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刑務庭送り 1
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天は、獣人王を裏切ったのだから。
連座ならばひと月で済むが、刑務期間は問題ではない。重要なのは、皆が妃候補の資格を失ってしまうことだ。正座の懲罰とは次元が違う。ひとの未来を奪ってしまうのだ。天の身勝手な行動が原因なのに。
答えは決まっていた。
天は深く頭を垂れる。
「僕ひとりで懲罰をお受けいたします。どうか他のみんなには累が及ばないよう、お願い申し上げます」
「待てよ、天! 一生だぞ!?」
腕を掴んで止めようとする黎に、小さく「ありがとう」と告げる。彼は天を責めることもせず、果敢にも教育官の前で庇ってくれた。黎に助けられた数々の出来事に感謝の念を抱く。
すべては自分の犯した罪なのだから、ひとりで受け入れて然るべきだ。黎にも他の誰にも、迷惑はかけられない。どうせ天に帰るところはないのだから、一生を刑務庭で過ごしてもなんの問題もない。
天は衛士に引き立てられて、刑務庭へ向かった。
宿舎へ寄り、荷物を持ち出す恩情を与えられた天は小さな鞄を抱えた。
私物は着替えや筆箱くらいしかない。大切なものは胸に提げた翡翠の欠片と、手に握りしめている短冊だ。
灯籠流しを共に見るというエドとの約束は、叶いそうにない。
胸に秘めた願い事をエドに知られたらどうしようなどと浮かれていたのがつい昨日だったなんて、信じられないくらい日常は脆く崩れ去った。
王宮内の寂れた場所にある刑務庭は高い塀で囲われ、入口には堅牢な門がそびえ立つ。門番と衛士がやり取りをする間、格子の隙間から窺った内部は、鬱蒼とした気配が充満していた。ややあって厳重に警備された門が開かれて、衛士に背を突き飛ばされるようにして足を踏み入れる。庭という名称がつけられているが、手入れの成された庭園などではなく、通路を通り抜ければそこは材木や器具などが積み重ねられた作業場のようなところだった。襤褸を着た罪人たちが材木を加工する作業に従事している。その周りでは黒服の刑務官が鞭を携えながら監督していた。
衛士から刑務官に引き渡された天は、庭を取り囲む棟のひとつへ連れていかれた。古びた室内にも作業場があり、金属音に紛れて鞭の音と悲鳴が鳴り響く。背筋を震わせていると、溶鉱炉の傍で監督していた刑務官に引き合わされた。
昏い目をした陰湿そうな獣人は刑務庭の上官なのだろう。部下から預かった書類を一読すると、天の顔を虫けらを見るように見下す。
「不貞の罪か。刑期は死ぬまでだ。鞭打ち百回を付けてやる。明日の朝まで独房に入れておけ」
無造作に書類を突き返した上官の言葉に瞠目する。なぜ彼の独断で鞭打ちの刑が追加されてしまうのだろうか。
「あの、ルカスさまは鞭打ち百回なんて言いませんでした。どうして懲罰が増えているのですか?」
傍で灼熱の鉄を打っていた罪人が、ちらりとこちらに目をむけて小さく首を振った。逆らうな、という合図のようだ。上官は残忍な笑みを浮かべる。
「ここでは俺が法律だ。刑務庭に放り込まれた時点で、おまえの命がどうなるかは俺の気分次第なんだよ」
「そんな……あっ、なにをするんです!」
手にしていた鞄を強引に奪われる。上官は中身を掻き回すと、鞄ごと溶鉱炉に投げ入れた。
「金目のものがないな。その紙は何だ」
手首をねじり上げられて、短冊を奪われてしまう。歪んだ短冊を開いた上官は、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「なんだ、落書きか」
紅蓮の炎に放り込まれた願い事は、瞬時に灰燼と化した。
そのとき天は、すべてを失うという絶望に襲われた。
はじめから、叶うなんて思っていない。
でも希望を持ちたかった。
もしかしたらという一縷の望みを心の片隅に抱くことは、奪われるべき悪なのだろうか。
溶鉱炉の炎を眼に映しながら呆然と佇む天を、頭から爪先まで眺めた上官は舌舐めずりをした。
「オメガは久しぶりだ。鞭打ちのあとで犯してやる。背中の皮が剥けて血を流せば、どんなオメガでも大人しくなるからな」
卑下た高笑いをどこか遠くで聞きながら引き摺られて、地下の牢獄へ放り込まれる。
狭い独房は身を置くだけでいっぱいになり、光は届かない。黴臭さが鼻をつき、剥き出しの石床から這い上がる寒さが身に染みた。天は膝を抱えて座り込む。
