こじらせ邪神と紅の星玉師

沖田弥子

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第四章

神獣ティルバルール

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 吹き荒ぶ砂塵は来る者を拒むように号砲を上げている。ルウリは砂で荒れた顔をサリーの布端で覆った。
 神々が住まうとされているラケシュ地区の奥地には人の気配はなく、路は馬一頭通らない。どこまでも続く荒れた岩場ばかりの大地と、曇天に覆われた鼠色の空。渦巻く風が通り過ぎ、布に隠れていたパナは、ぷはと息を吐き出した。

「ルウリぃ、ホントに行くの? やめようよ~」

 宮殿専属の申し出を断ってから、パナは愚痴だらけだ。どうして、お金持ちになれたのに、信じられないとヤケ食いに走り体重が少々増えた。もっともルウリが吐きそうな愚痴や弱音を先回りで代弁してくれるので、その分前向きになれるから助かっている。

「パナも興味ない? 神様がどんなところに住んでるのか」
「神様って邪神でしょ。邪神にわざわざ会いに行って不幸をもらいたいなんて人も精霊もいないよ」

 ラケシュ地区の入り口は有名な善神が祀られた祠や神殿があり、参拝する人々で賑わっていた。緑や花が飾られ、沢山の果物にお布施で溢れていた。特にお金を司るガネーシャ神が人気だ。人は皆、お金持ちになりたいからだろう。
 一方、邪神の住処である奥のほうは閑散としている。邪神は災厄を招くとされているので、パナの言うとおり、誰も不幸になりたくないから近づく者はいない。
 その災厄の源に、ルウリは触れようとしている。
 邪神ならば、この地区のどこかにラークは住んでいるはずだ。
 ラークと話がしたかった。それに、謝らなければ。無理に審査会に誘ったのだから、彼を傷つけたのはルウリの責任だ。
 不幸になるのは、怖くないなんて言えない。
 けれど、目を背けたままで幸せになんてなれないことは知っている。緑の星玉を見つけたときから。

「広いわね。ラークの家はどこなのかしら……」

 地平線の彼方に、神殿の屋根がぽつりぽつりと見える。人が住む村や街と違って、各々が離れて暮らすのが神様の常識らしい。一軒ずつ訪ね歩いていたら数週間かかってしまいそうだ。しかも宿や水場などは一切見当たらない。

「僕が飛んで探してこようか? ……って、怖そうなのいるよ~」

 上空を見上げたパナが首を竦めた。厚い雲の隙間を縫って、ひとつの黒い影が旋回している。鷹らしき大きな翼が翻り、下降を始めた。真っ直ぐにルウリたちのいる地点へ向かってくる。

「わわ、こっちきた!」

 パナが慌てている内に、鷹は目の前にある枯れ木の枝に、ばさりと降り立った。鋭い双眸でこちらを見つめている。

「どちらへお越しか。お嬢さん方」
「わわ? 喋った、鷹が喋った!」

 自らを棚上げして驚くパナは、すっかり身を竦ませている。しわがれた低い声音にルウリも身を引きかけたが、何も鳥精霊はパナだけではないのだと自らに言い聞かせた。

「私はルウリ、この子はパナです。私たちはラークという名の邪神……らしき青年を探しています」

 鷹は、頷くように体を前傾した。

「それは我が主だ。やはり貴女がルウリ殿か」
「私のことを知ってるんですか?」
「うむ。主は無口であまり喋ってくれないがね。近頃人間の少女と知り合いになったと聞き出したところだ。紅い髪の星玉師よ、神殿へご案内しよう」

 悠然として両の翼を羽ばたかせる。ルウリの両腕を広げるのと同じくらいの幅だ。とても大きい。パナも鳥精霊だが、翼は小さくて首が長いので長時間の飛行は苦手だ。同じ種族でも様々なのだ。

「我が名はティルバルール。邪神ラークシャヴァナの神獣である」

 枯れ木が激しく揺れた。ティルバルールと名乗った神獣が天空へ飛び立つ。幾度か旋回して、北の方角へ舵を切った。
 邪神ラークシャヴァナ。
 それが、ラークの本当の名なのだろうか。ルウリの胸が早鐘のように鳴り響く。これから、邪神としてのラークと向き合うのだ。その覚悟はできているつもりだったのに、いざとなると臆する自分がいた。
 でも勇気を出さないと。彼の、こころを知るために。

「神獣だってさ」

 何となくむくれているようなパナの羽を撫でて、ルウリは北へ足をむけた。

「かっこいいわね」
「え~。いけ好かないよ」
「パナはパナなんだから、気にしなくていいのよ?」
「そんなんじゃないし」

 ティルバルールの先導により路なき路を進んでいくと、ひとつの神殿が姿を現わした。切り立った岩場の狭間に建つ巨大な神殿は、仰いでもなお余りあるほど天にそびえ立っている。前方の岩場は神像の形に掘り抜かれて、侵入者から神殿を守るように両側に鎮座していた。まるで人を寄せつけるのを拒むかのような重厚な門だ。
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