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第2章 学園・学校編

第18話 学園の親友 ~赤髪のアダル~

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 アダルベルト・フォン・ヴァイツェネガーはホーエンシュタウフェン大公家に使える男爵の次男である。母は側室であるが、嫡子として認知はされていた。

 アダルベルトは燃えるような赤い髪に端正な顔立ちをした美丈夫で、剣術と魔法の才も飛び抜けたものがあった。

 そのアダルベルトには悩みがある。
 髪の色は両親とも違うし、端正な顔立ちも父とは似ても似つかないものだった。周りの人々は、アダルベルトを不倫の子ではないかと疑ったのだ。

 父も疑っている様子だったが、アダルベルトの剣術と魔法の才を評価して黙認しているようだった。そうでなければ嫡子として認められたかどうか怪しいものである。

 アダルベルトはその出自の怪しさ故に、自分に自信が持てず、内向的な性格に育った。親しい友達もおらず、剣術と魔法の手練に打ち込む日々が続いた。

 一方で、端正な顔立ちと溢れる才能に町の娘たちは憧れ、アウクスブルクのアイドル的な存在となっていた。

    ◆

 フリードリヒが学園に入学して初めての武術の授業がやってきた。武術の授業は男子と希望する女子に対して行われる。これは剣や槍などに関する授業で、魔法に関しては別枠となっている。

 今日は強さ別で班を編成するために、全員参加のトーナメント形式で模擬試合が行われる。得物は自由だが剣と槍が半々ぐらいだ。

 試合が始まってみるとフリードリヒは当然のこととして、もう一人、破竹の勢いで勝ち進んでいく男がいる。燃えるような赤い髪に端正な顔立ちをした男だ。

 ──ほう。なかなかやるじゃないか。それにいい男だ。

 だが、相手が弱すぎる。ほとんど瞬殺で赤髪の男の真の実力が測れそうもない。トーナメント表だと赤髪の男と当たるのは決勝戦だ。決勝戦を楽しみにしよう。

 フリードリヒは順当に勝ち進んでいた。今日は周りの生徒に合わせてバスタードソード(片手・両手両用の剣)の長さの木剣一本を使っている。これも軍神アレスとさんざんに練習したので、お手のものだ。

 フリードリヒは相手とは何合か打ち合って、実力を計ってから寸止めで相手を屈服させるパターンである。周りの生徒たちの実力を見ておきたかったのだ。

 見込みのありそうな者がいれば仲間に誘う思惑もある。しかし、ものになりそうなのは、今のところ例の赤髪の男くらいだ。

 そして決勝戦がやってきた。これまでに歳の割に実力がありそうなのは、準決勝でフリードリヒと赤髪の男に負けた2人とあとは準々決勝に進んできた者のうち1人・2人といったところか。

 いよいよ決勝戦が始まる。フリードリヒは人族と本格的な戦闘ができると思うとワクワクした。

 そして赤髪の男と対面したとき、フリードリヒは違和感を覚えた。相手を鑑定スキルで透視してみる。

 ──闇の者の血が混じっているな。

 それならこの強さも納得がいく。普通なら忌避されるところだろうが、闇精霊すら眷属にしているフリードリヒにとっては今更だ。このことは放念して試合を楽しむことにする。

 教官が掛け声をかける。
「それでは両者用意はいいな。始め!」

 開始と同時に、赤髪の男は、様子見なしにいきなり大上段から面を打ってきた。

 ──何なのだこいつ。優男やさおとこの顔をしてバトルジャンキーか?

 そのあとも連続して攻撃を繰り広げる、小手でフェイントのあとに面を打ってきたりして、攻撃パターンも多彩だ。

 フリードリヒは相手の実力を限界まで見てみたかったので、基本的に受けに徹し、ときどき牽制けんせいを入れるにとどめる。

 ふと攻撃が止み、赤髪の男が楽しそうに微笑した。少女漫画なら回りに花びらでも散っていそうな爽やかな笑顔だ。

「本気でいきましょうよ」
「わかった」

 赤髪男の剣撃のパワーとスピードが一段上がった。
 フリードリヒも本気の一撃を混ぜてみるが、ことごとくかわされてしまった。

 意識的かどうかわからないが、赤髪の男もプラーナによる身体強化を使っているようでもある。

 フリードリヒも集中し、プラーナにより身体を強化した。
 もはや常人には剣撃のスピードを認識できていないであろう。

 最後の勝負とばかりに、赤髪の男が渾身こんしんの一撃を打ってきた。
 フリードリヒはこれを受け流し、返す刀で赤髪の男の首筋で剣を寸止めして、これを突き付けた。

「負けました」
 赤髪の男は爽やかにそう言った。顔には笑みがこぼれている。

「君もたいがいに強いな。人族相手にここまで本気で戦ったのは初めてだ」
「それは光栄なことで」

 2人は微笑みを浮かべて見つめ合っている。

「今の試合、ちゃんと見えた奴はいるのかよ」

 周りの生徒たちからは、どよめきの声が上がり、お互いに感想を言い合っている。

 授業が終わると、甲冑で武装した男がフリードリヒに声をかけてきた。歳の頃は30前後だろうか?

「ちょっと君。名前は?」
「フリードリヒ・エルデ・フォン・ツェーリンゲンと申しますが…。あなたは…」
「これは失礼。ホーエンシュタウフェン家の近衛騎士団長をやっているコンラディン・フォン・チェルハだ」
「これは騎士団長様でしたか。おみそれいたしました」

「しかし、赤髪のアダルと互角にやりあうとはたいしたものだ。名前からして君は白銀のアレクか?」
「ええ。そうですが…」

「そうか。フライブルクの英雄様ならば納得できる。そこでだ。君なら即戦力になると思うのだが、騎士団に入らないか?」
「ゆくゆくはそれも考えているのですが、今は学園を卒業することを優先させたいです。別に生き急いではいませんから」
「そうか…それは残念だ」

「ところで赤髪のアダルとは彼のことですか?」
「ああそうだが。それが何か?」

「彼は騎士団に誘わないのですか?」
「ああ。彼は前々から誘いをかけているのだが、振られっぱなしでな」
「なるほど」

「じゃあ。気が変わったらいつでも連絡してくれ」

 赤髪の男なら騎士団に入っても何の問題もなくやっていけるだろう。なぜ断る?

 実は学園を卒業した後に軍事学校に入るという道があり、ここを卒業してから軍隊に入ればいきなり仕官からスタートできる。
 フリードリヒはこの道を選択しようと考えていた。

 だが軍事学校へいかずに一兵卒として入り叩き上げという道もないではない。実力さえあればその方が昇進は早い可能性さえある。軍隊自体の風通しの良さにもよるが…。

 結局、赤髪の男はフリードリヒと同じ選択をしたのか、それとも軍隊ではなく、冒険者としての道を選んだのだろうか?
 しかし学園に入学しているということは貴族か大商人の子息ということ。後者の道はあまり王道ではない。

 まあ。同じ学校にいるのだから、そのうちわかるさ。

    ◆

 その後の魔法の授業でも似たような光景が繰り広げられた。
 魔法の授業は適性がある者のみなので人数は限られる。

 ここでも班分けのための実技試験が行われたが、魔法は寸止めなどができないため、対戦形式ではなく、各自が学校の用意した的に対して得意な魔法で攻撃するという形がとられた。

「いいか。あそこの的に対して各々の得意な魔法を放つこと。複数属性を持つ者は各属性ともにだ。わかったな。」
 と教官が説明する。

 赤髪の男の順番がきた。
 的に対して、ファイアアロー、ウィンドカッター、アイスアロー、クレイバレットの4連続攻撃。火、風、水、土属性の4つだからクアトルということになる。

 4属性持ちのクアトルは1万人に1人程度しかいないと言われるほどレアな存在で、ヴェルフ家の筆頭魔導士がクアトルなことは有名である。

 これに対する反応は様々だった。純粋に口をあんぐりと開けてほうけている者もいるが、女子たちの中には「当然よ」と言った感じの者もいる。
 どうやら赤毛の男がクアトルであることは、アウクスブルクの町では有名らしかった。特に女子たちには。

 フリードリヒの順番がやってきった。
 必要以上に目立ちたくなかったので、赤髪の男と同じ魔法をひろうした。

 今度は周りの生徒たちも驚いたようだ。なにしろ同じクラスにクアトルが2人という超レアなできごとだ。

 授業のあと、近衛魔導士長のウルリヒ・フォン・ヨードルという男がやってきて、フリードリヒを魔導士団に誘った。
 剣術の授業の時と同様の会話がかわされる。まるで、デジャヴのようだ。

    ◆

 そして放課後。ヴィオラがすかさずフリードリヒにひっついていた。

 そこに申し訳なさそうに赤髪の男が話しかけてくる。

「お邪魔をしてすみません。ツェーリンゲン卿でいらっしゃいますよね。今日はどうもありがとうございました」
「ああ。君か。名前はなんという?」
「アダルベルト・フォン・ヴァイツェネガーと申します。」

