一途な御曹司の甘い溺愛~クズ男製造機なのでお付き合いできません!~

沖田弥子

文字の大きさ
6 / 56

六話

しおりを挟む
 リラックスしている悠司は、バッジをつけたソムリエにワインの相談をしていた。
「紗英は、赤ワインは飲める?」
「はい。ワインは好きです」
「じゃあ、ペアリングでいいかな」
 ペアリングとは、一皿の料理にひとつのワインを合わせるオーダーである。
 知識としては知っているが、紗英はもちろんそのような贅沢な注文をしたことなどない。しかも数種類のワインを注文するということは、コース料理であることが前提になる。
 悠司は高級店に慣れているらしいが、そのようなオーダーをして会計は大丈夫なのかと、紗英は少し心配になった。
 注文を終えた悠司は景色をいっさい見ず、向かいの紗英を眺めている。
 そんなに見つめられたら、緊張してしまう。
 高級店なのも相まって、かしこまった紗英は、ぱちぱちと目を瞬かせた。
「あの……どうしてそんなに私を見るんですか?」
「景色より綺麗だなと思ってね」
「もう……からかわないでください」
「からかってないよ」
 悠司の声音には真剣な響きが含まれているが、顔は笑っている。
 きっと、紗英をからかって楽しんでいるのだ。
 けれど、朱に染まってしまう頬はどうしようもなかった。
 ややあって、給仕が前菜をテーブルに運んできた。同時にペアリングである白ワインも、ソムリエの手にしたボトルからワイングラスに注がれる。
 紗英がおそるおそるワイングラスの細い柄を持つと、優雅にグラスを掲げた悠司が縁を触れさせた。
「ふたりきりのディナーに、乾杯」
「か、乾杯……」
 こくりと白ワインをひとくち含むと、繊細でありながらも芳醇な味わいがした。とても飲みやすい。店の雰囲気から察するに、かなり高価なワインだと思われる。
 コース料理の前菜はパテドカンパーニュ、スープは冷製オニオンポタージュだ。白身魚のポワレにはすっきりとした味わいの白ワインを合わせて。メインの和牛のヒレステーキには濃厚な赤ワインが提供される。
 いずれも高価な食材を使用し、繊細な模様の皿に盛られた芸術的な料理ばかり。
 さらにどのペアリングワインも料理とのマリアージュが絶妙で、最高の味わいだった。
 デセールのタルトタタンと紅茶を堪能する。
 ほうと、満悦の吐息をついた紗英は、紅茶のカップをソーサーに置いた。
「こんなに豪華なお料理を食べたのは初めてです。すごく美味しかった……」
「いつでも連れてきてあげるよ。ひとりで食べてると、ほかの客の視線が痛いんだよな」
「悠司さんは、こういったレストランで、ひとりで食事するんですか?」
 紗英は目を見開いた。
 彼くらいの美丈夫に誘われたら、どんな女性でも食事に同行するだろう。なぜひとりでレストランを訪れるのだろうか。
 肩を竦めた悠司は苦笑した。
「たまにね。無性にコース料理が食べたくなることってあるだろ? でも居酒屋ではひとりの客は珍しくないけど、レストランでひとりなのは目立つから、なんだか肩身が狭いんだ。だから今日は紗英と来られてよかったよ」
「ほかの女性は誘わないんですか?」
「……それって、俺に浮気しろって言ってるの?」
「えっ? 意味がわかりませんが」
『浮気』という単語が出て、どきりとする。
 つい昨夜、浮気現場を目撃したばかりの紗英はフラッシュバックが起こり、思わずナプキンで口元を押さえる。
 悠司は心配そうに覗き込んだ。
「どうした。具合が悪いのか?」
「いえ……なんでもありません。――そういえば、悠司さんは私に聞きたいことがあるとか言ってましたけど、それってなんでしょうか?」 
 まさか食事の相手というだけで、高級レストランに連れてこられたわけではないだろう。
 仕事ではなくプライベートに関する質問があるようだが、いったいなんだろうか。
 イケメンで御曹司の上、仕事もうまくいっている悠司が、凡庸な紗英に聞きたいことなんてあるのか。まさか恋愛相談ではないと思われるが。
 優美な手つきで紅茶のカップをソーサーに戻した悠司は、ゆるりと言った。
「ああ、それね。もうデセールも終わったことだし、長い話になりそうだから場所を変えようか。最上階のバーへ行こう」
「そ、そうですね。長居するのはマナー違反でしょうしね」
「ここよりもっと景色がいいから、紗英もきっと気に入るよ」
 給仕が差し出した二つ折りの伝票ホルダーを開いて、さらりとサインした悠司はスマートな貴公子そのものだ。
 ほろ酔いだが、少しくらいならバーへ行って飲めるかなと紗英は思い、席を立った。
 なにより悠司の質問がなにかを聞かなければ、すっきりしないので帰れそうにない。
 ところが、席を立ち上がった紗英は、ふらりと体が傾いだ。
 咄嗟に腰を支えた悠司が、しっかりと手を握る。
「大丈夫かい? 少し飲ませすぎたかな」
「あ……すみません。平気です」
「心配だから、俺の手を握っているように。バーの席に座るまで、離してはいけないよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜

yuzu
恋愛
 人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて…… 「オレを好きになるまで離してやんない。」

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...