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三十九話
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考えてみれば、紗英がやりたいことを叶えられるなんて機会が、これまでにあっただろうか。依存されてばかりで、相手に翻弄され、自分の望みが叶うことなどなかった。
ただ、悠司とのこの小さな幸せは、できるだけ長く守りたい。それだけだった。
食事を終えると、ふたりで食器を片付ける。
食洗機に食器を入れて、スイッチを押す。鍋などの大きなものは悠司が洗ってくれた。
「もう一度、紅茶を淹れてもいいですか?」
「そうだね。ティーバッグはそこの引き出しに入ってるよ」
ふたり分のティーバッグをそれぞれのカップに入れた紗英は、ポットからお湯を注ぐ。
ダージリンの芳しい香りがキッチンに漂った。
紅茶を淹れると、ポテトチップスを手にした悠司にリビングへ手招かれる。
「話題になってる映画を借りたんだ。一緒に観ようよ」
また悠司から『一緒に』という言葉が出たことに、紗英の胸はほっこりと温まる。
ローテーブルにふたり分のカップを置いて、その間にポテトチップスの袋が置かれる。ソファにふたりは並んで腰かけた。
「悠司さんはよく家で映画鑑賞するんですか?」
「そうだね。ひとり寂しく観てるよ。でも今日は紗英がいてくれるから、嬉しいな」
「邪魔になりません? 映画を観ながら『これどうなるの?』とか言っても大丈夫ですか?」
「全然オッケーだよ! 映画館では言えないからこそ、家では恋人と喋りながら楽しみたいな」
恋人――。
はっきりその単語を悠司が断定したのは、話の流れからだろう。
そういう、おうちデートが理想だという話だ。
紗英としても、そんな楽しいおうちデートの経験などないから、とても楽しみだ。胸に走ったほんの少しの切なさは見ないふりをする。
悠司がリモコンを操作すると、大きな画面にマークが表示される。
どうやらハリウッド映画らしい。
どこか遠く離れた惑星に宇宙船が到着するシーンから始まる。未開の地に住んでいる生物が宇宙船を警戒していた。ややあってタイトルが表示されると、悠司はポテトチップスの袋を開いた。
「熱中して忘れてしまうな。好きなように食べていいからね」
「はい。いただきます」
この映画は紗英も広告を見たことがある。話題になっているだけあって、ジャンルはスペースファンタジーのようだ。ホラーやB級映画などの殺戮系のものが苦手なので、安心した紗英はポテトチップスをひとつかじった。
ひとつ食べ始めると止まらなくなり、悠司と紗英は交互にぽんぽんと袋に手を入れてポテトチップスをかじる。
合間に紅茶のカップを手にして飲むタイミングも一緒だった。
それに気づいた紗英は、くすりと笑みを零す。
そうしてふたりは、まったりとしながら映画を観た。
やがて映画は佳境に入り、宇宙船に乗ってやってきた人間たちが、惑星の先住民族を根絶やしにするという作戦が実行される。苦悩する主人公は反対するが、牢に囚われてしまった。
「どうなるんでしょう……」
「セオリー通りなら、フレイヤが助けに来てくれるはずだな」
フレイヤとは、主人公と恋仲になった先住民族の女戦士である。しかし彼女には同じ部族の婚約者がいた。
「でも婚約者の男性がいますよね」
「マトラか。うーん。フレイヤは横暴なマトラを好きじゃないし、信頼もしてないよな。そうなると、やっぱり部族の立場を捨てても主人公を助けに行くと思うよ」
そんなことを話しているうちに、物語は悠司の予想した通りになる。
フレイヤは止めようとするマトラを振り切り、主人公の救出に向かうのだ。
そのとき、紗英の肩を悠司が優しく抱いた。
ふたりの肩はソファの中で、ぴたりとくっつく。
物語がどうなるのかというどきどきだけでなく、紗英は悠司の体温にも胸を高鳴らせていた。
そっと悠司の肩にもたれて、物語を見守る。
これが、甘えるってことかな……。私は今、悠司さんに甘えているんだ……。
そう思うと、心身ともに太陽のようなぬくもりに包まれた。
紗英は安心して悠司に体を預け、物語を見守る。
フレイヤは無事に主人公を救出する。そしてふたりは作戦に立ち向かい、先住民族の戦士たちの助けもあって、見事に人間側の作戦を潰すことに成功した。
愛している、と互いの気持ちを告白するシーンでは、紗英は涙がほろりと零れてしまう。
そんな彼女を、悠司はきつく抱きしめ続けていた。
「ふたりは一緒に暮らせないんでしょうか……」
人間たちには地球から帰還命令が出ていた。そして先住民族にとっては、たとえ危機を救ってくれた主人公であっても人間には変わりない、と部族長から伝えられる。
「うーん……」
悠司は眉根を寄せて、ラストを見守っていた。
彼もふたりがどうなるかは、予想がつかないようだ。
