白熊皇帝と伝説の妃

沖田弥子

文字の大きさ
上 下
6 / 57

白熊の血族 3

しおりを挟む
「僕は篠原結羽です。名前が結羽です。皇国にお招きいただいて感謝しています」
「どういたしまして。でも招待したわけじゃなくて、一緒に連れてきちゃったんだよね。ぼくが鉄の箱にぶつかりそうになったときに神獣の力が出ちゃって、結羽ごと異世界から皇国に飛んじゃったんだ。そういうわけだから、ゆっくりしていってね」

 微笑んだユリアンは嬉しそうに純白の耳を動かした。結羽はごくりと息を呑む。
 どうやらカチューシャなどではなく、本物の耳らしい。
 彼らの口から神獣という単語が出るが、この白い耳と関連があるのだろうか。

「ユリアンはずっと結羽に会いたいと願っていたからな。だが人型化が完全ではないので結羽を驚かせてしまうだろうと思い、体調が回復するまで待てと告げていたのだ」

 そう説明したレオニートは結羽の腰を抱えるようにしてソファに促し、座らせてくれた。革張りのソファは毛足の長い掛け物に覆われているので肌触りが良く、暖かい。談話に使用しているというソファは結羽が座っている長いソファが向かい合わせにふたつ置かれており、間に大理石のテーブルが鎮座している。
 レオニートは結羽の隣に腰を下ろすと、ダニイルが差し出した膝掛けを受け取った。
 上質の毛織物と思しき膝掛けはレオニートの手により、ふわりと結羽の膝を覆う。
 
 これはレオニートが使用するものではないのだろうか。
 ダニイルも驚いた顔をしていたが、すぐに表情を引き締めて壁際に下がった。
 召使いが紅茶を運んできてくれたので、辺りには馥郁たる薫りが溢れる。
 長い足を組んで紅茶のカップを傾けるレオニートは悠然としており、気品に満ちていた。結羽は両手で熱々のカップを支えながら、ふうふうと息を吹きかける。

「人型化……といいますと、もしかしてユリアンは人間ではないのですか?」

 向かいのソファに腰掛けたユリアンは愛らしく微笑む。
 耳があることを除けば、どう見ても人間の少年だ。この骨格と子犬を見間違えるはずがない。それにユリアンは先ほど結羽を「人間のひと」と称していた。アスカロノヴァ皇国には人間以外のひとも存在するのだろうか。
 優美な青の花が描かれた紅茶のカップを音もなくソーサーに戻したレオニートは鷹揚に頷く。

「アスカロノヴァ皇国の者は半数以上が、獣人なのだ。獣型と人型の両方の形状を取ることができる。ユリアンはまだ幼いので獣の耳が出ているのだ。変身も制御できないので、自らの意思と無関係に変身してしまうこともある。私は異世界へ赴いた経験はないのだが、文献によると異世界に獣人は存在しないようだな。もしユリアンが捕縛でもされたら大変なことになってしまうと危惧していた」

 なんと、獣人という種族が皇国の半分以上を占めるらしい。ということは、結羽が見た子犬だと思ったユリアンの姿は獣型の状態だったのだ。

「ごめんなさい……兄上。どうしてもむこうの世界を探検してみたかったんです」

 項垂れるユリアンの菫色の瞳は潤んでいる。知らない世界を見てみたいという好奇心は抑えられないものだ。結羽も城の中を探検したいと裸足で歩き回った。

「よいのだ。結羽に救われたのだからな。ただ結羽はおまえを、子犬だと思ったようだが」
「子犬? ぼくは白熊の血族なんだよ。大人になれば兄上のように、立派な白熊になるんだから!」

 白熊の血族?
 立派な白熊になる?
 結羽は驚きを込めてユリアンの丸い、純白の耳を凝視した。

「ということはまさか……ユリアンは子犬ではなくて……」
「そうだ。我々兄弟は神獣である、白熊の血を引いている。神獣の一族は古来よりこの地を守り、民を導く使命を帯びている。アスカロノヴァ皇国では白熊の血族が代々王座に就き、国を治めるのだ」

 驚愕に目を見開く。白熊とはやはり、北極に暮らす白い熊のことだろうか。正式名称はホッキョクグマだが、いわゆる白熊は動物園で見たことはあるものの、結羽にとっては未知の生物だ。俄には信じがたいが、ユリアンの耳の形は言われてみれば白熊のものである。

「我々ということは、レオニートも白熊に変身できるのですか?」
「無論だ。むしろ獣型のほうが、本来の姿といえる。いにしえの血は獣型のときこそ色濃く発揮されるからな」

