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第1章 冒険者編

閑話2 幼少期(2) ~技術チートと商会設立~

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 俺が3歳で物心付いたとき、まず我慢できないことがあった。
 この世界、すなわち前世でいう中世では、ナイフはあったが、まだフォークが存在しなかったのである。

 ナイフ切り分けたものを手づかみで食べている。汚れた手はフィンガーボールで洗い、テーブルクロスで拭うのがマナーとなっていた。

 俺はまだ金属性の魔法が使えなかったので、つたないながらも木で自作のフォークを作成し、義母上のところへ持っていき、これを使うよう懇願した。

「義母上。食事の時は、手づかみをやめて、これを使って食べるようにしたいのですが…」
「手で食べるのは当たり前じゃない。なぜそんな面倒なことをしなければならないの?」

「手づかみだと手が汚れるじゃないですか。それにテーブルクロスも。
 このフォークを使えば、手もテーブルクロスも汚れないで済みます。使用人も喜ぶと思いますが…。
 それに、貴族は食事も優雅な作法で食べるべきです。手づかみなんてはしたないじゃないですか」

 本当は、衛生のためというのも大きな理由なのだが、この時代、病気は細菌がひき起こすものだという知識はないため、説明できないのがもどかしかった。

「そのフォーク…というのを使うのが優雅ねえ…。そうかしら。あなたが使用人のことを思うのは感心だけれど…」
 結局納得はしてもらえなかった。

「では、私だけでも今日から使わせてもらいます」

 最初は奇異の目で見ていた家族も、器用に食事をする俺の姿を見て徐々に考えが変わったようだ。
 まずは、祖母が口火を切った。

「確かに、そのフォークというのを使って食べるのも優雅かもしれないねえ」

 俺はこの機にたたみかける。
「遥か東の国々では手づかみではなく、『はし』という道具を使って食べると聞きます。手づかみなんて、我々が東の蛮族よりも野蛮ということになってしまいますよ」

「じゃあ使ってみようかしら。皆もどう?」

 表立った反対もなかったので、おれは用意していたフォークを皆に配り、マナーを簡単にレクチャーする。内容は、まず最初に食べる分を切り分けてしまうというイギリス式にした。そのほうが簡単だと思ったからだ。

 最初はとまどっていた家族も慣れるのにさほど時間はかからなかった。そこは、はしとは違うのである。

 いずれは、はしも広めたいが、まあそれは東洋の食事を広めたあとだな。

    ◆

 次に手をつけたのは石鹸だ。
 前世の俺は、姉妹が多かったので、彼女らの趣味に付き合うことも多く、男ながら、なにげに女子力が高かったのだ。

 手作り石鹸は前世でも経験があったが、苛性ソーダを作るのに苦労した。結局お手軽に塩化ナトリウムを電気分解して作ることにし、そのために古典的な電池、いわゆるバクダット電池も作成した。
 電池は他にもいろいろ使い道があるので、作っておいて損はない。

 応用編として、シャンプーにも手を付けた。
 現世でも姉妹は多いし、姉妹や義母の髪がつやつやでないのは俺的に許せなかったからだ。
 前世の俺は、シスコン気味だった。

 兄弟姉妹が多かったこともあり、自然と妹たちの世話をするようになり、風呂にも結構な年齢まで一緒に入っていたし、俺は妹たちの髪を洗い、乾かし、ブラッシングをして椿油で仕上げまでしていた。彼女たちの髪を艶々ピカピカにすることで、俺は妙な満足感を得ていた。なんといっても髪は女の命というのは真理だと思う。
 現世の義母も美人だし、妹たちも美形ぞろいだ。髪が輝いていないなんてあり得ない。

    ◆

 ある日。義母と姉妹のもとにホーエンバーデン城の出入り商人のペーター・ハントがやってきた。

「奥様。本日は何かご入用なものはございませんか?」
「そうねえ。今日は特にないわ。後はヴェローザに聞いてみてちょうだい」

「承知いたしました。それはそうと、奥様もお嬢様方も一段とお美しくなられたのではないですか。お顔といい髪といいとても輝いて見えるのですが…」
「いやねえ。お世辞を言っても今日は買うものはないわよ」

「何か特別なお手入れでも?」
「そういえば最近はフリードが作ってくれたシャンプーで髪を洗っているわ。顔は石鹸ね。石鹸はちゃんと体用と顔用の2種類があるのよ」

「シャンプーと石鹸ですか。聞いたことがありませんな」
「どこからか買ってきた訳ではなく、自らお作りに?」

「どこで知識を得ているのか知らないけれど、フリードは最近いろいろなものを作っていてね。それが皆便利だから重宝しているのよ」
「それはぜひ作り方を伺いたいものですな」

「フリードならもうすぐ午後の鍛錬が終わる時間だから直接聞いてみれば?」
「よろしいのですか」

「あの子もたまには知らない大人と交流するのも良い経験になるでしょう」
「ありがとうございます」

    ◆

 午後の鍛錬を終わり一段落していると俺の部屋を誰かがノックした。

「フリードリヒ様。商人のハント殿がご用向きがあるそうにございます」
(商人? 何の用だ)と不思議に思う。

「いいよ。入ってもらって」

 貴族の家に出入りするためか、小ぎれいに着飾った男が入ってくる。いかにも商人といった油断ならない面構えをしている。歳は30台後半くらいか。

「初めまして。ペーター・ハントというしがない商人にございます。以後、お見知り置きを」
「で、商人とやらが今日は何の用なの?」

「奥様方からフリードリヒ様がシャンプーと石鹸なるものをお作りになったと聞きまして。ぜひ作り方をご教授願えないかと」
「ああ。その話ね」

 う~ん。売ることまでは考えていなかったな。確かにこの世界にはないものだから、ヒット商品になる可能性はおおいにある。

「教えるのはやぶさかではないけれど、それなりに苦労しているから、タダという訳にはいかないな」
「そうですか…。それではそれぞれ金貨3枚ということではいかがで?」

 金貨3枚か。かなり大きくきたな。この世界の金貨は前世の100万円くらいの感覚である。

「それだと一時的には儲かるけれど、貴殿はシャンプーやらを売ればずっと儲けられるのだろう。それでは不公平ではないか。そうだな…。商品の売上金額の5%を15年間私に払うというのはどうだ?」

 この世界には特許や実用新案の思想はないからな。理解できるかな。

「なるほど。おっしゃっている趣旨は理解できるのですが…」
 どうも頭の中で懸命に損得勘定をしているようだ。

「わかりました。フリードリヒ様のおっしゃるとおりにいたしましょう」
 よしよし。見どころのあるやつだな。

「では、シャンプーと石鹸、それからこれらを作るための電池の作り方のレシピを書き起こしておくから、2・3日後にまた来るといい」
「承知いたしました。では、それがしはそれまでに契約を作ってその際にお渡しします」
「ああ。それでいい」

「ところで、フリードリヒ様は他にもいろいろと作られているとか…」
「なんだ。貴殿は欲張りなのだな」
それがしは商人にございますれば」

「簡単なものだとフォークなんてどうだ」
 俺はたまたま部屋にあった試作品を渡す。

「これはどういったもので?」
「食事をするときに使う道具だな。これを食物に突きさして口に運ぶのに使う」
「食べ物を突き刺してですと…?」

「遥か東の国々では手づかみではなく、『はし』という道具を使って食べると聞く。
 我が神聖帝国の貴族が手づかみなんて、東の蛮族よりも野蛮ということになってしまうではないか。
 貴族は食事も優雅に食さねば格好がつかぬ。手もテーブルクロスも汚さないしな」
「なるほど。言われてみれば」

「最初はとまどうと思うが、慣れてしまえば使い方も難しくない。我が家族は皆使っているぞ」
「ご領主様御用達とあらば、いかにも売れそうですな」

「そこで相談なのだが、フォークは本当は金属で作った方が使い勝手がいいのだ。刺すものだからな。どこかで金属で作れないかな」
「わかりました。早速、腕の良い鍛冶屋に手配してみましょう。出来上がりましたら見本をお持ちいたします」

