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獣人王の祝宴 1
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「あっ……あの……すみません、ルカスさま。聞いていませんでした……」
周りの妃候補たちの間から、くすくすと笑いが零れる。ルカスが鋭い横目を投げると、嘲笑はぴたりと止んだ。
「あなたがたオメガは子を産んでこそ価値があるのです。そしてどなたを選ぶか決めるのは我らが王であります。たとえ話を聞いていないぼんやりとした妃候補でも可能性はありますから、修練を積むように。もっとも我が王は愚鈍な者を嫌いますけれどね」
きつくお説教されてしまい、天は反省して頭を垂れる。
まずは王へお披露目できる機会として、宴が催される席で祝いの舞を披露することが予定されているとルカスは語った。
規律は乱さぬように、あくまでも舞手として務めるようにと厳しく言いつけられる。
ルカスの話が終わると、妃候補たちは笑顔を浮かべて口々に期待を語り出した。
ようやく王に会える、妃に見初められたらどうしようと、楽しそうに話を弾ませている。
天が獣人王に見出されるわけはない。美しい者が多いオメガのなかでも凡庸な顔立ちで、地味な漆黒の髪と黒鳶色の瞳はまるで烏のようだと称される。体つきは特に華奢であり、薄い胸と細腰は貧相に見えた。極東の民の地が混じっているので、生まれつきこのような見た目なのである。ふくよかな体躯で碧や青の瞳を持つ他の妃候補たちとは比べるまでもなく、美醜の差は明らかだ。それに天は始めから、翡翠の獣人に会うという不純な動機で参内している。
やる気が見られないのは一目瞭然で、早々にルカスに見破られてしまった。
せめて周りに迷惑をかけないよう懸命に練習に励んで、宴では全力で舞おう。
天は練習場となる舞踏場へと足をむけた。
ひと月ほどの厳しい修練を重ね、妃候補たちが王にお披露目をする日がやってきた。
祝宴が催される宮殿の控えの間は、準備を
行う妃候補たちの緊迫した空気が張り詰めている。天は白い腕を伸ばして幾度も踊りの確認をする。舞手は数十名いるので、互いの呼吸を合わせて陣形を崩さないことが肝要だ。振りを間違えれば目立ってしまう。
祝いの舞のために用意された衣装は朱の上衣と揃いの下衣に金の縁取りが施されている麗しいもので、それに装身具から垂らした薄い紗布を纏う。革の首輪はオメガの証でもあるので、舞のときも外さない。
皆が同一の装束に着替えて整列すると、宮付きの舞の師範から激励をいただく。
気を引き締めた天は師範の合図に従い、他の妃候補たちと共に典雅な足取りで広間へ歩み出た。
いくつもの朱塗りの柱に支えられた広大な室内には、一段高い舞台が長い卓に囲まれるように設置されている。踊りを披露するための舞台の袖ではすでに宮廷楽団が琵琶や笛を響かせて、雅な音色を宴に添えていた。
舞台の周りの卓には官吏らしき獣人たちが座し、杯を手にして談笑していた。その奥の御簾が下ろされた壇上には、紫檀の玉座が鎮座している。
獣人王のみが座ることのできる玉座は御簾越しに透けて見えたが、誰かが座っているような影はなく、ひとの気配がまるでなかった。王の席は空なのだ。
それに気づいた舞手から、仄かな嘆息が漏れる。王が見てくれないのなら意味はないと、皆が思うのも道理だった。
けれど遅れているだけなのかもしれない。舞を見てくださる方はすでにいらっしゃるのだから、快く過ごしてもらうためにも最高の舞を披露しなくてはと、天は前を向く。
舞手たちは一礼して舞台に上がると、円陣を組む。しなやかに腕を掲げ、華麗な始まりの体勢を取った。
舞のための演奏が始まる。
高らかな笛の音色に合わせて、天は優美に掌を翻す。
一糸乱れぬ動きで、舞手たちは天女のごとく舞い踊る。宴席には春の花が咲いたような艶やかさが匂い立つ。
けれどほとんどの獣人はすぐに興味を失い、再び隣同士での話に興じた。お客様が見ていないのは舞手にも如実に伝わるので、やる気が失せてしまったのか、次第に皆の足捌きが乱雑になっていく。
どのような楽しみ方をするかは、お客様の自由だ。舞手の使命は魂を込め、全霊をかけて舞うのみ。
天は額に汗しながら懸命に、そして美麗に背を反らし、指先にまで神経を行き渡らせた。
ふと、卓の端から熱心に踊りを眺めている獣人と目が合う。
琥珀色の双眸でまっすぐにこちらを見つめている狼型の獣人は、天が舞台上を移動するたびに、鋭い眼差しで追いかけてくる。
天が卓越した舞手というわけでもないし、特別に美しいわけでもない。自分が見られていると思うなんて自意識過剰だろう。きっと彼は踊り全体を鑑賞しているのだ。
けれど、なぜか彼の琥珀色の瞳に胸がざわめいてしまう。
踊りが終わるまで心を乱してはいけない。天は精神を統一することに集中した。
