紅蓮に燃ゆる、赤虎の剣

沖田弥子

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棟割長屋

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「ああ、峯田屋さんですか。まあね、近頃は羽振りがよろしいようで」

 皮肉めいた店主の口調から察するに、快く思っていないようだ。影虎は暇潰しといった風情で、のんびりと続けた。

「近頃ってことは、前はそうじゃなかったのか」
「ええ、以前は随分と傾いて、私に借金を頼んできたこともあったくらいですよ。お断りしましたけどね。それがあなた、今じゃ鼻が高いったら。あげまんのおかげだって自慢してるんです」

 話に夢中になっている店主の脇から、小女が山盛りの団子を差し出した。影虎は隣に座する雪之丞のほうに折敷を押しやる。
 まさか、全部食べろというのだろうか。

「ちょっと影虎さん、こんなに……」
「あげまんってことは妾か?」
「月に二度くらいかな。暮れてから駕籠で出掛けるんですよ。その妾宅通いが始まってからですね。幕府のお抱えになって、米俵が運ばれてくる数といったらもう」

 雪之丞は話を伺いながら、団子を口に運ぶ作業を始めた。甘いみたらしの芳香が、ほんのりと口の中に広がる。

「それは羨ましいな。どんな女なんだ?」
「さあ、私も見たことはないですね。御新造は亡くなってますから、家に呼べばいいんじゃないかと思いますけどねえ。何か、わけがあるんじゃないんですか?」

 美味しいと感じたのは始めだけだった。十本ほど平らげたところで胸やけがしてくる。

「すいません、お茶の御代わりをください」

 小女が駆けつけて土瓶から茶を注ぎ足してくれた。新たな客が入ってきたので、ごゆっくりと言い置いた店主は奥へ戻っていく。
 もう食べられないという念力を込めて、大量に残っている団子越しに影虎を見つめる。

「遠慮するな。もっと食えよ」
「遠慮なんかしてませんよ。もう腹いっぱいです」

 影虎は、ひょいと串を手に取る。ひと齧りで、三玉の団子は大きな口に飲み込まれていった。

「峯田屋は良い妾を持ってるようだな。あやかりたいもんだ」
「影虎さんも、妾でも囲ったらいいじゃないですか」

 次々に団子は影虎の胃の腑に落ちていく。大喰らいの赤毛は平然と言い放つ。

「馬鹿か。おまえとおきよだけで手一杯だ。それに妾っていうのは、金があって新造がいるから外に囲うんだ。今の話は順序が逆転してるな」

 確かに、借金を頼むほど困窮しているときに妾宅を持つのは無理がある。それに今は商いが上手くいっているのに、なぜ壺振りの定吉を雇って書状を捜させる必要があるのか。

「理屈に合いませんね」

 雪之丞は腕組みをして神妙に頷いた。峯田屋には謎がある。
 いつの間にか空になった皿には、整然と串が並べられていた。その上に一分金を置くと、影虎は巨躯を屈めて暖簾を潜る。店主は驚いて声をかけた。

「お侍さま。支払いは四百文ですよ」
「とっといてくれ。御馳走さん」

 釣りは倍以上だが、情報代ということなのだろう。
 雪之丞は団子で満杯になった胸元を押さえながら、ぶらりと歩を進める影虎のあとを追う。
 今度こそ、峯田屋の主に直接訊き込むのだろうか。とりあえず黒帯を掴んでおくと、影虎は峯田屋から程近い小路に入った。
 そこは棟割長屋が続いており、木戸には「おちせ長屋」と張り紙がしてある。井戸端では女たちが洗濯の傍ら談笑していた。その周りでは童たちが走り回って遊んでいる。
 井戸端へ近づくと、不審者を見る眼差しでじろりと見据えられた。影虎の風貌を鑑みれば無理もない。

「おちせって大家は、おかみさんかい」

 腕っ節の強そうな恰幅の良い女は、洗濯物から手を放して頷いた。

「そうだよ。よくわかったね。お侍さん、何か用かい?」
「そりゃあ貫禄があるからな。部屋は空いてるか」

 童たちが近寄ってきて、六尺剣に触れては逃げ出すという遊びを始めた。影虎は全く気にならないようで、成すがままに触らせている。おちせは怒号で童たちを散らした。

「空いてるけどね。お侍さんが住むの? 面倒ごとは御免だよ」

 侍が長屋住まいなどするわけがない。おちせが不審を抱くのも無理はなかった。
 唐突に、がしりと肩を掴まれて影虎の強靱な胸に引き寄せられる。

「逢引に使うんだよ。さしずめ妾宅ってところか。なあ、雪」
「はあ?」

 雪之丞は瞠目した。
 何を言ってるんだ、この赤虎め。
 吟味するように目を眇めているおちせの手前、反論を喉元で飲み込む。

「衆道かい。声は抑えてちょうだいよ」

 大きな誤解のもとに、了解を得られた。
 女たちの好奇の視線に晒された雪之丞は、俯いてやり過ごす。
 空き間に案内されて格子戸を開けても、影虎は肩を抱いているので、おちせが見ていない隙に肘鉄を食らわせる。
 ぐう、と鳴いた影虎は胃を押さえると、上がり框に突っ伏した。
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