こじらせ邪神と紅の星玉師

沖田弥子

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第五章

王都での再会

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 数ヶ月ぶりの王都は以前訪れたときと少しも変わらない。
 雑多に建ち並ぶ商店。溢れかえる品物とそれを買い求める旅人。限られた水場で遊ぶ子どもたち。その隣を疾走する馬車や力車。その度に舞い散る砂埃。遠くに浮かぶ宮殿は、砂塵に霞む。

「ついに、この日がやってきたわね……」

 感慨深げに呟くルウリの肩で、パナは埃を吸うまいと羽で顔を隠している。まるで肩に羽根飾りを乗せているような格好だ。

「いつも埃っぽいところだなぁ。喉が痛くなっちゃう」
「パナ殿、我の羽に隠れると良い。主よ、もう少しルウリ殿の肩に寄り添ってくれ」

 後ろを歩いていたラークは肩を竦めながらも、ティルバルールの言うとおりルウリと肩を並べる。とはいえ、ラークのほうが頭一つ高いので、伸ばされたティルバルールの羽はルウリの髪をばさばさと掻き乱すばかりだ。

「なにやってんだよ、もう。羽に隠れても埃がなくなるわけじゃないし。ルウリ、早くいこ。宮殿はあっちだよね」
「う……すまぬ。主よ、我々も行くぞ」

 一同は宮殿前の広場へ足をむけた。
 星玉の発掘が一段落ついてから、ルウリとパナはエルナ村へと戻り、審査会まで解放の練習や依頼の仕事に励んだ。今日、久しぶりにラークと再会したのだが、彼はいつも通りというべきか、門で偶然会った途端に「待たせたな」と言うものだから、ルウリは瞬きを繰り返してしまった。
 待っていたのは門で佇んでいたラークのほうだと思うし、そもそも待ち合わせをしていない。ぎこちなく頷くと、ラークの肩に止まっていたティルバルールがパナにあれこれと話しかけるので、次の言葉をかける機会を失ってしまった。
 元気だった? かな。見ればわかるだろ、とか言われそう……。
 審査会へのプレッシャーと相まって、緊張で胸がぐるぐると渦巻く。
 ちらりと隣のラークを見上げると、彼は緊張など微塵も感じさせない涼しげな顔で辺りに目を配っていた。広場に入る寸前に、ぼそりと呟く。

「どうだ」
「……え?」
「調子は」
「……体の? 緊張しすぎて吐きそう」

 眉根が寄せられて、金の眸が細くなる。
 待たせたな、の次が、どうだ、なので彼が何を言いたいのか掴めない。

「それは見ればわかる。審査会へ臨むにあたっての調子はどうだと聞いたんだ」
「あ、そっちね。大丈夫よ、解放の練習も積んだし。砂金も質の良いのが手に入ったの」

 背負った皮袋を撫でて準備は万端だと微笑む。同じように荷を背負っているラークは、軽く頷いた。

「深呼吸しろ」
「え。うん」

 とりあえず言われたとおりに深呼吸をしてみる。
 審査会まではまだ時間があるというのに、広場は既に観客で溢れていた。人々の間を縫って受付へと向かう。

「落ち着いたか?」
「うん、まあ……」

 緊張していると言ったので、ラークなりに解してあげようということらしい。彼の不器用さが何だか微笑ましくて、ルウリはくすりと笑んだ。
 受付へ並んでいる星玉師たちの最後尾につくと、すいと現れた衛兵がルウリに頭を下げた。

「ルウリさま。ヴィクラムさまがお待ちです。どうぞ、こちらへ」
「あ……」

 宮殿専属を断った件を思い出す。挨拶して然るべきだし、何よりラークと共に参加するので、邪気が及ばないよう他の星玉師とは組を分けてほしいと直接お願いしたほうが良い。
 ルウリが了承する前に、ラークは衛兵に向き直る。

「何の用だ」

 衛兵は軽く手を挙げて遮った。

「私はお連れしろと命令されただけでして。すぐにお済みになるとのことです。お呼びしているのはルウリさまのみですから、他の方はお待ちください」
「すぐに戻るから、待っていて。ラーク、私の分も受付済ませてね」
「……わかった」

 ルウリが背負っている荷物に、ラークは手を掛けて預かってくれる。ついでというように肩のパナを引き剥がした。

「ええ、僕も? こいつらといるの気まずいんだけど~」
「そう言われると我は大変衝撃を受けるのだが、パナ殿」
「知らないよ、そんなの! ルウリ、早く帰ってきてね」

 みんなに手を振って、ルウリは列を離れて衛兵に伴われ、庭園へと向った。
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