獣人王と番の寵妃

沖田弥子

文字の大きさ
上 下
8 / 32

逢引き 1

しおりを挟む
 王宮との境目には石垣が組まれ、巨木が覆い隠すように植えられている。巨躯なら飛び越えられないこともないだろう。
 本当に、来てくれるのかな……。
 会いたい。でも、もしかしたら、からかわれたのかもしれない。
 明日も会いたい言ってくれたエドの言葉は、思い違いではなかったのかと思うほど天は自信をなくしていた。
 誰にも愛されたことがないから、好意を信じられなかった。
 会えても、宴のことでの礼を述べたらすぐにエドは帰ってしまうのではないかと、悪い方向にばかり考えが及ぶ。
 それでもいい。エドに、会いたい。
 彼の顔を、一目見たかった。

「助けてくださって、ありがとうございました……エドが獣人王に進言してくださったおかげで僕は後宮にいることができます感謝しています……」

 練習した御礼の台詞を口の中で呟く。
 ふと、樫の枝葉が揺れた。
 振り向くと、すぐ後ろには巨躯の長袍。

「あっ……エド……」

 いつのまに来ていたのか。
 エドは可笑しそうに、口許を手で押さえていた。

「あの、もしかして……僕の独り言、聞いてました?」 
「いや、すまない。驚かせようとしてそっと近づいたのだが、あまりにも真面目な候補生だと感心してな……ふっ」

 笑いを堪えきれずに吹き出している。天は独り言を聞かれた恥ずかしさに、頬を朱に染めた。

「ひどいです、勝手に聞くなんて! 来てるなら来てると言ってください、僕、待ってたんですから!」

 あまりの羞恥に声を荒げて、エドの厚い胸板を拳で叩く。全く効いていないらしく、エドの巨躯は揺るぎもしない。

「待たせて悪かった。会いたかった、天」

 両の拳を、大きな掌で包み込まれる。
 温かな熱に包まれれば、憤りも、待っている間の不安もすべて霧散した。

「僕も……会いたかったです。あっ、そうだ」
「うん? どうした」

 天は果たすべき目的を思い出した。今さらという感じがするが、御礼はきちんと述べなくては。

「助けてくださって、ありがとうございました。エドが獣人王に進言してくださったおかげで……」

 だが再び吹き出したエドに遮られてしまう。

「天、その台詞はもう聞いた。とても棒読みだが、おまえの誠意は充分に伝わったぞ」
「棒読みでしたか……すみません」
「何度も練習したのか?」
「はい。昨日、布団の中で。きちんと御礼を言いたかったんです」
「そうか。頑張ったのだな」

 大きな手で、髪を撫でられた。
 練習どおりにこなせたとは言いがたいけれど、褒めてくれたことが嬉しくて、天は不器用にはにかむ。
 エドは、約束を守ってくれた。
 本当に、天に会いに来てくれたのだ。もしかしたら来ないかもしれないなんて彼を疑った自分を、そっと恥じた。
 ふと見上げれば、琥珀色の瞳と目が合ってしまう。視線が絡み、妙な心地になる。ふわふわと浮き立つような気がして、心が落ち着かない。

「あの……どうして、僕を見ているのですか?」
「うん? 見てはいけないか」
「いえ、見つめられたことがないので……不思議に思いました。僕はオメガだから、両親も僕を視界に入れないように目を逸らしていましたから」

 今まで誰にも顧みられなかったのに、エドは強い眼差しでまっすぐに見つめてくる。
 まるで太陽の陽射しのように眩しいこのぬくもりを、もっと注いでほしいと願ってしまう。
 だから僕は、エドに会いたかったのかな……。

「辛かったか?」

 エドは痛ましい表情を浮かべていた。
 訊ねられたことの意味を掴みかねて瞬きを繰り返す。つい、両親に疎まれていたことを告白してしまったから、同情を誘ったのだ。
 天は慌ててかぶりを振った。
 己の過去を晒して、エドに不快な思いをさせたくない。それになにより、こうしてエドの隣にいられるだけで心は弾んでいるのだから。

「辛いことなんてありません。今は与えられた環境で精一杯できることを頑張るだけですから。それにこうして、水の流れを眺めていると落ち着きます。踊りも好きだけれど、水も好きなのです」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

欠陥αは運命を追う

豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」 従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。 けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。 ※自己解釈・自己設定有り ※R指定はほぼ無し ※アルファ(攻め)視点

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

処理中です...