 結羽は寝台で目覚める前に、純白の大きなものに包まれていた。
 まさか、あれは。

「僕は寝台で寝ているとき、ふかふかの真っ白な温かいものに包まれていたのですが……あれはもしかして……」

 レオニートは口端を引き上げて、不遜な笑みを見せた。悪辣な表情でも、彼が見せると高貴さに満ちているから不思議だ。

「結羽の身体は冷え切っていたからな。温めなければ命が危なかった」

 あのもふもふは、レオニートの獣型である白熊だったのだ。
 添い寝してもらったという事実を知り、結羽の頬が朱を刷いたように染まる。
 レオニートに温めてもらったなんて。しかも着替えさせてくれたのも彼ということは、確実に裸を見られたということだ。そんなことも全く気づかず、純白の毛を撫で回して悦に浸っていた。
 頬を赤らめて懊悩する結羽を、ユリアンは首を傾げて眺めた。

「結羽、どうしたの? 顔が赤いよ?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夢見がちオメガ姫の理想のアルファ王子

葉薊【ハアザミ】
BL
四方木 聖(よもぎ ひじり)はちょっぴり夢見がちな乙女男子。 幼少の頃は父母のような理想の家庭を築くのが夢だったが、自分が理想のオメガから程遠いと知って断念する。 一方で、かつてはオメガだと信じて疑わなかった幼馴染の嘉瀬 冬治(かせ とうじ)は聖理想のアルファへと成長を遂げていた。 やがて冬治への恋心を自覚する聖だが、理想のオメガからは程遠い自分ではふさわしくないという思い込みに苛まれる。 ※ちょっぴりサブカプあり。全てアルファ×オメガです。

【完結】虐げられオメガ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

洗濯日和!!!

松本カナエ
BL
洗濯するオメガバース。BL。 Ωの鈴木高大は、就職に有利になるためにαと番うことにする。大学食堂で出逢ったαの横峯大輔と付き合うことになるが、今までお付き合いなどしたことないから、普通のお付き合い普通の距離感がわからない。 ニコニコ笑って距離を詰めてくる横峯。 ヒート中に俺の部屋においでと誘われ、緊張しながら行くと、寝室に山ができていた。 巣作りしてもらうために洗濯物を溜め込むαと洗濯するΩ。 12話一旦完結からの17話完結。 卒業旅行番外編。 (素敵な表紙はpome様。感謝しかありません) ※昨年の大島Q太様のTwitter企画「#溺愛アルファの巣作り」に参加したのを加筆して出します。 ※オメガバースの設定には、独自解釈もあるかと思います。何かありましたらご指摘下さい。 ※タイトルの後ろに☆ついてるのはRシーンあります。▲ついてるのはオメガハラスメントシーンがあります。

簡単に運命と言わないで――二人のアルファに囲まれて――

かぎのえみずる
BL
主人公長内密はオメガであり甘い恋が苦手、性的興奮を生涯に覚えたことは数少なかった。 しかし、ある日鳥崎椿という歌手の歌を聴いてから、ヒートが止められない。 歌を聴きながら自慰をし、初めての性的興奮に動揺を隠せない密。 すっかり歌手のファンになり、イベントに参加するも、イベント主催の一人である作家の港雪道に気に入られ連絡先を渡された。 椿に呼ばれるままに楽屋へ行けば、椿からは運命だと告げられて椿からの発情に反応してしまう。 そのまま家に持ち帰られ、椿と密は本能のままに性行為をしていたが、何かが物足りない。 運命というには物足りない何かが、椿の家に押しかけてきた人物で、密には分かった。 雪道というアルファも、運命の番。番が二人いるのだと判明する。 アルファが二人でオメガの青年を取り合います。 ※R-18作品です。基本はオメガバースの溺愛ですが、3Pなど突発にでてくるのでご注意ください。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました。 おまけのお話を更新したりします。

【完結】フェイクオメガ

水樹風
BL
 アルファもオメガも人口が極めて少なく貴重な中、富裕層を占めるアルファ達がアルファ至上主義を長年続けた結果、アルファ同士の間にもベータばかり生まれるようになってしまう。  アルファと結ばれれば貴重なバースを産んでくれるオメガは、アルファを敬遠しベータを選んでばかり。  そんな世の中で、ベータの中で後天的にオメガになれる遺伝子を持つ【フェイクオメガ】が見つかったのだ。  アルファの人口減少に歯止めがかからず焦り始めた国が、その【エフ】とアルファのお見合いプログラムを開始した。  自分がエフだとわかったものの、国からのお見合いを断わり続けていた涼太は、にっちもさっちもいかなくなった自分の花屋を守るため、国からの手当金目当てに初めてお見合いを受けることにするのだが……。 R15 * (キスシーン程度) R18 **  (しばらく後の予定です) *思っていたより長くなってきたので、【長編】に切り替えました。 *『ムーンライトノベルズ』様でも掲載中です。

《完結》狼の最愛の番だった過去

丸田ザール
BL
狼の番のソイ。 子を孕まねば群れに迎え入れて貰えないが、一向に妊娠する気配が無い。焦る気持ちと、申し訳ない気持ちでいっぱいのある日 夫であるサランが雌の黒い狼を連れてきた 受けがめっっっちゃ可哀想なので注意です ハピエンになります ちょっと総受け。 オメガバース設定ですが殆ど息していません ざまぁはありません!話の展開早いと思います…!

処理中です...