こじらせ邪神と紅の星玉師

沖田弥子

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第三章

バラモン・カマル

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「あのね、ラークの名前も登録しておいてあげたわ。審査会に出られるわよ」
「なんだと?」

 瞠目したラークは、一瞬だけ責めるような目をむけた。すぐに瞼を伏せて、ふるりと首を振る。

「俺はいい。審査に使う星玉を持っていないしな」
「ここにあるわ。ほら」

 腰袋から星玉を取り出す。シダルの葉が内包された、輝く紅玉を掌に乗せて差し出した。
 驚いたパナは身を乗り出した。

「えっ? そっちなの? だってそれは……」

 ルウリが傷ついて黒いもやを解放した、ひとつだけの星玉。
 このシダルを審査会で解放すれば、開きかけの蕾がそれは見事な花を咲かせるだろう。
 ラークは手を伸ばすことはせず、じっと星玉を見つめていた。否、星玉を支える、ルウリの傷ついた指先を見ていた。

「……おまえは、どうしてそこまでする」

 どうして。
 何について問われたのかわからなかった。
 星玉のために傷つくこと? それなら、星玉師として当然のことだ。それとも、ラークのために星玉を用意したこと? それも当たり前のこと。
 だって、あなたを放っておけないから。
 けれどうまく言葉にできなくて。
 ルウリは、戸惑う心を押しやって目の前の問題に目をむけた。

「ラクシュミを、解放するため」

 言葉にしてすぐ、嘘だと心がざわめく。
 どうして、嘘じゃないのに、審査会に合格するために王都まで旅してきたのに。
 星玉師なのだから、ラクシュミのために決まっているのに。
 ラークは真正面からルウリの蒼白な面を眺める。右目を覆う漆黒の眼帯に、嘘を見抜こうとするような威圧を滲ませながら。
 やがてラークは、震える掌から星玉を掴み、受け取ってくれた。

「……確かにその通りだな。合格すれば、ラクシュミを見られるんだからな」

 彼の声音が硬いものに変化した気がする。といっても、ラークはいつも無愛想なので声の調子はそう変わらないはずなのだが。
 気のせいだ。きっと、合格できる。きっとうまくいく。
 ルウリは無理に笑顔を作って頷いた。


 
 数時間後、審査会場は大変な賑わいを見せていた。会場となる広場は開放され、見物に詰めかけた人々で人垣ができている。その中央に設えられた舞台で星玉師たちが技を披露するらしい。舞台脇には豪奢な椅子が並べられ、その席に審査員たちが座って審査をするという仕組みだ。

「うわあ、すごいねショーみたい。ルウリ、大丈夫……なわけないか」

 パナの危惧通り、既に足はがたがたと震えている。このような審査だとは初耳だった。解放を含む作業はいつもひとりで行っているので、人に披露する機会はほとんどない。しかもこんなに大勢の人前で技を見せるなんて、今までの人生で初めてなのだ。動悸は激しくなる一方である。

「王都では解放をショーとして扱う風習があるんだ。見世物小屋まである」

 悠々としているラークは特に緊張した様子もない。先導して人混みを掻き分け、星玉師の待機所へ向かう。

「ラークはショーの経験があるの?」
「ない」

 非常に明瞭で簡潔な答えが返ってくる。人酔いしてしまったのか、めまいがしてきた。

「でも、ショーは見たことあるのよね?」
「ある。くだらない見世物だ。……なんだ、緊張してるのか?」

 緊張しないほうがおかしいと思う。心臓に手を宛てながら、ルウリは苦悶を浮かべて頷いた。待機所へ到着すると、ラークに空いている椅子に座らせられる。

「少し休んでいろ。俺は受付に許可証を提示してくる。すぐに戻る」

 言い置いたラークは、星玉師たちでざわめく待機所を駆け抜けていった。先ほど話したが、ラークの名前を記入しただけなので、審査に参加するには身元を明らかにする必要がある。
 観客が一斉に湧いた。
 振り向くと、テントのむこうに見える舞台袖に、審査員たちの姿が見えた。舞台よりも一段高い壇上の椅子に、誰かが座った影が垣間見える。薄いカーテンが引かれているので顔はわからないが、あれがバラモンだろう。

「バラモンさま、バラモン・カマルさま」

 称賛の声が湧き起こる。
 カースト最高位のバラモンは王侯や藩王よりも権力を有している。実質上、イディアを掌握している存在といえる。
 ルウリは本物のバラモンを見るのも初めてだが、バラモンの名がカマルだというのも初耳だった。ラークは色々と慣れているらしいが、それに比べたら自分は無知な田舎娘なのだなと改めて気づかされる。
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