「それで赤髪のアダルというわけか。確か入学試験も2位だったね。優秀なのだな」
「その恥ずかしい二つ名はやめてください。単にアダルと呼んでいただければ…」

「わかった。ならば私もフリードリヒと呼んでくれ」
「承知いたしました。フリードリヒ様」

 ──クラスメイトなのだから「様」もやめてほしいのだが…。まあいいか。

「悪いが、これからヴィオラを馬車まで送らなければならないんだ。道中歩きながら話さないか」
「これは失礼いたしました。姫様。」

「あら。私もヴィオラと呼んでいだだけないのかしら?」
「さすがにそれはご容赦ください」

 ヴィオラは「どうして私だけ」と呟いているが、ご学友のフリーダが「これでよいのです」となだめている。フリーダも毎度ご苦労なことだ。

 道中、アダルは自分が初めて剣術の試合に負けたこと、自分と渡り合える相手にめぐりあえたことがどんなにうれしいかを力説していた。

 そんな楽しそうなアダルをベアトリスは険しい表情でにらんでいる。

 ──いやいや。相手は男だぞ。ライバル心を燃やしてどうする!

 校門へ着いてヴィオラを馬車に乗せるとフリードリヒはベアトリスに言った。

「これからアダルと2人だけで話がしたいんだ。先に戻ってくれるか?」
「ええっ!2人だけで…」
 ベアトリスは思いのほか驚愕している。

「わ、わかりました」

 ──顔が真っ赤だよ。何か間違ったこと考えてない?

 そこでアダルの方に向き直ると期待半分、心配半分のような微妙な表情をしていた。

「さて、アダル。君には闇の者の血が混じっているね」

「ええっ!」
 それを聞くと、アダルは驚きのあまり、顔を覆うと座り込んでしまった。

 ──もしかして知らなかったとか…。

「フリードリヒ様には…それが…わかるのですか?」
「私の仲間には闇の者がたくさんいてね。気配でわかるのだ」

「軽蔑しますよね」
「何をいう。さっきも言ったとおり、闇の仲間はたくさんいるが何の支障もない。闇の者に害をなすものが多いのは事実だが、だからといって一律に忌避するのは差別と言うものだ」

「私はわからないのです」
 アダルはそう言うと、髪の色は両親とも違い、端正な顔立ちも父とは似ても似つかないもので、周りの人々は、アダルベルトを不倫の子ではないかと疑っていることを話した。

「不倫ということなら純粋な人族になるはずだ。君の母親は純粋な人族なのだろう?」
「そのはずです」

「であれば、原因は父親の方にある。何か思い当たることはないのか?」
「そういえば、母を問い詰めた時、夢ならば見たことがあると…」

「夢?」
「羊のような角をした恐ろしい男に犯される夢だったそうです」

 ──十中八九それだな。

「おそらくそれはインキュバスだ」
「インキュバス?」

「夢の中に現れて性交を行うとされる下級の悪魔だな。伝説で有名な魔法使いのマーリンもインキュバスと人族の間の子だったという。それであれば、君が父に似ていないことも、その常人離れした能力も説明がつく」
「そうでしたか…」

「とにかく、この話は大っぴらに人に明かせるような話ではない。2人だけの秘密にしておこう」
「ありがとうございます」

 アダルとはそこで分かれたが、かなり落ち込んだ様子だった。
 確かにわかる。不倫の子以上に衝撃の事実なのだから。

    ◆

 私は、アダルベルト・フォン・ヴァイツェネガー。男爵の次男である。

 私には悩みがあった。
 髪の色は両親とも違うし、顔立ちも父とは似ても似つかない。周りの人々は、私を不倫の子ではないかと疑った。

 しかし、フリードリヒ様と出会って更に衝撃の事実を知ってしまった。私はインキュバスという下級悪魔の子だったのだ。
 それであれば、私の異常な剣術と魔法の才も説明がつく。

