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第五章
ラクシュミの解放 1
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他の召使いや衛兵たちに止める様子はない。すべてヴィクラムの計画通りだったのだ。
優美な笑みを浮かべたヴィクラムは、ルウリを振り返る。どうぞというように、ラクシュミに掌を差し出して指示した。
「さあ、ルウリ殿。カマルを封印してください」
爽やかな笑顔をむけられて臆する。ルウリは一歩、後ずさった。
「あの……ヴィクラムさま。私が言いたかったのは、誰も封印したくないということなんです。ラクシュミは邪魔者を消す道具ではありません。たとえバラモンでも罪人でも、閉じ込めることなんてできません」
ヴィクラムから、すうと笑みが消えた。酷薄な眸で、パナが入った鉄の籠、それから縛られた星玉師たちを舐める。
「では、選ばせてあげましょう。バラモンを封印するか、この鳥精霊にするか。どちらも出来ないというのなら、星玉師全員の首を刎ねます。どうしますか?」
「そんな……」
究極の選択に青ざめる。背筋が震え、蒼白になったルウリは喉が引き絞られたように言葉が出てこない。
選べるわけない。仮に選んだとしても、ヴィクラムがこの一件に関わった者の口を封じることは目に見えていた。
つい今まで従えていた部下の裏切りに、カマルは憤怒の形相を浮かべて吼えた。
「貴様、初めからこうするつもりだったのだな。余の代わりに統治者になるつもりか」
ヴィクラムは薄い笑いで答える。そこに慇懃な側近の顔は、もうなかった。
「そうです。バラモンは世を儚んでラクシュミに入ったと民に知らせましょう。後は第一の側近である私が責任を持ってイディアを治めます。これぞ素晴らしい奇蹟ではありませんか。きっと未来永劫、語り継がれますよ」
「愚か者め。貴様がラクシュミに入ればよい!」
呪いの言葉に、ヴィクラムは眉を顰めた。すっと、ルウリから距離を取り、人質にするようにパナの籠を持つ。
「さあ、何をしているのです。早く封印するのです、衛兵、この娘を鞭打ちなさい」
鞭を携えた衛兵が、ルウリに向かって鞭を振るう。
ひゅうと唸りを上げて、鋭い痛みが肩を掠めた。
「……っ、……わかりました」
カマルが衛兵に引きずられてラクシュミの前に投げ出される。ルウリを見上げる視線が、ぶつかった。それは死に怯え、助けを請う少年の涙目だった。
耐えきれず、ルウリは顔を背ける。
ラクシュミを囲んでいた柵が外される。
中庭で拘束された星玉師たちの間を、不穏なさざめきが伝染した。
諦めを孕んだ哀しみの嬌声。悲劇という名の奇蹟が、今はじまる。
ルウリはラクシュミの前に立つ。金の壺から、さらりと砂金を掌に握った。
奇蹟の星玉、ラクシュミ。これが、人々の運命をねじ曲げる。哀しみを生む。
さらり、さらり。
砂金をふりかける。星玉は、沈黙している。もっと、もっと……。
ラクシュミに、ぴたりと身を寄せる。冷たい鉱石は、ルウリの掌に吸いつくように馴染んだ。
……ラクシュミ……あなたは、人を呑みたいの? わたしは誰も失いたくない。もし、あなたが呑みたいのなら、わたしを呑んでほしい……。
きっと、ルウリがいなくなっても、世の中には封印できる星玉師が他にもいるかもしれない。
けれど、もう星玉に人を呑ませたくない。母を呑ませてしまったルウリのように、哀しみだけ残されてしまうから。
どうしてもというなら、自分が呑まれたほうがいい。
死ぬわけじゃない。限りなく、死に近い眠りがあるだけ。
だから、こわくない。
緑色の奥深くに問いかける。
ラクシュミの、鼓動が聞こえる。脳に囁くような、低い声が染みる。
……人の娘、星玉師よ。我を解放せよ。我は永い時をかけて、この……を孕んできた。時は満ちた。奇蹟を起こすのだ……。
解放、解放するのね? あなたは、もうたくさんのものを呑んでいるのね。待って、今、解き放って、
「まだですか?」
焦れたヴィクラムが様子を窺おうとラクシュミに近づいた。その刹那、床に転がっていたカマルはヴィクラムに体当たりを食らわす。
居合わせた者はラクシュミに注視していたので、皆が反応したときには、体勢を崩したヴィクラムとカマルは揉み合いになっていた。
「おのれ、死に損ないの、名ばかりのバラモンめ……!」
「余を殺せ! 死体を封印してみろ」
衛兵が引き剥がそうと駆け寄ると、両者の体から黒いもやが立ち上った。
見覚えのある暗黒の煙。
