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第4章 国主編

第99話 ナンツィヒの発展 ~新ブランド「ヴィオラ」~

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 フリードリヒ道路シュトラーシェが遂に完成した。

 経路はホルシュタインのキールを出発点にザクセン公国を通り、ロートリンゲン公国を縦断し、アルル王国、ジェノヴァ共和国を通ってヴェネツィア共和国へ至るものである。

 ロートリンゲン公国内はともかく、他国については、自ら施工する訳にはいかなかったので、技術的・資金的支援をし、ようやく完成に至ったのだが、実はこっそり夜中に悪魔たちに手伝わせたりしていた。

「ベリアル。アスモデウス。ご苦労だった」
「なんの。すべて手下たちにやらせたこと。あるじ殿の役にたったのであれば本望です」
 ベリアルが答えた。

「これで大掛かりな土木工事はなくなりましたな」とアスモデウスが言う。

「しばらくはな…」
「しばらくはですか?」
 ベリアルとアスモデウスはあるじの言葉に不安を覚えた。

 ──更にまだ何かあるというのか?

 しかし、藪蛇やぶへびになることを恐れ、聞けない二人であった。

    ◆

 道路の完成により物流が一気に盛んとなった。
 北の産品が南へ、南の産品や東方からの輸入品が北へ。

 そしてナンツィヒを中継点として、帝国やフランスの各地へ。
 ナンツィヒは丁度西ヨーロッパの中央付近にあり、物流の中継点としては最適であった。

 それに伴い、各国の商人がナンツィヒに拠点を構えた。
 当然にナンツィヒでも商品は販売される。

 ナンツィヒはヨーロッパ各国の商人で溢れかえった。
 また少数だがイスラム商人の姿も見られた。

 イスラム教は戒律が厳しいため、商人たちはモスクの建設をフリードリヒに求めていた。
 宗教に寛容なフリードリヒとしては、すぐにでも許可してやりたいところだが、不寛容な教皇庁の存在もある。

 モスクの建設を不用意に強行して討伐の十字軍でも起こされたらたまらない。
 ただ、その場合でも返り討ちにしてやる自身はあるのだが…

 ということで、さすがにモスクの建設は様子見となっていた。

 フリードリヒは国土交通卿のクリスト・フォン・ボルクに問う。
「モスクの建設の件だが、できるだけ早期に実現してやりたいと思うのだが、どうか?」
「やはり問題は教皇庁をどうするかでしょう。無策でイスラム教のモスクなどを建設すれば異端認定されて討伐の対象になりかねません」

 問題は、教皇庁をどう納得させるかだが…

「アイユーブ朝のアル・カーミルに取引でも持ち掛けてみるか…」
 フリードリヒはつぶやいた。

 ──確かヴィオランテの父上はアイユーブ朝とのパイプを持っていたはず。機会があれば、相談してみよう。

「それはそうと、新街区の整備の方はどうだ?」
「そちらの方は順調に進捗しんちょくしております」

 ナンツィヒは急激に人口が増えていたため、旧市街の外に新市街区を急ピッチで整備しているところだった。

 無秩序に開発されると防災や景観の問題も生じてしまうので、都市計画を作成し、道路なども計画的に整備し、建築基準にも一定の規制をかけていた。

    ◆

 フリードリヒはヴィオランテと新市街の一角にある新店舗を訪問していた。
「こんな感じでいいのかい?」
「うん。注文通りよ」

 ここは、ヴィオランテが新しく立ち上げるファッションブランドのお店にすることにしていた。ブランド名は何の捻りもなく「ヴィオラ」である。

 ヴィオランテは前世において紅葉くれはとしてアパレルメーカーでファッションデザイナーの仕事をしていた。
 その関係でタンバヤ商会でデザイナーの仕事をしてもらっていたのだが、それでは物足りなくなったようだ。

 この時代の一般庶民の衣服はチュニックという上衣が主流で男女差もあまりなかった。
 男はブレーというズボンを下にはいたが、女性ははかない。女性用のチュニックはくるぶしまであり、女性が足をみせるなんてとんでもなかった。

「スタイルの良い若い女の子がダボダボのチュニックだなんて許せない。絶対にミニスカを流行らせてみせるわ」

 スケベなおじさんの言葉にも聞こえなくもないが、ヴィオランテには彼女なりの矜持きょうじがあるらしい。

 動機はともかく、若い女の子にミニスカをはいてもらうのはフリードリヒも大賛成だったので、できるだけ応援しようと思っている。

 服飾に関しては、12世紀からの社会的分業の発達に伴い、手工業に専従する職人達が生まれ縫製などの技術も高くなっていた。職人たちはギルドを形成して注文生産が始まっている。

 布地としては、毛織物の生産が活発になり、絹織物の生産も始まる。また、このころ木綿が流通し始めており、木綿と亜麻の交織のフスティアン織なども登場している。

 が、服飾の近代化のためには、なんといっても織物の機械化が不可欠である。
「フィリーネに開発させていた織物の機械が完成しそうだ」
「それは助かるわ。あとはミシンの開発もお願いね」

「わかっているよ。だいたいの設計図はできているから、あとはフィリーネにがんばってもらう」

 庶民に衣服を流通させるためには何より安く提供する必要があり、機械化は必須だと考えられた。

 そもそもお店で既製服を売るということ自体がこ時代にはまだ一般的ではなかったので、ヴィオランテの店は庶民たちにはさぞかし新鮮に写るだろう。

「しかし、いきなり生足でミニスカというのも抵抗があるだろうからストッキングを作る必要があるんじゃないか?」
「それもそうね。じゃあそれもお願い」

 ──しまった。藪蛇になってしまった。また、フィリーネがため息をつく姿が想像される…

「お店では、服だけっていうのも寂しいから、シャンプーや化粧品も売ろうと思うの」
「そこは任せてくれ。タンバヤ商会で今まで開発したものを安く卸させてもらう」

「ありがとう。助かるわ」

    ◆

 ふたを開けて見ると、「ヴィオラ」は大成功だった。
 匿名ではなく、最初から大公の正妻という身分を隠さずにやったことが却って受けたらしい。

 安い既製服でちょっとした貴族の気分が味わえるということで、富裕層はもとより、庶民にいたるまで人気が出た。

 これにより、ナンツィヒはヨーロッパのファッションをリードしていく町ということにもなっていった。

 生産量も劇的に増えたので、タンバヤ商会に服飾部門を作り、対応することになった。

 だが、社会的な趣味・嗜好というものはそう簡単に変化はしない。若い女性のミニスカ姿が拝めるのは、まだ少し先になりそうである。
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