「うむ。頼む。試作品はまず鉄だな。慣れてきたら貴族向けには銀製、庶民向けには鉄製と値段で使い分けるのがいいだろう。後は、その中間で銀メッキという手もあるな」
「銀メッキとは何ですかな?」

「鉄製のものの表面に銀の薄い膜を貼るのだ。見た目は銀製のように見える」
「えっ。そのようなことが可能なので?」

「ああ。先ほど言った電池というものを使えば比較的簡単にできる」
「左様ですか。某にはまるで魔法のようにも思えますが。」
「いや。魔法ではない。道具さえ使えば誰にでもできることだ。
 まあ、それは試作品ができてから後日ということにしよう。私もレシピ書きばかりに没頭する時間もないからな」

「それでは今日はどうもありがとうございました。このような良い思いをさせていただけるとは、感謝の念に堪えませ。」
「いや。そうでもないさ。こちらも儲けさせてもらう訳だからお互い様だ」

「そうですか。それでは失礼いたします」
「ああ。よろしくな」

 一月後。商人のハントがフォークのサンプルを持ってやってきた。
「フリードリヒ様。今日はフォークの試作品をお持ちいたしました」

「なかなかのできだな。職人が作っただけある。この刺す部分はもう少し細かくできるといいな。それからこういう風にカーブを付けるとなお使いやすくなる」

 そう言うと俺は試作品を曲げてカーブを付けていく。3歳児の筋力では無理なので、こっそりと念動力サイコキネシスをつかってだ。
 ハンスは驚いた眼をしてこれを見ていた。

 更に一月後、改良版の試作品ができてきた。
「よし。これで概ねいいだろう。後は銀メッキだな。これはレシピを書いておくから、また取りに来てくれ」

    ◆

 私はペーター・ハント。ツェーリンゲン家の御用商人だ。

 今日は、フリードリヒ様にお会いする機会を得た。
 フリードリヒ様はとんでもなく博学で、しゃべり方も大人のような落ち着きがあって、交渉術にも長けている規格外の人物で、とても3歳児とは思えなかった。
 末恐ろしい御仁だ。

 交渉の末、それがしはとても貴重な商品のレシピを提供してもらうことに成功した。これは絶対にバカ売れするに違いない。俺の勘がそうささやいている。

 これからも誠意をもって接すれば良い関係を続けていけるだろう。そうすれば我がハント商会の繁栄は間違いない。

 全くフリードリヒ様様だな。

    ◆

 俺はその後も思いついた商品のレシピを次々とハント商会に提供していた。
 この世界の技術的制約の中での開発はなかなか難しかったが、創意工夫も楽しみのうちだ。

 レシピを提供した商品は売れ続けており、資金の方も潤沢になってきた。

 そこで5歳になったころ、自分の商会を立ち上げることにした。
 まずは商人のハント殿に相談することにする。

「フリードリヒ様。それがしにご用向きとはなんでございましょうか。また、新しい商品のお話で?」

「いや。このたび私は自分の商会を立ち上げることにした」
「ほう。左様で」

「商会の会長は私ということになるが、商会の運営にかかり切りというのは無理だ。
 私は大まかな運営方針は示すが、実質的な商会の采配は貴殿にお願いできないかと思っている。
 また、貴殿の商会の従業員も丸ごとそのまま雇用したいと思う。要は看板のかけ替えだな」
「左様でございますか。う~ん…」

「全く新規に立ち上げることも考えたが、おそらく貴殿の商会とまともに競合してしまうことになる。
 仲が悪いわけでもないのに、潰しあいなど不毛ではないか」
「確かにフリードリヒ様と潰しあいなど、ぞっとしますな」

「レシピもこれまでどおり提供するし、領主の孫という私の地位も存分に利用してもらって構わない。
 貴族が商売などと眉をひそめる者もいるかもしれないが、幸い私は庶子だからな。家を継げない者が商売をやることはままあることだ」
「ご趣旨は理解いたしました。従業員の意見なども聞いてみたいので、この場での返答はいたしかねますが、前向きに検討いたしましょう」