そのとき、背後にいた舞手がふらついた。どんと背を押されて、片足を掲げていた天は均衡を崩してしまう。
「あっ」
一瞬の出来事だった。
周りの妃候補たちの間から、くすくすと笑いが零れる。ルカスが鋭い横目を投げると、嘲笑はぴたりと止んだ。
「あなたがたオメガは子を産んでこそ価値があるのです。そしてどなたを選ぶか決めるのは我らが王であります。たとえ話を聞いていないぼんやりとした妃候補でも可能性はありますから、修練を積むように。もっとも我が王は愚鈍な者を嫌いますけれどね」
きつくお説教されてしまい、天は反省して頭を垂れる。
まずは王へお披露目できる機会として、宴が催される席で祝いの舞を披露することが予定されているとルカスは語った。
規律は乱さぬように、あくまでも舞手として務めるようにと厳しく言いつけられる。
ルカスの話が終わると、妃候補たちは笑顔を浮かべて口々に期待を語り出した。
ようやく王に会える、妃に見初められたらどうしようと、楽しそうに話を弾ませている。
天が獣人王に見出されるわけはない。美しい者が多いオメガのなかでも凡庸な顔立ちで、地味な漆黒の髪と黒鳶色の瞳はまるで烏のようだと称される。体つきは特に華奢であり、薄い胸と細腰は貧相に見えた。極東の民の地が混じっているので、生まれつきこのような見た目なのである。ふくよかな体躯で碧や青の瞳を持つ他の妃候補たちとは比べるまでもなく、美醜の差は明らかだ。それに天は始めから、翡翠の獣人に会うという不純な動機で参内している。
やる気が見られないのは一目瞭然で、早々にルカスに見破られてしまった。
せめて周りに迷惑をかけないよう懸命に練習に励んで、宴では全力で舞おう。
天は練習場となる舞踏場へと足をむけた。
ひと月ほどの厳しい修練を重ね、妃候補たちが王にお披露目をする日がやってきた。
祝宴が催される宮殿の控えの間は、準備を
行う妃候補たちの緊迫した空気が張り詰めている。天は白い腕を伸ばして幾度も踊りの確認をする。舞手は数十名いるので、互いの呼吸を合わせて陣形を崩さないことが肝要だ。振りを間違えれば目立ってしまう。
祝いの舞のために用意された衣装は朱の上衣と揃いの下衣に金の縁取りが施されている麗しいもので、それに装身具から垂らした薄い紗布を纏う。革の首輪はオメガの証でもあるので、舞のときも外さない。
皆が同一の装束に着替えて整列すると、宮付きの舞の師範から激励をいただく。
気を引き締めた天は師範の合図に従い、他の妃候補たちと共に典雅な足取りで広間へ歩み出た。
いくつもの朱塗りの柱に支えられた広大な室内には、一段高い舞台が長い卓に囲まれるように設置されている。踊りを披露するための舞台の袖ではすでに宮廷楽団が琵琶や笛を響かせて、雅な音色を宴に添えていた。
舞台の周りの卓には官吏らしき獣人たちが座し、杯を手にして談笑していた。その奥の御簾が下ろされた壇上には、紫檀の玉座が鎮座している。
獣人王のみが座ることのできる玉座は御簾越しに透けて見えたが、誰かが座っているような影はなく、ひとの気配がまるでなかった。王の席は空なのだ。
それに気づいた舞手から、仄かな嘆息が漏れる。王が見てくれないのなら意味はないと、皆が思うのも道理だった。
けれど遅れているだけなのかもしれない。舞を見てくださる方はすでにいらっしゃるのだから、快く過ごしてもらうためにも最高の舞を披露しなくてはと、天は前を向く。
舞手たちは一礼して舞台に上がると、円陣を組む。しなやかに腕を掲げ、華麗な始まりの体勢を取った。
舞のための演奏が始まる。
高らかな笛の音色に合わせて、天は優美に掌を翻す。
一糸乱れぬ動きで、舞手たちは天女のごとく舞い踊る。宴席には春の花が咲いたような艶やかさが匂い立つ。
けれどほとんどの獣人はすぐに興味を失い、再び隣同士での話に興じた。お客様が見ていないのは舞手にも如実に伝わるので、やる気が失せてしまったのか、次第に皆の足捌きが乱雑になっていく。
どのような楽しみ方をするかは、お客様の自由だ。舞手の使命は魂を込め、全霊をかけて舞うのみ。
天は額に汗しながら懸命に、そして美麗に背を反らし、指先にまで神経を行き渡らせた。
ふと、卓の端から熱心に踊りを眺めている獣人と目が合う。
琥珀色の双眸でまっすぐにこちらを見つめている狼型の獣人は、天が舞台上を移動するたびに、鋭い眼差しで追いかけてくる。
天が卓越した舞手というわけでもないし、特別に美しいわけでもない。自分が見られていると思うなんて自意識過剰だろう。きっと彼は踊り全体を鑑賞しているのだ。
けれど、なぜか彼の琥珀色の瞳に胸がざわめいてしまう。
踊りが終わるまで心を乱してはいけない。天は精神を統一することに集中した。
そのとき、背後にいた舞手がふらついた。どんと背を押されて、片足を掲げていた天は均衡を崩してしまう。
「あっ」
一瞬の出来事だった。
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