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3.落ちた先で早速クッキング?

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いつまでも続く浮遊感に、私の中で落ちる恐怖よりも、先程の青年神に対して怒りを抱き始めていた。

「落ちるなら、ちゃんと説明してー!てか、いつまで落ちんのよー!!!」

物理法則的に、こんなにも長く落ちたら着く時は……グシャリと落ちたトマトを想像して今度は蒼くなる。

「だ、大丈夫なんでしょうねーーー!?!」

思わず、その場にいない神に向かって叫ぶ。
その瞬間、落ちている足元が再び光った。あまりの眩さに思わず目を閉じる。あれほどの浮遊感とは裏腹に、地面にはコトンとつくことができた。
目を開けると、そこには大勢の人。人。人。
突然現れたからだろうか、私をじっと見つめていた。
その中の1人が私の方へ近づいてくる。銀色の髪が光に当たってキラキラ揺れるのが、綺麗だった。

「大丈夫ですか?」

そっと手を差し伸べられる。
ゆったりとした白を主体とした何枚もの服を重ねた服。
頭の上には大きな帽子のようなもの。
心配そうに私を見つめている、どこまでも澄んだ青い目。

「あ、ありがとうございます」

その手に支えられて起き上がるとその人はにっこりと微笑んだ。

「貴女がしゅの導き手ですね」
「み、導き手?!」
「違うのですか?主への『美味なる供物』を捧げる導き手が来ると神託があったのですが……」
「そういう意味か。青年……いや、神様にクッキーをあげたら気に入られて」
「くっきー?」

しゃらららと銀の髪が揺れ、首を傾げる。
うわぁ、どんな風に動いても絵になるなぁ。

「それは一体どのようなものなのでしょうか?主が望む物を差し出すのが我等の役目。どうか、教えていただきたい」
「勿論です!神様とも1日1回、美味しい物を渡すって約束しましたから!!」

とはいえ、私はそんなに説明に自信がない。
実物があればいいんだけど、全部、神様が食べてしまったし……そうだ!!

「あの、実際に作りながら説明させていただけませんか?」
「よろしいのですか?」
「言葉で説明するより、早いですから!」
「わかりました。それでは、トルテに案内させましょう」

目の前の人が少し後ろを向くと、並んでいる人の中から1人が前に立ち、膝をついた。

「トルテ・シュヴィークザームです」
「彼女を厨房へ案内してあげてください。それと、作った物を私にも持ってくるように」
「畏まりました。どうぞ、此方へ」
「あ、ありがとうございます」

スタスタと前を歩く案内人、トルテさんはとても背が高くてゴツゴツした人だ。
テレビで見たボディビルダーの様に鍛え上げられた筋肉。
細かい三つ編みが幾つも編みこまれ、ポニーテールの様にまとめられたそれは、コーンロウだったか、ブレイズヘアだったか……
目元は鋭く、神様よりは劣るけどワイルド系のイケメンだ。
前方を歩きつつ、時々此方を気遣ってスピードを調整してくれている。思ってたより優しいの、かな??
建物の中は白を主体とした落ち着いた雰囲気で、床には絨毯が敷かれていて歩きやすい。

「着いたぞ」
「あ、ありがとうございます」

木製の板に取手をつけた簡単なドアの前でピタリと止まって彼は私に振り向きながら、ガチャと開いてくれたその場所は私の想像する台所ではなかった。
トルテさんと固まっている私の元へここで働いているのだろう、薄いピンク髪にフリフリとしたエプロンをした垂れ目の少女と茶色の髪をしっかりと一つにまとめた、中年ぐらいかな?ふくよかな体に清潔感のあるシンプルなエプロンがよく似合ってる女性が此方に来る。
最初に声をかけてきたのは少女の方だった。

「あらぁ?どうなさいましたぁー?こんな下女の元に来るなんて珍しいですねぇ。お腹が空いたんですかぁー?」
「いや、この方の為に案内しに来た。主に『美味なる供物』を捧げるというのでな」
「へぇ。『美味なる』ね。ウチらのじゃ、主は満足されないのかい」
「え、いや、多分、調理法とかが珍しいからですよ!多分……」
「ふーん。まぁいいさ。お手並み拝見といこうじゃないか!」

女性の方のプライドを刺激してしまったのか、さあ入りなと促されて入ったのはいいけれど、何が何かがわからない。キョロキョロとしている私に「どうしたんだい?」と女性が聞く。

「あ、あの、何処に何があるのか分からなくて」
「はぁ?厨房なんて何処も一緒だろ?」
「いえ、私の住んでいた所とは違ってて、もし良ければ手伝っていただけませんか?」
「……主の為だからね。不味いものを出してごらん?此処には2度と足を踏み込ませないよ」
「は、はい。ありがとうございます」

かなり嫌な顔をしている女性に今から作るのはクッキーなので、オーブンがあるかを尋ねる。

「オーブンってなんだい?」
「パンを焼いたりする窯のことなんですけど」
「ああ、窯か。それならこれさ」
「こ、これですか?」

四角い煉瓦に金属の蓋が付いて、そこから煙突がついている。まるで、昔から子どもに人気があるアニメのオーブンのようだ。これでは、温度設定は難しいだろう。
上手く焼けるかな?

「ありがとうございます。後、材料なんですけど、小麦粉と砂糖とバターをいただけますか?混ぜる為の器もあるといいんですけど」
「砂糖にバターだって!?そんな高級なもんを使うのかい?!」
「すみません、でも、神様にお渡しする為のものですから!」
「全く信じられない!トルテ様も何か言ってやってくださいよ!」
「今回は神殿長からの依頼だ。主が好まれて食べた供物だと言う。準備してやれ」
「!……こんな子に。信じられないわ、全く」

ブツブツと女性は文句を言いながらも材料を出してくれた。
今回頼んだのは、クッキーの基本中の基本の材料だけで本当はアーモンドパウダーとか卵とか色々欲しかったんだけど、それを告げたらきっとこの人、もっと怒るんだろうな……
それにしても、ここでは砂糖もバターも高いものなんだ。
なら、次からは違うものにしないと。
出してもらったバターを少しだけ舐める。
無塩バターではなく、有塩バターだ。それもかなり塩気が効いている。

「ちょっと、何してんだい!」
「材料の確認です。バターの味で味付けを変える必要がありますから」

女性は、いちいち監視するようにチェックを入れてくるので、作り辛い。
今回はそんなに大量に作る必要はないだろうし、高級品のようだから、少しにしよう。
混ぜる為の泡立て器を頼むと出されたのは樹木の小枝を束ねたものだった。
これが、泡立て器?
マジマジと物珍しくて見ていたら、また怪しまれてしまったので、かき混ぜていく。
最初はどうなるかと思ったけれど、ちゃんと白いクリーム状にすることができた。そこに砂糖を入れる。塩っけがよく効いているので、それを利用した塩クッキーに近い味付けになるようにしよう。
バターと砂糖が程よく混ざったら篩にかけた小麦粉を加えて今度はベラを借りてざっくりと混ぜていく。
うん、いい感じの生地になってきた。
鉄製の板にくっつかないように少し油を塗り、生地を一口大にとり、形を整えながら並べていく。
オーブンに入れようとして気づいた。
火がついてない。

「あの、火が……」
「それぐらい、自分で出来るだろ?貴族様じゃあるまいし!」

女性にお願いしようとするが、拒絶される。
どうしよう……予熱がないのはなんとかなるけど、火がないのはどうしようもない。
オロオロとしていると声が聞こえた。
鈴の音のような声。
チョロチョロと辺りを見渡して、オーブンの中に赤い服を着た小さな少女がいることに気がついた。

『どうしたの?』
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