こじらせ邪神と紅の星玉師

沖田弥子

文字の大きさ
上 下
32 / 35
第五章

ヴィクラムの本性

しおりを挟む
 パナは無事に伝えてくれたのだ。
 ほっとして表情を緩ませると、ヴィクラムはルウリにだけわかるように軽く頷いた。

「ご覧なさい。ラクシュミの姿を」

 指差され、改めてラクシュミに目を注ぐ。禍々しいほどに深い緑色の輝きを放っている。内包物があるようだが、光が屈折するためか、ゆらゆらと漂っていてよく見えない。

「何かしら……。中に何かあるのはわかりますけど、見えないですね」
「そう、何が内包されているのかも判別できません。過去、幾多の星玉師が解放を試みました。けれどすべて無駄だった。そして我々は気づいたのです。これは解放するための星玉ではなく、封印するための星玉であると」

 振り返ると、邪悪な笑みを浮かべたカマルは掌を掲げた。入室してきた召使いが、ルウリの傍に金で縁取られたテーブルを置く。テーブルには、黄金で設えられた壺。それに、羅紗に乗せられた沢山の星玉の欠片。ルウリがいつも使用している屑星玉とは比べものにならないほど上質のものだ。

「まさか、これ……」
「さあ、封印せよ」

 居丈高にカマルは命じた。
 解放ではなく封印するというのだろうか。
 でも、どうやって。
 ルウリは封印する素質を持っているのかもしれないが、試したことなどないのだ。

「私にそんな能力ありません。それに、やってみたこともないのです」
「試してみればよい。ラクシュミはいくらでも呑めるだろう」

 何を――?
 問う前に、カマルは再び掌を掲げる。それまで緞帳が巡らされていた正面が、急に明るくなった。
 眩しさに目を閉じたルウリが瞼を開くと、引かれた緞帳の先の中庭には、縄で縛られた沢山の人々が絶望の色を浮かべて平伏していた。

「な……」

 見覚えがある。彼らは、昨日審査会に参加していた星玉師たちだ。

「星玉師なら馴染むだろう。おまえの母親も、星玉師だったそうだな。ラクシュミに呑ませるには最適な素材だ」

 カマルの指に嵌められた緑星玉が目の奥を焼く。
 許せない。
 ルウリの胸で熱いものが弾ける。
 こんなこと、許されるはずがない。
 星玉は、邪魔者を消すために存在するんじゃない。
 内包物を含んだ星玉が、どんなに苦しんでいるか知っている。

「できません! 皆さんを解放してください」

 そう、解放されたい。誰も、星玉も、苦しみを抱えたくないのだから。
 反抗するルウリに、カマルは怒りを含んで椅子から立ち上がる。それを宥めるように、ヴィクラムは慇懃に腰を折った。

「お待ちください、カマルさま。彼女は星玉師ですから、仲間を封印するなどというのは心苦しいでしょう。やる気がなくては封印も上手くいきますまい」

 ヴィクラムの進言に、胸を撫で下ろす。彼の言うことなら、きっとカマルも考えを改めてくれるだろう。

「では何を封印するのだ」
「最適な練習台がございます。彼女のやる気を起こす、上等の素材が」

 ヴィクラムの目配せにより、召使いが籠を運んできた。
 鉄製の籠に入れられたものに、ルウリは驚愕する。

「パナ!」
「わああ、ルウリぃ! たすけてえ」

 鉄格子の中でパナは泣き喚く。羽毛が無残に飛び散るばかりで、鉄の籠はびくともしない。
 ヴィクラムはどうしてパナを拘束したのだろう。何か考えがあるのだろうか。不安げにヴィクラムの横顔を見遣るが、彼は凜とした態度でカマルに対峙していた。
 鳥精霊を見て、カマルは眉根を寄せる。

「ヴィクラムよ、その鳥精霊は友人のようだが? この素材でどうしてやる気が起きるのだ」
「ごもっともです。そもそもラクシュミ計画は、長い年月と人員、費用をかけて研究を重ねて参りました。それは、邪魔者を永久に封印するためでございます」
「そうだ。国中の人を封印すれば、イディアは美しい土地になる」
「カマルさま、逆転の発想をしてみませんか。確かにラクシュミにはイディア全土の人も神も精霊も入りましょう。けれど、誰もいない土地でどうして治政が行えるのです」
「なんだと?」
「邪魔者ひとりが、ラクシュミに入ればよろしいかと」

 衛兵がカマルの腕を鷲掴みにした。縄を掛け、体の自由を奪う。突然の暴挙にカマルは動揺を現わした。

「貴様、何をする! ヴィクラム、何のつもりだ」
「お話ししたとおりです。無能なバラモンがラクシュミに封印されれば、イディアはより豊かになりましょう。お寂しいならお付きの者も封印させますから、ご安心を」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

元婚約者が愛おしい

碧桜 汐香
恋愛
いつも笑顔で支えてくれた婚約者アマリルがいるのに、相談もなく海外留学を決めたフラン王子。 留学先の隣国で、平民リーシャに惹かれていく。 フラン王子の親友であり、大国の王子であるステファン王子が止めるも、アマリルを捨て、リーシャと婚約する。 リーシャの本性や様々な者の策略を知ったフラン王子。アマリルのことを思い出して後悔するが、もう遅かったのだった。 フラン王子目線の物語です。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...