23 / 35
第四章
罪の告白 1
しおりを挟む
パナとティルバルールは疲れて休んでいるのだろう。先ほどまで聞こえていた話し声は止んでいる。いざとなればふたりは飛んで帰れるので安心だ。
サリーの布を歯で千切り、掌に巻きつける。これで、もうしばらく持つだろう。
痛みを堪えながら、つるはしを振り続ける。腕の感覚がなくなってきた頃、切っ先に手応えがあった。
やっと見つかった。
丁寧に星玉の原石を掘り出す。かなり地盤は硬く、それに反して原石は脆かった。傷つけてしまわないように、ルウリは手で掘り起こした。
尖りに引っかかり、爪が割れる。爪先に鋭い痛みが走った。
もう少し。もう少しだ。
「やったわ……」
ついに発見した星玉。
けれどそれは、星玉と呼ぶにはあまりにも質の悪いものだった。クラックがいくつも入り、石自体に濁りがある。磨いている途中で割れてしまうと、結局屑星玉として再利用するしかなくなる。
とても審査会で出せるような代物ではない。ようやく見つけたのに……。
ルウリは落胆して肩を落とした。眦に涙が滲む。
諦めようよ、どうしてそこまでするの? 自分だけ出場すればいいよ、指輪の星玉を使えば合格できるよ、緑色だもの……。
もうひとりの自分が心の中で囁く。
激しく首を振る。必死に抵抗した。
だめ、諦めたくない。指輪の星玉は使えない。あれは、人前で披露するためのものじゃないの。私が星玉師になった理由。この星玉を解放したい。そのために、星玉師になった。
血の滲んだ原石を取り落とす。
気がついてしまった。
私が星玉師になったのは、今こうして星玉を発掘しているのは、星玉のためじゃない。ラークのためでもない。
自分の罪を贖うためなんだ……。
ぼろぼろと零れた涙が原石を濡らしていく。
握りしめた掌に、鈍痛が広がった。
カタン……と物音がして、顔を上げる。
滲む視界のむこう、痛ましさを浮かべたラークが梯子の傍に立っていた。
「……やめるか? もう充分だろう」
来てくれたんだ。
嬉しくて、また胸が痛む。笑顔を浮かべたルウリは、ふるりと首を振った。
「やめないわ……。私、諦めたら、星玉師でいられなくなっちゃう」
笑うと、またほろりと涙がこぼれ落ちた。
傍にやって来たラークは、血だらけのルウリの手に目を注いだ。
「こんなになるまで、おまえは……。とりあえず水を飲め。食べ物も持ってきた。鳥たちは上でもう寝てるぞ」
ラークに促されて休憩をとることにする。岩場の隅に腰を下ろして、皮袋から取り出された水筒を受け取った。口に含み、ごくりごくりと喉を鳴らす。知らず喉は乾いていたらしい。冷たいものが流れる感触が心地良い。
一息つくと、昂ぶっていた感情は落ち着いた。
「ありがとう……。怒ったと、思ってた」
帰れと言われたのに勝手に星玉を採掘しているなんて。
また謝らなければいけない案件が出来てしまったのに、食料を持って様子を見に来てくれるなんて思わなかった。
水筒を取られて代わりにパンを手渡される。ルウリがもそもそと咀嚼する傍らで、残った水筒の水をラークは飲み干した。
「怒ってなんかいない。だが俺は、そうだな、憤っているな」
同じことだと思う。
目で訴えるルウリはパンを頬張っているので言葉にできない。察したようにラークは言葉を続けた。
「おまえはどうしてそこまでする。どうして傷ついてまで星玉にこだわる。……その指輪と関係があるのか」
するりと、革紐にラークの指先が掛けられる。服の中から取り出された指輪は、薄闇の中で深い緑の煌めきを放つ。
星玉に含まれた内包物は深緑の狭間に沈んでいる。ちいさすぎてルーペを使わないと見えないのだが、彼は気づいただろうか。長い髪の毛、閉じた瞼、微笑を湛えた唇に。
「このなかに入ってる人……私の、お母さんなの……」
告白する声が戦慄いた。
はじめて、口にした秘密。
あの日の記憶が、まざまざと脳裏に蘇る。それは、つい数瞬前の出来事のよう。
「子どもの頃、この星玉を裏庭で見つけて、お母さんに見せたの。そしたら、お母さん、消えちゃったの……。星玉に、呑まれてた」
ルーペを覗いたときの衝撃は今でも忘れない。
母は、眠るように星玉の中に、とてもちいさくなって内包されていた。
「私が頑張るのは、お母さんを解放したいからで、星玉のためでもラークのためでもない。自分の罪を許されたいっていう、勝手な想いで星玉師をしているの……最低だよね」
サリーの布を歯で千切り、掌に巻きつける。これで、もうしばらく持つだろう。
痛みを堪えながら、つるはしを振り続ける。腕の感覚がなくなってきた頃、切っ先に手応えがあった。
