こじらせ邪神と紅の星玉師

沖田弥子

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第二章

呪いからの解放 2

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「でも、これがいいの。葉っぱが入ってるでしょ。珍しいシダルっていう葉なのよ」
「ホントだ、つぶつぶしてる。カエルの手みたいだね」

 覗き込んだパナが感嘆する。小指ほどのシダルの葉は、葉先のひとつひとつが丸い水滴のように輝いて繊細に造形されていた。茎についた蕾が膨らんで、今にも花が咲く寸前の姿をみせている。

「とても綺麗な赤い花を咲かせるの。解放して花が咲けばきっと素敵だわ」
「だよね! ……でもさぁ、この汚れあったら減点されるんじゃない?」

 黒い煙のようなものが渦状になって、葉の周囲を覆っている。
 本番で同時に解放したらどうなってしまうのだろう。そもそも、この黒いものの正体がわからない。
 ルーペでつぶさに確認したルウリは砂金の入った小瓶を引き寄せた。
 先に解放してみよう。黒いものだけを。
 例え何者であっても、内包物には変わりないはず。
 砂金を、さらさらと振りかける。シダルの葉を内包した星玉と対話を始める。
 ……ねえ、その黒いのは何? おしえて、星玉……。
 ふるり。
 星玉が苦しそうに震える。
 穢された……邪なもの……、邪な呪い……。
 呪い。邪なものとは何だろう。
 ……苦しいね、それだけを解放できないかしら……。わたしも、手伝うから……。
 ぐぐ、と星玉が歪む。飴のように形状が変化する。シダルを内包したまま、星玉は黒いものを押し出そうとした。
 煤のように見えたそれは、星玉から這い出ると空気中に澱む。ゆらりと不穏に揺れて、砂金を降り続けるルウリの指先を切り裂いた。

「……ッ」
「ルウ……っ」

 見ていたパナは慌てて口を噤んだ。
 解放を邪魔してはいけない。対話を中断すれば、星玉は二度と心をひらいてくれない。星玉師にも何が起こるかわからないのだ。
 痛みに耐えながら、すべての黒いもやが吐き出されるのを見届けた。
 もやはルウリの薄い皮膚を切り裂くと、霧散して無くなった。呪いらしき黒いものは、気体だったらしい。
 星玉が元の形に戻ると、より鮮やかな紅い色が現れた。シダルの葉が内包された美しい紅色の星玉だ。
 そこに、ぽたりと鮮血が滴り落ちる。ルウリの指先から流れた血は、星玉と同じ色をしていた。

「ルウリ……! 大丈夫? 大丈夫じゃないよね、血を止めなきゃ、今の黒いやついなくなったよね⁉」

 涙目になったパナが白い羽先で血を拭こうとする。安心させようと微笑んだルウリは、傷ついた指先を押さえて水桶に浸した。

「もう大丈夫。そんなに痛くなかったから」

 血を洗い流して清潔なガーゼで包む。
 工房はいつもと変わりなかった。匂いも、色も、音も。念のため窓を開けて空気を入れ換えたが、黒いもやの影は微塵もなかった。
 解放することは可能だけれど、代償が必要らしい。
 ルウリはシダルを含んだ美しい星玉を手に取った。
 何かを手にするとき、別の何かを犠牲にしなければならない。
 ラクシュミとは、どんな星玉なのだろう。解放するときに起こる奇蹟とは、素晴らしいものなのだろうか。
 それは良いもの? わるいもの?
 星玉は沈黙している。
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