8 / 50
八話
しおりを挟む
こんな優しい人と恋愛できたら、すごく幸せなんだろうな……。
そんな考えをちらりと抱いてしまう。
でも実現するわけがない。彼は御曹司なのだから。
想像したのがいけないことのように、紗英はかぶりを振る。
「私、男運がないんですよね。なぜか今まで付き合った人は、浮気したり、お金をたかってきたりっていう、いわゆるクズ男ばかりなんです。だからもう恋愛なんてしたくないです」
男運がないと言いながらも、紗英はクズ男を掴んでしまう世のからくりに気がついていた。
イケメンのいい男は、可愛い女と付き合っている。
だから美人でも可愛くもない自分は、クズ男くらいにしか拾われないのである。
別れたら寂しいからという理由で、好きでもないのにズルズルと付き合う自分も悪いのだろう。
だから、これからは恋愛せずに、仕事だけに邁進したほうがいい。もう傷つくのはたくさんだった。
ところが悠司は真摯な双眸をこちらに向けて力説する。
「今までの男たちは紗英の優しさに甘えていたんだ。つまり、きみが優しいという証拠だよ。これからは甘えさせてくれる男と恋愛すればいい」
「……もう恋愛はこりごりです。甘えさせてくれる人となんて、出会える気がしませんし、これからは仕事だけに――」
チュ、と唇に柔らかなものが触れた。
突然のことに瞠目した紗英は、悠司の顔がゆっくりと離れていくのを目にする。
え……今、キス、された……?
ぱちぱちと目を瞬かせていると、悠司は艶めいた微笑を浮かべた。
「それは困るな。きみを甘えさせる男は、すぐ目の前にいるよ」
「え……あの……」
「俺じゃ、だめかな?」
なにが起こったのか脳内で処理できず、紗英は呆然とした。
まさか、悠司は口説いているのだろうか。
イケメン御曹司の彼が、凡庸な一介の社員である私を……?
そんなことはありえない。
都合のよい幻想か、もしくは悠司の冗談だろう。
しかも彼は、紗英が恋愛を捨てることを阻止するかのように、キスした気がする。
「あの……今、キス……」
「したよ」
「え……なんで……」
「可愛いから、キスしたかった」
悠司はなにを言っているのだろう。
彼の言動が理解できず、紗英は眉をひそめる。
「からかうのは、やめてください」
「からかってないよ。俺は本気だ」
悠司の目は真剣だった。
顔を傾けた彼は、またキスしそうなほどに紗英に近づく。
彼の吐息を感じて、慌てた紗英は身を引いたが、すぐにソファの背についてしまった。
「でも、私と付き合った人はみんなクズ男なんです。もし悠司さんが私と付き合うようなことになったら、あなたもクズ男に変貌してしまうかもしれません」
イケメンで紳士的な悠司を、紗英と付き合うことにより、クズ男に変えてしまうことは避けたかった。
悠司の言う通り、紗英の優しさに男たちは甘えてしまうのかもしれない。それにより、いっそう男がさらなるクズ男に変わっていくのだ。
だから会社の御曹司である悠司を、紗英と付き合うことによって、クズ男に変えるなんてことがあってはならない。
悠司の未来を、そして会社の未来を変えてしまうことになりかねないから。
それを聞いた悠司は、おもしろいことを耳にしたかのように噴き出した。
彼はひとしきりくつくつと笑うと、顔を上げた。挑戦的な目を紗英に向ける。
「なるほど、そうくるか。――いいじゃないか。俺をクズ男にしてみろ」
「そ、そんなのいけませんよ!」
「俺がクズ男になったら、俺の負け。きみのことは諦める。ただし、きみが俺に惚れて甘えられたら、俺の勝ち。俺の言うことを聞いてもらう。それでどうかな?」
なぜか、クズ男になるかならないかという勝負に引き込まれてしまった。
きっと悠司も酔っているので、自分がなにを言っているのか、彼自身わかっていないのかもしれない。
お互いに酔っ払いなので、その場の勢いだ。
そろそろこの話は終わりにしたいので、紗英は頷いた。
「わかりました。その勝負にのりましょう」
「よし。それじゃあ、場所を移動しようか」
「勝負のためにですか?」
「そう。勝負のために」
腕相撲でもするのかな……と、紗英は酔った頭で考えた。
悠司に手を取られて立ち上がる。
堂々としてエスコートする彼の顔色は変わらず、足取りもしっかりしていた。まったく酔っているようには見えず、紗英は首をかしげた。
そんな考えをちらりと抱いてしまう。
でも実現するわけがない。彼は御曹司なのだから。
想像したのがいけないことのように、紗英はかぶりを振る。
「私、男運がないんですよね。なぜか今まで付き合った人は、浮気したり、お金をたかってきたりっていう、いわゆるクズ男ばかりなんです。だからもう恋愛なんてしたくないです」
男運がないと言いながらも、紗英はクズ男を掴んでしまう世のからくりに気がついていた。
イケメンのいい男は、可愛い女と付き合っている。
だから美人でも可愛くもない自分は、クズ男くらいにしか拾われないのである。
別れたら寂しいからという理由で、好きでもないのにズルズルと付き合う自分も悪いのだろう。
だから、これからは恋愛せずに、仕事だけに邁進したほうがいい。もう傷つくのはたくさんだった。
ところが悠司は真摯な双眸をこちらに向けて力説する。
「今までの男たちは紗英の優しさに甘えていたんだ。つまり、きみが優しいという証拠だよ。これからは甘えさせてくれる男と恋愛すればいい」
「……もう恋愛はこりごりです。甘えさせてくれる人となんて、出会える気がしませんし、これからは仕事だけに――」
チュ、と唇に柔らかなものが触れた。
突然のことに瞠目した紗英は、悠司の顔がゆっくりと離れていくのを目にする。
え……今、キス、された……?
