棄てる神あれば拾う神ありっ!

夜船 紡

文字の大きさ
上 下
3 / 5

3.落ちた先で早速クッキング?

しおりを挟む
いつまでも続く浮遊感に、私の中で落ちる恐怖よりも、先程の青年神に対して怒りを抱き始めていた。

「落ちるなら、ちゃんと説明してー!てか、いつまで落ちんのよー!!!」

物理法則的に、こんなにも長く落ちたら着く時は……グシャリと落ちたトマトを想像して今度は蒼くなる。

「だ、大丈夫なんでしょうねーーー!?!」

思わず、その場にいない神に向かって叫ぶ。
その瞬間、落ちている足元が再び光った。あまりの眩さに思わず目を閉じる。あれほどの浮遊感とは裏腹に、地面にはコトンとつくことができた。
目を開けると、そこには大勢の人。人。人。
突然現れたからだろうか、私をじっと見つめていた。
その中の1人が私の方へ近づいてくる。銀色の髪が光に当たってキラキラ揺れるのが、綺麗だった。

「大丈夫ですか?」

そっと手を差し伸べられる。
ゆったりとした白を主体とした何枚もの服を重ねた服。
頭の上には大きな帽子のようなもの。
心配そうに私を見つめている、どこまでも澄んだ青い目。

「あ、ありがとうございます」

その手に支えられて起き上がるとその人はにっこりと微笑んだ。

「貴女がしゅの導き手ですね」
「み、導き手?!」
「違うのですか?主への『美味なる供物』を捧げる導き手が来ると神託があったのですが……」
「そういう意味か。青年……いや、神様にクッキーをあげたら気に入られて」
「くっきー?」

しゃらららと銀の髪が揺れ、首を傾げる。
うわぁ、どんな風に動いても絵になるなぁ。

「それは一体どのようなものなのでしょうか?主が望む物を差し出すのが我等の役目。どうか、教えていただきたい」
「勿論です!神様とも1日1回、美味しい物を渡すって約束しましたから!!」

とはいえ、私はそんなに説明に自信がない。
実物があればいいんだけど、全部、神様が食べてしまったし……そうだ!!

「あの、実際に作りながら説明させていただけませんか?」
「よろしいのですか?」
「言葉で説明するより、早いですから!」
「わかりました。それでは、トルテに案内させましょう」

目の前の人が少し後ろを向くと、並んでいる人の中から1人が前に立ち、膝をついた。

「トルテ・シュヴィークザームです」
「彼女を厨房へ案内してあげてください。それと、作った物を私にも持ってくるように」
「畏まりました。どうぞ、此方へ」
「あ、ありがとうございます」

スタスタと前を歩く案内人、トルテさんはとても背が高くてゴツゴツした人だ。
テレビで見たボディビルダーの様に鍛え上げられた筋肉。
細かい三つ編みが幾つも編みこまれ、ポニーテールの様にまとめられたそれは、コーンロウだったか、ブレイズヘアだったか……
目元は鋭く、神様よりは劣るけどワイルド系のイケメンだ。
前方を歩きつつ、時々此方を気遣ってスピードを調整してくれている。思ってたより優しいの、かな??
建物の中は白を主体とした落ち着いた雰囲気で、床には絨毯が敷かれていて歩きやすい。

「着いたぞ」
「あ、ありがとうございます」

木製の板に取手をつけた簡単なドアの前でピタリと止まって彼は私に振り向きながら、ガチャと開いてくれたその場所は私の想像する台所ではなかった。
トルテさんと固まっている私の元へここで働いているのだろう、薄いピンク髪にフリフリとしたエプロンをした垂れ目の少女と茶色の髪をしっかりと一つにまとめた、中年ぐらいかな?ふくよかな体に清潔感のあるシンプルなエプロンがよく似合ってる女性が此方に来る。
最初に声をかけてきたのは少女の方だった。

「あらぁ?どうなさいましたぁー?こんな下女の元に来るなんて珍しいですねぇ。お腹が空いたんですかぁー?」
「いや、この方の為に案内しに来た。主に『美味なる供物』を捧げるというのでな」
「へぇ。『美味なる』ね。ウチらのじゃ、主は満足されないのかい」
「え、いや、多分、調理法とかが珍しいからですよ!多分……」
「ふーん。まぁいいさ。お手並み拝見といこうじゃないか!」

女性の方のプライドを刺激してしまったのか、さあ入りなと促されて入ったのはいいけれど、何が何かがわからない。キョロキョロとしている私に「どうしたんだい?」と女性が聞く。

「あ、あの、何処に何があるのか分からなくて」
「はぁ?厨房なんて何処も一緒だろ?」
「いえ、私の住んでいた所とは違ってて、もし良ければ手伝っていただけませんか?」
「……主の為だからね。不味いものを出してごらん?此処には2度と足を踏み込ませないよ」
「は、はい。ありがとうございます」

かなり嫌な顔をしている女性に今から作るのはクッキーなので、オーブンがあるかを尋ねる。

「オーブンってなんだい?」
「パンを焼いたりする窯のことなんですけど」
「ああ、窯か。それならこれさ」
「こ、これですか?」

四角い煉瓦に金属の蓋が付いて、そこから煙突がついている。まるで、昔から子どもに人気があるアニメのオーブンのようだ。これでは、温度設定は難しいだろう。
上手く焼けるかな?

「ありがとうございます。後、材料なんですけど、小麦粉と砂糖とバターをいただけますか?混ぜる為の器もあるといいんですけど」
「砂糖にバターだって!?そんな高級なもんを使うのかい?!」
「すみません、でも、神様にお渡しする為のものですから!」
「全く信じられない!トルテ様も何か言ってやってくださいよ!」
「今回は神殿長からの依頼だ。主が好まれて食べた供物だと言う。準備してやれ」
「!……こんな子に。信じられないわ、全く」

ブツブツと女性は文句を言いながらも材料を出してくれた。
今回頼んだのは、クッキーの基本中の基本の材料だけで本当はアーモンドパウダーとか卵とか色々欲しかったんだけど、それを告げたらきっとこの人、もっと怒るんだろうな……
それにしても、ここでは砂糖もバターも高いものなんだ。
なら、次からは違うものにしないと。
出してもらったバターを少しだけ舐める。
無塩バターではなく、有塩バターだ。それもかなり塩気が効いている。

「ちょっと、何してんだい!」
「材料の確認です。バターの味で味付けを変える必要がありますから」

女性は、いちいち監視するようにチェックを入れてくるので、作り辛い。
今回はそんなに大量に作る必要はないだろうし、高級品のようだから、少しにしよう。
混ぜる為の泡立て器を頼むと出されたのは樹木の小枝を束ねたものだった。
これが、泡立て器?
マジマジと物珍しくて見ていたら、また怪しまれてしまったので、かき混ぜていく。
最初はどうなるかと思ったけれど、ちゃんと白いクリーム状にすることができた。そこに砂糖を入れる。塩っけがよく効いているので、それを利用した塩クッキーに近い味付けになるようにしよう。
バターと砂糖が程よく混ざったら篩にかけた小麦粉を加えて今度はベラを借りてざっくりと混ぜていく。
うん、いい感じの生地になってきた。
鉄製の板にくっつかないように少し油を塗り、生地を一口大にとり、形を整えながら並べていく。
オーブンに入れようとして気づいた。
火がついてない。

「あの、火が……」
「それぐらい、自分で出来るだろ?貴族様じゃあるまいし!」

女性にお願いしようとするが、拒絶される。
どうしよう……予熱がないのはなんとかなるけど、火がないのはどうしようもない。
オロオロとしていると声が聞こえた。
鈴の音のような声。
チョロチョロと辺りを見渡して、オーブンの中に赤い服を着た小さな少女がいることに気がついた。

『どうしたの?』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

五色ひわ
恋愛
 ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。  初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生して貴族になったけど、与えられたのは瑕疵物件で有名な領地だった件

桜月雪兎
ファンタジー
神様のドジによって人生を終幕してしまった七瀬結希。 神様からお詫びとしていくつかのスキルを貰い、転生したのはなんと貴族の三男坊ユキルディス・フォン・アルフレッドだった。 しかし、家族とはあまり折り合いが良くなく、成人したらさっさと追い出された。 ユキルディスが唯一信頼している従者アルフォンス・グレイルのみを連れて、追い出された先は国内で有名な瑕疵物件であるユンゲート領だった。 ユキルディスはユキルディス・フォン・ユンゲートとして開拓から始まる物語だ。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

処理中です...