こじらせ邪神と紅の星玉師

沖田弥子

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第四章

罪の告白 1

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 パナとティルバルールは疲れて休んでいるのだろう。先ほどまで聞こえていた話し声は止んでいる。いざとなればふたりは飛んで帰れるので安心だ。
 サリーの布を歯で千切り、掌に巻きつける。これで、もうしばらく持つだろう。
 痛みを堪えながら、つるはしを振り続ける。腕の感覚がなくなってきた頃、切っ先に手応えがあった。
 やっと見つかった。
 丁寧に星玉の原石を掘り出す。かなり地盤は硬く、それに反して原石は脆かった。傷つけてしまわないように、ルウリは手で掘り起こした。
 尖りに引っかかり、爪が割れる。爪先に鋭い痛みが走った。
 もう少し。もう少しだ。

「やったわ……」

 ついに発見した星玉。
 けれどそれは、星玉と呼ぶにはあまりにも質の悪いものだった。クラックがいくつも入り、石自体に濁りがある。磨いている途中で割れてしまうと、結局屑星玉として再利用するしかなくなる。
 とても審査会で出せるような代物ではない。ようやく見つけたのに……。
 ルウリは落胆して肩を落とした。眦に涙が滲む。
 諦めようよ、どうしてそこまでするの? 自分だけ出場すればいいよ、指輪の星玉を使えば合格できるよ、緑色だもの……。
 もうひとりの自分が心の中で囁く。
 激しく首を振る。必死に抵抗した。
 だめ、諦めたくない。指輪の星玉は使えない。あれは、人前で披露するためのものじゃないの。私が星玉師になった理由。この星玉を解放したい。そのために、星玉師になった。
 血の滲んだ原石を取り落とす。
 気がついてしまった。
 私が星玉師になったのは、今こうして星玉を発掘しているのは、星玉のためじゃない。ラークのためでもない。
 自分の罪をあがなうためなんだ……。
 ぼろぼろと零れた涙が原石を濡らしていく。
 握りしめた掌に、鈍痛が広がった。
 カタン……と物音がして、顔を上げる。
 滲む視界のむこう、痛ましさを浮かべたラークが梯子の傍に立っていた。

「……やめるか? もう充分だろう」

 来てくれたんだ。
 嬉しくて、また胸が痛む。笑顔を浮かべたルウリは、ふるりと首を振った。

「やめないわ……。私、諦めたら、星玉師でいられなくなっちゃう」

 笑うと、またほろりと涙がこぼれ落ちた。
 傍にやって来たラークは、血だらけのルウリの手に目を注いだ。

「こんなになるまで、おまえは……。とりあえず水を飲め。食べ物も持ってきた。鳥たちは上でもう寝てるぞ」

 ラークに促されて休憩をとることにする。岩場の隅に腰を下ろして、皮袋から取り出された水筒を受け取った。口に含み、ごくりごくりと喉を鳴らす。知らず喉は乾いていたらしい。冷たいものが流れる感触が心地良い。
 一息つくと、昂ぶっていた感情は落ち着いた。

「ありがとう……。怒ったと、思ってた」

 帰れと言われたのに勝手に星玉を採掘しているなんて。
 また謝らなければいけない案件が出来てしまったのに、食料を持って様子を見に来てくれるなんて思わなかった。
 水筒を取られて代わりにパンを手渡される。ルウリがもそもそと咀嚼する傍らで、残った水筒の水をラークは飲み干した。

「怒ってなんかいない。だが俺は、そうだな、憤っているな」

 同じことだと思う。
 目で訴えるルウリはパンを頬張っているので言葉にできない。察したようにラークは言葉を続けた。

「おまえはどうしてそこまでする。どうして傷ついてまで星玉にこだわる。……その指輪と関係があるのか」

 するりと、革紐にラークの指先が掛けられる。服の中から取り出された指輪は、薄闇の中で深い緑の煌めきを放つ。
 星玉に含まれた内包物は深緑の狭間に沈んでいる。ちいさすぎてルーペを使わないと見えないのだが、彼は気づいただろうか。長い髪の毛、閉じた瞼、微笑を湛えた唇に。

「このなかに入ってる人……私の、お母さんなの……」

 告白する声が戦慄いた。
 はじめて、口にした秘密。
 あの日の記憶が、まざまざと脳裏に蘇る。それは、つい数瞬前の出来事のよう。

「子どもの頃、この星玉を裏庭で見つけて、お母さんに見せたの。そしたら、お母さん、消えちゃったの……。星玉に、呑まれてた」

 ルーペを覗いたときの衝撃は今でも忘れない。
 母は、眠るように星玉の中に、とてもちいさくなって内包されていた。

「私が頑張るのは、お母さんを解放したいからで、星玉のためでもラークのためでもない。自分の罪を許されたいっていう、勝手な想いで星玉師をしているの……最低だよね」
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