こじらせ邪神と紅の星玉師

沖田弥子

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第一章

星玉師の少女

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 砂塵が、ひゅうと舞う。
 乗り合いの馬車に揺られながら、ルウリは朱色のサリーを膝にかけ直した。
 街へ向かう路は砂埃が舞い上がり、強風に木々が揺れている。その合間を縫って灼熱の太陽が荒涼とした大地を照りつけていた。
 馬車には老若男女が乗り合わせていた。遅い時間なので、今から仕事に向かう者はいない。街で買い物をする目的の人たちが占めている。
 ルウリ自身も買い物の用事だった。仕事で使用する屑星玉を購入するのだ。定期的に行商人から買っているのだが、今回は使用量が多かったせいか足りなくなってしまった。
 ふと、向かいの少女に目をむける。
 少女は大切なものを包むように、両の掌を合わせていた。隙間から、鉱石特有の煌めきが垣間見える。
 よみがえる既視感。
 あの日、星玉と引き替えに、かけがえのないものを失った。

「それ、なあに?」

 優しく語りかけると、視線を上げた少女は掌の中のものを見せてくれた。

「星玉だよ」

 ちいさな、薄い紅色の石。
 星玉と呼ばれる鉱石は、荒れた大地が占めるイディア国の特産物であり、大切な資源だ。名の由来は、星が落ちてきて鉱石になったからと伝えられている。ほぼすべてが紅色をしており、濃度が高いほど高価な代物になる。真紅の星玉は、一個あれば宮殿が買えるくらいの値段である。
 そして高い頻度で、星玉の中には無機物などが混入されている。
 少女が手にしていた星玉は、まさにそれだった。

「これ、庭に落として呑まれちゃったの。取り出せないかなぁ……」

 紅色の筋のむこうに、花形のピアスが埋まっている。見れば少女の片側の耳朶に、同じピアスが飾られていた。

「取ってあげる。貸してみて」

 星玉を受け取り、両の掌に乗せる。腰の袋から、砂金をひとつまみ。
 きらきらと星玉が光り出す。
 さあ、おいで。
 意識を掌に集中して、心の中で語りかける。
 ぐ、と星玉が動いた。ちいさな石は歪み、ピアスをころりと吐き出す。息を吐くように、星玉は元の形に戻った。それきり動かなくなる。
 眼前で行われた技に、馬車に乗り合わせた人々から歓声が湧く。

「わあ、すごい! お姉ちゃん、もしかして星玉師なの?」

 頷きを返したルウリに、隣に座っていた少女の母親が申し訳なさそうに見上げる。

「お許しください、星玉師さま。今、お金を……」

 ルウリは慌てて手を振る。

「お金なんていいんです。依頼ではありませんから。私が勝手にしたことです」

 何度も頭を下げる母親は、少女にねだられて空いていた片耳にピアスを付ける。
 賞賛の拍手に耐えきれなくなったルウリは、がたんと車輪が止まると、馬車を飛び出した。



「はい、またタダ働き」

 肩口に止まって大人しくしていた相棒が、大仰な溜息と共に羽を広げる。
 鳥精霊のパナは、馬車は窮屈で嫌だと文句を言いながら、ルウリの肩で調子をつけて足を踏みならす。狭い場所では極力ふつうの鳥のフリをしているのだ。

「あれくらい、どうってことないわ。それに、あんなちいさな子からお金取れないでしょ?」

 唇を尖らせて反論すれば、毛繕いした羽が顔にふぁさりと掛けられた。ちいさなくしゃみが出てしまう。

「ほらそれ。だから儲からないんだよー、工房も新築できないんだよー、今月の材料費がピンチなんだよー」
「大丈夫、パナの御飯は減らさないから」
「最後は僕はネズミを食べて食いつながなくちゃいけないんだ、しくしく」

 泣き真似をしている相棒は放っておいて、素材屋へと足をむける。
 ルウリの住むエルナ村からいちばん近い街は旅人の拠点となる地区なので、人出が多い。宿屋や道具屋などが軒を連ね、大通りは賑わいをみせている。
 路地を一歩入れば、両脇に露店が建ち並ぶ。惣菜や土産物、星玉も売っている。とはいえ、星玉にも天と地の差があり、露店に置いてあるようなものは土産に使われる安価なものだ。
 土産物屋をちらりと見遣ると、軒先の籠に掌ほどの大きさの星玉が入れられていた。

「お嬢さん、お目が高い。それは珍しい星玉だよ。鳥が入ってるだろう?」

 立ち止まって星玉に見入るルウリに、店主は満面の笑みで勧めてきた。
 星玉には、小鳥が内包されていた。しかも鉱石には大きなヒビが入っている。

「ひっ。ルウリ、今の見た? この鳥、まばたきしたよ」

 パナの言うとおり、小鳥は瞬きをした。ちいさく震えている。
 この子は生きている。
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