 その事実を知るまで、私を剣術で負かしてしまうフリードリヒ様という存在に出会えた喜びに打ち震えていた。

 しかし今では…。

 だが待てよ。そんな私と対等以上に渡り合えるフリードリヒ様こそ純粋な人族なのか?
 いや。そんなことはどうでもよい。

 とにかく、私はフリードリヒ様と出会って、それまでの鬱屈うっくつした状況から解放されたのだ。これには感謝の気持ちしかない。

 と同時に、フリードリヒ様のことが私の脳裏から離れなくなっていた。

 ある日。剣術の稽古けいこのとき、フリードリヒ様の強烈な剣撃を受け切れなくて剣を取り落としてしまった。
 フリードリヒ様は、落とした剣を拾うと「握りが甘いのではないか」と言い、私の手を握りながら直してくれた。
 その途端、私の顔は真っ赤になっていた。

 ──男に手を触れられて顔が上気するなんて…。

 確かに私はフリードリヒ様のことが好きだが、これはライクの好きであって…。

 聞くところによると、フリードリヒ様は、これから軍事学校へ進み、軍隊に入るおつもりのようだ。
 私は決めた。何があっても、石に食らいついてでもフリードリヒ様のあとについていく。微力でもいいから、あのお方の力になるのだと…。

    ◆

 あの日以来、アダルベルトはいつもフリードリヒの傍らに控えているようになった。
 フリードリヒとアダルベルトの美男子2人のツーショットは圧巻らしく、クラスの女子たちは遠巻きに眺めてはうっとりしている。 

 ベアトリスはアダルベルトが一緒にいると機嫌が悪い。
 ベアトリスはアダルベルトに苦言を呈する。

「あなた。なぜいつもフリードリヒ様のそばにいるのよ?」
「私は、少しでもフリードリヒ様のお役に立ちたいのです」

「何よそれ!あなたはフリードリヒ様の部下でもなんでもないでしょう」
「いえ。私はいつでもツェーリンゲン卿の部下にしていただけるべく日々精進しているのです」

 フリードリヒとしてみれば、まだ軍人でもない自分に部下などとんでもない。かといって、パーティメンバーももう飽和状態だ。学園にいるうちは普通にクラスメートとして接してもらえればいいのだが…。

「アダル。私は君のことを親友と思っている。普通にクラスメートとして接してくれればいい。上下関係など不要だ」
「いえ。フリードリヒ様はいずれ大人物となるお方。それをお支えするのが私の役目です。姫様にもフリーダ様がいらっしゃるではないですか」

 ──これは重症だな。少しずつ直していくしかないか…。

 そこに男子の3人組が話しかけてきた。剣術の班分けの試合の時に準決勝・準々決勝で負かされた者たちだ。

「なあ。俺たちも仲間にいれてくれないかな」
「君たちは?」

「俺はマルコルフ・フォン・アンブロス。こっちの2人は、アウリール・フォン・ベンダーとヤン・フォン・シュヴェーグラだ」
「剣術の試合はなかなかだったね」

「いやあ。君たちほどじゃないさ。ところで君たち2人は軍人になるのだろう。近衛騎士団長が来ていたが…」
「いずれはそのつもだが」

 話を聞いてみると、3人組はいずれも男爵家の次男・3男で家督が継げないため、軍人を目指して一緒に研鑽を積んできた間柄ということだった。

「俺たちも君たちほどの腕の者に稽古をつけてもらえると助かるのだが…」
「アダル。どうだ?」

「私はフリードリヒ様のご意思に従います」

 フリードリヒとしては、これから軍人になるに当たり、知己は多い方が何かと有利になりそうだったので否はない。剣の実力も人族としてはなかなかだし、問題はないだろう。そもそもフリードリヒとアダルベルトが異常過ぎるのだ。

「わかった。いいだろう」
「ありがとう。恩に着る。これでちょうど5人だから軍隊の伍みないな感じだな。ツェーリンゲン卿が伍長で、アダルベルトがその副官ってところか」

 まだ軍人にもなっていないのに、伍長とは少し恥ずかしい。それにしても気の早いやつだ。

「伍長というのはまだ早いな。ところで『ツェーリンゲン卿』というのはやめてもらえるか?」
「じゃあ『フリードリヒ』でいいか?」
「それでかまわない」

「男子ばかり楽しそうでずるいですわ。やはり私も剣術を…」とヴィオランテが言いかけるが、フリーダが「ですから、私がおりますので姫様に剣術は不要です」となだめている。この天然なところは前世譲りっぽい。

 それ以来、フリードリヒとアダルベルトは、休み時間や放課後に3人組の剣術の稽古をつけてやるのが日課となった。
 3人の上達は思いのほか早く、フリードリヒとしては嬉しい誤算だった。

 ──これは案外掘り出し物だったかもしれない。

 と密かにほくそ笑むフリードリヒだった。
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