こじらせ邪神と紅の星玉師

沖田弥子

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第四章

邪神の宿命

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 皮肉めいた笑みを口元にのせる。ラークの笑顔を、こんな形で初めて見るのは哀しかった。
 ラークはちらりとルウリの髪に挿された簪に目をむける。先端に飾られた星玉は、黒く汚れたままになっていた。

「でも、ここの星玉はとても綺麗よね」

 壁を見回して光の歓迎に酔う。陽の効果だけではない。ここにある星玉そのものが、通常の星玉よりもっと煌めきが深いのだ。

「ここらの星玉は邪気に染まりにくく、解放しやすい。場所が場所だけに邪への耐性があるんだろう」

 たくさんの星玉。これがすべて、ラークが解放した星玉たちなのだ。ルウリは今まで星玉師として努力を重ねてきたと自負していたけれど、この部屋を見せられたらそれが小粒なものだったと気づかされる。

「ラーク、ごめんなさい。審査会で勝手に登録してしまって。あなたなりに邪気の制御について思うところがあったのよね」
「謝らなくていい。気が済んだら帰れ」

 立ち上がったラークは戸口へ向った。ルウリは意を決して、言葉を発する。

「もういちど、審査会に出てみない?」
「……なに?」
「ラークは、ラクシュミを諦めたわけじゃないのよね? この部屋を見ればわかるわ。あなたは誰よりも解放を極めたいと思ってる」

 背中から、怒りにも似た厳しさが空気を介して伝わってくる。審査会での顛末を思えば無理もない。また恥をかきに行けと言っているようなものだ。理不尽なことだとわかっていた。
 それでも。

「お願い、私ともういちど挑戦してほしいの。あなたの解放を見せてほしい」 

 ラークは扉に手を掛けた姿勢のまま、黙していた。
 辛抱強く待つ。やがて、押し殺したような声音が零れてきた。

「俺は邪神だ。近づく者を不幸に陥れる。おまえも不幸になりたくなかったら、もう俺に関わるな」

 言い捨てて、振り返らずに出て行く。
 断られてしまった……。
 当然のことと思うのに、どこかで期待していた自分が情けなくて、ルウリは唇を噛み締める。
 ラークの後を追うと、中庭ではマドゥと鳥精霊たちがお茶を飲んでいた。

「じゃあパナさんは清い乙女なんですね。生贄として最適じゃないですか」
「マドゥ、生贄扱いするな失礼だろう。貴様が欲求不満だということはわかった」
「もー、なんだよさっきから。あ、ルウリ!」

 砂糖水を飲み干したパナは急いでルウリの肩へと飛び乗る。ルウリの顔を覗き込むように首を傾げた。

「ルウリ、何かあった? ヘンな顔してるよ。ラークにいじめられたの?」
「え……まさか。何もないわよ」

 どんな顔をしていたのだろう。慌ててかぶりを振ったルウリは懸命に笑顔を作った。
 笑わなくちゃ。そう思うほど口元は引き攣ってしまう。
 その様子を横目で眺めていたラークはティルバルールに顎をしゃくる。

「ティル、ふたりをラケシュ地区の入口まで送り届けろ」
「御意。……ですが、主は見送らなくてもよろしいので?」
「俺はいい」

 ふいと踵を返して、ラークは行ってしまった。
 静かに立ち上がったマドゥは眉尻を下げて苦笑する。

「お許しください。あなた方に不運が降りかかることを避けているのです。ラークシャヴァナ様は、人に慕われたことなどありませんから」

 こんな寂しいところに、誰にも慕われず、孤独に過ごす。
 ルウリの胸がぎゅっと引き絞られるように痛む。

「でも、マドゥさんはずっとラークと一緒に暮らしてきたのではないんですか?」
「私は神官ですから、神に仕える身です。友人とは違いますからねえ。ラークシャヴァナ様は誰にも心を開きませんよ。それが邪神の宿命ともいえますが」

 邪神の宿命――。
 ラークは邪神だから、孤独のまま生涯を終えるしかないというさだめなのだろうか。
 そんなこと、ない。
 きっと、宿命なんて変えられる。未来はまだ、決まっていないのだから。
 ルウリはそう信じた。
 革紐に提げられた指輪を握りしめる。

「あの、マドゥさん。お願いがあります」
「はい、何でしょう」
「神殿近くの岩場からは星玉が発掘されるんですよね。私に、星玉を掘らせてください」

 虚を突かれたマドゥは微笑を消した。決意を浮かべたルウリの顔をじっと見返す。

「鉱山を想像しているのなら、おやめなさい。一般的な鉱山に比べたら産出量はとても少ないですよ。ラークシャヴァナ様は長い年月をかけてあの量を掘り出しました。それは他の場所に行けないからです、理由はおわかりでしょう」

 邪気が、星玉を穢してしまうから。
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