こじらせ邪神と紅の星玉師

沖田弥子

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第四章

緑色の星玉

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 確信をもって告げる。磨いた食器を、マドゥは目の高さに掲げた。銀の皿に神官の白皙が映り込む。

「いずれ貴女は、後悔するときが来ます」

 不穏な予告に背筋が冷える。
 まるで、未来が決まっているかのよう。

「そんなこと……ありません」

 ルウリは唇を噛み締める。
 もうマドゥはその場に誰もいないかのように、黙々と食器を磨き続けていた。



 工房の扉を開けると、鉱石の香り。土の香り。それらに混ざる、ルウリの工房にはない香り。
 ラークの、匂いだ。
 彼からは、日向の干し草にも似た懐かしい匂いがする。
 背後に立って黙っているルウリを、漆黒の髪が振り返る。少し長めの、ふぞろいな前髪が眼帯に落ちかかる。

「どうした」
「どうも、し……な……」

 溜まっていた涙の膜が決壊する。ぽろりと頬を伝い、顎から滴り落ちた。
 ラークは作業の手を止めて椅子から立ち上がる。

「マドゥか。立場を弁えろなどという説教だろう。気にするな。神官というのは説教が仕事なんだ」

 ルウリを促して椅子に座らせると、彼は何と研磨に使用する布巾でルウリの濡れた頬を拭った。ざり、と削れた星玉が頬に貼り付く感触。涙の代わりに星玉の欠片で、きらきらと頬が輝いた。

「いたぁ……」
「ああ、すまない。未使用のほうがいいな」

 彼の思考には作業用の布巾で拭くという一択しかないようだ。棚を漁りだしたラークは未使用の布巾を数枚取り出す。これは丁重に断らなければ、荒い繊維で頬が削られてしまう。

「もういいわ。乾いたから」
「そうか」

 図面などの書類や道具類が積み重ねられたテーブルに無造作に布巾を放ると、ラークはもうひとつの椅子を引き寄せた。
 距離が近い。膝が触れ合いそうなほど、ラークの長い足はルウリに向けられていた。

「もうすぐだな。審査会」
「そうね……。もう来月なのね」

 じきに次の審査会がやってくる。
 ラクシュミを、解放できるときが近づく。その前に合格しなければならない。今度こそ。

「おまえはどの星玉を使うんだ」

 ずらりと台座に立てられた星玉をラークの片眼がなぞる。いずれもふたりで掘り出し、丁寧に磨き上げた上質の星玉だ。
 けれど、審査としては解放することが目安となる。それも緑色の星玉を。
 神殿の鉱山は邪に耐性があるものの、土地柄なのか石英くらいしか内包物がなかった。できれば草木などのほうがショーとしては見栄えが良いのだろうが。

「これ、使ってもいいかな?」

 髪に挿していた簪を抜く。飾り石には、ラークが付けてくれた星玉の原石が輝いていた。

「構わないが小さすぎないか。ああ、緑色だったな」
「ほら、ここ見て。内包物があるの」

 透明な原石の奥に潜む濃い緑色。その部分は一ミリほどしかない。更にその中に、木屑のような物体があるのをルウリは見つけていた。
 ルーペ越しに覗き込んだラークは、漆黒の睫毛を瞬かせる。

「これは……」

 高性能の顕微鏡を引き寄せて、原石を台に乗せた。目盛りを弄り倍率を上げていく。彼の表情が強張っていくのを、ルウリは不思議な面持ちで見遣る。

「見てみろ。これで最大だ」

 顕微鏡を覗いてみれば、肉眼では見えないほどの内包物の形が目視できた。それでも影のようにおぼろげで、縦長の木屑に見える。木屑の両脇から、突端が出ているのを確認した。
 どこかで見覚えがあるような形だが、思い出せない。

「木屑よね? これがどうかしたの」
「木じゃない。金属だ」

 明確な答えに顔を上げる。
 縮小率から計算すると、解放すれば掌に余るくらいの大きさになると予測できた。

「この形、何だったかしら。ラークはこれが何か知ってるの?」

 星玉を顕微鏡から外したラークは、簪の台座を調整して嵌め直す。ルウリに差し出しながら、真っ直ぐに見つめる視線が肌に突き刺さる。

「解放すれば、わかる」

 金の眸には、ある種の決意が込められていた。
 この星玉には、今後の命運を揺るがす重大なものが内包されているのだと、ルウリは悟った。

「私が持っていていいの……?」 
「ああ。これを審査会で解放してくれ。気負う必要はない。観客は驚きはしないさ。驚くのは、きっと俺ひとりだ」

 どういう意味なのだろう。
 ラークはいつになったら、すべてを明かしてくれるのだろう。
 そんな日は、来ないのかもしれない。
 だって彼は、邪神なのだから。
 人であるルウリとは、住む世界が違う。
 審査会が終わったら、ラクシュミを解放したら、もう会うこともなくなるのかもしれない。
 一抹の不安を胸に抱いて、ルウリは簪をきゅっと握りしめた。
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