ぱちぱちと目を瞬かせていると、悠司は艶めいた微笑を浮かべた。
「それは困るな。きみを甘えさせる男は、すぐ目の前にいるよ」
「え……あの……」
「俺じゃ、だめかな?」
なにが起こったのか脳内で処理できず、紗英は呆然とした。
まさか、悠司は口説いているのだろうか。
イケメン御曹司の彼が、凡庸な一介の社員である私を……?
そんなことはありえない。
都合のよい幻想か、もしくは悠司の冗談だろう。
しかも彼は、紗英が恋愛を捨てることを阻止するかのように、キスした気がする。
「あの……今、キス……」
「したよ」
「え……なんで……」
「可愛いから、キスしたかった」
悠司はなにを言っているのだろう。
彼の言動が理解できず、紗英は眉をひそめる。
「からかうのは、やめてください」
「からかってないよ。俺は本気だ」
悠司の目は真剣だった。
顔を傾けた彼は、またキスしそうなほどに紗英に近づく。
彼の吐息を感じて、慌てた紗英は身を引いたが、すぐにソファの背についてしまった。
「でも、私と付き合った人はみんなクズ男なんです。もし悠司さんが私と付き合うようなことになったら、あなたもクズ男に変貌してしまうかもしれません」
イケメンで紳士的な悠司を、紗英と付き合うことにより、クズ男に変えてしまうことは避けたかった。
悠司の言う通り、紗英の優しさに男たちは甘えてしまうのかもしれない。それにより、いっそう男がさらなるクズ男に変わっていくのだ。
だから会社の御曹司である悠司を、紗英と付き合うことによって、クズ男に変えるなんてことがあってはならない。
悠司の未来を、そして会社の未来を変えてしまうことになりかねないから。
それを聞いた悠司は、おもしろいことを耳にしたかのように噴き出した。
彼はひとしきりくつくつと笑うと、顔を上げた。挑戦的な目を紗英に向ける。
「なるほど、そうくるか。――いいじゃないか。俺をクズ男にしてみろ」
「そ、そんなのいけませんよ!」
「俺がクズ男になったら、俺の負け。きみのことは諦める。ただし、きみが俺に惚れて甘えられたら、俺の勝ち。俺の言うことを聞いてもらう。それでどうかな?」
なぜか、クズ男になるかならないかという勝負に引き込まれてしまった。
きっと悠司も酔っているので、自分がなにを言っているのか、彼自身わかっていないのかもしれない。
お互いに酔っ払いなので、その場の勢いだ。
そろそろこの話は終わりにしたいので、紗英は頷いた。
「わかりました。その勝負にのりましょう」
「よし。それじゃあ、場所を移動しようか」
「勝負のためにですか?」
「そう。勝負のために」
腕相撲でもするのかな……と、紗英は酔った頭で考えた。
悠司に手を取られて立ち上がる。
堂々としてエスコートする彼の顔色は変わらず、足取りもしっかりしていた。まったく酔っているようには見えず、紗英は首をかしげた。
3
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
性欲の強すぎるヤクザに捕まった話
古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。
どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。
「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」
「たまには惣菜パンも悪くねぇ」
……嘘でしょ。
2019/11/4 33話+2話で本編完結
2021/1/15 書籍出版されました
2021/1/22 続き頑張ります
半分くらいR18な話なので予告はしません。
強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。
誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。
当然の事ながら、この話はフィクションです。
【R18】鬼上司は今日も私に甘くない
白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。
逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー
法人営業部メンバー
鈴木梨沙:28歳
高濱暁人:35歳、法人営業部部長
相良くん:25歳、唯一の年下くん
久野さん:29歳、一個上の優しい先輩
藍沢さん:31歳、チーフ
武田さん:36歳、課長
加藤さん:30歳、法人営業部事務
【R18】どうか、私を愛してください。
かのん
恋愛
「もうやめて。許してッ…」「俺に言うんじゃなくて兄さんに言ったら?もう弟とヤリたくないって…」
ずっと好きだった人と結婚した。
結婚して5年幸せな毎日だったのに――
子供だけができなかった。
「今日から弟とこの部屋で寝てくれ。」
大好きな人に言われて
子供のため、跡取りのため、そう思って抱かれていたはずなのに――
心は主人が好き、でもカラダは誰を求めてしまっているの…?
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった
山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』
色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。
◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる