度なら斬ることができるしな」
私の反応を見て、おじさんは苦笑いしながら言う。
おじさんの剣は、《鉄の剣-手入れがされず今にも壊れそう》と頭の中で判断される。
それなら、この剣は修復スキルだけでは対応しきれない。家の鍛冶場で鍛え直さないと……
そう考えていると、おじさんはそのボロボロの剣を大事そうにしまった。
私のアイテムボックスの中には、さっき使ったカッパーソードも、その他の武器も入ってる。おじさんにその武器を売るのは簡単なことだ。
でも、その動作と表情で、おじさんがその剣にとても思い入れがあるんだとわかってしまう。
「お、おじさん」
思わず声をかけた。
「ん? なんだ?」
「おじさんの剣……私に鍛え直させてくれませんか?」
「いやぁ、ここは平和だし、俺これしか持ってねぇから。どれだけ壊れそうでも、魔物や盗賊が来た時に武器がないのは困る」
おじさんはそう言って、私の提案を嫌がった。
それなら、と私はかばんの中でアイテムボックスを開き、カッパーソードを取り出す。
「なら、この剣、貸してあげます!」
「どこから出したんだ。これはカッパーソードか」
剣を差し出すと、おじさんは真剣な目で剣を見つめた。
そして受け取り、何もないところで素振りを始める。
……どことなく、型がしっかりしている気がする。
ちゃんと敵を想定した動き。剣が風を斬り、シュンッと鳴る。
そして、おじさんは仕上げとばかりに近くにあった木の枝を切り落とした。枝はしなることもなくスパッと斬られた。
おじさんは私の剣を見つめ、そして私を見て言う。
「いい剣だ」
「ありがとうございます。それ、私が鍛えたんです」
「癖がない。素直な剣だ」
微笑みながらそう言ってくれたあと、おじさんは自分の剣を見つめた。
「その剣は、おじさんにとってとても大切な剣なんですね」
おじさんはにっこり笑いながら、私の言葉に頷く。
「ああ。これはな、俺の親父が使っていた剣なんだ。親父が亡くなる前、俺はこの剣に大切な人を守り続けると誓ったんだ」
おじさんは目を瞑り、何かを考えるように黙った。そして、先ほどまでとは違う目で私を見つめる。
「剣を鍛え直すって話、少し、考えさせてくれ」
「はい。私、この道の先に住んでいるので、いつでも持ってきてください」
大事な剣だから、会ってすぐのよく知らない子に預けられないよね。仕方ない。
私が心の中で少し落ち込んでいると、おじさんは不思議そうに首を傾げた。
「この先? あんなところに家があったか?」
「あるんです。ちゃんと、私の家が。……そうだ、鍛冶屋を開きますから、その気になったら是非‼」
そうだ、おじさんがいつでも剣を直せるように、私がお店を開けばいいんだ!
グッドアイデアを思いついて、思わず笑みがこぼれる。
「ふはは、わかった。わかった。じゃあ、その時になったら頼むなぁ。俺の名前はジィーオだ。この村で何かあったら頼ってくれ」
さっきまでの愛想笑いじゃない、とびっきりの笑顔でおじさんは言う。
それからカッパーソードを返してくれようとするが、私はそれを拒否した。
「もらってください。剣を鍛える日が来たら必要になりますし」
けれど、おじさんは大きく首を横に振る。
「いや、これだけいいカッパーソードなら、普通に売れるだろ? それに……」
「いいんです! おじさんの剣、本当にもうボロボロで、いつ折れてもおかしくないじゃないですか」
「うぐっ。それを言われると……」
リアクションがいいのか、図星だったのか、殴られたフリをするジィーオさん。
それから少し考えこんだあと、ゆっくり口を開いた。
「本当にいいのか?」
「もちろん。嘘じゃないですよ。それに、売りものならいっぱいありますし!」
私がかばんから数本の剣を取り出すと、ジィーオさんは驚いた顔をする。
「お前、そんなたくさん、どこからっ⁉ いや、さっきも取り出していたな。まさか、マジックバッグ持ちか?」
「そうなんです」
「いいなぁ。俺も冒険者だった時は憧れてたなぁ」
「これは、お師匠が私が独り立ちする時に与えてくれたんですよー」
本当はお師匠じゃなくて神様だけど……と心の中で呟く。ジィーオさんは、感心したように首を縦に振った。