「うわああ、邪気だ、おふたりが、邪に取り憑かれたぞ……!」
目をぎらつかせ、相手を呪い殺そうと恨みを込める姿は、まるで邪神のよう。
優美な笑みを浮かべたヴィクラムは、ルウリを振り返る。どうぞというように、ラクシュミに掌を差し出して指示した。
「さあ、ルウリ殿。カマルを封印してください」
爽やかな笑顔をむけられて臆する。ルウリは一歩、後ずさった。
「あの……ヴィクラムさま。私が言いたかったのは、誰も封印したくないということなんです。ラクシュミは邪魔者を消す道具ではありません。たとえバラモンでも罪人でも、閉じ込めることなんてできません」
ヴィクラムから、すうと笑みが消えた。酷薄な眸で、パナが入った鉄の籠、それから縛られた星玉師たちを舐める。
「では、選ばせてあげましょう。バラモンを封印するか、この鳥精霊にするか。どちらも出来ないというのなら、星玉師全員の首を刎ねます。どうしますか?」
「そんな……」
究極の選択に青ざめる。背筋が震え、蒼白になったルウリは喉が引き絞られたように言葉が出てこない。
選べるわけない。仮に選んだとしても、ヴィクラムがこの一件に関わった者の口を封じることは目に見えていた。
つい今まで従えていた部下の裏切りに、カマルは憤怒の形相を浮かべて吼えた。
「貴様、初めからこうするつもりだったのだな。余の代わりに統治者になるつもりか」
ヴィクラムは薄い笑いで答える。そこに慇懃な側近の顔は、もうなかった。
「そうです。バラモンは世を儚んでラクシュミに入ったと民に知らせましょう。後は第一の側近である私が責任を持ってイディアを治めます。これぞ素晴らしい奇蹟ではありませんか。きっと未来永劫、語り継がれますよ」
「愚か者め。貴様がラクシュミに入ればよい!」
呪いの言葉に、ヴィクラムは眉を顰めた。すっと、ルウリから距離を取り、人質にするようにパナの籠を持つ。
「さあ、何をしているのです。早く封印するのです、衛兵、この娘を鞭打ちなさい」
鞭を携えた衛兵が、ルウリに向かって鞭を振るう。
ひゅうと唸りを上げて、鋭い痛みが肩を掠めた。
「……っ、……わかりました」
カマルが衛兵に引きずられてラクシュミの前に投げ出される。ルウリを見上げる視線が、ぶつかった。それは死に怯え、助けを請う少年の涙目だった。
耐えきれず、ルウリは顔を背ける。
ラクシュミを囲んでいた柵が外される。
中庭で拘束された星玉師たちの間を、不穏なさざめきが伝染した。
諦めを孕んだ哀しみの嬌声。悲劇という名の奇蹟が、今はじまる。
ルウリはラクシュミの前に立つ。金の壺から、さらりと砂金を掌に握った。
奇蹟の星玉、ラクシュミ。これが、人々の運命をねじ曲げる。哀しみを生む。
さらり、さらり。
砂金をふりかける。星玉は、沈黙している。もっと、もっと……。
ラクシュミに、ぴたりと身を寄せる。冷たい鉱石は、ルウリの掌に吸いつくように馴染んだ。
……ラクシュミ……あなたは、人を呑みたいの? わたしは誰も失いたくない。もし、あなたが呑みたいのなら、わたしを呑んでほしい……。
きっと、ルウリがいなくなっても、世の中には封印できる星玉師が他にもいるかもしれない。
けれど、もう星玉に人を呑ませたくない。母を呑ませてしまったルウリのように、哀しみだけ残されてしまうから。
どうしてもというなら、自分が呑まれたほうがいい。
死ぬわけじゃない。限りなく、死に近い眠りがあるだけ。
だから、こわくない。
緑色の奥深くに問いかける。
ラクシュミの、鼓動が聞こえる。脳に囁くような、低い声が染みる。
……人の娘、星玉師よ。我を解放せよ。我は永い時をかけて、この……を孕んできた。時は満ちた。奇蹟を起こすのだ……。
解放、解放するのね? あなたは、もうたくさんのものを呑んでいるのね。待って、今、解き放って、
「まだですか?」
焦れたヴィクラムが様子を窺おうとラクシュミに近づいた。その刹那、床に転がっていたカマルはヴィクラムに体当たりを食らわす。
居合わせた者はラクシュミに注視していたので、皆が反応したときには、体勢を崩したヴィクラムとカマルは揉み合いになっていた。
「おのれ、死に損ないの、名ばかりのバラモンめ……!」
「余を殺せ! 死体を封印してみろ」
衛兵が引き剥がそうと駆け寄ると、両者の体から黒いもやが立ち上った。
見覚えのある暗黒の煙。
「うわああ、邪気だ、おふたりが、邪に取り憑かれたぞ……!」
目をぎらつかせ、相手を呪い殺そうと恨みを込める姿は、まるで邪神のよう。
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