瞼の裏に浮かぶのは、エドの優しい笑顔や穏やかな琥珀色の瞳。
くりかえし、くりかえし、思い返す。
連座ならばひと月で済むが、刑務期間は問題ではない。重要なのは、皆が妃候補の資格を失ってしまうことだ。正座の懲罰とは次元が違う。ひとの未来を奪ってしまうのだ。天の身勝手な行動が原因なのに。
答えは決まっていた。
天は深く頭を垂れる。
「僕ひとりで懲罰をお受けいたします。どうか他のみんなには累が及ばないよう、お願い申し上げます」
「待てよ、天! 一生だぞ!?」
腕を掴んで止めようとする黎に、小さく「ありがとう」と告げる。彼は天を責めることもせず、果敢にも教育官の前で庇ってくれた。黎に助けられた数々の出来事に感謝の念を抱く。
すべては自分の犯した罪なのだから、ひとりで受け入れて然るべきだ。黎にも他の誰にも、迷惑はかけられない。どうせ天に帰るところはないのだから、一生を刑務庭で過ごしてもなんの問題もない。
天は衛士に引き立てられて、刑務庭へ向かった。
宿舎へ寄り、荷物を持ち出す恩情を与えられた天は小さな鞄を抱えた。
私物は着替えや筆箱くらいしかない。大切なものは胸に提げた翡翠の欠片と、手に握りしめている短冊だ。
灯籠流しを共に見るというエドとの約束は、叶いそうにない。
胸に秘めた願い事をエドに知られたらどうしようなどと浮かれていたのがつい昨日だったなんて、信じられないくらい日常は脆く崩れ去った。
王宮内の寂れた場所にある刑務庭は高い塀で囲われ、入口には堅牢な門がそびえ立つ。門番と衛士がやり取りをする間、格子の隙間から窺った内部は、鬱蒼とした気配が充満していた。ややあって厳重に警備された門が開かれて、衛士に背を突き飛ばされるようにして足を踏み入れる。庭という名称がつけられているが、手入れの成された庭園などではなく、通路を通り抜ければそこは材木や器具などが積み重ねられた作業場のようなところだった。襤褸を着た罪人たちが材木を加工する作業に従事している。その周りでは黒服の刑務官が鞭を携えながら監督していた。
衛士から刑務官に引き渡された天は、庭を取り囲む棟のひとつへ連れていかれた。古びた室内にも作業場があり、金属音に紛れて鞭の音と悲鳴が鳴り響く。背筋を震わせていると、溶鉱炉の傍で監督していた刑務官に引き合わされた。
昏い目をした陰湿そうな獣人は刑務庭の上官なのだろう。部下から預かった書類を一読すると、天の顔を虫けらを見るように見下す。
「不貞の罪か。刑期は死ぬまでだ。鞭打ち百回を付けてやる。明日の朝まで独房に入れておけ」
無造作に書類を突き返した上官の言葉に瞠目する。なぜ彼の独断で鞭打ちの刑が追加されてしまうのだろうか。
「あの、ルカスさまは鞭打ち百回なんて言いませんでした。どうして懲罰が増えているのですか?」
傍で灼熱の鉄を打っていた罪人が、ちらりとこちらに目をむけて小さく首を振った。逆らうな、という合図のようだ。上官は残忍な笑みを浮かべる。
「ここでは俺が法律だ。刑務庭に放り込まれた時点で、おまえの命がどうなるかは俺の気分次第なんだよ」
「そんな……あっ、なにをするんです!」
手にしていた鞄を強引に奪われる。上官は中身を掻き回すと、鞄ごと溶鉱炉に投げ入れた。
「金目のものがないな。その紙は何だ」
手首をねじり上げられて、短冊を奪われてしまう。歪んだ短冊を開いた上官は、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「なんだ、落書きか」
紅蓮の炎に放り込まれた願い事は、瞬時に灰燼と化した。
そのとき天は、すべてを失うという絶望に襲われた。
はじめから、叶うなんて思っていない。
でも希望を持ちたかった。
もしかしたらという一縷の望みを心の片隅に抱くことは、奪われるべき悪なのだろうか。
溶鉱炉の炎を眼に映しながら呆然と佇む天を、頭から爪先まで眺めた上官は舌舐めずりをした。
「オメガは久しぶりだ。鞭打ちのあとで犯してやる。背中の皮が剥けて血を流せば、どんなオメガでも大人しくなるからな」
卑下た高笑いをどこか遠くで聞きながら引き摺られて、地下の牢獄へ放り込まれる。
狭い独房は身を置くだけでいっぱいになり、光は届かない。黴臭さが鼻をつき、剥き出しの石床から這い上がる寒さが身に染みた。天は膝を抱えて座り込む。
瞼の裏に浮かぶのは、エドの優しい笑顔や穏やかな琥珀色の瞳。
くりかえし、くりかえし、思い返す。
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