「ほうほう、いい師匠を持ったんだな」
「ええ!」
そんな話をしているうちに、ジィーオさんと仲良くなり、無事に剣を受け取ってもらうことができた。
武器の有無で生死が分かれることもあり得るからね。
あの気のよさそうな人が傷つくことがないといいなあ。
ジィーオさんは剣の代わりにと、村の情報を教えてくれた。
食事をするなら、入ってすぐ左に行くと美味しい食事処と宿がある。
冒険者ギルドは入ってすぐ右。経営者ギルドもそこが兼ねている。
肉屋や八百屋はないけれど、ここに住む人たちは基本的に自給自足の生活をしているため困らないそうだ。
すぐそこの森や林に入れば兎や猪、鹿などの動物がいるので、腕に覚えのある人は数人で狩りに出て肉を確保するらしい。
野菜は自分の畑で育てている人が多く、近所の仲のいい住人と交換で手に入れているとのこと。
それでも手に入れられないものは、一週間に一度、旅商人による露店市場があり、そこで購入しているんだって。
週に一度開かれる市場はちょっとした楽しみのようで、皆心待ちにしているそうだ。
露店市場では、肉や野菜も取り扱っていると聞いて、安心した。
でも、次に旅商人が来るのは、明後日なんだとか。
運が悪く、すぐには食材をゲット出来そうにない……残念。
ジィーオさんにお礼を告げ、私は村にようやく足を踏み入れた。
村の中は、一つ一つの家がほどよく離れており、ところどころで野菜が育てられている。
お婆ちゃんの家があった田舎の風景に似ているなぁと懐かしくなりながら、食事処兼宿屋へ向かう。
店がないなら市場が開かれるのを待つしかないし、明後日までここに泊まろう。
一時間歩くのは家に篭って鍛冶ばかりしていた私には辛いし、家に帰っても食材がないしね。
宿屋は他の家よりも大きくてわかりやすかった。
木製の看板には『猫の目亭』という店の名前と、デフォルメされた猫が描かれている。
宿のすぐ隣には畑があり、野菜が青々としていた。
その奥には小さな小屋があった。それは厩のようで一頭の茶色い馬が乾草を食べている。
あとで近くに行ってみようと心に決めて、パタパタと服の埃を手で払い、扉を開けた。
――チリンチリン。
扉の端についていた、小さい鐘が鳴る。それに合わせて、可愛らしい声が響いた。
「いらっしゃいませ!」
今の私より、少し年下だろうか? 茶色い髪をおさげにした、八歳くらいの少女が声をかけてくれる。
「お食事ですか? お泊まりですか?」
「えっと、両方お願いしたいんだけど……」
「わかりました! 少々お待ちください!」
普段から手伝っているのだろう。慣れた様子で少女はそう言うと、階段横のカウンターの奥へ消えていった。
私は、カウンターの前で言われたとおり待つことにする。
『猫の目亭』は一階は大きなホールで、テーブルと椅子がたくさん並んでいる。
どうやら階段を上がったところが宿泊用の部屋になっているようだ。
物珍しくて階段の上を見上げていると、「おかあさーん‼」という大きな声が聞こえた。さっきの女の子の声だ。それに答えるように、優しそうな声が店内に響く。
「ミィナ、お客さん?」
「うん、食事もお泊まりもだって!」
「あら、珍しい」
「私より、少し大きいお姉ちゃんだったよ! 早く早く」
「はいはい、わかりました」
少女に手を引かれてカウンターから出てきたのは、声と同じように優しそうな、少女とよく似た女性だった。
「あらぁ。本当に今日は珍しい。市場に来られた方がお泊まりになることはあるのだけど、そうでないとあんまりお客様は来ないのよねぇ。それに、こんなに可愛らしいお客様は久々だから、嬉しいわぁ」
その人はおっとりとした様子で、目を細くしながら声を弾ませた。
私は、その人に明るく答える。
「ここから一時間ほど歩いた場所に、新しく越してきたんです。村に来てみたんですけど、市場が明後日って聞いて。家に帰っても食材がないし、どうせなら宿屋に泊まっちゃえって思って」
「あら、まぁ。そういうことなら大歓迎よぉ。一泊3500ビーンズ。朝夕の食事付きなら5000ビーンズになりますよ」
ビーンズ……?
聞き慣れない言葉に、一瞬はてなが浮かぶ。けれど、すぐにこの国のお金の呼び方だとわかった。書く時の単位はBらしい。
脳内辞書によると、硬貨と紙幣の二種類があり、1、10、100、500Bまでが硬貨。
1000、5000、10000Bが紙幣で、前の世界と同じだ。
それ以上の金額は冒険者ギルドが発行する小切手のようなもので支払う。
冒険者ギルドは銀行も兼ねているようだ。
ふむふむと頷いたあと、ハッと我に返る。
私がなかなか動かないので、二人は首を傾げ、心配そうにこちらを見ていた。
お金がないと思われてしまったのかも。
「ごめんなさい、ちょっとお腹が空いて、固まっちゃってました」
「やだ、お姉ちゃんってば」
「うふふ、うちのごはんはとっても美味しいわよぉ~」
えへへとお腹をさすって笑うと、二人も一緒に笑ってくれた。
「えーと、食事付き二泊で、10000Bですね。ここで払っていいんですか?」
私が尋ねると、女の人は頷く。
「ええ、先払いになっているから大丈夫よ」
かばんを探るフリをして、アイテムボックスから10000Bを取り出した。
「はい、お願いします」
「はい、受け取りました。それと、こちらにお名前の記入をお願いできるかしら?」
「はーい」
少しごわごわした紙に自身の名前を書き、お金を支払うと、女性はにっこり笑ってくれる。
「ありがとうー。それじゃあ、これが鍵よ。食事は、ここのホールのテーブルでお出しするわ。朝食が朝の鐘から半の鐘まで。夕食は夕の鐘からこの看板が出るまでだから、気をつけてね」
女性が指さしたのは、カウンターの上にある『営業終了』と書かれた看板。
「その看板は、どれくらいでかけられるのですか」
「今の時期なら、日暮れを少し過ぎた辺りまでかしら」
「わかりました」
時計がないから、明確な時間は決められてないらしい。
ちなみに私は、脳内で正確な時間を把握することができる。今はちょうど、昼の鐘が鳴って少ししたところだ。
鍵といって渡されたのは、手のひらほどの木片の両面に白い塗料がついたものだった。
泊まる手続きが終わると、迎えてくれた女の子に声をかけられる。
「お姉ちゃん、朝と夕ご飯は、好きな席に座ったら、その鍵を見せてね。お昼は別料金をここで払ってね!」
全ての支払いはこのカウンターでするらしい。私は大きく頷く。
たくさん空いている席の中で目についた場所に座ると、すぐに少女はメニューを持ってきてくれた。
「お昼は三つのメニューから選べるの」
「そうなんだ、ありがとう」
早速メニューを見てみる。
こんがり鹿のステーキ スープ・パン付き 3000B
猪肉の肉団子シチュー パン付き 1500B
きのこと野菜のオムレツ スープ・パン付き 1000B
うわぁ、どれも美味しそう。決めかねて、少女のお勧めを尋ねた。
「あなたはどれが好きなの?」
「どれも美味しいけど……私は、猪肉の肉団子シチューが好き! 猪肉がね、すっごく柔らかくて美味しいの」
「そうなんだ、なら、それをお願いします」
私がそう言うと、少女は元気に返事する。
「はーい! 飲み物はどうするの?」
「水が300Bでオレンジジュースが500Bかぁ。なら、オレンジジュースで」
「わかりました!」
女の子が明るく頷いた。メニューを返しながら、聞いてみる。
「私はメリア。あなたは?」
「私? 私はミィナだよ! お姉さん、ごゆっくりどうぞ!」
ミィナちゃんはそう言い残して、「お父さーん。注文入ったよー」と先ほどのようにパタパタと奥へと入っていった。
さて、この世界に来て、初めての外食。すでにテンションは上がりまくってる‼
今なら十人前はいけちゃうかも⁉
嘘です、盛りました。一人前でお願いします。
しばらくすると、奥から黒い雑穀パンとシチューを持った、二メートルはある大柄の男性が出てきた。
その人は無言でそれを私のテーブルに置くと、すぐに下がっていった。
ぽかぽかと湯気が立つシチューの香りに食欲が湧く。
いただきます、と手を伸ばした。
薄く切ってある雑穀パンは、フランスパンのように外側はパリパリ。
中は雑穀の風味が感じられて、ザクッとした歯ごたえがある。
シチューは具だくさんで、肉団子の他にじゃがいもや人参、玉ねぎがゴロゴロと入っている。
じゃがいもを齧るとほどよくホクホクとして、優しいミルクの味がじんわりと舌に伝わってくる。
猪肉の肉団子はハーブが使われているようで、猪肉の臭みを感じない。
ちょっといいステーキ屋さんで食べるハンバーグのような、高級感のある食感。
お腹が空いていたのもあるけれど、美味しくて手が止まらず、すぐに完食する。
「あー美味しかったー!」
「ふふ。お姉ちゃん、本当にお腹が空いてたんだね」
食べている様子を見ていたのだろう。すっからかんになった食器をミィナちゃんが取りに来たようだ。
私は満面の笑みで、ミィナちゃんにご飯の感想を伝える。
「それもあるけど、めちゃくちゃ美味しくって、止まらなかったよー」
「えへへー、ありがとう。それ、お父さんが作ったんだよ!」
「そうなんだ。夕飯がとても楽しみになっちゃった」
お父さんの料理を褒められたのが嬉しかったのか、ミィナちゃんはニコニコと笑いながら雑談に応じてくれる。
「そうか、なら腕によりをかけて作ろう」
その時、低い声が会話に入ってきた。そこにいたのは、先ほど料理を運んできてくれた男性だ。
「お父さん」
ミィナちゃんがお父さんと言うなら、この人がこの料理を作ったのだろう。
「本当ですか? すっごく美味しかったので、嬉しいです」
私がそう言うと、ミィナちゃんのお父さんは無言で頷いてくれる。
そしてミィナちゃんの頭をひと撫ですると、空の食器を持って奥へと戻っていった。
頭を触るミィナちゃんが少し悲しげなのに気づき、声をかける。
「ミィナちゃん? どうしたの?」
「お客様に言うことじゃないんだけど……お父さん、最近忙しくて構ってくれないの。前はいっぱい遊んでくれたのに……」
「そうなんだ。お店が繁盛してるんだね」
私は慰めるつもりで言ったのだけれど、ミィナちゃんは首を横に振る。
「ううん、お店の忙しさは前と全然変わってないの」
「そうなの?」
「ただ、お父さん……仕込み? っていうのに時間をかけるようになって……」
料理の仕込みは確かに大変だけど、毎日しているのならそれほど時間がかかるものではないし、慣れていくにつれて速くなってもおかしくない。
「新しい料理とか、時間がかかるメニューが増えたの?」
「ううん。ずっと同じメニューだよ?」
お店が繁盛しているわけでもなく、メニューも変わらないのに、仕込みに時間がかかる?
どういうことだろうと思っていると、ミィナちゃんがさらに口を開いた。
「あのね、お父さんの包丁、最近全然切れないの。それで時間がかかるのよ」
なるほど、包丁か。確かに切れ味のよし悪しで、だいぶ時間は変わってくるかもしれない。
でも……料理人って、包丁をちゃんと研いで手入れしてるんじゃ?
「切れなくなったって、研いではいるの?」
「? 研ぐってなあに?」
「包丁の刃の鋭さを保つために、砥石というもので、シャカシャカと手入れをするんだけど……」
「お父さん、そんなのしたことないよ」
ふむ。研いでいないなら、包丁の刃がボロボロの可能性は十分にある。
この世界の包丁は研げないのだろうか? それとも、砥石が高価なのだろうか? それに研ぎ師もいないのか?
疑問は湧いてくるけど、そんなことより、今はしょぼんと俯いてるミィナちゃんだ。
「ミィナちゃん。あのね、実はお姉ちゃん、鍛冶師なの。もしよかったら、お父さんの包丁見せてもらえないかな? 切れるようになるかも」
「本当⁉」
ミィナちゃんは、ぱぁと顔を上げて声を弾ませる。
すると、ミィナちゃんのお父さんがやってきた。私たちの会話を聞いていたらしい。
「頼めるか?」
その手には、少し刃こぼれした包丁があった。これは肉とか切りにくかっただろうな。
むしろ、よくこれであれだけ美味しいご飯を作れたものだ。
おそらく、切れない包丁でいつも頑張っていたのだろう。ここには鍛冶屋がないと、ジィーオさんも言っていたし。
「拝見します」
「頼む」
日本の和包丁とは違い、短剣のような形をしている。素材は鋼なので研ぐことは可能。
アイテムボックスの中を探すと、砥石が入っていた。持ってきていてよかった!
神様からもらった修復スキルの中に研ぐ項目はあるし、昔から料理は好きだから、包丁を研いだ経験もある。
「よーし、研ぐことができそうです!」
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