こじらせ邪神と紅の星玉師

沖田弥子

文字の大きさ
上 下
14 / 35
第三章

審査会の舞台

しおりを挟む
 でも、星玉師として恥ずかしくない解放を披露しなくては。
 これまで沢山の星玉を解放してきた。今日のために懸命に練習も重ねてきた。その成果だけでも発揮しないと。
 ふと辺りを見回して、まだラークが戻ってこないことに気づく。随分時間がかかっているようだ。受付で何かあったのだろうか。

「もうすぐ始まっちゃうわね。どうしたのかしら」

 他の星玉師たちは道具の最終確認をしている。ルウリは席を立って受付へ赴いた。
 ラークは丁度受付を後にして、こちらへ向かってくるところだった。

「心配したわ。何かあったの?」

 少し眸を眇めたラークは、何でもないという風に軽く手を挙げてルウリを促す。彼の肩越しに何気なく目を遣ると、受付の女性は嫌悪を含んだ目でこちらを見ていた。
 まただ。
 怖いもの、嫌なものを見る目つき。
 検問所の番兵と同じだった。
 共通するのは、許可証だ。ラークの許可証には特別な何かがあるというのだろうか。

「気分はもういいのか」
「えっ?」

 突然話しかけられて眸を瞬かせる。待機所では、舞台に上がる順番を役人が説明していた。

「……その様子なら平気そうだな。星玉の準備はいいのか」
「う、うん。大丈夫」

 慌てて腰袋から星玉を取り出す。貝の封印された星玉は、解放すれば口が開くだろう。砂金の入った革袋も用意する。後は星玉と対話する心構えだけだ。
 深呼吸していると、ラークは先ほどあげたシダルの星玉を眺めていた。いつの間にか革手袋を嵌めている。

「ラークはいつも手袋をして解放するの?」
「念のためだ」

 素手のほうが良いのではないかと思ったが、やり方は人ぞれぞれだろう。
 舞台上では司会の役人が観客へむけて、挨拶や審査の説明をしている。五人ずつ舞台に上がった星玉師の技を見て、審査員たちがその場で判断を下すという明瞭な方法だ。

「それでは星玉師の皆様方、どうぞよろしくお願いいたします。バラモン・カマル様のお眼鏡に叶いますように」

 役人がバラモンに向かって恭しく礼をした。カーテン越しに、手を挙げた仕草が見て取れる。はじめに舞台に上がった星玉師たちが観客に拍手で迎えられた。
 ベテランの星玉師たちの技は素晴らしいものだった。
 ある者は魚を解放して水盆で泳がせ、またある者は鳥を解放して空に羽ばたかせた。技術だけではない。美しい女性の助手を舞台に上がらせて、踊りを交えてひらりと布を翻し、注目すべき箇所を示唆したりする。観客を退屈させないよう工夫を凝らしているのだ。王都の星玉師たちはショーとして披露することに場慣れしていた。
 拍手喝采が起こるたびに審査員たちは感嘆したように頷く。そして技の披露が済むと、審査員はバラモンのほうに目をむける。バラモンは微動だにせず、ひとことも発しない。審査員長らしき男性が首を横に振ると、司会は残念でしたねと苦笑いをして星玉師を舞台から降ろす。
 それの繰り返しだった。
 誰が華麗な技や珍しい解放を披露しても、バラモンは反応しない。

「あの人、寝てるんじゃない?」
「しー。パナ、聞こえるわよ」

 イディアの最高権力者なのである。不敬を働いたら首が飛んでしまう。
 薄いカーテンが引かれているので顔は見えないが、もしかしたらショーを楽しんでいるのかもしれない。しかし合格者が出ていないので、一体どんな解放をすれば合格できるのか見当がつかない。

「次の五名の方、舞台へお上がりください」

 ルウリとラークの番になった。司会の合図で壇上へ進む。
 とにかく自分の力を出しきるしかない。
 右手と右足を同時に出しながら、ルウリは前を歩く純白のローブを見つめた。
 跪いてバラモンに挨拶し、前方へ向きを変える。舞台には六人の星玉師がいるので、司会が書類を確認しながら解説した。

「ルウリ氏とラーク氏は連名ですから、お一人分ということになります。ご一緒にどうぞ。お若いふたりに、皆様拍手を」

 観客からぬるい笑みと共に、まばらな拍手が送られる。ベテランでも合格できないのだから、若手の力試しと見られていることは明白だった。
一緒に解放するつもりで連名にしたわけではなかったが、今更訂正するわけにもいかない。

「ラーク、大丈夫……よね?」

 同時に解放するという未知の事態に不安が過ぎる。ラークの解放は、一度も見たことがないのだ。ちらりと横顔を見上げると、ラークは何か考え事でもするように遠くを見ていた。

「ああ」

 いつもと同じ、短い答え。
 ラークが星玉を取り出した。観客に見えやすいように、白い布が敷かれたテーブルに乗せる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

婚約して三日で白紙撤回されました。

Mayoi
恋愛
貴族家の子女は親が決めた相手と婚約するのが当然だった。 それが貴族社会の風習なのだから。 そして望まない婚約から三日目。 先方から婚約を白紙撤回すると連絡があったのだ。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...