後ろ髪を引かれながらも宇宙船に乗り込もうとする主人公。そのとき、跳ねるように現れたフレイヤが主人公を抱きしめる。あなたなしでは、生きていけないという告白とともに。
固く抱き合ったふたりを残して、人間たちをのせた宇宙船は飛び立っていった。地球へと向かって――。
ただ、悠司とのこの小さな幸せは、できるだけ長く守りたい。それだけだった。
食事を終えると、ふたりで食器を片付ける。
食洗機に食器を入れて、スイッチを押す。鍋などの大きなものは悠司が洗ってくれた。
「もう一度、紅茶を淹れてもいいですか?」
「そうだね。ティーバッグはそこの引き出しに入ってるよ」
ふたり分のティーバッグをそれぞれのカップに入れた紗英は、ポットからお湯を注ぐ。
ダージリンの芳しい香りがキッチンに漂った。
紅茶を淹れると、ポテトチップスを手にした悠司にリビングへ手招かれる。
「話題になってる映画を借りたんだ。一緒に観ようよ」
また悠司から『一緒に』という言葉が出たことに、紗英の胸はほっこりと温まる。
ローテーブルにふたり分のカップを置いて、その間にポテトチップスの袋が置かれる。ソファにふたりは並んで腰かけた。
「悠司さんはよく家で映画鑑賞するんですか?」
「そうだね。ひとり寂しく観てるよ。でも今日は紗英がいてくれるから、嬉しいな」
「邪魔になりません? 映画を観ながら『これどうなるの?』とか言っても大丈夫ですか?」
「全然オッケーだよ! 映画館では言えないからこそ、家では恋人と喋りながら楽しみたいな」
恋人――。
はっきりその単語を悠司が断定したのは、話の流れからだろう。
そういう、おうちデートが理想だという話だ。
紗英としても、そんな楽しいおうちデートの経験などないから、とても楽しみだ。胸に走ったほんの少しの切なさは見ないふりをする。
悠司がリモコンを操作すると、大きな画面にマークが表示される。
どうやらハリウッド映画らしい。
どこか遠く離れた惑星に宇宙船が到着するシーンから始まる。未開の地に住んでいる生物が宇宙船を警戒していた。ややあってタイトルが表示されると、悠司はポテトチップスの袋を開いた。
「熱中して忘れてしまうな。好きなように食べていいからね」
「はい。いただきます」
この映画は紗英も広告を見たことがある。話題になっているだけあって、ジャンルはスペースファンタジーのようだ。ホラーやB級映画などの殺戮系のものが苦手なので、安心した紗英はポテトチップスをひとつかじった。
ひとつ食べ始めると止まらなくなり、悠司と紗英は交互にぽんぽんと袋に手を入れてポテトチップスをかじる。
合間に紅茶のカップを手にして飲むタイミングも一緒だった。
それに気づいた紗英は、くすりと笑みを零す。
そうしてふたりは、まったりとしながら映画を観た。
やがて映画は佳境に入り、宇宙船に乗ってやってきた人間たちが、惑星の先住民族を根絶やしにするという作戦が実行される。苦悩する主人公は反対するが、牢に囚われてしまった。
「どうなるんでしょう……」
「セオリー通りなら、フレイヤが助けに来てくれるはずだな」
フレイヤとは、主人公と恋仲になった先住民族の女戦士である。しかし彼女には同じ部族の婚約者がいた。
「でも婚約者の男性がいますよね」
「マトラか。うーん。フレイヤは横暴なマトラを好きじゃないし、信頼もしてないよな。そうなると、やっぱり部族の立場を捨てても主人公を助けに行くと思うよ」
そんなことを話しているうちに、物語は悠司の予想した通りになる。
フレイヤは止めようとするマトラを振り切り、主人公の救出に向かうのだ。
そのとき、紗英の肩を悠司が優しく抱いた。
ふたりの肩はソファの中で、ぴたりとくっつく。
物語がどうなるのかというどきどきだけでなく、紗英は悠司の体温にも胸を高鳴らせていた。
そっと悠司の肩にもたれて、物語を見守る。
これが、甘えるってことかな……。私は今、悠司さんに甘えているんだ……。
そう思うと、心身ともに太陽のようなぬくもりに包まれた。
紗英は安心して悠司に体を預け、物語を見守る。
フレイヤは無事に主人公を救出する。そしてふたりは作戦に立ち向かい、先住民族の戦士たちの助けもあって、見事に人間側の作戦を潰すことに成功した。
愛している、と互いの気持ちを告白するシーンでは、紗英は涙がほろりと零れてしまう。
そんな彼女を、悠司はきつく抱きしめ続けていた。
「ふたりは一緒に暮らせないんでしょうか……」
人間たちには地球から帰還命令が出ていた。そして先住民族にとっては、たとえ危機を救ってくれた主人公であっても人間には変わりない、と部族長から伝えられる。
「うーん……」
悠司は眉根を寄せて、ラストを見守っていた。
彼もふたりがどうなるかは、予想がつかないようだ。
後ろ髪を引かれながらも宇宙船に乗り込もうとする主人公。そのとき、跳ねるように現れたフレイヤが主人公を抱きしめる。あなたなしでは、生きていけないという告白とともに。
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