「商会を作ったらやりたいことがいくつかある」
「それは?」

「まずは開発部門の強化だ。これまでのように私だけで商品開発をするのでは限界があるから、開発に適した人材を雇用してその者らに任せたい。もちろん方針を示したり、アドバイスはするがな。こちらは、まあ、私の趣味だな」

「それから?」
「情報部門の設立だ」
「情報部門ですと?」

「情報の重要性は巷ではあまり意識されていないようだがこういうことだ。
 例えば、ある国で穀物が豊作になったとする。穀物の相場はどうだ。下がるよな。例えば、その情報を他の者に先駆けて知ることができれば、相場が下がる前に売ってしまって相場下落による損失をあらかじめ回避することができる」
「なるほど情報はスピードが命ということですな」

「情報に間違いがあったら選択も間違うからスピードと正確さだな。
 いずれにしても情報は皆が知るところとなってしまっては価値がほとんどなくなる。
 そこで情報を各所から素早く集め。その真偽を吟味する仕事を専門に行う部署を作りたいという訳だ。実感がわかないかもしれないが、実践してみれば効果の程は実感できるはずだ」
「左様でございますか」

「ふふ。まだピンと来ていないようだな。なに。ダメだったら部門を解散してその者たちを他の部門に回すだけだ」
「そうでございますな。フリードリヒ様が言われたことで、これまで外れは一切ございません。某は信じますぞ」

「他にもやりたいことは山のようにあるのだが、もう一つだけ」
「何でございましょう」

「商会の会計手法に複式簿記を取り入れたい」

 俺の前世での専門は理系だったが、父の仕事を手伝う事態もあろうかと思い、複式簿記や経営学などもマスターしていた。

「ふくしき…ぼき…ですか?」
「簡単に言うと商会の財政状態を正確に知ることができるようにする会計帳簿の付け方かな」
「ほう」

「商会の目的は金を溜め込むことではない。むしろ、余計な死に金を減らし、効率的に事業拡大などの投資に金をつぎ込むことが大事なのだ。
 そうやって金を社会に還元することで景気が良くなり。商品の売れ行きが良くなる。そうすると商会も儲かるというように巡り巡って還ってくるということだな」
「なにやら豪儀な話ですな」

「それはともかく、商会の財政状況を正確に把握しないと、いくら投資してよいかわからないということだ。
 経験と勘で強気に投資し過ぎて資金繰りに生き詰まるのはダメだし、かといって弱気になって投資が少なすぎても他の商会との競争に負けるおそれがある。
 経験と勘だけで経営方針を決めるのは博打になってしまうということだ」
「経験と勘は商人の基本だと思いますが…。皆そうですし」

「だからこそだ。そういう状況の中で博打抜きの経営ができれば他に先んじることができる。
 博打に永遠に勝ち続けるなどしょせん無理があるのだ」
「確かに、博打は負けてすごすごと戻るもの。勝ち逃げができた記憶はございませんな」
「世の中そういうものだ」

それがし、なにやら年甲斐もなくワクワクしてきましたぞ。他にもまだあるのですかな」
「いっぺんにやるのは無理があるので、まずはこの辺で。後は先の楽しみにとっておけ」
「ではそういたしましょう」

 結局、予定どおり商会は設立された。

 商会の名前は「タンバヤ(丹波屋)商会」。前世の父親の実家の屋号からとった。前世の父親は新潟の出身だったが屋号は越後屋ではなくなぜか丹波屋だった。先祖が丹波の国の出身ということなのだろう。

 ハント殿は「なんですか。その名称は?」と不思議そうな顔をしていたが、音だけからするとエキセントリックな感じがして、いっそインターナショナルな感じがするではないか。俺は将来的にはアラブやアフリカ、またアジアも視野に入れた事業展開を目指したいのだ。

    ◆

 その後、5年を経てタンバヤ商会の経営は順調に軌道に乗っている。

 特に目を見張るのが情報部門の充実だ。
 ハント殿には言えないが、情報部門は商会のみならず、領主のための情報収集も兼ねて情報を集めている。祖父が情報収集に無頓着なためだ。

 今では日本でいう忍び的な人材も育成し、他国のかなり際どい情報まで収集できている。

 遠くない将来。情報の威力を知る時が来るだろう。
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