こじらせ邪神と紅の星玉師

沖田弥子

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第五章

ラクシュミとの対面

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 呆然として立ち竦んだまま、どれくらいの時間が過ぎただろう。ふと、小さな羽音が鳴っているのが耳に届いた。

「……リ、ルウリ……」

 聞き覚えのある呼びかけに驚いて、窓の格子に目をむける。
 牢の端にいる見張りの兵士に気を配りながら、ルウリはそっと格子に寄った。

「ルウリ、無事? よかったー、心配してたよ」

 パナだった。至っていつも通りで、無事だったことに一安心する。

「パナ、ラークとティルバルールは? 審査会はどうなったの?」
「大丈夫、僕たちは逃げられたよ。審査会は大変だったんだよ。星玉師はみんな捕まったんだ。突然兵士たちに囲まれてさ、バラモンの命令だとか言って」

 カマルは何を行おうとしているのか。ルウリが拘束されたことと無関係のはずはなかった。

「ヴィクラムさまがどこにいるか知らない? 彼ならバラモンに意見することができるはずだわ」

 パナは首を捻った。

「審査会にはいなかったよ。それより、ルウリを逃がすほうが先だよ。どうすればいい?」

 ルウリだけ逃げてもどうにもならない。他の星玉師たちも捕まっているからには、ラクシュミを巡るこの一件に決着をつける必要があった。ヴィクラムに進言してもらい、カマルの考えを改めてもらうことが最良である気がした。
 髪に手を遣り、簪を外す。先端には、小さな星玉。その中で輝く緑のひかり。

「これをヴィクラムさまに渡して。どうかバラモンを止めてくださいと。それから、ラークに伝えてほしいの……。ありがとうって」

 身を引いたパナは小さな眸を眇めた。差し出した簪を受け取ろうとはしない。

「なにそれ……。何が、ありがとうなの?」
「……一緒に過ごせて楽しかった、だから、ありがとう……」

 まるで死に別れの挨拶のようだと、おそらくパナも感じたのだろう。とても不吉で、哀しい空気が互いの間に漂う。

「自分で言いなよ!」

 靴音が石畳に響いた。大声を出したので兵士に気づかれてしまったらしい。ルウリは慌ててパナのくちばしに簪を挟み、壁に座り込んで俯いた。
 羽音が遠ざかる。牢を覗いた兵士はしばらく様子を窺っていたが、やがて戻っていった。
 パナは、怒っていた。
 当然だ。
 彼女に対する感謝の言葉を何も告げずに、伝言ばかり頼むのだから。
 ルウリがいなくなったら、パナはどうするのだろう。ティルバルールに面倒を見てほしいと、きちんとお願いしておくべきだった。
 ラークは……何も思わないんだろうな。
 わたしがいなくなっても。
 邪神の心に、人の娘なんてきっと住めない。
 すぐに、忘れる。
 むしろ、忘れてほしかった。



 翌日、ルウリは牢から出された。
 ただし釈放されたわけではなく、手首に縄を掛けられた状態で宮殿内を歩かされた。厳重な警備が敷かれており、連れて行かれる先には何か重要なものがあるのだと否応もなく知らされる。
 長い廊下を渡り、いくつもの扉を潜る。
 天井まで伸びる大きな扉が軋む音を立てて開かれた。それはまるで、悲劇への序章のような。
 目にした光景にルウリは息を呑む。
 大理石が敷かれた広い部屋の中央に、鎖で出来た柵に囲まれて、光り輝く巨大な星玉が鎮座していた。

「これが……ラクシュミ?」

 まさかこんなに大きいなんて。
 ルウリの背丈を超えて見上げるほどに高く、幅は両手を広げても余る。いくら大きい星玉といっても手に持てるほどのサイズなのに、想像をはるかに超えていた。まるで岩のようだ。
圧倒されて佇むルウリの背後で、扉が音もなく閉められる。
 引き寄せられるようにラクシュミに歩み寄ると、カーテンの裏から人影が近づいた。

「すごい大きさでしょう? 古代、ラクシュミを発掘した星玉師は神の奇蹟だと書き記しています」
「ヴィクラムさま……!」

 無事だったのだ。駆け寄ろうとして踏み止まる。ヴィクラムの背後には、玉座に座ったカマルがまるで絵画を鑑賞するような優美さでこちらを眺めていた。壁際には、バラモンを守るように甲冑を纏った衛兵がずらりと配置されている。
 まるでお伽話のような不可思議な空間が広がっていた。
 さりげなくルウリのほうを向いたヴィクラムは、肩を傾げてみせた。胸ポケットには、昨夜ルウリがパナに託した簪が挿されている。
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