こじらせ邪神と紅の星玉師

沖田弥子

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第四章

罪の告白 2

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 ラークの反応が怖くて、彼の目を見られなかった。わずかな衣擦れの音に、びくりと身を竦ませる。

「俺と似ているな」
「……え」
「俺も似たような体験をした。祭壇にあった空の台座を見ただろう。あそこには邪の剣が収められていた」
「紛失したという剣ね」
「俺の目の前で、忽然と消えたんだ。星玉に呑まれた」
「その呑んだ星玉って、まさか……」
「そうだ。緑色の星玉だ」

 奇妙な偶然だった。ルウリはヴィクラムから聞いた緑星玉の凝縮について語った。ラクシュミが緑色の星玉であること、合格するには緑星玉の解放が必須であろうことも。

「……なるほど。ラクシュミも緑とはな。ヴィクラムは中身が何かは教えてくれなかったのか」
「いいえ。解放すると起こる奇蹟と関係あるのかしら」

 ラークは奇蹟という言葉を嘲笑うかのように口端を吊り上げた。

「さあな。解放してみればわかるさ」
「ラークはどうしてラクシュミを解放したいの?」

 邪の剣を呑んだ星玉と繋がりがあるのだろうか。もしかしたらラクシュミこそが、その星玉なのか。
 遠くを見るような目つきで、ラークは壁の岩盤を見つめていた。

「おまえと同じだ。自分の罪を、自分で許すため……。俺は、善い神になりたかったんだ」
「え……。善神に?」
「邪の剣で邪を祓えば、善神になれる。あの日、俺は剣を台座から外した。己の邪を祓うために。その結果がこれだ。紛失した剣を解放するために奔走して、邪気をばらまき周りに疎まれる。星玉師になったのも、別に善いことをしようなんて理想を掲げたわけじゃない。自分が犯した失態を拭うためさ……最低だろ?」

 少し前のルウリの台詞を真似て、ラークは皮肉な笑みを浮かべた。
 即座に首を振る。

「最低なんかじゃない。ラークは誰よりも努力しているわ。それが最低だなんてあるわけない」

 工房にあった沢山の星玉と、この鉱山の産出量を見ればわかる。懸命になれるのも、情熱があってこそなのだ。きっかけは仕方のない理由だったとしても、情熱がなければ続かない。
 ルウリも、そうだった。
 母を解放するため。けれど、星玉と対話することが好きだ。解放したときの星玉の、ほっとしたような息継ぎ。依頼者のにこやかな笑顔。それらすべてが、原動力になる。

「それなら、俺も言わせてもらう。おまえは最低なんかじゃない、ルウリ」

 初めて名前を呼ばれて、ルウリの眸が驚きに見開かれる。
 ラークは苦笑とはにかんだ笑みを攪拌させたような顔つきをしたかと思えば、それを見られまいとするように顔を背けた。やっと聞き取れるような声音で、ぼそぼそと続ける。

「俺は、合格するためにおまえが俺を利用したいのだと勘繰っていた。だが違う。俺が邪神だと知ってなお、おまえはこんな僻地まで来て、傷ついても星玉を掘り出そうとしている。ジャイメールのような鉱山で掘ったほうが、はるかに効率が良いのにだ。俺は……おまえに感謝したい。感謝される者が最低なはずないからな」

 照れたように俯きながら告げられて、ルウリの胸にいとしさが溢れた。
 ラークに、感謝してもらえるなんて、嬉しい。
 今、もっとも言いたいことをルウリは率直に口に出した。

「一緒に頑張ろう。私たち、いつか必ず解放できるよ」

 邪の剣を解放するとき、できれば立ち会いたい。そして、母を解放するときにもラークに傍にいてほしかった。出発点と終着点は同じところにあるふたりなのだから、きっと励まし合いながら歩んでいける。
 ラークは眩しいものを見るように片眼を眇めた。静かに頷く。

「ああ、いつか、解放できる。一緒に掘ってみるか。ここよりむこうの穴のほうが質の良いのが出るはずだ」

 荷物を持って梯子を登る。お腹と心が満たされたので、先ほどひとりで掘っていたときの疲労感は吹き飛んでいた。

「わあ……すごい星」

 外に出ると、満天の星空が出迎える。空を仰げば、幾千もの星たちが運河となって連なっていた。見つめていると吸い込まれてしまいそうな神秘的な光景に息を呑む。
 角灯で小屋を翳すと、パナとティルバルールは羽を寄せ合って軒先で眠っていた。一安心してラークの後を付いていく。
 案内された堀場は比較的新しく掘り進めたところのようで、梯子を掛けずとも済む程度に浅い。ルウリが持っていたつるはしを奪うように取り、ラークは振りだした。

「質が良いといっても俺の勘だがな。ここはどこを掘っても出ないも同然だ」
「ラークって、前向きな後ろ向きね」

 風はやんでいた。夜空には星が瞬いている。
 ルウリはラークの隣で、錐を握り少しずつ岩場を削った。
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