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第二章
呪いからの解放 1
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「待って、ラーク」
慌てて荷物を纏め、後を追いかける。陽が落ちれば鉱山は真っ暗闇になる。作業に区切りを付けた星玉師たちは次々に山を下りていった。
発掘した鉱石は研磨して仕上げる。そこで初めて、星玉となるのだ。研磨すれば、この黒い色も削れるかもしれない。とにかく一度工房に戻ろう。
元来た山道を下るが、ラークの後ろ姿はどこにも認められなかった。
「どこに行ったのかしら……」
「ほっとこうよ。それより僕、おなか空いちゃったなぁ」
茶屋のある麓へ辿り着き、再び饅頭を買ってパナと分け合う。
ラークと再会したのがつい半日前だなんて、何だか遠い日の出来事のように感じる。無意識に、彼が拾ってくれた簪に手を伸ばした。簪は、きちんと髪に収まっている。
その簪の先に付いた星玉ですら黒ずんでいたことに、ルウリは気づかない。
ルウリはしばらくラークを待ってみたが、辺りは暗闇に包まれてしまった。パナに促され、待機していたロバに荷をつけて帰途に着いた。
定期審査会まで、残りわずかとなった。
ルウリは連日、ジャイメールから持ち帰った鉱石をひたすら研磨する作業に明け暮れた。
研磨に使用するのは、星玉をつなぎ合わせて作った専用の研磨石だ。硬い星玉は星玉でしか削れない。それを手で少しずつ削っていくという気の遠くなる作業である。
「ちょっと休憩しようか。パナ、お茶飲む?」
ポットからチャイを注げば、工房にふくよかな香りが溢れる。止り木で居眠りをしていたパナは、テーブルに下りてきた。
「ふわぁ。解放のついでに星玉の形も変えられたらいいのになぁ。削るの大変じゃない?」
テーブルに並べられた鉱石の群を縫って体を収めながら、パナはルウリの荒れた掌に目をむける。解放で星玉そのものの形状は変えられないのだ。研磨は人の手で行うしかない。
ルウリの細い指は、傷だらけだった。大きな角を削る際は革手袋を嵌めることもあるが、繊細な感覚が失われてしまうので、できるだけ素手で作業を行っている。
「大変じゃないわよ。もう慣れちゃったもの」
仕事なので大変だなんて言ってられない。母がいなくなってからというもの、星玉師の資格を得たルウリは完成した星玉を小売りに出したり、解放の依頼を受けて頂いたお金で生計を立てている。食べる分と工房の維持くらいは、それで充分賄える。
だから、審査会に参加してラクシュミを解放する星玉師となりたいのは金銭のためではなかった。
もっと、星玉師としての腕を上げたい。
ラクシュミを解放できれば、きっと――
首筋の革紐に、そっと触れる。その先には、ラークが結んでくれた指輪が胸のあたりに収まっていた。服の中から取りだして指輪を眺める。
銀の台座に嵌められた深い緑色の星玉。
いつも身につけていられるように、指輪の形にしたのがルウリの初仕事だった。
きっといつか、この星玉も解放できる。
「ラーク、来ないわね……。どの星玉にするか相談したいのに」
カップからチャイを飲んでいたパナは咳き込んだ。
「ええ? あいつの分も作ってあげるの?」
「だって、ラークは発掘してなかったじゃない。星玉持ってないのよね?」
「しらないよー。ていうか、あいつどこに工房構えてるの?」
「さあ……。あまり自分のこと喋ってくれないのよね」
「べつにあいつのことなんて知りたくないし」
パナの台詞を反芻しながら、ルウリは作業台へ戻った。再び星玉と向き合う。
知りたい。
わたしは、ラークのことを知りたい。
あれこれと訊ねてしまうのは簡単だ。
けれど、彼には人を寄せつけようとしない壁のようなものがあって、薄情な好奇心なんて無心で薙ぎ払うだろう。
何が彼をそうさせるのかは、わからない。
それとも、彼は自分の家族や仲間には愛想良く接しているのだろうか。とても想像がつかないけれど。二度会っただけのラークのことを延々と考えてしまうなんて、どうしてしまったんだろう。
「取れないわね……。この黒ずみ」
どれだけ研磨しても、黒ずみは鉱石の中心まで入り込んでいた。ただの汚れではないらしい。一定の層に類似した模様が出現することはあっても、採掘されたすべての鉱石の色が変化するという現象は初めてだ。
『呪いだ』
ラークの言葉がよみがえる。
どういう意味なんだろう。
彼は何を知っているんだろう。
手が止まったルウリに、パナは毛繕いをしながら話しかけた。
「それじゃなくてもいいんじゃない? この間のジャイメールのだけだよね、汚れたの。市場から買ったのにすればいいよ」
慌てて荷物を纏め、後を追いかける。陽が落ちれば鉱山は真っ暗闇になる。作業に区切りを付けた星玉師たちは次々に山を下りていった。
発掘した鉱石は研磨して仕上げる。そこで初めて、星玉となるのだ。研磨すれば、この黒い色も削れるかもしれない。とにかく一度工房に戻ろう。
元来た山道を下るが、ラークの後ろ姿はどこにも認められなかった。
「どこに行ったのかしら……」
「ほっとこうよ。それより僕、おなか空いちゃったなぁ」
茶屋のある麓へ辿り着き、再び饅頭を買ってパナと分け合う。
ラークと再会したのがつい半日前だなんて、何だか遠い日の出来事のように感じる。無意識に、彼が拾ってくれた簪に手を伸ばした。簪は、きちんと髪に収まっている。
その簪の先に付いた星玉ですら黒ずんでいたことに、ルウリは気づかない。
ルウリはしばらくラークを待ってみたが、辺りは暗闇に包まれてしまった。パナに促され、待機していたロバに荷をつけて帰途に着いた。
定期審査会まで、残りわずかとなった。
ルウリは連日、ジャイメールから持ち帰った鉱石をひたすら研磨する作業に明け暮れた。
研磨に使用するのは、星玉をつなぎ合わせて作った専用の研磨石だ。硬い星玉は星玉でしか削れない。それを手で少しずつ削っていくという気の遠くなる作業である。
「ちょっと休憩しようか。パナ、お茶飲む?」
ポットからチャイを注げば、工房にふくよかな香りが溢れる。止り木で居眠りをしていたパナは、テーブルに下りてきた。
「ふわぁ。解放のついでに星玉の形も変えられたらいいのになぁ。削るの大変じゃない?」
テーブルに並べられた鉱石の群を縫って体を収めながら、パナはルウリの荒れた掌に目をむける。解放で星玉そのものの形状は変えられないのだ。研磨は人の手で行うしかない。
ルウリの細い指は、傷だらけだった。大きな角を削る際は革手袋を嵌めることもあるが、繊細な感覚が失われてしまうので、できるだけ素手で作業を行っている。
「大変じゃないわよ。もう慣れちゃったもの」
仕事なので大変だなんて言ってられない。母がいなくなってからというもの、星玉師の資格を得たルウリは完成した星玉を小売りに出したり、解放の依頼を受けて頂いたお金で生計を立てている。食べる分と工房の維持くらいは、それで充分賄える。
だから、審査会に参加してラクシュミを解放する星玉師となりたいのは金銭のためではなかった。
もっと、星玉師としての腕を上げたい。
ラクシュミを解放できれば、きっと――
首筋の革紐に、そっと触れる。その先には、ラークが結んでくれた指輪が胸のあたりに収まっていた。服の中から取りだして指輪を眺める。
銀の台座に嵌められた深い緑色の星玉。
いつも身につけていられるように、指輪の形にしたのがルウリの初仕事だった。
きっといつか、この星玉も解放できる。
「ラーク、来ないわね……。どの星玉にするか相談したいのに」
カップからチャイを飲んでいたパナは咳き込んだ。
「ええ? あいつの分も作ってあげるの?」
「だって、ラークは発掘してなかったじゃない。星玉持ってないのよね?」
「しらないよー。ていうか、あいつどこに工房構えてるの?」
「さあ……。あまり自分のこと喋ってくれないのよね」
「べつにあいつのことなんて知りたくないし」
パナの台詞を反芻しながら、ルウリは作業台へ戻った。再び星玉と向き合う。
知りたい。
わたしは、ラークのことを知りたい。
あれこれと訊ねてしまうのは簡単だ。
けれど、彼には人を寄せつけようとしない壁のようなものがあって、薄情な好奇心なんて無心で薙ぎ払うだろう。
何が彼をそうさせるのかは、わからない。
それとも、彼は自分の家族や仲間には愛想良く接しているのだろうか。とても想像がつかないけれど。二度会っただけのラークのことを延々と考えてしまうなんて、どうしてしまったんだろう。
「取れないわね……。この黒ずみ」
どれだけ研磨しても、黒ずみは鉱石の中心まで入り込んでいた。ただの汚れではないらしい。一定の層に類似した模様が出現することはあっても、採掘されたすべての鉱石の色が変化するという現象は初めてだ。
『呪いだ』
ラークの言葉がよみがえる。
どういう意味なんだろう。
彼は何を知っているんだろう。
手が止まったルウリに、パナは毛繕いをしながら話しかけた。
「それじゃなくてもいいんじゃない? この間のジャイメールのだけだよね、汚れたの。市場から買ったのにすればいいよ」
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