やっと見つかった。
丁寧に星玉の原石を掘り出す。かなり地盤は硬く、それに反して原石は脆かった。傷つけてしまわないように、ルウリは手で掘り起こした。
尖りに引っかかり、爪が割れる。爪先に鋭い痛みが走った。
もう少し。もう少しだ。
「やったわ……」
ついに発見した星玉。
けれどそれは、星玉と呼ぶにはあまりにも質の悪いものだった。クラックがいくつも入り、石自体に濁りがある。磨いている途中で割れてしまうと、結局屑星玉として再利用するしかなくなる。
とても審査会で出せるような代物ではない。ようやく見つけたのに……。
ルウリは落胆して肩を落とした。眦に涙が滲む。
諦めようよ、どうしてそこまでするの? 自分だけ出場すればいいよ、指輪の星玉を使えば合格できるよ、緑色だもの……。
もうひとりの自分が心の中で囁く。
激しく首を振る。必死に抵抗した。
だめ、諦めたくない。指輪の星玉は使えない。あれは、人前で披露するためのものじゃないの。私が星玉師になった理由。この星玉を解放したい。そのために、星玉師になった。
血の滲んだ原石を取り落とす。
気がついてしまった。
私が星玉師になったのは、今こうして星玉を発掘しているのは、星玉のためじゃない。ラークのためでもない。
自分の罪を贖うためなんだ……。
ぼろぼろと零れた涙が原石を濡らしていく。
握りしめた掌に、鈍痛が広がった。
カタン……と物音がして、顔を上げる。
滲む視界のむこう、痛ましさを浮かべたラークが梯子の傍に立っていた。
「……やめるか? もう充分だろう」
来てくれたんだ。
嬉しくて、また胸が痛む。笑顔を浮かべたルウリは、ふるりと首を振った。
「やめないわ……。私、諦めたら、星玉師でいられなくなっちゃう」
笑うと、またほろりと涙がこぼれ落ちた。
傍にやって来たラークは、血だらけのルウリの手に目を注いだ。
「こんなになるまで、おまえは……。とりあえず水を飲め。食べ物も持ってきた。鳥たちは上でもう寝てるぞ」
ラークに促されて休憩をとることにする。岩場の隅に腰を下ろして、皮袋から取り出された水筒を受け取った。口に含み、ごくりごくりと喉を鳴らす。知らず喉は乾いていたらしい。冷たいものが流れる感触が心地良い。
一息つくと、昂ぶっていた感情は落ち着いた。
「ありがとう……。怒ったと、思ってた」
帰れと言われたのに勝手に星玉を採掘しているなんて。
また謝らなければいけない案件が出来てしまったのに、食料を持って様子を見に来てくれるなんて思わなかった。
水筒を取られて代わりにパンを手渡される。ルウリがもそもそと咀嚼する傍らで、残った水筒の水をラークは飲み干した。
「怒ってなんかいない。だが俺は、そうだな、憤っているな」
同じことだと思う。
目で訴えるルウリはパンを頬張っているので言葉にできない。察したようにラークは言葉を続けた。
「おまえはどうしてそこまでする。どうして傷ついてまで星玉にこだわる。……その指輪と関係があるのか」
するりと、革紐にラークの指先が掛けられる。服の中から取り出された指輪は、薄闇の中で深い緑の煌めきを放つ。
星玉に含まれた内包物は深緑の狭間に沈んでいる。ちいさすぎてルーペを使わないと見えないのだが、彼は気づいただろうか。長い髪の毛、閉じた瞼、微笑を湛えた唇に。
「このなかに入ってる人……私の、お母さんなの……」
告白する声が戦慄いた。
はじめて、口にした秘密。
あの日の記憶が、まざまざと脳裏に蘇る。それは、つい数瞬前の出来事のよう。
「子どもの頃、この星玉を裏庭で見つけて、お母さんに見せたの。そしたら、お母さん、消えちゃったの……。星玉に、呑まれてた」
ルーペを覗いたときの衝撃は今でも忘れない。
母は、眠るように星玉の中に、とてもちいさくなって内包されていた。
「私が頑張るのは、お母さんを解放したいからで、星玉のためでもラークのためでもない。自分の罪を許されたいっていう、勝手な想いで星玉師をしているの……最低だよね」
0
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

三度目の嘘つき
豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」
「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」
なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる